三十一話
翌日。
とりあえず、材料集めから始めることになった。
クレメンテはメレンゲに跨って森に薬草採取に行き、リンゼイは飛行板を使って出掛ける。
次回以降、クレメンテに材料の種類を教えることが出来るように、リンゼイの方にはリリットが同行していた。
リンゼイはいつもとは違う森に薬草を摘みに行く。
移動すること一時間。
北にある森の中で材料の採取を行う。
まずは虫刺されの薬から。
材料は蜜蝋、植物油、精油(ラヴェレ草、カモマイル草)。
森の中ではラヴェレ草とカモマイル草を採取する。
「カモマイル草には痒みを抑える成分があって、ラヴェレ草には皮膚を綺麗にする成分が含まれているの」
『へえ、そうなんだ~』
ラヴェレ草は紫色の花を付け、甘い香りが特徴である。
茎には水分を多く含む為に、手先が染まらないように革手袋を嵌めてから摘んでいく。
リリットも薬草の種類を覚えながら、薬草を抜く作業を手伝った。
「こんなものかな」
『結構たくさん摘んだね』
採取したラヴェレ草は薬草箱の中に入れて保存をする。
次はカモマイル草を集める為に、森の中を散策した。
『カモマイル草って甘酸っぱい果実みたいな香りがする草だよね?』
「そう」
別名草むらの果実とも言われる薬草は、鎮静効果があるのでお茶の葉としても愛されている。
最近は農村で栽培されたものが市場に並ぶが、薬として利用する場合は森で採った物の方が効果が高いとされていた。
鎮静効果の他にも、肌荒れや吹き出物などにも効き、頭痛や歯痛などの鎮痛効果もあると言われていた。
ラヴェレ草との香りの相性も抜群である。
途中に群がって生えている場所があったので、リリットと二人で一心不乱に摘んだ。
十分な程に採取が終わったら、次の目的地へ向かう。
虫よけの材料も薬草が中心だ。
シトロンネエラ草、ハッカ草、グニー草を精油にしたものと、竜の湖水を混ぜたものを散布すれば、虫か近寄らない薬が完成する。独特な草の匂いと、魔力から漂う瘴気で虫を追い払うので、香水などを振りかけるご婦人などには売れないであろうと想定していた。
それらの薬草が生える条件が揃っている森を目指し、地道に採取を行った。
途中、家から持って来たお弁当を食べて休憩を挟み、午後からも作業を続ける。
なんとか材料が集まれば、家路に就く為の準備を始めた。
時刻は夕方を過ぎている。
『ねえ、リンゼイ』
「なに?」
『ここのさ、近くにあった町、覚えている?』
「ええ」
森から南西に位置する町『メリエンダ』は観光地である。別名・お菓子の町とも呼ばれる場所であった。リリットはそこの名物であるお菓子を買って帰りたいと言う。
「え、もう遅いし。ここから帰るのに一時間も掛かるけど?」
『リンゼイ、お願い!』
何十年か前に、リリットを使役した魔術師が話していたのだ。
一度でいいから、セレディンティア王国にあるお菓子の町に行って食べ歩きをしたいと。
引きこもりな魔術師は、結局リリットとの契約が切れるまでメリエンダに赴くことはなかった。
人と契約を交わしていない妖精は生まれた場所から離れることが出来ない。
なので、リリットは長年気になったままでいたのだ。
「そうだったの」
『そうだったの! 一生のお願い!』
「だったら、仕方がないなあ」
『わ、ありがとう!!』
リンゼイは外套の頭巾を深く被り、リリットを腰に着けた小さな鞄に入れて、飛行板で町の近くまで行くことにした。
◇◇◇
『メリエンダ』は童話に出て来るような、言葉の通りにお菓子の町であった。
地面はふっくら焼いたケーキのような色合いの石が敷き詰められ、家の壁はチョコレート色をしたレンガで造られている。屋根はクッキーを重ねたような形で、窓枠は飴細工で作ったように見えた。
そして、どこを見渡してもお菓子を売る店ばかり。
甘い香りが町の中全体に漂っていた。
『うわ~、たまりませんな!』
リリットは呪文で姿を消し、リンゼイだけに聞こえる声で話しかける。
『やっぱり、メリエンダと言えば、『チョコレートチューブ』だよねえ』
(え、なにそれ?)
『リンゼイ、知らないの!?』
一番人気の名物『チョコレートチューブ』とは、生クリームをたっぷり入れてから滑らかになるまで溶かしたチョコレートを筒状の容器に入れて販売した品である。
『チューブの口を銜えて、直接チョコレートを食べるらしいよ~』
(うわ、甘そう)
『ふふふ、夢だったんだよねえ』
うっとりとした様子でリリットは語り出す。
別名『飲むチョコレート』とも言われていると説明していた。
町の真ん中にある店に、長蛇の列が出来上がっていた。
噂の街に一件しかない『チョコレートチューブ』の店である。
(ねえ、あれに並ぶの?)
