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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第三章 薬屋『メディチナ』
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四十二話

 リンゼイの後ろに跨る全身鎧男、クレメンテがガチャガチャと震えているのは分かっていたが、仕方がない話であった。

 竜の我儘を聞いていたら、大きくなった時に大変な思いをする。甘くするところと厳しくするところはきっちりと分別が必要だ。

 それに、プラタはやれば出来る子なので、今回のことがやる気にも繋がるとリンゼイは考えていた。


「え、どうしたの?」


 突然動揺をしているような声を上げるメレンゲ。いつもならすぐに雲の上に出るのに、空の中途半端な位置で状態維持をしていた。


 リンゼイはメレンゲの言わんとすることを即座に理解した。


「え、嘘!?」


 リンゼイは慌てて地上を覗き込む。

 行動を理解出来ないクレメンテは首を傾げ、同じように小さくなった街の風景を見下ろした。リリットも鞄の中から落ちないように顔を出す。


「あ、あれは!!」

「え、信じられない!!」

『ヒエッ!!』


 メレンゲが飛ぶはるか遠くに、小さな銀の点があった。

 プラタである。


「ね、ねえ、あの子、飛んでる!!」

「え、ええ!! と、飛んでいます!!」

『ヒェェェーーー、すごいけど、危なっかしくて見ていられなーーい!!』


 空の低い位置を滑空するプラタは右に左にと、ふらふらと安定感のない飛行を続けていた。一行はその様子をはらはらと見守る。


「もう、駄目、私も見ていられない!!」


 我慢の限界となったリンゼイはメレンゲにクレメンテを頼むと言う。


「ごめん、ちょっとあの子の所に行って来る」

「え?」

『え?』


 リンゼイはそう言い残してから、竜から飛び降りた。


「ちょっと、リンゼ、さ……!!」

『リンゼイ、どういう意味って、んぎゃーー!!』


 突然のことで目を丸くするクレメンテに、リンゼイの腰に付けた鞄の中に入っていたリリットは落下の速度に驚いて悲鳴を上げる。


 再びクレメンテは地上を覗き込んだ。

 だが、飛び降りた筈のリンゼイの姿はない。

 どういうことなのかと混乱状態で居れば、探し人はすぐ傍に居た。


「あんまり地上を見てたら酔うから」

「えっ!? あ、はい」

「プラタのことは私に任せて」


 黒竜と並んで飛行するリンゼイ。

 足元を見れば、飛行版にしっかりと乗っていた。

 一応、道具箱の通信機能を使って屋敷に連絡を入れるように頼む。

 今頃シグナル辺りが、プラタが勝手に飛んで行って焦っているだろうからと。


 クレメンテが頷くのを確認すれば、リンゼイはくるりとメレンゲの周りを一回転してから降下していく。リリットの悲鳴と共に。


 ふらふらと危うい飛行を続けているプラタは必死の形相であった。

 このように長く飛ぶのは初めてであったし、皆が揃って出掛けるのに自分だけ家に置いて行かれるのも初めてであった。


 焦っているので、教えて貰った飛行も出来ていない。

 翼の力と魔力を強引に使って飛んでいるに過ぎなかった。

 むなしくも、高度はどんどんと下がっていく。慌てて翼を動かしても、地面へ近くなっていくばかりであった。


 地面すれすれを飛行する。気合いでというよりは、魔力の力で無理矢理浮かんでいる状態であった。ばさばさと忙しなく翼を動かしているので、体力も大いに削られている。


『ク、クエ、クエ~~!!』


 前を飛んで行くメレンゲの姿はもう見えない。

 悲痛な叫びをあげた。ぽろりと、涙が零れる。

 そんなプラタに、思いがけない叱咤が聞こえてきた。


「もう、そんなことで泣かないの!!」

『クエ?』


 顔を上げれば、飛行版に乗ったリンゼイが下りて来ているところであった。

 プラタは嬉しくなって、少しだけ高度を上げる。


「そんな飛び方じゃ、高く飛べないから!!」

『クエ~~』


 いつもは空中すれすれを少しだけ飛んで転がるを繰り返すばかりであった。

 今日は一番長く空を飛んでいる。本来ならば褒めなければならない場面であったが、リンゼイは厳しく叱りつけた。


「飛び方、教えたでしょう!?」


 プラタが飛べないのは揚力の問題が大きい。浮上する姿勢が間違っているので、高い位置にまで上がることが出来ないのだ。


「顔はまっすぐ、下を向いては駄目!!」

『クエ!』

「首を支点にして、鼻先との均衡を保つの!!」


 体勢が間違っていれば、杖を取り出して棒の先でズラして正す。

