三十七話
『メディチナ』の薬作りは、花の妖精の協力により効率も大幅に上がった。
まず、軟膏などの簡単な薬はリンゼイ抜きで作れるようになった。
リリットが全体の指示をしながら、花の妖精が精油を作り、侍女達が材料を混ぜればあっという間に完成である。数をこなせば、パッケージ詰めも早くなった。
リリットがきちんと作れているか『鑑定』で確認をした後、リンゼイは薬に物質保存の魔術を掛けるだけであった。
日に日に充実していく在庫棚を前に、リンゼイは満足げな顔で居る。
『リンゼイ、嬉しそうだね』
「まあね」
『この在庫もお店が再開したら一気に消えそうな』
「それはどうだか」
もう一カ月程『メディチナ』は営業をしていない。問い合わせについては毎日届いているが、量は日々減っているという。
『貴族は熱しやすく冷めやすいって、前にエリージュが言っていたね』
「そうみたい」
のんびり薬を作って売りたいので、今の状況は都合がいいとリンゼイは話す。
クレメンテの知り合いの、街に店を構える男が店舗を作ったらどうかという助言をして来たが、品数と人員が圧倒的に少ないのでまだ踏み込める段階にはないという答えを出していた。
『リンゼイみたいな美人がお店に居たら、毎日通って来る人が出て来るかもね』
「私に接客なんて出来ると思っているの?」
『そうだった!』
それにしてもと、しみじみしたような様子でリンゼイは言う。
この国の人の、容姿が良い人物に惹かれるということは不思議なものだと。
『リンゼイの国は魔力が高くて、知識が豊富な人が人気なんだよね』
「そう」
国内でも有数の魔術一家である、アイスコレッタの術式を受け継いでいたリンゼイの母親は、公国で一番魔力保有量のあった賢い男を婿に迎えていた。
『ってことは、リンゼイのお父さんって行く先々でモテモテだったってこと?』
「みたいね」
夫婦仲は最悪で、二人が一緒に居る空間は常にぴりぴりしていたと、リンゼイは両親を思い出しながら呆れたような顔付きになっていた。
子供としては最悪の家庭環境だったとも話す。
『え、でも、リンゼイって五人兄弟なんだよね?』
「そうだけど」
兄が三人、下に弟が一人と、見事な男所帯であった。
三人の兄は既に独立しており、様々な方面で活躍をしている。
十三歳の弟は、魔術学校で学生をしている身だ。
『それだけ子供が居たら、夫婦仲も悪くないんじゃあないの?』
「そんなの、一時的に気分が盛り上がればどうにでもなるんでしょう」
『まあ、そうかもしれないけどね』
ここでリリットは勇気を出して質問をしてくる。クレメンテはどうなのかと。
「はっきり言わせて貰えば、魔力はないし、魔術的な知識の欠如は仕方がないとして、一般的な知識も乏しいし、魔術師的には異性として全く魅力はなし」
『あ、う、うわ~……カワイソ、いや、なんていうか、そうだよね』
ある程度予想は出来ていたが、それでもリンゼイのクレメンテを評する言葉は辛辣であった。
「でも」
『ん?』
「両親を見ていれば、魔力や知識で伴侶を選ぶなんてどうしようもないって思うけどね」
『え?』
「相手が信頼できるか、自分をどれだけ思ってくれるかの方が大切なんじゃないかって、最近思うことがあるんだけど」
『ほ、本当?』
「嘘言ってどうするのよ」
リリットは再び勇気を出して聞いてみる。
リンゼイは、クレメンテからそういうことを感じる時はあるのかと。
「信頼は、どうだろう?」
『で、でも、薬草の種類とか知識だって教えたでしょう?』
「それは、多分悪用出来ないだろうって思ったから」
霊薬は魔術の心得がなければ作れない。なので、リンゼイは会って間もないクレメンテに自らの財産とも言える薬学の知識を与えた。
『だ、だったら、クレメンテ、リンゼイのこと、思ってくれているでしょう?』
「心配して、町まで迎えに来てくれたり?」
『それ!! そういうの、見ていたら分かるよね!?』
「……」
問い掛けた瞬間に、リンゼイの顔は険しくなる。
幼いころから天才魔術師と呼ばれ、少女時代に周囲に頼ることなく未知の国へ飛び込んで、一人で暮らしてきた。そんな彼女に押し付けられた夫。
勧められるがままに結婚の契約を交わし、数ヵ月経って今に至る。
『リンゼイ?』
「なんだか、よく、分からないっていうのが現状」
『でも、迎えに来たクレメンテをよしよし良い子してたじゃん!!』
「してないって。顔に付いていた泥を拭ってただけで」
『ええ~、そうだったんだ。紛らわしい』
しつこくリリットは食い下がった。
迎えにきたクレメンテを見て、気分が温かくなったとか、心配して貰えて嬉しかったとか、なにか思うことがあれば、それは絶対に愛だと主張する。
「愛の範囲、広すぎない?」
『そんなことないよ!』
「どうかしら」
納得していない様子のリンゼイに、リリットは我慢も限界となった。
『この際だから、はっきり言うけどさ』
「なに?」
『クレメンテって、リンゼイのこと、すごく好きなんだよ!!』
「!」
リリットの言葉に、瞠目するリンゼイ。
残念美女を前に、やっぱり気付いていなかったのかと、溜め息を吐いていた。