『リンゼイ、お願~い』
(……)
リリットは薬屋の仕事を毎日頑張ってくれている。たまには労わないといけないかと思い、リンゼイはお菓子屋の列に加わることにした。
列に並んでいるのはほとんどが女性である。
待つ事一時間。ついにリンゼイ達の番となった。
意外と早く順番が回って来たので、二人は安堵していた。
(ねえ、リリット、いくつ要るの?)
『え、一個でいいよ?』
(なんで遠慮をするの?)
『いやいや、していないって!』
(……)
リンゼイはリリットの分、五本を購入した。
『クレメンテにもお土産?』
(いいえ。全部あなたの)
『う、嘘! 嬉しい!』
リリットはまた明日からお仕事を頑張ると、リンゼイに宣言していた。
目をキラキラと輝かせる妖精の頬を、リンゼイは微笑ましいを思いながら指先で軽く突く。
リリットは照れたように笑っていた。
明るい町中から早足で外に出れば、すっかり暗闇の中であった。
『うわ、見事に真っ暗! リンゼイ、ごめんね! わたしのわがままのせいで!』
「いいってば」
リンゼイも町のお菓子屋を覗いて、商品の包装について勉強出来たと話す。
虫刺されの薬はチューブに入れて売ったらどうかという着想まで浮かんでいた。
リリットは町で一泊してから帰るかどうかと聞いたが、屋敷の者達が心配しているといけないので、帰ると言う。
『ちなみに、夜の飛行経験は?』
「メレンゲと一緒にだったらあるけれど、飛行板は初めて」
『え、大丈夫なの?』
「地理の情報は飛行版に刻んであるから、乗っているだけだし」
『あ、そういう仕組みなんだ』
「空の道筋なんか覚えている訳ないでしょう?」
『そうだよねえ』
リンゼイは大きな光の球を魔術で作りだした。
視界の確保だけはしっかりしておく。
周囲は大きな光に照らされていた。リリットは眩しいと目を細めている。
『さてと、帰ります、か?』
「ん?」
上空を大きな影が横切る。
リンゼイとリリットは上空を見上げた。
その正体を、視力がすぐれているリリットが先に気付いた。
『あ、メレンゲ!』
「え、なんで?」
少し離れた場所で、黒竜が優雅に舞い降りて来る。
騎乗していた人物が飛び降りて、リンゼイ達が居る場所まで駆けて来た。
『あ、クレメンテ』
「本当だ」
リンゼイとリリットの姿を確認したクレメンテは、その場に膝から崩れ落ちた。
地面に両手をついて項垂れている。
流れるような一連の動作に、思わず言葉を無くしてしまうリンゼイ達。
『クエ!』
四つん這いの体勢となれば、クレメンテが背中におぶっていた子竜と目が合う。
プラタは尻尾を振りながら、片手を挙げて挨拶をしていた。
『プラタまで』
「ねえ、どうしたの?」
「……さん、かった――じで」
「え?」
リンゼイはしゃがみ込んでクレメンテになにかと問い掛ける。
「なに? もう一回言って」
「……その、リンゼイさんが、無事で良かった、と」
「!」
話を聞けば、遅くても夕方には帰って来ると言っていたリンゼイが暗くなっても一向に帰らないので、採取の最中になにかあったのではと心配をして迎えに来たと話す。
竜は主人と繋がっている状態なので、どこに居ても分かるのだ。
「メレンゲさんに聞いたら、大丈夫みたいな感じで鳴いていたのですが、いかんせん竜の言葉に自信がなくて、お願いをしたらリンゼイさんの所まで連れて行ってくれると」
「そうだったの」
光に照らされたクレメンテの顔は土で薄汚れていた。
採取から帰宅をしてからそのままの格好で居たのだと、リンゼイは気が付く。
「立てる?」
「あ、はい」
立ち上がったクレメンテの服に付着していた土を、リンゼイは手で払った。
顔も汚れていると言ってから拭いてあげる。
「あ、ありがとう、ございます」
「いえいえ」
遅くなったのは食い意地が張っていた自分のせいだと、リリットは平謝りをした。
『クレメンテ、本当にごめんねえ』
「いえ、いいですよ。皆、無事でしたから」
『うう、今度からは計画的に行動するから~~』
話が一件落着したところで、リンゼイは家に帰ろうと言う。
「あ、今日は町に泊まって行けと」
「え?」
エリージュの知り合いの宿屋で一泊して、翌日も市場の勉強をしてくるようにという伝言を貰っていた。
「それとも、帰りますか?」
「う~ん、ちょっと疲れているような気もするから、お言葉に甘えようかな」
こうして、夫婦揃って初めての外泊をすることになった。
アイテム図鑑
チョコレートチューブ
そのチョコレートを口に含んだものは誰もが叫ぶ。
「あま~い!!」と。




