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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第三章 薬屋『メディチナ』
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三十八話

 本日は休日となっている。

 一週間に一度、屋敷の使用人も住人も休む日と定められていた。

 これはクレメンテとリンゼイが話し合って決めたことである。

 その日は食事の確保も部屋の掃除も風呂の準備も自分達でしなければならない。

 今日が実施の一日目。

 リンゼイはいつもの癖で早く目が覚めてしまった。


 瞼を開けば、眼前に彼女を見下ろす存在があった。

 思わず「うわ……」と小声で言ってしまう。


『おはようございます、奥様』

『ご機嫌いかが? 奥様』

『今日はどんなお召し物にしましょうか、奥様』

「あ~……、う~ん」


 朝から花の妖精姉妹に取り囲まれいた。

 魔法マギアで作られた光が、一瞬にして眠気眼ねむけまなこのリンゼイを明るく照らす。


 宙には三枚のドレスがふわふわと漂っていた。

 どれが良いかと聞かれても、起きぬけの不明瞭な頭では判断が難しいと思う。

 妖精達は朝から元気である。ぼんやりとしているリンゼイに向かって続け様に質問をぶつけていた。

 いつもは彼女らに加えて、姦しい侍女三人組が居るが、今日は休みなので不在だ。なので、少しだけ静かでもある。


 花妖精の選んだ白地に青い薔薇の刺繍があるドレスを纏う。肘丈の袖口は広くなっており、ゆったりとしたひだドレープが入っている。腰周りはリボンでぎゅっと絞られ、スカートは釣り鐘状に広がっていた。清楚な印象のあるドレスである。

 髪は一つにまとめてから三つ編みを緩く編んで、背中に垂らした。

 いつもの花妖精特製の化粧を施してから、リンゼイは食堂に向かう。

 朝食はリリットが腕を揮うと前日から張り切っていた。


「あら?」


 食堂にはエリージュが居た。シグナルやイル、他の使用人に屋敷の主であるクレメンテも。

 普段よりもラフは格好をしている執事シグナル庭師イミル料理人ソウル絵師イルなどはリンゼイが食堂に入るなり、立ち上がって挨拶をする。

 エリージュやクレメンテも使用人達の朝の挨拶に続いた。

 二人は着席したままで言う。


「おはよう」


 揃いも揃って一体どうしたのかと訊ねれば、リリットに食事の席に招待をされたのだと言う。


「あ、そうなんだ」


 ぴんと背筋を伸ばして立っている使用人の男性三人とイルに、リンゼイは椅子に座るように勧めた。


 しばらくすれば、目覚めの一杯として、妖精姉妹が淹れた花紅茶が振舞われる。

 いい香りのするお茶に、リンゼイとエリージュはうっとりするような表情になり、イル以外の男性陣は微妙な顔で芳しい香りの液体を啜っていた。


「お恥かしい話、落ち着かないですね」

「そう?」


 シグナルは苦笑しながら話す。

 元王妃であるエリージュに、元王族であるクレメンテ。

 同席する者達は、恐れ多いとしか思っていなかった。詳しい事情を知らないのはリンゼイだけである。

 使用人三人が冷や汗を何度か拭っていれば、遠くから手押し車を押す音が聞こえてきた。


『いやあ、どうも、どうも! お待たせしました!』


 エプロンを着けたリリットが、食堂まで飛んできて会釈をする。


『自信作が出来たから、お口に合えば嬉しいなあ』


 そんな風に言ってから、外に居る人物に向かって中に入るようにと指示を出していた。


「え、一体誰が手伝いを……?」


 リンゼイの疑問はすぐに解決された。

 食事が載った手押し車を押していたのは、人ならざる者であった。


 大きな耳を持ち、鼻は高くもなく、低くもなく。目の形はぱっちりとしていて、美しい弧を描いた上につり上がっている。ふさふさと全身を覆う毛はエメラルド色。瞳の色彩もまた同じ。頬と目元からぴんと生える髭は銀糸みたいに輝いている。

