二話
王様の言うことは絶対!! なんて、誰が決めたことなのかとリンゼイは王城を睨みつける。
だが、こうしている時間も無駄だと思い、とぼとぼと歩き始める。
クレメンテはその後に付かず離れずの距離で続いた。
「はあ……」
セレディンティア王国に来てから早十三年。なにも良いことなんてなかったと、自身の人生を振り返る。
挙句、褒美として渡されたのは地味な外見の雑草王子。
どうせなら王太子は無理でも見目麗しい第三王子が欲しかったと、言わなかったことを後悔する。
「あ!」
リンゼイは後ろを歩いていたクレメンテを振り返った。
「あなた、眼鏡外してみて」
「はい?」
ぽかんとするクレメンテを急かして眼鏡を外させた。
「これでよろしいでしょうか?」
「……」
少女小説の王道的な展開として、眼鏡を外せばあら素敵! というお約束があったが、残念ながらクレメンテには当てはまらなかったようだ。
「眼鏡を外しても雑草は雑草……残念」
失礼なことを呟きながら、本日何度目かも分からない深いため息を吐く。
「もう、なんか、どうでもよくなった。お腹空いたし」
「だったら食事にしましょうか」
二人は近くにあった食堂へと入って行く。
お昼時の品目は日替わり定食だけのようで、席に着いたらすぐに配膳された。
大雑把な味付けの食事を突きながら、今後のことを話し合う。
「あなた、これからどうするか、なにか考えているの?」
「そうですね」
鳥肉の香草焼きを丁寧に切り分け食べながら、クレメンテは考えるような顔を見せていた。
「私を養ってくれるの?」
「ええ、それはもう」
「……」
リンゼイは目を細めながらパンを雑に千切って口の中に放り込み、薄いスープで流して飲み込んだ。
任せてくれと言うが、王子様が平民に紛れ込んで労働をしている姿を想像出来なかった。
「なんだか、頼りない」
「頑張って働きますよ」
「月に一度、宝石を買ってくれる?」
「はい、分かりました」
「どうやってお金を稼ぐのよ」
「大蜥蜴でも討伐したら買えるでしょうねえ」
「……」
大蜥蜴は地上で最も竜に近い形状をしており、強力な魔物として有名であった。その魔物を倒せる実力がある者など、国内にも数人もいない。
王国騎兵団の中では『鉄色の死神』と呼ばれる兵士だけだろうとリンゼイは思う。
大蜥蜴の討伐など叶わないに決まっていると、クレメンテを見ながら突っ込んだ。
ちらりと横目で忙しそうにしている店員を見る。
リンゼイよりも若い娘があくせくと働いていた。
雑草夫が稼いで来なかったら、自分もあのように働かなければならない。覚悟をしなければと考えていたが、あることを思いつく。
「あ、お店でも開こうかな」
「それはいいかもしれませんね」
店を開くと言ってから、一体何の商売をするつもりなんだと自らに突っ込んだ。
料理はしたことがない。掃除も苦手。魔術を教えることは禁じられている。
店を開いても、儲かるようなネタがないことに気が付く。
「いいかもって、なにかいい着想はあるの?」
「お薬を売ったらどうでしょう?」
「あ」
そういえばと思い出す。
十代の半ば、薬作りにはまっていたことを。
「実は、リンゼイさんにお薬を賜ったことがありまして」
「私に?」
「ええ。一度、戦場で死に掛けている時に」
「なんですって!?」
クレメンテはリンゼイに薬を貰って命拾いをしたというが、まったく記憶になかった。
「まあ、何年も前の話ですもんね」
「……」
確かに、言われてみれば作った薬を気まぐれに渡していたような気がしたが、このぽややん男に手渡していたかと考えても、記憶にない。
「あの瓶に入った液体のお薬、凄かったですよ。日持ちしますし、持ち運びにも便利でした」
「そう?」
現在店で販売されている回復薬は薬草を煎じたもののみ。しかも生薬となっているので、買ってから数日で薬草の特性上の問題で効果が薄れてしまう。
「あの時頂いたお薬は何ですか?」
「大霊薬だけど」
怪我の治療などに絶大な効果がある万能薬だが、材料費が掛かる代物だ。
「売るとしたら、一瓶金貨五枚ってところ?」
「それは、かなりお高いですね」
庶民の手には届くものを作れないかと聞いて来る。
「せめて半銅貨位で売りたいですよね」
「半銅貨ねえ」
半銅貨では瓶代だけで無くなってしまう。
「瓶は大量に買い取れば大分安くなりますよ」
「へえ、そうなの」
リンゼイは雑貨屋にある適当な瓶に詰めていた。卸売問屋で買えば安く買えるはずだとクレメンテは言う。
