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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第二章 商売繁忙記
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二十一話

 双子大蛇メリソス・パイソン

 牙に猛毒を持つ魔物として恐れられている。

 世界的に個体数は多くない為、明らかになっている情報は少ない。

 毒の対処法は発見されておらず、侵された場合はもがき苦しみながら死を遂げる。


 発見されているものの多くが、体の色は暗い黄色で、腹が白い。

 今回街の近くに出現するような炎の属性持ちは希少であった。


 地面を這う双子大蛇メリソス・パイソンは手足がない魔物であるにも関わらず素早い動きを見せて、瞬く間にクレメンテとの距離を詰めていた。


 戦闘に巻き込まれないように馬は遠くに走らせてある。

 周囲は見通しの悪い森林地帯であったが、今回の場合は好都合のように思っていた。


 一度抜いた剣を鞘に納めてから、近くの木に登って双子大蛇メリソス・パイソンの規模を確認する。


 長さや大きさは、世間一般の魔物クラスの大蛇よりも小さいとクレメンテは思う。

 全長は成人男性二人分と言ったところ。太さは左右の腕を丸めた位である。

 だが、問題は炎を撒き散らすという属性持ちという点であった。


 ここに来るまでにも、木々が焼けて朽ちるような光景が広がっていた。

 兵士と双子大蛇メリソス・パイソンが戦闘を行った形跡である。

 炎の攻撃を浴びて負傷した兵士達の痛々しい姿が脳裏に焼け付いていた。


 クレメンテはぐっと奥歯を噛みしめて、大蛇との対峙に備える。


 遠方からイルの矢が双子大蛇メリソス・パイソンに向かって飛んでいく。

 クレメンテは放たれた一撃を、木の上から見る。


 鉄のやじりは見事に大蛇の眉間に到達していたが、硬い鱗に阻まれて跳ね返されていた。刃が通じないのは本当だったのかと、冷静な様子で見下ろす。


 ついに、クレメンテの眼下を双子大蛇メリソス・パイソンが通過して行く。

 目標は攻撃をしてきたイルに変更されていた。

 大蛇の視界は前方の僅かな範囲しかない。聴覚についてはほぼないと言われていた。

 だが、その代わりに皮膚感覚は鋭い。地面を歩く振動を感じて敵を察知するのだ。


 ちょろちょろと出している舌先も、周囲の状況を知る器官であった。


 遠方に居たイルが、移動を始めると双子大蛇メリソス・パイソンも進行方向を変えた。


 通常の蛇は一枚の皮にびっしりと隙間なく鱗がある。脱皮を繰り返して大きくなる生態であったが、一方の双子大蛇メリソス・パイソンは、硬い鱗が魚のように重なっていた。生きる年月を重ねるごとによって強度は高くなる。


