三十三話
花の妖精達のお陰で、リンゼイは時間通りにクレメンテの部屋の扉を叩くことが出来た。
『たのも~!』
「それ、なんか違う」
『なんとなく、勢いで言っちゃった』
扉はすぐに開かれた。
リンゼイの着飾った姿を見たクレメンテは、口元を押さえてから俯いている。
『クレメンテ、鼻血出そう?』
「だ、大丈夫です」
『二人っきりの方が良かった?』
「いえ、お気になさらずに。それに、リリットさんの分の食事もありますから」
『な、なんだってー!?』
クレメンテは扉を背中で押さえながら、中にどうぞと手先で促す。
内装はリンゼイの部屋と対となっていた。ただ、男性向けの部屋だからか、壁紙は白とシンプルである。
既に円卓の上には食事が並べられていた。
リリットにと用意されていたのは、スコーンにクッキー、ケーキなどが段重ねの皿の上に乗ったもの。更に、七種類のジャムが用意されていて、食いしん坊妖精は目を輝かせていた。
「このお菓子は全部リリットさんの分です。お菓子も、ジャムも、余った物は持って帰っていいそうですよ」
『本当!? クレメンテも宿の人も、太っ腹~!!』
クレメンテは椅子を引いて、リンゼイに座るように勧める。
ガラス瓶を持ち上げ、葡萄色の液体をグラスに注ぐ。
「これ、中身は?」
「果実汁です」
『ワインじゃないんだ』
「リンゼイさんがお酒を飲めないので」
詳しく話を聞けば、クレメンテも酒はあまり飲めないと言う。
リリットにも同じように葡萄汁が注がれた。
『じゃあ、乾杯といきましょうか!』
「何に乾杯するの?」
『そりゃあ、もう、リンゼイの美しさに乾杯するしかないよねえ~』
「恥ずかしいからやめて」
『え~、じゃあねえ……』
リリットはグラスを持ち上げてから、中身をくるくると回しつつ考える素振りをする。
『思いついた! 言ってもいい?』
「はい」
「どうぞ」
ふわりと羽ばたいてから、グラスを高い位置で掲げる。
そして、一言。
『みんなで過ごす楽しい夜に、乾杯~!』
クレメンテとリンゼイもグラスを挙げて、軽く重ね合わせる。
各々喉が渇いていたからか、一気にグラスの中身を飲み干していた。
今度はリンゼイが皆に果実汁を注いでいく。
空はすっかり夜色となっていたが、町の灯りは途絶えることはない。
これが観光地なのだと、三人は揃って感心することになった。
しばらく町の様子を眺めていたが、リリットのお腹の音をきっかけに食事の時間となる。
円卓の上には既にフルコースが並べられていた。一品一品配膳するサービスもあったが、リリットが居たので丁重にお断りをしたという。
『いやはや、わたしの為に気を遣って頂いたみたいで』
「いえいえ、とんでもない」
食事をしながら、今日の成果を報告し合う。
クレメンテは薬草の採取に行った後、庭に植えた花や薬草の収穫作業も手伝ったと言う。
リンゼイは虫刺され薬と虫除け薬の材料が揃い、なおかつ販売する際のパッケージについても良い着想が浮かんだことを話す。
「リンゼイさん、明日は朝一で帰りますか?」
「せっかくだから、少しだけ観光してから帰らない?」
『賛成!! クレメンテは?』
「いいですね」
『実は、まだ食べてみたいお菓子があったんだよねえ』
夕食が済んでからも、世間話に花を咲かせる三人であった。
◇◇◇
翌日。
宿の一階にある食堂で待ち合わせをしていたクレメンテとリンゼイ。
リリットは部屋で昨日の残りのお菓子を朝食代わりに食べている。
席に着けば、すぐにモーニングプレートが運ばれてきた。
皿の上には三日月型のパンに、炒った卵、カリカリに焼いた分厚いベーコンにバターの欠片。端に果物が添えてある。実にシンプルなものであった。
たっぷりと生地にバターが練り込まれたサクサクのパンは、ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーに浸して食べると美味しい。
「そういえば、部屋にあった花の苗、どうだった?」
「持って帰ってもいいそうです」
「そう。良かった」
花の妖精の棲家となっている花の苗は、宿の主人から譲って貰えることになった。
高位妖精であるリリットと違い、花を魔力の媒介にしている妖精達は召喚の術式を通しても遠く離れた状態で長い時間行動することは出来ないのだ。
上手く話がまとまったので、リンゼイは良かったと言う。
食後には柑橘類を絞った新鮮なジュースが運ばれてきた。
「さっぱりしていて美味しいですね」
「そうね」
いつもとは違う朝食をじっくりと堪能していた。
朝食を終えたら部屋に置いていた荷物を持ち、清算を済ませてから宿を出る。花の妖精の苗は既に道具箱の中だ。
嬉しそうなリリットを連れて町の散策をする。
