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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第一章 新たなる一歩
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十六話

 クレメンテは裏口に用意された馬に跨って進む。

 追従するのは先ほど私室へやって来た男、イル・ヴァンのみである。


 戦時中、彼はずっとクレメンテの後を影のように付き添っていた。

 城から出る時も一緒について来ると言ったが、いろいろと面倒に思ったので邪険に追い払っていたのだ。

 風の噂で武官を辞したと聞いていた。休憩時に姿を確認すれば、国の正規軍の格好ではないことに気が付く。


 イル・ヴァンは今年で二十九と、若く未来ある青年将校であった。

 クレメンテとは違い、見目の良い彼は女性からの支持も集めていた。

 家柄も良く、結婚をして更なる出世をと周囲も思っていたが、クレメンテの居ない部隊に残るつもりはないとあっさり地位を捨てた、ある意味残念な男だった。


 一体なにを考えているのやらと、クレメンテは深いため息を吐く。


 討伐対象が定まっている場合、単独行動の方が動きやすいという理由で、最小限の人員しか連れていない。

 道案内という名でイルはついて来ているが、クレメンテは依頼された街までの道のりを知っているので、付き添いは不要だと思った。が、なにを言っても聞かない男だったことを思い出し、放っておいた。


 一時間ほど馬を走らせ、しばし休憩をさせた後、一気に街まで駆けていく。


 辿り着いた街の名は『シーリス』。

 織物業が盛んで、街中には商人や布物を安く手に入れようとやって来る観光客で溢れていた。ただし、魔物がやって来る一ヶ月前までの話である。

 いつもは大きな馬車を伴って来る商人が検問前で列を成していたが、今はそれが兵士達を派遣して来た馬車へと変わっていた。


 たった一匹の魔物に随分と苦戦をしているようだと、イルは呆れながら言う。


「閣下、かなり大掛かりな警戒態勢が敷かれていますね」


 街の周囲には簡易的な柵が張られ、周囲には兵士たちが並んで警戒態勢でいた。至る場所に見張り台も設置されている。


 クレメンテとイルは現状を知る為に、討伐部隊の作戦本部に向かうことにした。


 全身鎧を纏ったクレメンテと、弓の名手と謳われていたイルが駐屯地に近づけば、その姿を察した兵士達がざわついていく。


「随分と騒がしい」

「……」


 イルの呟きにクレメンテは反応を示さすに、近づく者の気配に目を細めていた。


 馬から下りれば、遠くから一人の兵士が駆けて来た。

 大柄で長剣を佩いた、中年の武官である。後から部下らしき兵士も続いてやって来る。


「閣下!! ようこそお出でくださいました!! ヴァン殿も!!」


 出迎えたのは討伐の総隊長である男だった。

 名をジオン・ウーヴル。

 到着したばかりの二人を作戦本部が置かれている天幕へと誘った。


 まずは討伐対象となる双子大蛇メリソス・パイソンについての説明がなされた。


「他の双頭大蛇と違うのは、属性持ちという点でしょうか?」


 全身を赤く硬い鱗で覆われており、牙からは猛毒を放ち、尾は炎を撒き散らす恐ろしい魔物。

 討伐を命じられた部隊は一か月と長い間、一匹の蛇に苦戦を強いられていた。


 シーリスの街は深い森に囲まれており、魔物が潜伏しやすい地理でもあった。

 知らない者はなぜこのような土地にと思うが、森で採れた植物で染物を行うために作られた街という歴史がある。森から街に掛けて長い川も通っており、織物製品の製造に適した場所なのだ。


