三十九話
食後の紅茶を優雅に楽しむ屋敷の住人達。
一口大に作られた焼き菓子と共に楽しむ。
話題の中心は今日なにをするかというもの。
エリージュは庭で花妖精の姉妹と土いじりをすると言う。予定がなかったシグナルはリリットやスメラルドとお茶会をすることを決めた。イミルとソウルは部屋でのんびりと過ごし、イルは画材を買いに行くと、各々の予定を話す。
『リンゼイはなにをするの~?』
リリットが軽い感じで訊ねる。
趣味が薬作りの彼女は今日も実験室に籠るのだろうと、誰もが思っていた。
だが、彼女は意外なことを口にする。
「ねえ、クレメンテ、あなたはどうするの?」
「わ、私ですか!?」
まさか自分のことを気にして貰えるとは思ってもいなかったクレメンテは、挙動不審になって言葉もどもってしまう。
「あ、あの、なにも、なにもないです、予定は」
その言葉を言ったきり、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
――照れてないで、誘えッ、このへたれが!!
エリージュは叫び出したい気分を堪える。
あまり口出しし過ぎるのも良くないと、最近思い始めているところであった。
その場に居たほとんどの者が頭の中でクレメンテにリンゼイをデートに誘うようにと念を送っていたが、当然ながら鈍感な男が気付く訳もない。
もう駄目だと誰もが思っている折に、ここでもリンゼイは周囲の者達の思惑に外れた発言をする。
「だったら、今日どこかに行かない?」
「!」
リンゼイの言葉に瞠目するクレメンテ。
エリージュですら、驚いた顔を見せていた。
そのような様子に気づかずに、話を進める。
「ちょっと、気になるお店があって、薬草茶? を出すお店なんだけどね」
「……」
「まあ、嫌だったら」
「そんなことありません!!」
「だったら、いいけど」
ふと、リリットは気付く。
クレメンテの大袈裟な挙動不審な様子にばかり気が向いてしまうが、リンゼイも多少なりと張りつめたような顔をしていると。
彼女は気まぐれに誘ったのではなく、恐らくはクレメンテと真面目に向き合おうとしているのではないかと思っていた。
いい傾向だと、にんまりと笑みを浮かべる。
皆の予定が決まったので、朝食会は解散となった。
リンゼイとクレメンテはすぐに出掛けると言う。
『今日は日差しが強いから、帽子を持って来る。あ、鞄もね』
エリージュが取りに行くと申し出たが、今日は使用人もお休みの日だからといいとリリットは断った。
今度はリンゼイが口を挟む。
「リリット、あなた、今日は朝から働き詰めじゃない」
『いいの! なんだか体を動かしたい気分だから!』
出かける支度が整えば、クレメンテとリンゼイは出掛けることになった。
◇◇◇
異国から取り寄せた薬草で作ったお茶を出す喫茶店は閑散としていた。
薬草のお茶は苦いものが多く、慣れ親しむには難しい。
だが、静かな方が話をするには都合がいいとリンゼイは思う。
品目表を見て、顔を顰めるクレメンテ。
薬草茶の種類は百以上もあった。
親切な店主は薬草茶について丁寧に説明をしてくれた。
クレメンテが朝から動悸が激しいと言えば、心臓強壮薬草茶を勧める。
リンゼイは朝食を食べ過ぎたので、消化を助ける薬効のあるお茶を注文した。
シンと静まり返った店内で、クレメンテとリンゼイは過ごす。
「なんだか、変な気分」
「ですね」
何の目的もなく、二人で出かけるということは初めてである。
クレメンテは家からずっと挙動不審で、リンゼイも平静を装ってはいるが、実は緊張していた。
ぎこちない感じで会話をしているうちに、薬草茶が運ばれてくる。
「こちらアンジェリカ茶でございます」
薬効は食欲不振から消化不良、胃痛などにも使われている。
根を煎じて作るもので、苦味があるので蜂蜜を入れた方がいいと店主は言いながら机の上に置いていた。
「こちらがホーソーン茶です」
心臓疾患に良いとされるホーソーンは医療でも薬として使われているという。
動機が特別に激しい場合は医者にかかるようにと店主はクレメンテに言った。
お茶受けには鎮静効果のある薬草が練り込まれたクッキーが出された。
店主はサービスだと笑顔で勧めてから、去って行く。
リンゼイは蜂蜜を入れないで、そのままの状態の薬草茶を口にした。
店主の言う通り苦かった。
今まで採取したことはあったが、実際に口にすることはなかったので、こんな味だったのかと、不思議な気分になる。
「そういえば、動悸は収まった?」
「ええ、まあ」
「大丈夫なの?」
「いえ、それは、はい」
そもそも、健康に害を及ぼすものではないので、気にしないでくれと言っていた。
「今日は、本当に嬉しかったです」
「朝の食事会?」
「いえ、あ、まあ、リリットさんの料理も嬉しかったのですが……」
リンゼイがこうして誘ってくれたことが何よりも嬉しかったとクレメンテは言う。
