二十六話
訪問販売を行ってから三日後。クレメンテの元に手紙が届く。
「え!? 追加注文!?」
「はい」
今度伯爵家でお茶会をするので、お土産として『美人軟膏』を渡したいから売って欲しいという知らせが届いたという。
数は十個。残りの在庫が十七だったので、すぐに対応出来る注文で会った。
「手が綺麗になったと感謝の言葉がありました」
「へえ、それは良かった」
また追加で作った方がいいのかと、リンゼイは暢気に呟く。
話は終わりではなかった。
「えー、それで」
「ん?」
店の在庫帳に視線を落としていたリンゼイが顔を上げる。
クレメンテは目線を泳がせながら言った。
「伯爵夫人が、リンゼイさんもお茶会にぜひ、と」
「は?」
「すみません」
「……」
リンゼイはどうしようと、助けを求めるようにエリージュを見る。
「参加なさった方がよろしいかと」
「!?」
無慈悲な言葉に打ちひしがれる。
見ず知らずの、女性の集団の中なんて恐ろしいとリンゼイは思っていた。
異国で流行っているという書物から得た情報であったが、女性の集まりには、嫉妬、怨嗟、憎悪、などの負の感情が渦巻いていると。
「怖い!」
「怖くありませんよ」
お茶会に参加をして、軟膏の使い方でも伝授したら打ち解けるだろうと、エリージュは言った。
それに、世の婦人達が所望する薬のネタも集まるのでは? と餌もちらつかせる。
「でも、私って生意気そうな顔をしているでしょう?」
よく兄達に言われている言葉だった。その後に可愛くないという言葉が続く。
「確かに、奥様の見た目は話しかけにくい姿をしていますが、話をしてみれば案外気さくな性格をしているので、問題ないかと」
「そうかな?」
クレメンテを盾代わりにするために連れて行きたいと言ったが、お茶会は女性の世界なので却下されてしまう。
「すみません、お役に立てずに」
「別にいいけどね」
「……はい」
「あなたには、あなたにしか出来ないことをしてもらうから」
「!」
なにが出来るのかと期待を込めて聞いたら、いつもの薬草集めであった。
がっくりと、分かりやすいほどに肩を落とす。
「なに? 薬草採り、嫌なの?」
「いいえ、そんなことは」
「薬草の種類なんて機密事項だから、その辺の人に頼めることじゃないし、しっかりお願いね」
「は、はい!」
霊薬の材料などは今まで他人に教えたことなんてないと言えば、クレメンテは自らの仕事の重要性について気が付くことになる。
リンゼイはお茶会に向けて勉強をすると言って席を外した。
部屋に残ったのは、古い付き合いの侍女と元王子だけ。
「下僕扱いされて嬉しい?」
エリージュの辛辣な言葉に目を丸くするクレメンテ。下僕では無いと強く反論をする。
「まずは、信頼を勝ち取らないと」
「そんなもの、すぐにでも」
「お爺さんになる前に、出来たらいいわね」
「!?」
エリージュはほほほ、と高笑いをしながら部屋を去る。
言い返す言葉がなかったクレメンテは、奥歯を噛み締めながらその場で耐えるしかなかった。
◇◇◇
午前中は霊薬や軟膏を作り、午後からはお茶会に向けての礼儀指導を受け、夕方からはクレメンテが採って来た薬草などの検品を行うという日々を繰り返せば、あっという間に伯爵家へのお招きの日になってしまった。
本日は、きちんと昼用の礼装を準備して貰った。
ドレスは溶かしたバターのような色合いの生地で、ささやかな白い小花の刺繍模様が全体に描かれている。首からの露出は一切なく、手首までしっかりと布で覆われていた。腰はぎゅっと絞られており、裾に向けて広がっていくスカートの裾には白く上品なフリルがたっぷりとあしらわれていた。
光の当たり具合によっては黒にも見える紫色の艶やかな髪は、緩く編んでから左胸の前に垂らしている。化粧は清楚な色使いで施されていた。
最後にエリージュが差し出したのは扇。
もしも、顔が引き攣った時はこれで隠した方がいいと、言って渡される。
さらに、困った時の為に、お喋りな妖精リリットも肩に乗せておいた。
周囲に見えないように姿隠しの呪文を掛けてある。
『さあ、行きましょうか!』
「……ええ」
『元気ないね』
「当たり前でしょう!?」
これも、新しい薬の着想を得る為。リンゼイは重たい足を引きずってから伯爵邸に向かった。
