二十四話
薬草軟膏作りをしようとすれば、今回もエリージュやリリットが手伝ってくれると言ってくれた。
リンゼイはありがたくその申し出を受ける。
リリットにはリーフ草をすり潰す作業を頼み、エリージュに鍋で乳化蝋を溶かす工程をお願いした。
「リーフ草は繊維が潰れるまで擦って、乳化蝋は溶けた後は湯煎か何かでどろっとした状態を維持しておいてね」
『了解~』
「かしこまりました」
リンゼイは花からオイルを抽出する為の準備をした。
森の奥に咲くプリムローズの花は、大量の魔力を含んでいるので、通常の花よりもたくさんの精油を搾り取ることが出来る。
ますは花びらを一枚一枚丁寧に千切って釜の中に入れて、揮発性の溶剤に浸けて時間経過の魔術を掛けた。
溶剤の中に花の芳香成分が溶け出せば、不要な成分を蒸発させる。すると、芳香成分を含んだ蝋の塊が出来上がった。それを薬剤で溶かし、冷却魔術を掛けると芳香成分と不要な蝋が分離する。
液体状の芳香成分の中の薬剤を飛ばせば、精油の完成となった。
材料が揃ったので、薬草軟膏の製作に取り掛かった。
鍋の中の乳化蝋は二十個分。それに分量を量ったプリムローズオイルとリーフ草から絞った液体を投入する。
同時に精製水を鍋に掛けて沸騰させた。
温まった湯を乳化蝋と精油の入った容器に少しずつ入れていく。すると白っぽくなり、クリーム状に固まっていった。
「これで完成かな」
『おお!』
「とても、良い香りですね」
「でしょう?」
美肌効果のある薬草が無味無臭なので、香りの良い花を入れて作るのが特徴である。
リンゼイは仕上げとばかりに物質保存の魔術を掛けた。
「そういえば、保湿軟膏などは香りの付いているものは売っていないような気がします」
「本当?」
「ええ。詳しく調査をしたわけではありませんが」
そもそも、貴族の女性は手先の手入れをする軟膏は使わないという。
「あ、そっか。家事で手が荒れることもないもんねえ」
「はい。ですが、こちらはとても良い香りがしますし、美肌効果もあるのでしょう?」
「ええ。リリットが効果は保証してくれたしね」
「きっと、興味を持っていただけるはず」
貴族の婦人方に人気が出る品だと、エリージュも保証をした。
「値段はどうしようかな?」
「今、貴族女性の御用達化粧品の相場は、だいたい金銅貨三枚位から、ですね」
「え、そんなに高いの!?」
「普通ですよ」
「まさか、私の化粧品も!?」
「まあ、その辺は奥様の気になさることではありませんので」
「……」
薬草軟膏の値段は銀貨一枚と強気の値段で出た。
「売れるの?」
「売れます。かならず」
「う~ん」
完成した軟膏は手のひらサイズの白い缶に入れて販売をする。
『リンゼイ、商品名は?』
「薬草軟膏」
「少し硬いですね」
エリージュはリンゼイの付けた商品名に駄目出しをしていた。
最終的に、リリットの考えた『美人軟膏』という名前で売り出すことに決めた。
有能な侍女は蓋に何か商品名の入ったものを貼る着想まで出してくれる。
知り合いに画家が居るので、その人物に頼むと言っていた。
「奥様、商品の意匠について注文などありますか?」
「え、いや、なんかよく分かんないからエリージュに任せる」
「仕上がったものを見て、文句は言いませんよね」
「言わないってば」
数日後、仕上がった容器を見て、リンゼイは悲鳴を上げることになった。
逆に、クレメンテは素晴らしい意匠だと絶賛する。
白く丸い缶の蓋には、黄色いプリムローズの花に囲まれた頰に手を当てるリンゼイの横顔が描かれていたのだ。
「なにこれ、恥ずかしい!! 私って美人って堂々と言っているみたいじゃない!!」
「大丈夫ですよ。奥様は間違いなく美人ですから」
「そんなの知らない!!」
最大の羞恥ポイントは、これをリンゼイ自身が売りに行かなければならないという点である。
「奥様がこちらの商品を使って美しくなったと宣伝すれば、商品にも説得力があるかと」
「知らないってば!!」
販売停止を訴えたかったが、すでにリンゼイは商品の意匠について文句は言わないという約束を交わしていた。
画家に渡したお金も安いのもではないと言えば、黙りこんでしまう。
「とにかく、明日! 二人で売って来ればいいんでしょう?」