 二足歩行で歩き、女性使用人の服装にふりふりのエプロンを身に付けていた。長いしっぽはくねくねと楽しげに揺らいでいる。

 大きさはリンゼイよりも頭一つ分小さい。セレディンティア王国の女性の平均的な背丈位であった。


『みなさん、お待たせ致しました』


 突如として現れた猫妖精フェアリ・ケッタを前に、一同は絶句する。


「リリット、この子は?」

『あ、ごめん、お友達なんだ』


 数日前、友人である猫妖精フェアリ・ケッタと偶然再会したリリットは、今日の食事会の為に手伝いを頼んだのだと言う。


『え~っと、彼女は猫妖精フェアリ・ケッタのスメラルド』

『みなさま、初めまして、うふふ』


 注目が集まって照れた猫妖精フェアリ・ケッタは、大きな目を細めながら一礼をして、配膳を再開させる。


 まずは鍋の中からスープが注がれた。

 緑豆をすり潰して生クリームと一緒に煮込んだスープである。小さなお皿に盛りつけられた野菜の取り合わせを、リリットがスープの斜め前に置いて行く。

 次に、焼きたてのパンを白いお皿に置いていった。

 最後は双子の目玉焼きと厚切りベーコンの盛り付けてあるお皿を配って歩く。


 優雅な身のこなしをする猫妖精フェアリ・ケッタ・スメラルドは熟練の使用人のような動きを見せてくれた。

 配膳が整えば、リリットが『どうぞ、お食べになって』と自慢の朝食を勧める。


 皆、突然現れた大きな猫の妖精への動揺を引き摺りつつ、食前の祈りをしてから各々食事を開始する。


 リンゼイは匙でスープを掬って啜る。


「あ、美味しい」

『やった~!』


 リリットは片手を上げて、猫妖精スメラルドの肉球とハイタッチをする。


『これね、妖精の森にある食堂の豆のスープを再現したんだ』

「そうだったの? でも、本当に美味しい」

『嬉しいなあ』


 他の者達も妖精のスープを絶賛していた。

 食後はリリットが屋敷の住人を紹介する。


『じゃあね、最初はお屋敷の主から』


 スメラルドはさっと上座にどっかりと鎮座しているエリージュを見たが、その人は違うと突っ込まれていた。


『え~っと、一応、彼がここのお屋敷の主で、元王族でもあるクレメンテ』

「は、初めまして」

『まあ、素敵な御方ですね!』


 取り繕うように言うスメラルド。なにもかもが遅かった。

 クレメンテは溜め息を吐く。


『次に、クレメンテの奥さんで、凄腕の魔術師であるリンゼイ』

「どうも」

『まあ、素敵な魔力をお持ちで』

「ありがとう」


 続いて、エリージュの紹介をする。


『こちらのご婦人が』

『女王様ですね!!』


 スメラルドの言葉を聞いて、紅茶を口に含んでいた男性使用人衆が、揃って噴き出した。


 リリットは慌てて『女王様のように威厳があって美しい御方ね!!』と強い口調で訂正した。


 げほげほと噎せている使用人達の背中をエリージュが撫でに行く。

 正確に言えば、優しく撫でるのではなく、死角となっているリンゼイにバレないように強めに叩いていた。スメラルドも手伝おうと後ろに回り込み、エリージュの処方を真似ていた。


 イルは極力残酷な光景を視界に入れないように努力をして、クレメンテは机の下で手と手を合わせて、どうにかこの場が平和に過ぎるようにとひたすら祈っていた。


『え、え~っと、続きを言ってもいいかな?』

『お願いします』


 執事であるシグナル。庭師であるイミル。料理人であるソウルの三人は同年代であった。

 隠居してもいい年ごろであったが、元気に毎日働いている。

 顔が引き攣っている三人を、リンゼイは心配する。


「ねえ、なんか、みんなぐったりしているけれど、大丈夫なの?」

『エリージュ様に習って、背中を全力で叩いたから大丈ぶ、みゃっ!』


 スメラルドの口元はリリットの羽で即座に封じていた。


『さ、最後に、素晴らしい絵師をご紹介! イル!』

「……」

『え~、弓矢の名手でもある、イル!!』


 紹介をしたのにイルはそっぽを向いている。

 聞こえていなかったと思い、もう一度紹介しなおすリリット。

 だが、彼の知らない振りをする態度は変わらなかった。


『まあ、わたくし、嫌われているのかしら!?』

『いや、どうだろう?』


 イルの生態については詳しく解明されていない。リリットはどうしようかと頭を抱える。

 クレメンテがイルの態度を注意をすれば、あっさりと自己紹介を始めた。

 

 屋敷の住人の紹介は以上である。

 一人だけ無愛想な人間が居たので、リリットはスメラルドに謝った。


『いや、なんていうか、ごめんね』

『ええ、平気です。ニンゲンも様々ですから』


 みんな違ってほら愉快! 


 スメラルドは明るく言って食後の紅茶を淹れに行った。

アイテム図鑑


妖精の豆スープ


ほっぺが落ちるほどの美味しさ。

パンに浸して食べたらお口の中が幸せに!

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