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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第三章 薬屋『メディチナ』
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三十六話

 リンゼイは朝から虫刺され薬と虫よけを作る為に張り切って地下の実験室に向かった。

 朝食は侍女が持って来たパンとチーズ、紅茶で軽く済ませる。

 朝の身支度は花の妖精達が手伝ってくれたお陰でいつもの半分の時間で終わった。

 好奇心旺盛な妖精達はリンゼイの作る薬にも興味を持った。


『ねえ、なにを作るの?』

『この草花は何に使うの?』

『わたしたちも何か手伝う?』

「あ、うん。どうしようかな」


 リンゼイは今から作る薬の説明を、花の妖精達と三人の侍女、リリットに説明した。


「まずは植物油キャリアオイルを作るんだけど」


 虫刺され薬には植物の種子などから作る油が必要になる。

 使用するのはワインを作った時に残った果物の種。

 種の中には皮膚を細かい菌から守る効果がある。ワイン工場から購入したものを使う。

 今から小さい種の中から油を搾り取る作業について説明をしようとすれば、花の妖精達が任せてくれと挙手して来た。


『植物のことならわたし達に任せて』

『道具も必要ないわ』

魔法マギアで一瞬ですもの』

「へ?」


 花の妖精は歌うように呪文を唱え、くるくると踊りながら魔法陣を作りだす。

 柔らかな光に周囲が包まれた後、円陣の中の種は見事に油と絞ったカスに分離していった。


「す、すごい」


 リンゼイですら、奇跡のような光景を前に驚いていた。


 一部の高位妖精や竜などの人外の使う『魔法マギア』と呼ばれる術は、人智が及ばぬところにある、不思議な力である。

 基本的に、薬を作る時の魔術は物質を軽く変換させたり、時間の経過を促したり、乾燥や加熱など、補助的なものにしか使えない。

 たとえば、花を前に一瞬で精油を抽出させるということは不可能なのだ。

 その不可能を、花の妖精達は簡単にやってのけた。


「リリット、この子達って」

『う、う~ん』


 花の妖精の棲家となっていた苗に咲いていたのは、珍しくもない小さな黄色の花である。

 そこに『魔法マギア』を使える存在が棲んでいることは、ありえない話であった。

 通常、高位妖精と呼ばれる存在ものは、魔力の濃度が高い、深い森の中に隠れ住んでいる。


『ちょっと調べてみるね』

「お願い」


 リリットは自ら持つ魔眼『鑑定』の力を使って花の妖精達を調べた。


『ヒ、ヒイ!!』

「え?」


 リリットは震える声で『鑑定』で見た情報を伝えた。


 花妖精フェアリ・フィオーレ:メイプル


 花の妖精国の第一王女。


 花妖精フェアリ・フィオーレ:ノワ


 花の妖精国の第二王女。


 花妖精フェアリ・フィオーレ:アイリス


 花の妖精国の第三王女。


 リリットよりも力のある高位妖精だったので、基本的な情報しか見ることは出来なかった。震え続ける声で質問をする。


『あ、あの、花の妖精さん?』

『なにかしら?』

『御主人様って呼ばなきゃでしょう?』

『そうだったわ』

『いえいえ、わたしのことは気軽にリリットと……』


 手揉みをしながら花の妖精達に言うリリット。

 一向に話が進まないので、リンゼイが口を挟む。


「あなた達って、花の妖精の国のお姫様なの?」


 聞けば、あっさりと認める妖精達。隠す気はないらしい。

 事情を聞けば、花の国を突如として現れた魔物に蹂躙され、必死の思いで人間の住む町まで逃げ込んだのは良かったが、魔力の薄い人里の中で三人とも力尽きてしまい、花屋にあった花の苗に逃げ込んで今に至ると話していた。


「そうだったの」

『辛い記憶だから、すっかり忘れていたわ』

『でも、どうしようもないもの』

『泣いたって、故郷は蘇らないのよ』


 改めて、花の妖精達はここで暮らしたいと願い出る。


『あなたの傍はとても落ち着くの』

『お花の香りがする魔力だわ』

『故郷の中の空気に包まれているみたいなの』


 この先もリンゼイの仕事も手伝うと言う。

 断る理由など一つもないので、こちらこそよろしくとリリットと二人で頭を下げた。


 妖精達の事情を理解したところで、薬作りを再開させる。


 精油作りなどを妖精達が魔法マギアで作ってくれるので、作業は随分と簡略化された。


 まずは虫刺され薬から作る。

 湯を沸かし、湯煎の中で固形の蜜蝋を溶かしていく。溶け始めた蜜蝋の中に植物油を入れて、混ぜ合わせる。容器を移し替え、白く滑らかになった蜜蝋の中に先日採ったラヴォレ草とカモマイル草の精油を垂らしてさらにかき混ぜて、物質保存の魔術を掛ければ虫刺され薬の完成となった。