「すごいですね。町全体が甘ったるい匂いが漂っていて」
『良い匂いだね~』
「……そうですね」
朝食も甘いパンとコーヒーを摂ったので、余計に胃がもたれるような思いをするクレメンテ。
リンゼイは気にせずに町の雰囲気を楽しんでいた。
本日もチョコレートチューブを売っているお店の前には長蛇の列が出来上がっている。
昨日よりも長い列を成していたので、あれに並ばなくて良かったリンゼイはとうんざりした様子で呟いていた。
買い物もサクサクと行っていく。
瓶に入ったクッキーに、クリームと果物がたっぷりのパイ。両手で抱えなければならない程の大きな焼き菓子に、ナッツがぎっしり詰まったタルトなど、珍しいお菓子を中心に購入していく。全て、屋敷の住人の為に買った土産であった。
クレメンテの両手いっぱいになっていた荷物は、町を出てしばらく行った先で道具箱に収納した。
「すごい人混みでしたね」
「昨日よりすごかったかも」
『だって、お菓子って焼き立てが美味しいから、みんな開店したばかりの時間を狙っているんだろうね』
リリットはクレメンテにお菓子を数種類買って貰い、上機嫌であった。
周囲に誰も居ないのを確認してから、袋の中の揚げ菓子を取り出して齧りついている。
『う、うま~~!』
「何を食べているの?」
『揚げたパンの中にアイスクリームが入っているやつ!!』
買ってすぐにリリットが自分で中のアイスクリームが溶けないように、状態維持の魔術を掛けてから持ち歩いていたものである。
リンゼイが別のお菓子の列に並んでいる間に買って貰った品であった。
『外はね、揚げたてのパンの表面がカリカリで、まぶした砂糖がサクサクしていて、中の生地がもっちりしてて、アイスクリームが冷たくって美味しいの! それが全部口の中に……! はあ、幸せ。クレメンテ、ありがと~!』
「良かったですね」
一口食べてみるかと聞いたが、町の甘い空気だけでお腹がいっぱいになっていた二人は遠慮した。
リンゼイは家路に就く為に、メレンゲの名を呼ぶ。
すると、すぐに空の向こうから飛んできた。
プラタは背中にしがみ付いている。
『ねえ、あれって大丈夫なの?』
今にも転げ落ちてしまいそうな、まんまるとした銀竜を指さしながらリリットは言う。
「まあ、落ちてもメレンゲが『魔法』でどうにかするでしょう」
『そ、そっか』
危うい飛行状態の中、なんとか落下せずに着地をする。
降り立ったメレンゲと、背中から飛び降りて来るプラタ。
運動神経があまり良くないからか、着地に失敗して地面の上をごろごろと転がっていた。
すぐさま立ち上がって、目を輝かせながら地上で待っていた一行を見つめる 。
『クエ~!』
つい先日、リンゼイに厳しく躾をされたプラタはいきなり飛びかかることをしなくなった。代わりに、最近出来るようになった二足歩行でよちよちと歩いて来る。
『……わ、わたし、二足歩行する竜とか初めて見たわ』
「……同じく」
「ああいう風に歩くのはプラタだけなんですか?」
「そう。普通の竜は二足歩行なんてしないから」
クレメンテと遊んでいる間に、いつの間にか出来るようになっていたという。
普通、翼を持つ竜は四足歩行で移動をする。少しの距離でも跳ねるように飛んで歩くのが大半であった。
あれは本当に竜なのかと、訝しげな視線を向けるリンゼイとリリット。
一生懸命な様子で歩いて来たプラタは誰に抱きつこうか迷い、結局選べなくて切ないような鳴き声を上げている。そんな子竜の様子にリンゼイは笑ってしまった。
帰宅後、食堂の机の上に買ってきたお菓子を並べて、好きな物を持って行くようにと使用人に土産を渡した。
『シグナルにはチョコレートチューブをあげるね』
「おや、これが噂の」
『そう!!』
お茶飲み友達でもある執事は甘いものに目がなかった。
リリットから渡された『チョコレートチューブ』を両手で受け取り、嬉しそうな顔をしている。
エリージュには美容に良いと噂される蜂蜜飴を買って来ていた。
「まあ、私にまで。ありがとうございます」
「あなたの素敵な荷造りのお陰で大変な思いをしたけどね」
「あらあら、なにか不手際が?」
どうぞこの場でおっしゃって下さいと言うエリージュ。
だが、クレメンテやシグナルといった男性陣が居る前で言える話ではなかった。
リンゼイは奥歯をぎりっと噛み締める。
「この先、二度と失敗しないように、叱って下さいな」
「……」
「それとも、誰も居ない所でお話致しましょうか?」
「もう、いい」
エリージュに口で勝てる訳がなかったと、早くも諦めの心境になっていたリンゼイであった。
アイテム図鑑
リンゼイの下着
魅惑の赤い下着。しかも、上下お揃い。
「私のじゃないから!!」と本人は強く主張している。