 落ちないようにと動かす翼も杖の水晶部分で軽く叩いた。


「羽ばたきはほとんど必要ないから。上昇気流を読んで舞い上がる!」

『ク、クエ~~!!』


 こういった飛び方を帆翔はんしょうと呼ぶ。

 風力を最大限に活用して、縦横無尽に飛行するという独特なものでもある。

 竜の翼は細長く、羽ばたいて飛ぶことには不向きなのだ。


 自然の力を使って飛び立つには、強い向かい風と助走が必要となる。

 リンゼイの竜は翼で風を起こしながら飛ぶという独自の方法で飛び立っていた。


「プラタ、あなた、飛べるかも」


 偶然にも、リンゼイとプラタが進む先に小さな山が二つ並んでいた。

 凸凹のある谷などは大気が上昇する流れが出来上がっている。なので、風を読む必要もない。


「あれ、谷、分かる!?」

『クエ?』

「あそこから一気に飛び上がるから!」

『クエ!』


 おっとりとしたプラタの目付が、リンゼイの言葉を受けて一気に鋭くなる。

 体でバランスを取りながら少しずつ高度を上げて行き、谷の中の一番風と風がぶつかり合う狭間へと向かっていた。


「あなたにも、風が見える?」

『クエッ!!』

「もうすぐ!」


 リンゼイはカウントしていく。

 3、2、1と数を数えながら同じ速さで飛行して、上空に向って流れる風に乗った。


 羽ばたかずとも、プラタの体は空に押し上げられる。

 リリットは急上昇を肌で感じて、一人で絶叫をしていた。

 どんどんと高度を上げて、雲の中を突っ切って飛んで行く。

 プラタも正しい飛び方を理解したからか、飛行も安定していた。


『ク、クエ~~』

「良い子!」


 真っ白な雲の上を滑空していると、離れた場所が盛り上がる。

 中から出てきたのは、大きな黒竜、メレンゲだった。


『クエ!』

「地上で待っていたのね」


 離れた位置をメレンゲが飛んで行く。

 クレメンテは嬉しそうにぶんぶんと手を振っていた。

 プラタはメレンゲと並んで飛べたことに加えてクレメンテが嬉しそうにしている姿を見て、喜びの声をあげている。


 だが、気を抜けば真っ逆さまなので、すぐにキリリとした顔付きになった。


『いやあ、めでたいことなんだけど、リンゼイの荒い飛行に振り落とされるかと』

「ごめんってば」

『クレメンテの所に居れば良かった……』


 口元を押さえながらぐったりとするリリット。リンゼイは平謝りをする。


 一時間ほど飛んでから、途中に竜の湖水が湧く場所があったのでそこで休憩を取ることにした。


 着陸はメレンゲの後に続けば、なんとか降り立つことに成功する。


『それにしても、プラタ、凄かったねえ』

『クエ~~』


 皆に褒められていたプラタは尻尾を振って喜んでいる。


「本当に」

「まさか今日、飛べるようになるなんて」


 この先にも谷があった。二回目の飛行も問題ないだろうとリンゼイは言う。


「ま、しばらく休むといいわ」

「ですね」


 許しが出たので、プラタは甘えたような声でメレンゲに寄って行っていた。

 言いよられたメレンゲはちらりとリンゼイを見る。


 それを眺めていたリリットは何かを察する。すぐさまリンゼイに声を掛けた。


『あ、リンゼイ、あそこにアレクシスの花がある!!』

「え、あ、本当!」

「リンゼイさん、待って下さい!!」


 森には珍しい草花が生い茂っていた。リンゼイはリリットが教えてくれた花を摘みに行く。クレメンテも後に続いた。


 リンゼイやクレメンテの姿が見えなくなると、リリットは親指を立ててメレンゲに大丈夫だと示した。


 メレンゲはすぐに竜の湖水に口を付けてから、プラタ口移しで水を与える。


『ク、クエ~~』

『……』


 嬉しいような鳴き声を上げるプラタに、照れたように顔を背けるメレンゲ。


『う~ん。姐さん女房か』


 プラタはメレンゲを見た瞬間に母親と勘違いをして一目散に駆け寄ってきたという話を聞いていた。

 だが、それは間違いだったのだと気付く。出会いの瞬間は猛烈な一目惚れだったのだ。

 竜の思考回路は人と異なる。

 生まれた瞬間から、精神はある程度完成された存在でもあるのだ。


 竜の知識を思い出しながら、寄り添う竜を見てリリットは思う。


『いや、お似合いだわ』


 彼女は誰よりも早く愛の現場を目撃してしまった。

 果たして、母親リンゼイは許してくれるのか。

 とりあえず、静観を続ける決意をするリリットであった。


アイテム図鑑


アレクシスの花


魔力の濃度が特別高い森にしか咲かない珍しい花。

大霊薬マグヌス・エリキサの材料の一つでもある。

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