『多分ね、お父さんに頼み込んで結婚の話を強引に持ちかけたんじゃないかな』
「……いや、でも、そうなの?」
『ベタ惚れだからね』
「……」
『傍から見ていたらクレメンテの好意なんてバレバレだから』
リンゼイもいろいろと振り返って思い当たる節があったからか、頬を赤く染めていく。
「で、でも、私って美人なんでしょう? それで好きになったのなら、魔力や知識に惹かれるようなことと、変わりはないんじゃないの?」
『いや、クレメンテは美女好きじゃないでしょう』
「どうして?」
『なんとなく』
だったら、どうしてクレメンテが結婚したいと思ったのかと真面目に考える。
公妾の子として生まれた彼は、当時国王だった祖父から捨て駒のような扱いをされていた。妙に性格が暗いのはそのせいだとリンゼイは思っている。
一体どうしてそのような人物から好意を寄せられるようになっていたのか。
可能性として、以前どこかで会ったことがあることが頭の中に浮かんだ。
「あ!!」
『ん?』
「私、あの人に会ったことがある!!」
『え、どこで!?』
「戦場で」
クレメンテの纏っていた全身鎧をどこかで見たことがあるような気がしていたのだ。
戦場で死にかけていた兵士。
リンゼイが大霊薬を与えて助けた日のことを思い出した。
『なんでそんな重大事件を忘れていたの!?』
「だって、その時、兜で隠れていて、顔とか見ていなかったし」
『でも、普通クレメンテの鎧を見た時に思い出すでしょ!?』
「八年前の話だから、覚えている訳ないでしょう!」
当時のリンゼイは完成したばかりの霊薬を使いたくて堪らない状態にあっただけだった。人助けを目的として、戦場を駆け回っていた訳ではない。
『リンゼイ、よく思い出して』
その日のことを。当時のクレメンテがなにか言ってなかったかということを。
「……」
『リンゼイ!』
「いや、ごめん、覚えていない」
『うわ~ん!!』
ピンと張っていた羽をしおらせてがっかりするリリット。リンゼイは申し訳ないと謝る。
『ごめん、リンゼイ、どうしても気になるから、<視る>ね!』
「え?」
リンゼイがリリットの言わんとしていることを理解する前に、術式は発動される。
瞬く間に、意識はふんわりと薄くなっていった。
◇◇◇
気が付けば、リンゼイとリリットの体は半透明となり、宙を漂っていた。
場所は屍が積み上がっている戦場。
リリットは声に出さずに訴えてくる。ここは、リンゼイの記憶の中だと。
よく見れば、重なり合った死体の中に、血まみれとなった全身に鎧を纏う兵士の姿があった。クレメンテである。
体の至る場所が不自然な曲がり方しており、一目で重症であることが分かった。
思わず手を差し伸べようとしたが、体が全く動かなかった。
リリットは記憶の中だからなにも出来ないと、行動を制する。
そんな彼の元に、黒竜が舞い降りて来る。
背中に跨っているのは、八年前、当時十五歳のリンゼイであった。
クレメンテは、助けを求めるように手を差し伸べていた。
その手も途中で力尽きて、地面に叩きつけられる。
地上に降り立ったリンゼイは竜に問い掛けた。ここに生存者は居るのかと。
竜は主の質問に答えた。全身に鎧を纏う男だけが、生きていると。
全身鎧の男はすぐに見つかった。
体の状態を見て、リンゼイは大霊薬を使うに相応しい人物だと、嬉しくなる。
まずは意識の確認をする。
驚いたことに、死にかけた鎧の男ははっきりと意識があった。
しゃがみ込んで薬を飲ませようとすれば、男は思いがけないことを言ってきた。
もう、生きたくないと。
疲れた、この先、生きる理由を見いだせない。それに、たくさんの人を手に掛けたから、生きる価値もないと言う。
リンゼイは面倒だと思った。
誰も好きで戦っていない。
絶対的な存在である王に命じられたら、従うしか道はない。
それが、この国で生きるということであった。
だが、国王も変わった。
これから、新しい国として劇的な変化を遂げるだろうと、リンゼイは思っている。
王と時代に合わせて国が生まれ変わるように、男もまた、同じような道を辿ればいいとリンゼイは伝えた。
男は、押し黙ってしまう。
死なないうちにリンゼイは男の口に霊薬を勝手に流し込んだ。
折れ曲がった体は正しい方向に向き直り、荒かった息使いも穏やかになる。
効果は最大発揮したと、一人で満足していた。
それから、その場に薬を置いて去って行った。
以上がリンゼイとクレメンテの出会いであった。
◇◇◇
意識は現実へと戻る。
長椅子から起き上がったリンゼイは、リリットの謝罪を受けていた。
『ごめん、リンゼイ、ごめん!!』
「……」
『リ、リンゼイ、怒ってる?』
ふるふると、首を横に振る。
今まで忘れていた記憶は、驚くべき内容であった。
リンゼイの行動が、クレメンテの人生を左右させていたとは思いもしていなかったのだ。
今まで、どうして忘れていたのかと、頭を抱える。
あの当時は子供だった、は言い訳にはならない。
リンゼイは考える。
クレメンテのことを。
アイテム図鑑
クレメンテの恋心
リンゼイは、知ってしまった!