「そう」
いつもの素っ気ない態度であったが、クレメンテは満たされるような気分になっていた。
エリージュに遠慮はするな、思っていることは言った方がいいと、毎日のように指導をされていた。最近になって、少しずつではあるが実行出来るようになっている。
「最近は、毎日が本当に楽しくて」
今まで、クレメンテは戦うことしか知らなかった。
剣を揮う以外に、価値など無いと思っていた。
だが、今は違う。
自分にしか出来ない仕事を任されて、少しではあるが、手応えのようなものも感じるようになっている。
「それと、プラタの存在も大きいかもしれません」
無邪気な竜はクレメンテを大いに頼っていた。契約で結ばれた関係ではあるが、毎日遊んだり、言葉が通じているか謎だが話をしたりして、本当の家族のような関係にあるのかもしれないと言う。
「自分がこんな風に変われるなんて思いもしませんでした。生まれ変わるとは、こういう意味だったのだと」
それから、クレメンテはリンゼイに頭を下げて、お礼を言った。
「一度、お話をしましたが、八年前にリンゼイさんの霊薬で命を救って頂いたことがあって……」
リンゼイは生きる気力も失っていたクレメンテに向って「生まれ変わればいい」と言った。
自らの意思に反して生き長らえてしまったと気付いた瞬間に、この先どうしようかと、暗闇の中に突き落とされたような気分になる。
だが、リンゼイの言葉の意味も気になっていた。
だから、クレメンテは模索をする。
ふらりと旅に出て、気まぐれに人助けをしたり、大きな被害を出していた盗賊団を壊滅させたり、街を襲っていた魔物を退治したり。
正直に言えば、思うところは何もなかった。
善行を重ねれば自分は変わるのかと考えていたが、気分も晴れることもなければ、多くの人からお礼を言われても、何も感じることはなかった。
何年もそのようなことを続けているうちに、生まれ変わる意味はあの黒竜を従える魔術師の女が知っているのではと強く思うようになる。
それまでの日々でも、彼女の存在は心に大きくあったが、意識をしてからは更に想いを強めることになる。
再びその姿を目にする機会が訪れる。
上空を駆ける大きな影を見上げれば、それは戦場で見た黒竜の姿であった。
追いかけて、手を伸ばしても相手は気が付かない。
話をしたい。
どうすれば、生まれ変わることが出来るのか、知りたい。
しかしながら、クレメンテの願いが届くことはなかった。
竜に跨る魔術師は、町の復興作業に参加をしていた。
周囲は厳重な警戒体制が敷かれており、近づくこともままならない。
そこでクレメンテは考える。
彼女は国王に仕える魔術師だから、王都に帰れば会えると。
「……それで、久々に王宮に帰って、リンゼイさんの姿を見ることが出来て」
「物陰から見ていたってこと?」
「すみません」
リンゼイ・アイスコレッタという魔術師は常に全身を覆う外套を纏っており、頭巾を深く被っているので顔などを見ることは出来なかった。
だが、良く通る声と、きびきびとした応対ぶりは見ていて気持ちがいいものであった。
たまに、不遜な態度を見せることもあったが、多くは異国間の意識の違いで衝突をしているだけである。
クレメンテは父親から、リンゼイの人となりを聞くたびに、どんどん興味を惹かれていた。
そんな日々を送る中で、いつまでも王宮に居る訳にはいかないと思ったので、クレメンテは王都に屋敷を購入する。初めての大きな散財であった。
そこに、自分と同じ境遇を持つ、暴君と呼ばれた祖父に振り回された人間を集めて生活をする決意を固めた。
リンゼイとの結婚までの経緯については、最後に迎えに行った祖母・エリージュから、父に頼んでリンゼイと結婚出来るようにお願いをしろと、脅すように勧められたということがあった。
クレメンテは国の平和に大きく貢献したこともあって、彼の父親も要求を受け入れた。
「リンゼイさんのお陰で、自分の中にたくさんの可能性があることに気付きました。それだけでも、この結婚に価値はあったと」
「……そう」
「ありがとうございました。本当に、なんとお礼を言っていいのか」
「別に、私はなにも」
リンゼイは本人の意思に反して命を助けてしまったことを気にしていた。
幸いにも、本人は生きる希望を見出し、お礼も言ってくる。
思いがけず良い方向に転んだと、リンゼイは安堵していた。
「この先、リンゼイさんと別れることになっても、私は私に出来ることをしたいと思っています」
そこには、揺らぐ事のない意志があった。
生きる価値がないから死にたいと嘆いていた男の影はない。
リンゼイは目を見張る。
そして、努力をすれば人は変われるのだと、気付いた瞬間でもあった。
アイテム図鑑
ホーソーン茶
軽度の心臓疾患などに良いとされているが、恋のドキドキを治める効果はきっとない。




