四十一話
十分な在庫が確保出来れば、『メディチナ』の営業は再開される。
とは言っても、問い合わせがあった客に商品入荷と商品の説明や値段、パッケージの絵や説明などが書かれた冊子状の目録と注文書を同封するだけの作業をしているだけであった。
問い合わせの総数はざっと百を超えていた。なので、商品の購入はお一人様一つ~五つまでとする。
「でも、これってすごく効率悪い!!」
果てしない数の手紙を書きながら、リンゼイは抗議の声を上げる。
問い合わせをした貴族への返事はエリージュにクレメンテ、シグナルに侍女三人娘、スメラルドと総出で行われていた。
『でも、お手紙って楽しいですね!』
「……あなたはいいわね」
『うふふ、奥様、わたしはもっと書けますよ』
「よろしくね」
『はあい!』
あまりにも忙しいので、猫の手、正確には猫妖精の手をを借りているという訳であった。彼女は肉球のある手で器用に手紙を書き綴っている。字も一番きれいで書くのも早い。ありがたい存在であるとクレメンテとリンゼイは思っていた。
「でも、やっぱり、店舗が欲しい……」
リンゼイがそんな風にぼやけば、エリージュから口ではなく手を動かせと怒られてしまった。
ちなみに、今回のような販売方法は今回限りである。毎回こういった方法を取っていれば、時間がいくらあっても足りない。
「やはり、販売は全てユーンに任せたいですね」
「全力で嫌がりそうだけど、あの人」
「ですよね」
次回の販売予定については、街にある服屋や雑貨屋に広告やチラシを置いて貰うように約束を取り付けている。今後の営業についての確認は明記された店舗で確認をして欲しいと記入していた。
『メディチナ』の情報を得る為に客は広告を見に訪れるので、協力をする店舗にも旨味があるのだ。
なんとか二日間かけて手紙を書ききり、全員分配送することが出来た。
ホッとしていたのも束の間、すぐに商品の注文が殺到する。
丁寧に梱包をして、気持ちばかりのおまけとお礼を書いたカードを同封する。
おまけは花の妖精姉妹が作った花石鹸である。
商品は使用人総出で客まで届けられた。
クレメンテも商品配達に参加する。訪問ついでに注文数の少ない虫刺され薬や虫よけ薬の宣伝や販売も行っていた。
今は庭園の花が綺麗に咲き誇る時期でもあったので、ほとんどの訪問先で売り上げがあった。特に、虫刺され薬は良い香りがするとご婦人方に好評であった。
リンゼイは在庫が不足しつつある『美人軟膏』の生産に取り掛かっている。
花の妖精達の助けもあって作業は効率化され、大量生産を可能としていた。
今回も軟膏を入れる容器が欠品して、早々に販売停止となる。
数日後にはユーンの店である『エレン・リリィ』への委託品完売の知らせも届いた。
翌日には追加の商品を納入する。
大量の在庫と共に営業再開をした『メディチナ』であったが、たった二週間ほどで商品のほとんどが完売をしてしまった為に、再び営業休止となる。
街の貴族御用達の店には『メディチナ』の休業に関するお知らせが貼られることになった。
『うわ、二人とも、大丈夫?』
「……」
「……」
長椅子に腰かけながら、だらりと項垂れたような姿で居るクレメンテとリンゼイ。
二週間休みなく働いていたので、二人とも参っていた。
『あれだよね、クレメンテは精神を削られたっていうか』
「そうですね。何軒お屋敷を回っても、営業は慣れません」
『だろうねえ~』
一方のリンゼイは働き詰めで疲労感が溜まっていた。
『ねえ、リンゼイ、一言言ってもいい?』
「ん、なに?」
『あのさ、元気がないのなら、霊薬を飲めば?』
「あ、そうだ!」
「そうでしたね」
リリットは棚の中に置いてあった道具箱の中から、緑の霊薬を取り出した。
二本目の霊薬を取り出そうとして、動きが止まる。
『リンゼイ、そういえばさ、精神的な疲れの回復って何色?』
「赤」
『あれ、それってまだ作っていないよね?』
「そうね」
とりあえずどうぞと、リリットはリンゼイに霊薬を手渡した。
『メディチナ』は本日より休業状態である。
疲労感でいっぱいだったリンゼイは、初めて自らの薬で回復することになった。
「うわ、すごい元気になった!」
『良かったね!』
「私の薬ってすごい!」
リンゼイはクレメンテにも緑の霊薬を勧めたが、体が疲れている訳ではないからと遠慮をする。
「だったら、赤の霊薬でも作ろうかな?」
「え?」
『それってクレメンテの為に!?』
「まあ、そうだけど」
「!」
リンゼイの発言を聞いたクレメンテは口元を押さえておろおろとする。
自分の為に薬を作って貰うだなんて、とんでもないことだ。だが、薬作りはリンゼイの趣味なので、遠慮をする方が変なのだろうか。でも、とても嬉しい、と様々な思いが込み上げて混乱状態となる。
「材料は竜の湖水と炎熱石、曼珠沙華、だったかな」