「効果が薄い薬草を液体化して売れば、う~ん」
瓶や薬草の仕入れ、作業の手間などを踏まえ、果たして利益はあるものかと考える。
「ま、でも、暇つぶしにはなるかもね」
「ええ。絶対に売れますよ!」
その後、雑貨屋に霊薬生成の道具を買いに行く。
「必要なものは、そうね」
ビーカーやフラスコというガラス製の容器、火鉢、精錬炉、乳鉢、蒸留器と挙げたらキリがない。
だが雑貨屋には簡単なガラス製品でさえ取り扱っていなかった。
店員に聞けば、それらの商品は異国からのお取り寄せだと言われてしまう。
「以前作った時の道具はどこで買ったのですか?」
「祖国の家族に要らない道具を竜で送って貰ったの」
「へえ、竜が」
届に来てくれたのは弟の竜だった。
初めての遠出だったようで、酷く緊張しているような面持ちで届けてくれたことを思い出す。
彼女の家では七歳の誕生日に竜の卵を贈られるのだ。
「それで――」
「!」
実家の弟を懐かしく思っていたが、クレメンテに話し掛けられて現実に引き戻された。
「今まで使っていた品は?」
「城の研究室にあるけど」
「だったら取りに行きましょうか」
その話題になって、私物を全て城にある私室や研究室に置きっぱなしだったことを思い出した。
「でも、結構な量だから先に家か何か買わないと置けないかも」
「ああ、実を言えば、家は買ってあるんですよ」
「え!?」
「生活の場が必要になると思いまして」
クレメンテは既に新居を用意していると言った。
「そこまで広い家ではありませんが」
「それ、私と結婚してなかったらどうなっていたの?」
「一人で寂しく住んでいました」
「……」
とりあえず、城に戻って私物を持ち出すことにした。
◇◇◇
クレメンテが引っ越しの手伝いをしてくれるというので、好意に甘えることにした。
「じゃあ、研究室の本、これに入れてくれる?」
「これは?」
「ただの道具箱だけど」
「?」
リンゼイが手渡したのは手の平大の小箱。
「多分最大で千冊位入るんじゃないかな?」
「こ、これに?」
「そう。まあ、研究室にはそんなに本もないと思うけど」
「……」
当たり前のように差し出してから思う。
この国には魔術師たちの作った叡智の道具がほとんと伝わっていないことに。
「魔道具の一つなの。物質変化の魔術が掛けられていて、たくさんの品物を簡単に持ち運びが出来るようになるってやつ」
「すごいものがあるんですね」
「まあ」
今日の夜までには出て行きたいので、手早い作業をお願いした。
リンゼイは私室に戻って部屋の整理を行う。
まずは生活に必要な服を詰め込む。
整理整頓が苦手なので、子供時代の服も衣装入れに押し詰められているのに気が付いて苦笑する。
生まれ故郷では大きな屋敷でお姫様のような生活をしていたが、契約を交わした者は一人前と見なし、十歳の子供でも使用人の手を借りずに独立した生活を送らなければならない。セレディンティア王国に来た頃は、生活面において様々な苦労をした。
衣服入れの奥を整理しながら、十三年間の異国暮らしを振り返る。
防御呪文が織り込まれた外套の数々は母親が誕生日に贈ってくれたものだ。
もう小さくて入らないものが十枚ほどある。どれも宝物なので、新居に持って帰ることにした。
着ない服も何らかの素材になるかもしれないので、別の道具箱に放り込む。
それ以外にも申し訳程度の化粧品に、鑑賞用の魔石の数々、非常食として置いていた缶詰も入れて行く。宝飾品は全て守りの力が付加された魔道具。お洒落用も一個位あるはずと宝石箱の中を探ったが、その行為も無駄に終わる。
私室には荷物をあまり置いていなかった。
問題は研究所かと移動をする。
「あら、意外と仕事が早い」
リンゼイに褒められて嬉しそうに会釈をするクレメンテ。
本棚の半分ほどは空になっていた。
「道具箱、面白いですね」
「そう?」
箱の底にある魔法陣に入れるものを押し付ければ一瞬にして消えて行く。
魔術が身近にない者にとっては不思議な体験なのだろうとリンゼイは思う。
広い机の上に雑多に置かれた埃被りの調合道具を見ながら申し訳なく思ってしまった。
どれもこの国では入手出来ない貴重な品物ばかりだ。
家に持ち帰って大切に使おうと、丁寧な手つきで道具箱の中に入れる。
アイテム図鑑
お道具箱
様々な道具を小さな箱に詰めることが出来、好きな時に取り出すことが可能。
生物の鮮度を永久的に保つ箱も最近開発された。