 全身に鎧を纏っているように、隙間なく鱗が生え揃っているのだ。


 意を決したクレメンテは、剣を抜いて木の上から双子大蛇メリソス・パイソンに跳びかかった。

 心臓の辺りを剣の平でおもいっきり叩きつける。


 しかしながら、手応えのようなものは感じられない。


 上空からの襲撃に遭った双子大蛇メリソス・パイソンは、攻撃された場所に向って尾の先にある突起から炎を撒き散らした。


 何かの術式が織り込まれているからか、周囲は一気に炎に包まれる。


 即座に目標を変えた双子大蛇メリソス・パイソンは、目の色を変えて襲いかかって来る。

 クレメンテはジグザグに走りながら、蛇の体を木々に巻きつけるようにする。


 途中、木に絡まった蛇の胴体を斬りつけるが、傷一つつかなかった。

 太い木に体を巻きつかせていても、力でへし折って、クレメンテを追い詰める。


 諦めずに走りまわって、再び同じ場所を斬りつけた。

 今回は少しだけ傷のようなものが入るのを確認出来た。


 燃え広がった炎が、クレメンテの体力をじわじわと奪って行く。

 なるべく双子大蛇メリソス・パイソンの死角に回り込み、牙から出る毒から身を守った。


 イルは遠方から矢を放つ。

 硬い鱗を貫通することはないものの、注意を逸らすことには役立っていた。


 跳ね上がった尾からは炎が噴射される。

 クレメンテは寸前で身を捩った。

 炎は頬のすぐ横を通過していき、すぐに第二射が放たれる。


 横からは丸呑みしようと口を開きながら接近していた。

 蛇の口の中から反り返った鋭利な牙が覗く。噛みついたら離さない構造となっているのだ。

 幸いなことに、二つの頭は頬を寄せるかのような対の形となっており、同時に襲いかかることは不可能となっている。


 クレメンテは尾か口か、一瞬だけ迷って、牙を剣で受け取った。


 どろりと、双子大蛇メリソス・パイソンの猛毒が剣を伝って滴ってくる。


 炎を放つ尾は、イルの射撃によって軌道を変更させられていた。

 二射目に撃たれた矢によって、炎の噴射口は塞がれる。


 即効性の猛毒を塗ったやじりは、双子大蛇メリソス・パイソンの動きを鈍くしていた。


 一瞬の隙を突いて、剣を捻って口元から脱出を図る。


 すかさずイルは矢をつがえてから放つ。双子大蛇メリソス・パイソンの目に矢が刺さった。


 クレメンテは胴の方に回り込んで、なんども斬りつけていた鱗を叩く。

 ついに、鱗にヒビが入って一枚だけ割れた。


 その僅かな隙間に、クレメンテはある物を叩きつけた。


 以前、リンゼイから貰っていた魔物札。

 火蜥蜴フエゴ・アイデクゼの姿を映したものである。


 魔物札は眩い光を放ちながら、もくもくと怪しい煙に包まれた。

 風が吹いて、漂う煙が払われる。

 札の中から細長い胴体を持つ、四足の真っ赤な蜥蜴が姿を見せていた。

 大きさは短剣よりも小さい。

 割れて剥がれかけた鱗部分に張り付いていた。


 双子大蛇メリソス・パイソンは突如として現れた火蜥蜴フエゴ・アイデクゼを振り払おうと、縦横無人に暴れ回る。


 クレメンテは巻き込まれないように退避をした。

 その瞬間に大きな爆発が起こる。

 クレメンテの体も風圧に吹き飛ばされてしまった。

 爆発は火蜥蜴フエゴ・アイデクゼが起こしたものであった。


 破損した部位は、クレメンテが何度も執拗に斬りつけていた心臓付近。

 生命活動に必要な器官に大きな攻撃を受けた双子大蛇メリソス・パイソンは、絶命の一途をたどる。


 最後に大きく跳ね上がってから、動きを止めた。


 クレメンテは荒い息を整えて、炎に包まれた場所から退避をする。

 すでに辺りは生き物が近づける状況になかった。


 重たい足を一歩、一歩と前に進めて行く。

 倒れそうになりながらも、どうにか踏ん張って堪えていた。


 クレメンテの強みは、戦闘中のしぶとさにあった。

 攻撃を受けても何度も起き上がり、相手が死ぬまで追い詰める。


 その執念は、戦うことしか能がないと言われて育ったせいもあった。


 相手からの血もはね返す、どれだけ踏まれようが倒れることがない鋼鉄製の全身鎧を纏ったクレメンテが戦場に現れると、敵の兵士達は『鉄色の死神』が出たと恐れ慄いていた。


 そんな風に呼ばれた彼にも、死神の鎌が首をもたげるような状況となっていた。