リンゼイは国内の材料で作れるかどうか、地図を見て調べて来ると言って席を外す。
残されたリリットはにやにやしていて、クレメンテは顔を両手で覆っていた。
『いやあ、愛ですな』
「ち、違いますよ!」
『どうでもいい相手の薬なんて作らないって』
「でも、薬作りはリンゼイさんの趣味ですし」
『あ、うん、まあ、そうだけどね』
ここにエリージュが居たらクレメンテは「暗い!!」と怒られながら扇子で叩かれていたことだろうとリリットは思う。
リンゼイが居ない前では、愛の鞭という名の教育が厳しく執り行われていた。
「おまたせ!!」
『早っ!』
リンゼイは十分ほどで戻ってくる。
赤の霊薬はセレディンティア王国内である品物で生成可能であった。
まずはフィアンマ火岩窟に行って炎熱石という魔石を入手しなければならない。
「ということだから、行って来る」
「わ、私も行きます!」
『わたしも~!』
クレメンテは立ち上がり、扉の前に居たリンゼイの前まで早足で移動する。リリットも続いた。
「あなた、疲れているんでしょう?」
「いえ、大丈夫です!」
「魔物が居る所なんだけど」
「平気です!」
鎧を着てくるので、少し待つようにお願いをする。
「待って」
「はい?」
リンゼイは首にかけていた青い石の付いた首飾りを外して手渡す。
「これは……」
「氷の結界の効果がある魔道具」
身に着けていれば氷で出来た結界が全身を包み、炎の中に飛び込んでも暑さを感じないという。
「最近作った魔道具なんだけどね」
「あ、左様でしたか」
ちなみに、クレメンテが贈った首飾りに手を加えて作った品物でもあった。
「でも、リンゼイさんは?」
「私は魔術師の外套があるから大丈夫」
「で、ですが」
「貸すだけだから。帰って来たら返して。それ、気に入っているの」
「え、は、はい! ありがとう、ございます!」
クレメンテは走って私室に置いている全身鎧を纏いに行く。
手の中にある首飾りをリンゼイが気に入っていると聞いて、天にも登るような気持ちとなっていた。
途中、執事に出かける旨を話してから、竜の元へ行く。
『クエ、クエ~~』
本日もプラタは全身で喜びを表しながら尻尾をぶんぶんと振りつつ、飛び跳ねていた。二足歩行も人間の走行速度とほぼ変わらない速度までに上達している。体もメレンゲの半分ほどまでに成長していた。もう、既にクレメンテが背負えない大きさまで育っている。
久々のお出かけなので、プラタも嬉しそうにしていた。
そんな銀竜をクレメンテとリンゼイとリリットは揃って目を細めながら見上げていた。
皆で渋い顔をしていたのは、残念なお知らせをしなくてはならないからだ。
リンゼイはクレメンテに言うように背中を突いた。
嬉しそうにしているプラタを見て、クレメンテは胸が苦しくなる。
「早く言って」
「……はい」
クレメンテはプラタに座るように命じた。
お利口な銀竜は綺麗なお座りをする。
「プラタ、ごめんなさい。その、今回はお留守番です」
『クエ?』
「連れていけません」
『???』
クレメンテの言葉に、プラタは首を傾げる。
「私はもう、あなたを背負えませんし、メレンゲさんもあなたを背負って飛ぶことは出来ません」
『ク……、クエ~?』
「申し訳ありませんが、今日はシグナルさんとお留守番です」
『!!』
近くに控えていたシグナルが、プラタの好物である竜の湖水で作った果汁ゼリーを持っていた。いつもだったら大喜びで寄って行くのに、今日は微動だにしない。
クレメンテがプラタに背を向ければ、悲しそうな声を上げて付いて来る。
『クエ、クエ~~!!』
クレメンテはプラタの悲痛な叫びを聞いて、口元に手を当てて嗚咽を堪える。
正確に言えば、顔と頭を覆う兜を被っているので、鉄の籠手とぶつかってガッシャン! と大きな金属音が鳴っただけで、直接口元を押さえた訳ではなかった。
プラタはまだ空を飛ぶことが出来ない。
飛行訓練もしていたが、少し浮いて転がるということを繰り返していた。
そろそろ空を飛べてもいい時期だが、運動音痴なプラタにはまだ時間が掛かりそうだった。
リンゼイとクレメンテは黒竜に跨り、すぐに飛び立つように指示を出す。
メレンゲは低い鳴き声を上げて、プラタにそこで待つように厳しく命じていた。
『ク、クエ~……』
メレンゲに怒られてしまったので、尚更しゅんとする。
プラタは胸の前で手先をにぎにぎと動かしながら、俯きつつその場に立ち止まった。
メレンゲは大きな翼をはためかせ、飛翔する。
一人でお留守番をするプラタを見ていられないと、クレメンテは片手で目を覆った。
実際には、顔と頭を覆う兜を被っていたので、籠手とぶつかってガシャン! と大きな金属音がしただけであった。
悲しい別れの瞬間である。
アイテム図鑑
竜の湖水ゼリー
甘い果汁たっぷりのプルプルのゼリー。プラタの大好物。
メレンゲは邪道だと思っている。(食わず嫌い)




