二十九話
夜会当日。
リンゼイはこの日の為に仕立てたドレスを纏っていた。
彼女自身が薬屋の広告になると言われ、今宵も派手な格好で参加させられる。
当の本人は乗り気では無かったが、威圧感のある侍女が怖かったので渋々従った。
このような公式の催しの場では、男女一組となって参加をするのが決まりである。
女性は、男性に寄り添って歩くようになっていた。
エリージュは何度かクレメンテと練習するようにと言っていたが、薬を作るので忙しかったので、当日の本番勝負となってしまった。
「ああいうの、私達もしなきゃいけないわけ?」
「でしょうね」
クレメンテはリンゼイに手を差し出した。
周囲を窺えば、離れて歩いている男女は居ない。
リンゼイは先ほどからちらちらと視線を感じていた。
それは彼女自身の美しさに、すれ違う男達が惹かれていたからであった。ところが、リンゼイは自分達に妙な距離感があるからだと勘違いをして、すぐさまクレメンテの手を取って傍に付く。
「なんだか見られている気がするから、早く行きたい」
「……ですね」
クレメンテは振り返ってリンゼイを見る男に鋭い視線を向けながら返事をした。
不幸にも、殺気の籠った目で睨まれた男は肩を揺らして慌てて視線を逸らす。余所見をしていたので、一緒に歩いていた女性からも非難の言葉を浴びていた。
人混みの隙間を縫うように歩いてから、目的の地まで早足で行った。
まずは使用人を引き連れて、先に商売を行う広間に向かう。
「じゃあ、後はお願いね」
「かしこまりました」
使用人に売り場の設営を任せてから、クレメンテとリンゼイは大広間に移動した。
「お兄さんに挨拶をするの?」
「ええ、まあ」
今回の参加は兄メジュレクトに頼み込んで実現したもの。
一言でもお礼を言おうと、重たい足を引き摺りながら向かっていた。
「あなたたち、兄弟仲ってどうなの?」
「最悪ですね」
「やっぱり?」
「そう見えますか?」
「そう見えますね」
クレメンテ自身、兄と話した回数は片手で足りるほどであった。
未来が約束された第一王子と王宮内で立場が弱い第二王子は、互いに深く干渉することもなかった。
「でも、みんな王宮に住んでいたんでしょう?」
「それぞれ、違う役割がありましたから、別行動が普通でしたね」
それは、第一王子と第三王子の間にも同じことが言えるという。
「第一王子には国の王となる為の風格と素養を、第二王子には国の剣となる為の武力を、第三王子には国を栄華に導く為の教養を、と。これが、祖父の教育方針でした」
「教育の順番がいろいろとオカシイと」
「それはどうでしょうか?」
「正妃の子と、公妾の子では差が出るのは当たり前ってこと?」
「ええ」
クレメンテはリンゼイの家族はどうだったのか聞いてみた。
「私の家族?」
「はい」
リンゼイは自分の家族のこと振り返ってみれば、クレメンテと大差ない環境だったことを思い出した。
魔術師は基本的に個人主義である。
魔術協会の長を務めている父親とはほとんど会話らしい会話をしたことが無かった。
「魔術は親から子に引き継がれるという話を聞いたことがありますが」
「あ、父はアイスコレッタ家の婿なの。だから、魔術の継承をしてくれたのは母親」
「なるほど」
リンゼイの素っ気なさの正体は、そのような環境で育ったからだとクレメンテは理解する。
「でもね、弟は可愛い」
「え?」
「十歳年下なんだけどね」
クレメンテは以前、リンゼイから調合道具を弟に持って来て貰ったという話を聞いていたことを思い出す。
「今でも手紙のやりとりはしているし、一年に一度は会っているの」
「へえ」
意外な話を聞いて、どういう風に弟を可愛がっているのか気になるクレメンテであった。
そんな話をしているうちに、大広間に到着をした。
「うわ、すごい人混み」
「すみません、少しだけ我慢を」
会場内では王宮楽団が円舞曲を演奏し、男女が対になって踊っている。
そのスペースを確保する為に、端に避けた人々が密集する空間が出来上がってしまったのだ。
クレメンテはリンゼイが押し潰されないように、肩を抱いて人混みから守りながら進んで行った。
やっとの思いで目的の人物まで近付くことが出来た。クレメンテの兄、メジュレクトの元に。