 既に体力も限界となっていたクレメンテは、突きだしていた木の幹に足を取られて転倒をしてしまう。


 先ほど、体に触れた毒が、今になってじわじわと体を蝕んでいた。


 ――早く、家に帰らなければいけない。


 クレメンテは思う。

 震える手で腰に装着していたリンゼイから預かった道具箱に手を伸ばしたが、どこかに落して来ていたようで、ベルトには何もなかった。


 喉に異物感を覚えて何度か咳込めば、赤い物が口から吐き出された。


 広がった炎が、クレメンテをも焼きつくそうと舞い上がっている。


 大切な薬と道具箱を無くしてしまったので、リンゼイに謝らなければと考えつつ、腕に力を入れて立ち上がろうとした。


 しかしながら、再び咳き込むことになり、体の力は抜けてしまう。


 咳は止まらない。

 全身を剣で突き刺されるような痛みが走っていた。


 上空より、ばさりという大きな物音が聞こえる。


 一体なにごとかと、残った力を振り絞って仰向けになった。


 どこからともなく現れた黒い竜が、眼前まで迫っていた。


 ――ああ、良かった。


 クレメンテは思う。

 最後にいい夢を見たと。


 それは、八年も前の記憶。


 いまだかつてない、激しい戦いを乗り越えたクレメンテは戦場で致命傷を負う。

 その頃、暴君と呼ばれた祖父が彼の父が率いる反乱軍に追い詰められている時期と重なっていた。


 これからは、平和な日々が続くだろうと、誰かが言っていた。

 この戦いが、最後の戦場になるとも。


 そうなれば、戦う術しか知らないクレメンテはお役御免となる。

 先のことは不透明で、これからどうすればいいか、何も思い浮かばなかった。


 荒れ果て、自ら屠ったむくろに囲まれたこの場がこそが、人生の幕を下ろす場所に相応しいと考え始める。


 残った力を振り絞って仰向けになった。

 空は晴天である。

 澄んだ青空を見ながら、目を細めていた。


 咳き込めば、喉から血がせり上がってきたので吐き出す。

 まともに息をすることもままならない状態であった。


 疲れたので、目を閉じようとしたその時、上空から何かが飛来して来たことに気付く。


 あやふやな意識の中で、瞬いていれば、その物体は近くに降り立った。


 それは、美しい黒竜であった。


 目を見開いて、兜の隙間からその姿を眺める。


 話に聞いたことがあった。

 竜に跨って戦場を駆ける、無敵の魔術師の存在を。


「ねえ、生きているの、あなただけみたい」

「!」


 突然声をかけられて、びくりと体を震わせる。

 いつの間にか誰かが傍に来ていた。


 声のする方向に視線を向けたが、近寄って来た人物の姿は全身黒尽くめで、顔は逆光で判別出来ない。声からして若い女性であるということだけが分かる。


「大丈夫なの?」


 訊ねられたので、微かに動く首を横に振る。

 そして、血で濡れた口を僅かに動かして返事をした。


「……もう、いい」

「どういうこと?」


 生きたくない。もう疲れた。この先の平和な世で、生きる理由を見出せないと、掠れた声で言う。


 人をたくさん手に掛けたとも、懺悔をするように呟いた。


「――だったら、この場で生まれ変わったら?」

「!?」


 傍に居た人物は、何かの液体を兜越しの口元に注いだ。

 当然ながら、乱暴に飲まされた液体に咳き込んでしまう。


 だが、体に劇的な変化が訪れていた。


「――!?」

「どう?」


 痛みと、疲労感、倦怠感にガンガンと頭を打つような頭痛さえも一気に消え去る。


「残りはここに置いておくから」


 そう言ったきり、その人物は竜に跨って空へと消えて行った。


 後に明らかになる、クレメンテの命の恩人。


 リンゼイ・アイスコレッタ。


 二人の出会いの日の話である。

 八年後に出会ったリンゼイは、すっかりその日のことは忘れていた。


 クレメンテの中では、美しい日の記憶として消えることなく残っている。


 そして、再び訪れた今際の時に、夢の中で竜は舞い降りてきた。


 クレメンテは空に向って手を伸ばす。


 再び生まれ変わった時は、また彼女のもとにと、祈りながら。


アイテム図鑑


大霊薬マグヌス・エリキサ


瀕死のクレメンテを救った奇跡の薬。

尚、渡した本人はすっかり忘れている。

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