時間通りに行ったのに、リンゼイは招待客の中で最後に辿り着いた。
使用人に案内されて客室へと向かい、伯爵夫人と彼女を取り囲む十人の女性たちにぎこちない様子で挨拶をした。
「ど、どうも、ごきげんよう」
「まあ、リンゼイさん、よくぞ、お出で下さいました」
伯爵夫人はすっと立ち上がり、リンゼイの手を取って嬉しそうにしている。
「個人的な招待だったので、お断りをされるものと思っていましたの」
王族と結婚をした上に、魔術師でもあるリンゼイは彼女らにとって雲の上の存在だと言う。
とんでもないことだという謙遜の言葉を、エリージュから習った会話術の中から引っ張り出して口にする。
「さあ、お茶会を始めましょう。リンゼイさんもお座りになって」
「ありがとう、ございます」
用意されていた席は伯爵夫人の隣。
思ってもいなかった厚い待遇に、リンゼイはどうしようかと動揺をしていた。
『リンゼイ、大丈夫?』
(もうすでに無理な感じ……)
声に出さずに会話をする二人。
まずは軟膏の使い方を伝授した。
花の香りがする軟膏を使ったご婦人方の反応は上々であった。
リンゼイが何も聞かずとも、美容品や薬についての話題が出て来る。
「わたくし、肌が白くなるお薬があればと思っていますの。旦那様の狩猟に付き合ったら、黒くなってしまって」
「わたくしは肌のシミが取れる化粧品が欲しいわ」
他にも体が痩せる魔法のような薬に、若がえりの秘薬、唇が艶々になる口紅など、様々な意見が出てくる。そのほとんどが、リンゼイならば製作可能な品であった。
『リンゼイ、全部作ったらお金持ちになりそうだね!!』
(でも、化粧品ばかり作れば、その業界の人に睨まれてしまうから)
『あ、そっか』
個人の願いをあれこれと叶え、薬屋が女性物の商品の扱いに偏ってしまったら、またそこで市場関係の問題が浮上する。
ここで出た意見は家に持ち帰ってから慎重に話し合って、国内の流通に影響のない範囲で生産・販売を行わなければならない。
紅茶やお菓子を味わう余裕もない時間は刻々と過ぎて行く。
女性達の話題はころころと移り変わっていった。
街で流行っているドレスの話、美味しい焼き菓子のお店に使用人を何時間と並ばせた話、社交界で噂の貴公子の話と、リンゼイにはついて行けないものばかりであった。
「リンゼイさんは、今が一番お熱い時期ですよね?」
「へ?」
恋愛話の最中、まさか自分に話を振られるとは思ってもいなかったリンゼイが、間の抜けた返事をする。
顔付きが危なくなっているのではと思って、ぱらりと扇を広げて隠した。
二人の慣れ染めを聞かれて、挙動不審になる。
目を泳がせるリンゼイに、リリットは耳打ちをした。
『実は、戦場で出会いましたの、って』
(え!?)
『いいから、そう答えて!』
リリットの指示通りに言えば、周囲の女性達は目を丸くしていた。
そして、戦争の話をあまりしたくなかったからか、深く追及してくることはなかった。
『大丈夫?』
(うん)
『この前、厨房の人達が女性は戦争の話が苦手って言っていたから』
(そっか。ありがとう、助かった)
これで終わりと思いきや、最後に伯爵夫人が口を挟む。
クレメンテはリンゼイに優しい視線を向けていたと。
「実は、わたくし、何度か殿下に会ったことがあるのですが、正直に言えば、その、少し、怖くて」
「怖い?」
「ええ」
侍女をしていた伯爵夫人は、仕事上何度かクレメンテを見かけたことがあった。
とても冷たい雰囲気をしていて、周囲を見る目も厳しかったと言う。
「殿下は、きっとリンゼイさんに会って変わられたのですね」
「……」
それは違うと、リンゼイは言えなかった。
断言出来る程、相手を知らないからだ。
なにも文句を言わずにリンゼイの薬作りに付き合ってくれるクレメンテ。
書類上の夫。
一番近しい存在である筈なのに、振り返ってみれば一番遠い存在であることに、リンゼイは今、気付くことになる。
『リンゼイ、大丈夫?』
(!)
リリットに名を呼ばれてハッとする。
お茶会をお開きにしようと、伯爵夫人が言っているところであった。
もやもや感を抱えつつの帰宅となってしまった。
アイテム図鑑
扇
リンゼイの変顔を隠す用。




