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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第三章 薬屋『メディチナ』
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四十話

 そろそろ営業を再開しようとしている折に、クレメンテがある着想を出す。

 それは、すっかりリンゼイが記憶の彼方へと飛ばしていた店へ委託しようという話であった。


「『メディチナ』の商品を、『エレン・リリィ』に置いて貰おうかと思いまして」

「エレン・リリィ?」

「私の知り合いの雑貨屋です」

「あ~、ダン! え~っと」

「ユーン・ダン、ですね」

「あ、それ、腹黒そうな人!」

「腹黒、まあ……」


 クレメンテはユーン・ダンに『メディチナ』の商品を押し付けようと考えていた。

 『エレン・リリィ』は古美術や骨董などを取り扱う店であったが客層はほとんどが成金貴族で、以前も無計画に作った霊薬エリキサを委託してくれると言っていたのだ。


「骨董屋のこと、すっかり忘れてた」

「私も最近まで忘れていたのですが、つい最近、ユーンから手紙を頂きまして」


 手紙の内容は最近『メディチナ』の薬について、客から聞かれることが多くなった、一体経営状態はどうなっているのかというもの。


「そういえば、あのおじさんのお蔭でいろいろと助かったのよね」

「おじさん……」

「?」

「いえ、なんでもないです。確かに、あのおじさんのお陰ですごく助かりました」


 以前、委託を頼みに行った際に、リンゼイの作った霊薬エリキサを安すぎると言い、売りだせば薬屋の市場が崩壊するだろうと忠告を貰っていたのだ。ユーン・ダンの「一度シグナルに相談をした方がいい」という導きにより、クレメンテとリンゼイは間違った商売をせずに済んだ。


「あの時の店主の言葉、今になって身に沁みているんだよね」

「そうですね」


 ユーンが言った、『戦場に戦い方や、生き抜く方法、様々な決まりがあるように、商売にも同じような世界がある。知らないで顔を突っ込むのは、命知らずのすることだ』と言う言葉を今になって二人は実感していた。


「あの人だったら、薬の取扱もきちんとしてくれそうだし、貴族への対応も問題なさそうね」

「ええ」


 念のために『エレン・リリィ』への委託をするのはどうかとシグナルに聞いてみる。

 彼もいい考えだと賛成をしてくれた。


「今日、お店に行ってみる?」

「いいですね」


 そうと決まれば、身支度を整えてから出かけることにした。

 妖精達も行きたいというので、鞄の中で大人しくしているか姿を消すことを条件に連れて行くことにした。


『うふふ、ニンゲンの街、どきどきしますねえ!』

「……」

「……」


 リリットや花の妖精姉妹と共にはしゃぐスメラルド。

 そういえば、この子も妖精だったと思い出すリンゼイ。

 好奇心が旺盛な猫妖精フェアリ・ケッタは屋敷と住人が気に入ったようで、旅立たずに滞在を続けている。良く働き、使用人の中にも見事に溶け込んでいた。

 きゃっきゃと喜んでいるスメラルドを見ていたら、「あなたはお留守番!」などと言えるような雰囲気でもない。

 クレメンテは困った顔でリンゼイを見る。

 セレディンティア王国に獣人は存在しないので、街中で目立つことは分かりきっていた。


 リンゼイはいろいろな対策を考えつつ、スメラルドにも質問をする。


「ねえ、スメラルド。あなた、そのままでは街で目立ってしまうから、人の姿に擬態は出来る?」

『ええ、モチロン!』


 スメラルドは両手で顔をごしごしと揉む。

 赤子に「いないいないばあ」をするように両手をぱっと離せば、どこにでも居るような人間の娘の顔になっていた。手も猫のようなものから、人間と同じ指先へと変化する。エメラルド色の毛も直毛の髪に変わった。

 ぱっちりとした緑色のつり目に、楽しげに曲がっている口元。人の形をしているのに、猫の時のスメラルドと顔付きは同じであった。不思議なものだとクレメンテもリンゼイもじっと見つめる。


『旦那様、奥様、いかがでしょう?』

「あ、うん、合格」

「問題ありませんね」

『うふふ、良かった』


 姿形を変えるのは猫妖精フェアリ・ケッタの得意な術でもある。

 ただ、物質的に変わるわけではなく、人を惑わす術なので、触れられたら一瞬でバレてしまう。


「あ、本当」


 リンゼイは人の姿になったスメラルドに触れた。

 毛もなにも生えていない頬なのに、触れたらふわふわと柔らかい毛皮の感触があるる。

 スメラルドはくすぐったいのか、くすくすと笑い声をあげていた。


 支度も整ったので、一行は『エレン・リリィ』へと向かう。

 近くまで馬車で行き、大通りに入った所で降りた。


「突然押し掛けて大丈夫?」

「ええ。さきほど、訪問をするという手紙を届けて貰いましたので」


 使用人が預かって来たユーン・ダンからの手紙には本日は定休日なので、問題はないと書かれていた。


「だったら良かった」


 街の大通りにある『エレン・リリィ』は、大きな建物に挟まれるようにある、細長い店である。三階建てで、二階に在庫を置く部屋があり、三階が店主であるユーン・ダンの生活の場となっていた。