なげやりな態度で言えば、にっこりとエリージュは笑って頷く。
全ては明日。
もしも、売れなかったら販売中止だと、リンゼイは思いながら初めての商売の日を迎えることになる。
◇◇◇
朝。
日の出よりも早い時間にリンゼイは起こされる。
いつもより二時間も早い起床であった。
枕元に立っていたのは言わずもがな、彼女の専属の侍女であるエリージュ。
「え、なに?」
「身支度を致します」
「嘘、朝、早……」
上半身だけ軽く起き上がっていたリンゼイは、眠気に耐え切れずに再び枕に顔を埋める。
このまま眠れたら幸せだと思っていたが、それも叶わない。
広告詐欺にならないように、今までの中で一番美しくしますと宣言されてしまった。
準備はエリージュ一人でしてくれるものだと思っていたが、ぞろぞろとどこから連れてきたのか分からない、新顔の女性達が入って来た。
右から、エリザベス、マリア、ロゼットと紹介された。
リンゼイは半笑いで会釈をする。
それから、三時間以上にも及ぶ壮大な身支度の始まりとなった。
目が覚める程の濃くて渋い紅茶を飲まされ、むくんだ顔には蒸しタオルと冷製タオルが交互に当てられる。
ドレスはこれ、首飾り、髪飾り、耳飾りはこれ、とどんどんと決定している品を見せてくれる。なにか意見があれば反映をさせますと言うが、リンゼイはかくかくと首を縦に振るだけであった。
風呂に入って体と髪を洗いって乾かしてから、様々な種類の美容液が全身に擦り込まれていく。
浴槽の中でもみくちゃにされた後だったので、もう、どうにでもしてくれという気分であった。
ぼんやりとした意識が戻ったのは、身支度が終わって全身が映る鏡を示された時だった。
赤ワイン色の袖付きのドレスは上品な色合いで、腰はきゅっと絞られており、スカートはふんわりと広がっている意匠であった。
リンゼイが目を剥いた理由は、胸元が夜会用のドレスのように大きく開いていたからだった。
「な、これ、開き過ぎ!!」
「別に、普通ですよ」
移動中は毛皮の外套を纏うので誰にも見えないと言う。それに、客は貴族のご婦人なので心配は要らないと励ました。
「まあ、旦那様はしっかりと見ると思いますが、どうか、許して下さいね」
「……」
「殿方の悲しい性なので」
「……」
初めて胸元を晒すことになったリンゼイは、頬を赤く染めていた。
本当にこのままの恰好で出て行くのかと、エリージュに何度も問い掛けるが、ここの国では普通のことで恥ずかしがることではないと一蹴されている。
準備が終われば、軽い食事が運ばれてきた。
化粧が取れないように、一口大に切られたパンやチーズ、果物などが用意される。
食事が終って一息ついているところに、そろそろ出発の時間ですと言われた。
エリージュの用意しれくれた毛皮を着込み、玄関に向かう。
「あ!」
玄関口にはクレメンテが立っていた。すっかり存在を忘れていたので、驚きの声をあげてしまう。
一方で、いつも以上に美しく着飾ったリンゼイの姿にクレメンテは呆然としていた。
「あなたも、朝早くから起こされて準備をしたの?」
「え!? あ、はい」
「そう。辛かったね」
「え、ええ」
クレメンテも身綺麗な格好にされていた。
ボサボサの髪は櫛を通されて整髪剤で整えられ、眼鏡はいつもの黒縁のものではなく、高級感のある銀縁のものを着けている。外套の下にはタイ付き正装を纏い、左の手には商品が入った黒い長方形の鞄を持っていた。
リンゼイは傍に居た執事に問い掛ける。
「私達、商人に見える?」
「ええ、勿論です。お二人ともお似合いですよ」
「そう」
クレメンテの方に振りかえったリンゼイはさっさと済ませようと言う。
だが、出かける前にもう一度大きな声を上げた。
「ど、どうしましたか、リンゼイさん」
「私達のお店の名前、忘れた」
「私達の、お店……」
「もしかして、あなたも覚えてないの?」
「いえ、覚えています」
クレメンテとリンゼイの店の名は異国語で薬を意味する『メディチナ』。
凸凹な二人は、薬屋としての新たなる一歩を踏み出した。
アイテム図鑑
美人軟膏
手先を美しく魅せる特製の軟膏。
美容成分を含んでいるので、大切な手をしっとりと綺麗にしてくれる。
目指せ、パッケージに描かれた美人を!!




