二十八話
入浴剤の材料は製菓店などで売っているふくらし粉に、炭酸水の素、穀物粉、精製水、酒精、甘味溶剤、精油、食紅、薬草に花。
「じゃ、各自お願いね」
一通り作り方を説明してから各自の作業に取り掛かるように言った。
『リンゼイ、わたしは?』
「じゃあ、傍で雑用をお願い」
『了解しました!』
まずは数種類の薬草を乳鉢ですり潰して、滲み出た液体だけを使う。
分量が書かれた指示書を渡していた。
花は芳香が飛ばないように軽く表面をふき取るだけにする。それをリンゼイが魔術で乾燥させた。
量った粉と食紅、薬剤に精油数滴をボウルの中で混ぜ合わせ、精製水を少しずつ入れて練っていく。すると、粉の色がうっすらと薄紅色に変化していった。
粉が良く混ざってぼそぼそになったら、乾燥させた花びらを入れて全体に行き渡るように混ぜる。
最後に半円の型に入れて、二つを重ねてぎゅっと力を込めた。
しっかり固めたら型から外す。
これに再び乾燥魔術を掛ければ、花びらの入浴剤の完成となる。
花の成分にはむくみ解消と体の代謝を促すものがあった。
「奥様、これをお風呂に入れたら痩せるということでしょうか?」
少々ふっくらとした侍女、ロゼットが質問をしてくる。
「まあ、ざっくり言えばね、ざっくり」
「素晴らしい品ですわ!」
喜ぶロゼットに、エリージュは美しくなるには努力も必要だと釘を刺していた。
花の入浴剤は全部で三十個ほど完成した。
リリットは美味しそうな香りがするとうっとりしていた。
「売り物だから、食べたら駄目」
『分かっているけど~、妖精の悲しい性なの~』
妖精の好物は花や蜜。
入浴剤からはリリットにとってたまらない匂いが漂っていた。
「食べられる素材で作っているけれど、炭酸成分が入っていて、お腹がふくれて大変なことになるから」
『こ、怖っ!!』
無駄話をしつつ、作業を進めて行く。
もう一種類は、粉の中に乾燥させた薬草と液体を練り込んだもの。粉は薄い緑色に染まる。
同じように丸い型に入れて固め、乾燥させた。
こちらは疲労回復の効果がある。素材そのものを楽しんでもらう為に、あえて香りは付けなかった。全部で十個作成する。
包装用のリボンや紙袋などを買いに行っていた侍女が帰って来る。
入浴剤の大きさは人差し指と親指を丸めた位。
それを一個一個袋に詰めてから口を絞り、リボンで留める。
「でも、こんなに大きなものがお風呂の中で溶けるなんて想像出来ませんね」
「だったらどんなものか見てみる?」
「本当ですか!?」
リンゼイは大鍋に水を張って、魔術を使って一瞬で沸騰させた。
侍女たちは喜んで傍に駆け寄って来る。エリージュも興味があったのか、鍋に一番近い位置に陣取っていた。
花の入浴剤をそっと大鍋の中にいれた。
すると、すぐにぶくぶくと泡立ち、中に入れていた花びらが水面に浮かんでくる。
湯の色もほんのりと薄紅色に染まっていく。
「ああ、なんて良い香りなのでしょう!?」
「本当に。それに、花びらがとても綺麗」
「こんな濃い芳香のお風呂なんて入ったことがありませんわ」
うっとりと鍋の中を魅入る三人の侍女。エリージュも初めて見る入浴剤に目を見張っていた。
『リンゼイの爆弾魔術みたいだね』
「確かに、ちょっぴり似ているかも」
「なんですか、それは」
『リンゼイのエグい必殺技』
「左様でございましたか」
エリージュは適当に話を流す。
「売り方にも工夫をしましょうか」
「この国の人にとっては未知の商品だからね」
『例えば?』
販売する時は皿の上に詰んで、香りなどを嗅いで貰うようにするといいと、エリージュは助言をする。包装作業前に見目のいい物は外していたらしい。
「当日は脚付きの金皿と銀皿をお持ちになって下さい。商品の見栄えすることでしょう」
「そうだね。ありがとう」
最後の仕上げに「これは食べ物ではありません」という注意書きと使用期限、簡単な使用方法などを紐付きのタグに書き込む。当然ながら一枚一枚手書きであった。
「っていうか、いつの間に作ったの、これ?」
「完成品が届いたのはつい先ほどですね」