 完成した薬を前に、侍女達はほうっとため息を吐く。


「とっても良い香りですねえ」

『香りの組み合わせも完璧よね!』

「お薬だなんて嘘みたいですわ」

『練り香水みたいね』

「こちらも、お店に出したら人気が出そうですねえ」

『わたしもお店番がしたいわ』


 花の妖精が増えて、実験室は賑やかになっている。

 こんな風にたくさんの協力を得て、薬作りをするとは想像もしていなかったと、リンゼイは言う。ありがたい話であった。リリットも隣で話を聞きながら、頷いている。


『あ、そういえば、さっきクレメンテが来ていたけれど、何の用だったの?』

「別に、大した用事ではなかったけれど?」

『え?』

「どこに行って来るかの報告と、いってきますを言いに来ただけだったけど」

『へ、へえ、珍しいねえ』

「まあ、この前の寄り道事件があったからね。相手の予定や行動を把握しとかなきゃ、大変なことになるし」

『確かに』


 クレメンテも勇気を出して言いに来たのだろうなと、しみじみ思うリリットであった。


 完成した虫刺され薬は樹脂製のチューブに封入する。

 一つ一つきっちりと重さを量ってから、詰め込む作業に移った。


『これ、地味に辛い作業』


 リリットはぼそりと呟く。

 花の妖精達は植物に関連する術しか使えないので、彼女らも小さな手で容器に薬を詰めていた。

 虫刺され薬は全部で三十本程完成する。

 リリットの『鑑定』の能力できちんと効果を調べて、問題なく完成していることを確認出来た。


 時計を見ればとっくにお昼の時間を過ぎていた。

 侍女たちは「大変!」と言って食事の準備をする為に一階に駆け上がっていく。


「少しだけ一休みをしましょうか」

『そうだね~』


 花の妖精達は庭を散策しに行って来ると言って出掛けて行った。

 リリットはリンゼイと共に食堂に向かうことにした。


 食事を終えた後は、虫よけ薬の製作に取り掛かる。


「これって女性からの需要はあるかな?」


 虫避けに使う薬草は匂いが強い。

 見目を良くする為に、香水瓶のような華美な意匠の容器を用意していたが、どうなのだろうかと、リンゼイは侍女達に聞いてみる。


「これは、体に振り掛けるのはちょっと、辛いかもしれないですね」

「香水と匂いが混ざって大変なことになりそうです」

「男性や庭師は喜びそうですが」


 侍女の話を聞きながら、男性が買いやすいように瓶をシンプルなものに変えるべきかとリンゼイは悩む。そこに助言をしたのは花の妖精達であった。


『ねえ、薬草の効果はそのままにして、匂いだけ取り除く魔法をかけようか?』

『虫には匂うけど、ニンゲンは匂わないやつ』

『どうかしら?』

「そんなことまで出来るんだ」


 任せてと胸を張る花の妖精達。

 材料である、シトロンネレラ草とハッカ草、グニー草を精油にする際に、匂いを取り除くようにお願いをした。


 虫よけの薬は虫刺され薬に比べたら簡単なものである。

 魔力濃度を下げた竜の湖水の中に、シトロンネレラ草、ハッカ草、グニー草の精油をそれぞれ数滴垂らしてから攪拌機の中で混ぜ合わせ、最後に軽い結界呪文を封じ込めるだけ。物質保存の魔術を掛けて、香水の瓶に入れたら完成となる。花の妖精達の作った精油を使ったので、匂いのしない虫よけ薬が出来上がった。


 今まで植物から精油を抽出させるだけで多大な時間を要していた。

 だが、花の妖精達の協力のお陰で製作時間は大幅に短縮された。


 リンゼイが感謝の気持ちを伝えれば、可憐に微笑む花妖精の姉妹達。

 侍女やリリットにもお礼を言う。


 夜になれば、新たな屋敷の住人を紹介された。


 イル・ヴァンテ。

 クレメンテの元部下で、弓矢の名手であり、また、素晴らしい絵を描く絵師でもあった。

 改めて、クレメンテから紹介をされる。


 リンゼイに対してイルが最初に口にしたことは、謝罪であった。


「奥様のお姿を勝手に描いてしまい、本当に申し訳ないと」

「いいって。どうせ脅されて描かされていたんでしょう?」


 エリージュがその場に居なかったので、言いたい放題のリンゼイ。

 イルは困ったような顔で笑うだけであった。


「あなたの絵、とても評判がいいの。これからもよろしくね」

「は、はい、ありがとうございます!!」


 頭を深々と下げるイル。

 その場に平伏をしそうな勢いだったので、クレメンテはイルの服を掴んで自由を奪った。


 そんな二人の姿を見て、リンゼイは笑う。


「じゃあ、お仕事のお願いをしようかな」

「はい、何でもお申しつけ下さい!!」


 早速、虫刺され薬のパッケージについて話し合った。


アイテム図鑑


虫刺され薬


塗った瞬間に痒みが引いていく摩訶不思議なお薬。

これで庭の虫も怖くない!!

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