 定休日という看板が掛った扉を叩けば、気難しくて癖のあるように見える店主、ユーン・ダンが顔を出した。


「また、大所帯で来たな」

「すみません」


 挨拶もそこそこに、リンゼイやスメラルドを見ながら苦言を漏らす。


 クレメンテは執事が持たせた焼き菓子を手土産として渡した。ユーンは無言で受け取り、中のお菓子を確認する。


 店の外観も小さかったが、店内は更に狭い。

 商品の陳列にもこだわりがあり、品物は一番良く見えるような場所に所狭しと並べられていた。

 一応、ゆっくり商談が出来るように机と椅子もある。ただし、丸い円卓の下に置かれている椅子の数は二個しかない。

 ユーンは客人に椅子を勧めた。


「リンゼイさん、どうぞ」

「いや、いいって」


 なんとなくユーンに苦手意識のあったリンゼイは、向かい合って座るのはご免だとクレメンテの申し出を断る。

 クレメンテはクレメンテで自分だけ座るわけにはいかないと引かなかった。

 噛み合っていない夫婦の譲り合いに待ったをかけたのはユーンである。


「二人で座るといい」

「あ、そうですか」

「だったら、お言葉に甘えて」


 スメラルドと姿を消した妖精達は扉の前で大人しくしている。

 ユーンがちらりと横目で見たついでに説明をした。


「あ、あの子たち、妖精なんだけど、自由にさせてもいい?」

「妖精、達?」


 リリットや花の妖精は姿を隠す術式を展開させているのでユーンには見えない。

 それに、スメラルドは普通の娘にしか見えなかった。


「あ、魔術でいろいろと小細工をしているんだけど」


 リンゼイが合図を出せば、各々姿を現す。

 ユーンは初めて見る妖精を前に、目を細めていた。


「面妖な」

「害はないので心配しないで下さい」


 妖精達を訝しげな視線で眺めていたものの、すぐに「好きにするといい」と言って受け入れてくれた。

 妖精達は嬉しそうに店内の商品を眺めている。


「お店のものに触ったらダメだからね!」


 リンゼイは妖精達に注意をしたが、ユーンは別に構わないと言う。


「品物は触れてみないと良さが分からない」

「あ、そうなんだ」


 店主の言葉に喜ぶ妖精。

 彼女らはお金を持っていないのでそこまで許さなくても、と思ったが指摘をするのが面倒だったので放っておいた。


「さて、そろそろ本題に移ろうか」

「そうでした」


 本日の目的は『メディチナ』の商品を『エレン・リリィ』に委託を頼むこと。

 これまでの経緯と、商品について語って聞かせた。


「二人揃って世間に揉まれた、というわけか」

「そうですね」

「品物に間違いはないから、たいしたことでもなかったとは思うが」

「私達にとっては大事件でしたよ」


 片や戦う術しか知らなかった元兵士で、片や長年魔術と術式を使うことだけを生きがいにしていた魔術師である。商売は未知の世界であった。


「そういえば、霊薬エリキサとやらはどうした?」

「あ、あれは、一般には流通しない方がいいかなと」

「まあ、賢明ではあるが」

「国と取引をしているのよね?」

「え!? ええ……」


 以前行った兄との話し合いの結果をリンゼイには話していなかった。

 ユーンも現状を知りたいと言って取引に興味を示す。


「あ、いや、まだ、その、途中で」


 明らかに動揺をして、額に汗を浮かべながら話すクレメンテ。

 鈍いリンゼイの目にも、その姿は不審なものに移った。


「どうした?」

「ねえ、なにか言われたの?」

「いえ……」


 契約期間は永久と長いもの。

 その為にはリンゼイの協力が必要だったが、現状としてお願い出来るような関係でもなかった。

 リンゼイがクレメンテの子を産み、子供が『メディチナ』の家業を継ぐ。どんなに素晴らしいものかと考えるが、ありえない未来でもあった。

 軽はずみで言えるものではないと、クレメンテは口を閉ざす。


 なにやら察したらしいユーンが口を挟む。


「なるほどな。取引内容は国家秘密というわけか」

「え!?」

「違うのか?」

「そ、そうです!」


 だったら最初からそういう風に言うようにリンゼイに怒られてしまったが、兄との取引を聞いて無理だと切って捨てられるよりはマシだと思っていた。


「とりあえず、委託は受けることにしよう」

「ありがとうございます」

「ただ、客に宣伝はしないでくれ」

「そうですね。問い合わせをした方々が押し掛けたら、大変なことになりそうですし」


 問い合わせをしてくれた客については受注販売をする形にして、少しずつ営業を再開していこうという話になった。


「でも、大丈夫?」

「なにがだ?」

「貴族の人達って噂が広まるのが早いから、聞きつけた人が大勢来たら大変なことになりそう」

「ならば、常連にだけ商品を見せて、口止めもしておこう」


 顧客となっている貴族たちはそういった内緒話を好むので、情報漏洩の心配もないと言う。


「すみません、苦労を掛けます」


 クレメンテが頭を下げれば、ユーンは趣味でやっている店なので、薬の紹介も気まぐれに行うから売上の期待はするなと言った。


 とりあえず、最初の目標であった委託販売が現実のものとなる。

 クレメンテとリンゼイは成し遂げたという気持ちで満たされることになった。


アイテム図鑑


手土産のお菓子


中には「二人をよろしく」と書かれたエリージュの脅迫状とも言える手紙が混入されていた。


※『エレン・リリィ』については七話参照。

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