三十二話
竜は町の外で待機。人に見つかってはいけないので、メレンゲはプラタの首根っこを銜えてから、近くの森まで飛んで行った。
二頭の竜を見送ってから、一行は町の中へと戻っていく。
エリージュの知り合いの宿屋は町の中心街から少しだけ離れた場所に位置する、落ち着いた雰囲気の建物である。赤いレンガの可愛らしい宿であった。
受付で名前を出せば、すぐに部屋を用意すると言う。
「すみません、あの、部屋を二つ準備して頂くことは」
「可能でございます」
「だったら、そのようにお願いをします」
「承知いたしました」
クレメンテは家から着替えなどの荷物も持って来ていた。道具箱から取り出してリンゼイに手渡す。
『うわ、クレメンテ、気が効く~』
リリットが耳元でリンゼイの下着も用意したのかと聞けば、顔を一瞬で真っ赤にしながら荷物の準備はエリージュがしたと言った。
『あ、そうなんだ』
「当たり前です!」
そんな会話をしているうちに、宿屋の従業員がやって来て部屋へ案内すると言いに来る。
部屋は三階だった。従業員の後に続いて、階段を上って行く。
「こちらがクレメンテ・スタン様のお部屋になります」
従業員は荷物を持って部屋に入る。
「リンゼイさん、食事は部屋に持って来てくれるそうです」
「だったら、一緒の部屋に持って来て貰いましょう」
「え!?」
「色々報告を聞きたいし、私も聞いて欲しい話があるの」
「は、はい」
新婚夫婦のやりとりを、リリットはにやにやしながら眺めていた。
続いて、リンゼイも部屋に案内される。
クレメンテの隣の部屋だった。
「こちらがリンゼイ・アイスコレッタ様のお部屋です」
「ありがとう」
一泊することになった部屋は円卓の机と椅子、窓際には一人掛けの椅子もあった。奥にある部屋は寝室。
窓の外からは賑やかな町の様子を眺めることが出来る。
『そう言えばさ、リンゼイ』
「ん?」
『二人って夫婦別姓なんだ』
「ここの国ではそれが普通みたい」
『へえ、そうなんだ~』
クレメンテは結婚を機に、母親の実家である公爵家を名乗ることを止めた。二番目の名は母方の旧姓である。
『リンゼイ、お風呂にする~? それとも、チョコレートチューブの試食をする~? それとも~、あ、ごめんネタ切れ』
「お風呂に入ろうかな」
『よし来た!』
「ん?」
『お背中を流しますわ』
「いいってば」
リンゼイが風呂に入っている間、クレメンテから道具箱の通信機能を通じて連絡が届く。
食事は一時間半後で、クレメンテの部屋に運ばれると。
留守番係をしているリリットが、了解と返事をする。
それからしばらく経てば、リンゼイが風呂から上がってくる。
その姿はタオル一枚だけだったので、リリットはびっくりして座っていたシュガーポットの上から転げ落ちた。
『ど、どうしたの、リンゼイ!?』
彼女の片手には下着が握られていた。真っ赤な下着である。
リリットは一瞬で様々な思惑を察する。
『エ、エリージュったら』
リンゼイは真っ赤な下着の上下を地面に叩きつけるように投げてから、タオル一枚の姿で一心不乱になって鞄の中を探っていた。
しかしながら、残念なことに下着は一組しか入っていないようであった。
「買いに行かなきゃ」
『今から、下着を!?』
「こんなの身に着けられるわけないじゃない!」
『いやいや、服の下だから誰も分からないって!』
「でも、嫌!!」
『いやあ、しかしですねえ』
リリットは上からリンゼイの体を見る。
この国の女性は小柄な人が多い。故に、下着の他に服などもリンゼイの体の寸法に合わせて特別に作ったものばかりであった。
『リンゼイの体に合う下着、きっと売っていないと思うなあ』
「……」
ちなみに、今までは服など全て実家から既製品を取り寄せていた。
思えば、セレディンティア王国に来てから服屋などに行っていなかったことに気付く。
『リンゼイ、大丈夫だよ』
「え?」
『ほら』
「……」
リリットは真っ赤な下着を掴み取り、広げて見せる。リンゼイは眉間に皺を作り、思いっきり顔を顰めた。
『これ、透けていない普通の下着だから』
「色が普通じゃないから!」
『それに、もう少ししたら食事の時間になるよ』
