四十四話
層になっている岩窟は魔物が行ったり来たりを繰り返しているからか、下に続く段のようなものが出来上がっていた。
クレメンテを先頭にして、炎熱石を求める為に先に続いた。
『リンゼイ、炎熱石ってどういう場所にあるの?』
「岩が真っ赤に光っているから分かると思う」
『へえ、採掘系なんだ』
どうやって掘り起こすのかと聞けば、魔術で岩を砕くとリンゼイは言う。
『それってさあ、炎熱石まで砕いちゃうんじゃない?』
「そうだけど、溶岩ってすごく硬いし」
『クレメンテに頼めば?』
「そうね」
リンゼイが頼めるかと聞けば、嬉しそうにぶんぶんと首を縦に振るクレメンテ。
その姿は尻尾を振るプラタの姿と重なった。
よく似ている竜とその主人を前に、リリットは薄ら笑いを浮かべていた。
その後も、溶岩人間と出くわす。
一度戦闘をすれば、体の中の中核を破壊するだけなので、冷静に戦うことが出来た。勘が良いクレメンテは三撃目には溶岩人間の中核を探し当てて、リンゼイが止めの一撃を放つ。
リリットは魔術師の外套の中で、最近覚えた武器強化の魔術などで地味に支援をしていた。
下に行けば行くほど、岩窟内のマグマの割合が多くなる。
火柱が次々と噴き出しており、少しの油断も許されない。
「リンゼイさん!」
「!?」
『ヒエッ!』
突然、リンゼイの足元の岩から炎が上がる。
寸前でクレメンテは体を引き寄せて、炎から守った。
「大丈夫ですか?」
「う、うん」
『……』
代わりにクレメンテが火の間近で炙られているような状況となる。
身を呈して守ってくれたので、リンゼイは小さな声でお礼を言った。
『……熱い』
いや、本当に熱いと、リリットは思う。
外套のポケットに入っていた彼女の眼前にあったクレメンテの鎧は、熱した鍋のようになっていた。
リリットがわざと大袈裟に咳払いをすれば、リンゼイはぱっとクレメンテから離れた。
「先に進みましょう」
「そうですね」
『熱いしね、本当に、色んな意味で』
……クレメンテの鎧とか。
本当に中の人は大丈夫なのだろうかと、リリットは心配になる。
『あ、そういえば、ここの近くに温泉街があったよねえ』
「そうなの?」
『そうなの~~!』
近くにある街には、マグマによって暖められた地下水が温泉となって湧き出ていた。
温泉の蒸気で作る蒸し料理も有名であるとリリットは言う。
『温泉に入ってから帰ろうよ~』
「温泉って他の人と一緒にお風呂に入るんでしょ。なんか、イヤ」
『大丈夫だって、誰もリンゼイの体なんか見ないから。ねえ、クレメンテ!』
「……」
突然注目されたクレメンテは、動揺を押し隠すために頬を掻く。
リンゼイに兜の上からじゃ掻けないだろうと、即座に突っ込まれていた。
『クレメンテ、ごめん。リンゼイの体、見たいに決まっているよね』
誰にも聞こえないようにそっと呟く。
聞く相手を間違ったと思うリリットであった。
近くにある街の火山温泉の泉質は炭酸性。湯に浸かれば小さな気泡が肌に纏わりつく。
効能は打撲や切り傷、冷え症、筋肉や関節痛に効く。
それらの話をしながら、今のリンゼイ達にぴったりなものだと勧めた。
リリットは鞄の中に入れていた観光誌を広げながら、一生懸命アピールをしている。
「だったら、体を休めるのにはいいかもしれない」
『でしょう!?』
リンゼイはクレメンテに行ってもいいかと聞く。
断る訳がなかった。
リリットは嬉しそうにしている鎧男の元へ飛んで行ってから囁く。
『よかったね!』
「はい」
――リンゼイの体を見ることは出来ないけれど。
そんな風に言えば、クレメンテはリンゼイと一緒ならばなんでも嬉しいと言う。
リリットは微笑ましい気持ちで、前を歩く夫婦を眺めた。
もしかしたら二人の間に奇跡が起こるのではないと、期待をしてしまった。
◇◇◇
ついに最下層まで辿り着く。
通路の最も奥まった場所には開けた空間があった。
付き当たりの岩壁は炎熱石が埋まっているからか、真っ赤に輝いている。
しかしながら、目的の素材を見つけたのに、一行の表情は冴えなかった。