「おお、クレメンテではないか!」
「お久しぶりです、兄上」
傍に婚約者や護衛の騎士、友人などを大勢の人に囲まれていた。
どうやって間に割って入ろうかと悩んでいたところに、向こうから声を掛けて来たというわけである。
「アイスコレッタも久しいな」
「どうも」
メジュレクトは案外気さくな人物でもあった。
王宮の薔薇と持てはやされている外見からは想像も出来ない性格をしている。
「それにしても、安心をした」
「え?」
「夫婦仲は良好なようで」
「!」
兄に言われてからクレメンテは我に返った。
リンゼイを人混みから守る為に肩を抱いていたのだ。今更離れるのもおかしいので、そのままの状態を維持する。額には大粒の汗が浮かんでいた。
「――私はずっと悲しかった」
「はい?」
何を言い出すのかと、訝しげな顔で兄の顔を見るクレメンテ。
「私は、愛していたのに」
「は?」
思わず素になってしまうクレメンテ。
リンゼイは完全に「自分は部外者です」と主張するような顔になっていた。
「二番目の弟も三番目の弟も可愛がっていたのに、クレメンテ、お主は、私を受け入れてはくれなかった」
「……」
「……」
兄からの言葉を受けて、過去を振り返ってみれば何度か夕食に誘われていたような気もすると、クレメンテは今更ながらに思いだす。
だが、毎日訓練漬けで誰かと話をしながら食事をするという余裕さえなかったのだ。
「魔物討伐の件は、本当にすまなかったと思っている」
新婚生活を楽しんでいるクレメンテを頼ることは本当に申し訳ないことだと思いながら手紙を認めたと、メジュレクトは言う。
いろいろ気にし過ぎて、手紙の内容も硬くなってしまったとも。
兄からお礼の手紙が届いていたが、開封をしていなかった。
今まで、無関心か嫌われていると思い込んでいたクレメンテは、自身の行動を心の中で反省していた。
人とは、接し合わなければ分からないのもだと、改めて気付くことになった。
クレメンテは、魔物退治のことは気にしないでくれと言った。
また、そのことについて、時間がある時に話をしたいとも言う。
「そ、そうか」
「また、時間のある時に」
霊薬についても、兄に相談をしてみようと、クレメンテは考える。
そして、本来の目的であった、夜会に参加をする為の手配のお礼を言う。
「本当に、急な話だったのに」
「気にするな」
直前まで招待客リストの中にクレメンテとリンゼイもあったが、どうせ来ないだろうと第三王子・シンデリンクがはねていたのだ。
「今回夜会に参加をしたいと、初めて私を頼ってくれた。それが、どれほど嬉しかったことか」
結婚後も、兄から祝福の手紙と贈り物が届いていると執事が言っていたような気がしなくもない。
どうせ、手紙も定型文のような祝いの言葉が書かれた内容だろうと思い、執事に中身を読んで適当に返事を書くように命じていたのだ。
「これからは、私を頼ってくれ」
「兄上……」
長年すれ違い続けていた兄弟が、初めての歩み寄りを見せている。
王子の弟に対する苦悩を知っていた者達はうっすらと涙を浮かべていた。
「では、仲直りの抱擁を」
「はい?」
「抱擁だ」
メジュレクトは腕を広げて弟が飛び込んでくるのを待つ。
クレメンテは突然の思いがけない言葉に、自らの耳を疑っていた。
リンゼイは気を効かせて体を捩り、一歩離れた。
「クレメンテよ、早くしてくれ」
「お、お断りします」
「何故!!」
「いや、何故って、普通兄弟はこういうことしませんよ」
「誰がそんなことを言っていた!?」
メジュレクトは周囲を見回す。
しかしながら、取り巻きの誰もが王子の視線から顔を逸らしていた。
「アイスコレッタ、お主も弟と抱擁位するだろう」
突然話を振られたリンゼイは、気まずそうな顔をする。
彼女も二十九歳の兄と二十八歳の弟が抱きあう姿は異常であると理解していた。
しかしながら、十歳下の弟を猫可愛がりしていたので、常にベタベタしていたのだ。
嘘を吐けない正直者のリンゼイは、頷いてしまう。
「ほら、見たか!?」
「……」
最終的に、クレメンテは兄の抱擁を受けることになった。
どうしてこうなったと、一人で涙目になりながら。
アイテム図鑑
兄の愛
ひたすら重い。
そして、物理的な形(抱擁)で表してくれる。