「!」
食事の時間まで三十分も無かった。
一応リリットは風呂に入っているリンゼイに報告をしたが、返事が適当だったので、さては聞いていなかったなと胡乱な視線を向けていた。
リンゼイは地面にあった下着を拾い集めて、慌てて脱衣所へと戻って行った。
そして、エリージュが用意していた青いワンピーズを纏ってから出て来る。
魔術で雑に髪の毛を乾かしたからか、波打った毛は跳ね広がっていた。
鞄を探り、台の上に化粧品を並べてから軽く絶望をする。
「ま、間に合わない!」
『リンゼイ、お手伝いを呼んでもいい?』
「え? なにそれ」
『説明している暇はな~~い!!』
そんな風に言ってから、リリットは呪文を唱える。
近くにあった花の苗の周囲がさわさわと揺れる。
手と手を合わせれば、花の周囲が光り輝いて、人の形が浮かんできた。
――妖精召喚。
高位妖精が周囲に存在する妖精を召喚する呪文である。
リンゼイの身支度を手伝う為に、美意識の高い花の妖精をリリットは呼び出した。
『ごめ~ん、みんな、このお姉さんの身支度を手伝って~』
呼び出されて出てきたのは三人の妖精。
花の帽子を被り、リリットよりも一回り大きな妖精であった。
リンゼイを取り囲み、遠慮なく観察している。
『まあ、なんて綺麗なニンゲンなの?』
『この子、化粧なんかしなくてもいいんじゃない?』
『魔力もいい匂い』
『お、お喋りはいいから、早く~~、急いで~~!!』
リリット以上にお喋りな妖精達は、指示に従って準備を始める。
リリットは荷物の中に入っていた香油を取り出してから、紫色の髪に振りかけて撫でるように馴染ませていく。三人の妖精で協力をすれば、みるみるうちに髪の毛に艶が出てきた。
もう一人は化粧を施す。
『青いドレスだから、清楚な感じがいいかしらあ?』
どう思うかと聞かれ、お任せすると言って返した。
妖精達に身を任せ、リンゼイは大人しくしていることにした。
十五分後。身支度は終了した。
青いドレスは襟が詰まっており、袖のないものである。胸の下からギュっと絞られており、スカートは裾に向ってまっすぐに落ちていく意匠。
腕回りが寂しいので、透かしのレースが美しいショールを巻き付けていた。
緩やかなウェーブのかかった髪は頭の高い位置で一つに結んでいる。
耳には白い粒の耳飾りが輝いていた。
花の妖精達は自らが飾り立てたリンゼイを見てうっとりしていた。
リリットもいつもと雰囲気が違うと、装いや化粧を絶賛する。
『お化粧品は私達の花の成分を追加したのよ』
『良い香りでしょう?』
『とっても綺麗になったわ』
『へえ、だから、いつもと違う感じなんだ』
妖精の施した化粧をしたリンゼイを一言で現すのならば、妖艶だとリリットは評する。
「ねえ、リリット、この子達の報酬は?」
『あ、そうだった』
なにがいいかと訊ねたら、花の妖精達は思いがけないことを言ってくる。
『このニンゲンのお世話をしたいわ』
『あら、いいわね』
『わたくしたち、綺麗な生き物が大好きなの』
『……』
「……」
想像もしていなかった要求に、リンゼイもリリットも言葉を失ってしまう。
他にないかと訊ねても、特に思いつかないと言ってのけた。
『どうする、リンゼイ?』
「どうするも、妖精との契約を反故にする訳にもいかないでしょう?」
『だ、だよねえ』
妖精の契約は他の召喚術とは異なる。
願いを叶えた後に報酬を求めるのだ。
召喚する術者もその辺は覚悟をしなければならないが、妖精は大きな報酬は要求しないので、危機感も薄い。
『エリージュと揉めないといいけど』
「でも、最近は薬屋の手伝いの割合が多くて、私の身支度は新しく来た侍女に任せっきりだから大丈夫じゃない?」
『そっか。だったら、お屋敷までついて来て貰おうかな』
リリットとリンゼイが了承すれば、妖精達は喜んで住み家となっている花の苗に帰って行った。
『あ、あの花の苗、宿屋の人から売って貰わないとね』
「うん。譲ってもらえるといいけれど」
こうして、新たな妖精族の仲間が増えた。
アイテム図鑑
妖精の化粧品
妖精の魔力で作りだした化粧品。
対象となる人物の魅力を最大限にまで引き出す。