目の前に岩窟の主が居たからだ。
炎の毛皮包まれた、見上げる程に大きな狼である。
『あちゃ~、あれ、お話が通じる感じではないねえ』
「そうみたい」
「困りましたね」
突然の侵入者を前にした魔物は牙を剥き出しにして、咆哮をあげている。
その瞬間に地面が震え、火柱が上がった。
「こちらが勝手にお邪魔しておいて、都合が悪いから殺すとか嫌なんだけど」
『でも、殺気が凄いから!! 遠慮してたらうっかり死んじゃう!!』
仕方がないとリンゼイは杖を構える。
魔力が溢れている場所でもあるので、ダメージを与えてもすぐに回復するだろうと思うことにした。
――炎熱狼。
魔力を含む炎を糧とする魔物である。火山付近に生息する個体であったが、発見例は少なく、生態は明らかになっていないものが多い。
縄張り意識が高く、極めて凶暴とだけ魔物図鑑には記されていた。
二度目の咆哮が合図となって、両者は地面を蹴って前進する。
クレメンテは炎熱狼の足の腱を斬りつけた。手応えは皆無である。
炎に包まれた皮膚は恐ろしく硬い。
リンゼイの作った魔道具の加護よりも魔物の力が上回っているからか、全身が焼けるような感覚に陥っていた。
リンゼイの氷魔術は対象に届く前に消えて無くなる。
炎熱狼の強力な結界が弾いてしまったのだ。
『リ、リンゼイ、これってやばかったりする?』
「かなり!」
ここでも、メレンゲの不在が悔やまれる。
竜を媒介にして魔術を展開させれば、一瞬でこの場を氷漬けに出来るのだ。
クレメンテは果敢にも炎熱狼に斬りかかっている。
口から吐き出される炎撃を回避して、小回りの利く体で相手の隙を突く。
何度も急所を叩きのめしていたが、効果はほとんどないように見えた。
「――仕方がない」
『なにか秘策が?』
「まあね」
リンゼイは道具箱の中から一枚の札を取り出す。
そして、クレメンテに後退するように言った。こちらに作戦があるから任せるようにとも伝える。
リンゼイは簡単な魔術を展開させた。
魔法陣が浮かび上がり、その中から小さな雷が落ちる。
突き刺さるような雷撃を受けた炎熱狼はジロリとリンゼイを睨みつけた。
標的はクレメンテからリンゼイに変わる。
『ひぇえええええ!!』
目の前に迫って来る炎の塊にしか見えない魔物に、リリットは悲鳴を上げた。
リンゼイはタイミングを見計る。
手を伸ばせば届きそうな距離にまで近付いた瞬間に、炎熱狼の鼻先に、一枚の札を叩きつけた。
周囲は青い光に包まれる。
札の中から具現化をしたのは、氷結狼であった。
炎熱狼よりも大きな体を持ち、鋭い爪先を炎の毛皮に食い込ませる。
リンゼイはクレメンテに戻って来るようにと手招きをする。
「幻獣札、ですか」
「そう。しかも希少」
リンゼイの祖国で売っているチョコレートのおまけについている札である。
氷結狼を出すために、一日十箱のチョコレートを買い集める生活を一年続けていたと言う。
『リンゼイ、チョコレートはどうしたの?』
「物質保存の魔術を掛けて、実家に置いてある」
アイスコレッタ家は大量のチョコレートを保有していた。今も尚、全てを消費しきれないまま保冷庫の中に入っている。
絡み合うように戦う炎と氷の狼は、壁に激突して動きを止めた。
炎の吐息で氷の体を焼き尽くし、氷の吐息で炎の体を凍らせた。
炎熱狼の体が氷に包まれて、完全に動かなくなるのを確認してから次の行動に移る。
「よし!」
『溶けないうちに採掘しなくちゃ!』
「ですね」
幸いにも、狼が壁に当たった衝撃で岩が剥がれていた。
地面に散乱した石の中に、炎熱石も多く含まれている。
三人は手早く回収をしてから、転移魔術で地上まで戻った。
なんとか目的は達成出来たので、ほっと一息吐く。
「なんか、物凄く疲れた」
『温泉に入ろ!』
「そうですね。なんだか、体がひりひりします」
クレメンテのちょっとした外傷はリンゼイの魔術で治した。
それから、竜を呼び寄せて一行は温泉の街に向かうことになる。
アイテム図鑑
炎熱石
赤の霊薬の材料。
火岩窟の最深部で採れたものは希少とされている。