花の形にカットされていて紐が結ばれたタグを、リンゼイは感心しながら眺める。なんとなく裏返してみれば、想定外のものが描かれていた。
タグの表面には店の名前である『メディチナ』の文字とリンゼイの横顔を描いたシルエットがあった。本人を特定出来る訳ではないので激しい反対はしなかったが、良い顔はしない。
「本当は奥様の姿を入れたかったのですが……」
「入れなくてもいいから!」
クレメンテの強い反対があったのだ。だが、エリージュも引かなかったので、互いに妥協してシルエットだけという形になった。
そういう攻防が裏であったことを彼女は知らない。
「それはさておき、商品名を考えなくてはなりませんね」
「じゃあ、花の入浴剤」
「奥様、それはちょっと」
「分かりやすい方がいいと思って」
「そうですけどね」
商品名を聞いて、興味を惹かせることも大切だとエリージュは言う。
「奥様、良い考えが!」
「なに?」
「さきほどの妖精さんとの会話を聞いて思いついたのですが」
「言ってみて」
「はい! 風呂爆弾という名前はどうでしょうか?」
「おや、なかなかいいですね」
若い侍女の提案で、商品名は『風呂爆弾』ということになった。
とりあえず、商品も仕上がったのでこの日は解散となる。
◇◇◇
昨日頑張りすぎたので、夜会前日はすることがなかった。
リリットが庭で散歩をした後お弁当を食べようと言うので、クレメンテとリンゼイは外に出る。
『クエ~~!!』
屋敷の住人が出てきた途端にプラタが尻尾を振りながら駆けて来た。
一度、子竜の大歓迎という名の体当たりを受けて転倒しそうになったリンゼイは、ささっとクレメンテの隣に隠れる。
プラタは距離が縮まると体を跳ねさせて、クレメンテに飛びかかった。
大型犬以上の大きさ、重さに育っているプラタをクレメンテは笑顔で受け止める。
『あれ、大きくなってされたら絶対に死ぬよね』
「今度、躾をしないと……」
『てか、クレメンテが力持ちすぎて、ちょっと引く』
「全身鎧着て戦う人だから」
『そうだった』
花が咲き乱れる庭園を、皆で散歩する。
プラタは庭の主を気取って、綺麗な花が咲いている場所に導いていた。
『うへへ、良い匂い』
「食べてもいいですよ」
『本当!?』
クレメンテは花びらがたくさん付いている花を千切って渡す。
リリットはプラタの背中に乗って花を齧ろうとしたが、急に走り出したので転げ落ちてしまった。
『なんてこったーー!!』
「いや、乗る相手を間違っているでしょ」
『うう……』
昼食はメレンゲの前で食べることにした。
料理担当が外で食べやすいようにと作った品々をあっという間に平らげる。
相変わらず、プラタはメレンゲから口移しで食事をしているようだった。
「ねえ、メレンゲ、もうそろそろ自分で飲ませたら?」
甘やかしすぎだと言えば、低く切ないような声で鳴くメレンゲ。
本来ならば数週間で飲めるようになるのだ。
「プラタは、どの位大きくなるんでしょうね」
『銀竜のオスだから、かなり育つと思うよ。少なくとも、メレンゲよりは大きいかもね』
「なるほど」
プラタとは先日契約を結んだばかりであった。
クレメンテが血を見せれば、あっけない程に応じてくれた。
『なんか、プラタって生まれて来る生き物を間違えたって感じ』
「……」
尻尾をぶんぶんと振りながら、先ほどクレメンテが投げた革製の毬を追いかけるプラタ。
回収して来た毬を受け取って褒めれば目がきらりと輝く。
『犬だ』
「犬ね」
リンゼイの黒竜は生まれた時から大人しかったので、活発で人好きな銀竜の行動には驚くばかりであった。
『それにしても、クレメンテは面倒見がいいね』
「意外とね」
食後であるにも関わらす、クレメンテは毬投げに付き合っていた。
プラタとの遊びは大変疲れる。
リンゼイは三十分も付き合えば体に限界が来ていた。
『プラタのご主人様がクレメンテで良かったね』
「本当に」
楽しそうに遊ぶクレメンテとプラタを眺めながら、リンゼイとリリットはしみじみ話していた。
アイテム図鑑
風呂爆弾
お風呂の中でしゅわっと弾ける入浴剤。
お風呂を楽しく!
価格は金銅貨一枚。