 現在、街の者たちや商人、観光客には被害は及んでいないという。

 しかしながら、魔物の討伐に参加をした兵士たちの被害状況は凄まじいものであった。


「死傷者が十名、重傷者が五名程。傷口からの、感染症に罹って居る者が十五名、軽傷者は部隊の大半。正確な数は把握できておりません……」


 部隊の長を務めるジオンは、震える声で話を続ける。

 熱に苦しんでいる者は双子大蛇メリソス・パイソンの牙から滴る猛毒にやられているのだろうと推測されていたが、解毒薬が無いために衰弱していくばかりだという。


 倒れた兵士達は、医者からも見放された存在であった。


「重傷者の中には、最近婚儀を挙げた者も居ますが、再起は望めないだろうと」


 全ては自分が不甲斐ないばかりだと、背中を丸めている。

 王都で待つ家族にはすでに伝わっているが、魔物の退治が終わっていないので、家族が駆けつけることを禁じている最中だという。


「……結婚を、したばかりの、兵士」

「え、ええ」


 反応があったことに驚きながらも、ジオンは相槌を打つ。


 そういえばと、ジオンは最近クレメンテが結婚をしたばかりであったことを思い出し、祝辞の言葉を述べた。


「結婚とは、とてもいいものです。閣下も、お分かりでしょうが」

「……」


 クレメンテはジオンの言葉を反芻する。

 しばらくの間、沈黙が部屋の中を支配していた。


「あの、閣下……」


 クレメンテは掛けられた声を無視して立ち上がる。

 行動の意図が分からず、目を見開く相手に向ってクレメンテは言った。


「負傷した兵士の元へ案内を」


 発言を聞いたジオンは、瞬時にクレメンテが兵士達の慰問をしてくれるのだと気付く。


 かつて、戦場で最強と言われたクレメンテの存在は兵士たちの勇気を与えるだろうと、申し出をありがたく思った。


「でしたら、軽傷者の天幕へ」

「いや、重傷者の元へ」

「で、ですが、あそこは――!!」


 頭部全体を覆っている兜の、僅かな隙間となっている目元からの鋭い視線に射抜かれたジオンは押し黙る。

 重傷者を収容している天幕の中は悲惨な状況であった。

 痛み止めを打っても効果がなくて、焼けるように傷口が疼き、兵士たちは悲鳴を上げている。

 毒と炎から受けた外傷は膿んで悪臭を放っていた。


 あのような場所に案内する意味などないと、ジオンは思っていた。

 命の灯が消えるのも時間の問題だと、医師も言っている。

 彼自身も、この一ヶ月間、何人もの負傷した後に治療の甲斐もなく、はかなくなった兵士達を見送って来たのだ。


 慰問をして貰えるのなら、再起を望める兵士達を勇気づけて欲しいと願ったが、クレメンテが強く希望するのであれば仕方がない。

 部下に重傷者の元へ案内するように命じた。


 ◇◇◇


 穏やかな日差しが照りつける午後。


 リンゼイは薬の調合以外のことにも挑戦していた。

 それは、薬草の栽培であった。


 今日こそ汚れる仕事なので、シャツにズボン、魔術師の外套を纏って作業をしようと思っていたのに、エリージュから園芸用のドレスがあると言って美しく着飾らされてしまった。


『ねえ、リンゼイ、その姿で土遊びするの?』

「仕方がないじゃない。だって――」


 リンゼイは気まずそうに、隣に並ぶ貴婦人を横目で見る。


「貴婦人はいかなる時も美しく。当たり前のことです」


 最近は専属の侍女となりつつあったエリージュが、堂々たる佇まいを見せながら言った。


「ですって」

『そ、そっか』


 リンゼイの薬草畑作りにはエリージュも手伝いを名乗り出ている。

 意外なことに、彼女の趣味は土いじりだったのだ。


 ちなみに、ここの屋敷の者達はリリットをあっさりと受け入れていた。

 魔術国家で生まれ育ったリンゼイには当たり前の存在であったが、この国で妖精は絵本の中の住人である。 


 肝が座った者ばかりだと、リンゼイは改めて思っていた。


「さて、始めますか」


 薬草畑に使うのは、エリージュが花を植えようと耕していた花壇。


「ねえ、本当にいいの?」

「ええ、構いません。どうせ、この屋敷の者達は花を愛でる余裕のある者は居ませんから」

「そう? だったらいいけれど」


 薬草は魔力が豊富な森で採った場合、多大な効果をもたらす。

 人里で栽培してもほとんど魔力を含まないものが育ち、煎じても薬効が薄いものが仕上がると言われていた。


「まあ、これは薬草学の授業で最初に習うことなんだけどね」


 常識の中の常識なので、試験にも出ないとリンゼイは言う。


 だが、つい先日に竜の湖水を採りに行った時に彼女は思いついた。

 魔力を多く含む竜の湖水を改良して、薬草の苗に与えればいいのではないかと。


「そして、調合の合間に作ったものがこちら」


 リンゼイは完成したばかりの薬剤をエリージュに見せびらかした。


 『植物魔力キャリアオド・活性剤トニック

 竜の湖水の濃度を薄くして、植物に吸収しやすいように改良を重ねたものである。

 リリットの鑑定済みで、効果は保証されていた。


 エリージュは話の半分も理解出来ていなかったが、感情のこもらない声で「すごいですね」と呟く。

 褒められて気を良くしたリンゼイは、鼻歌交じりで薬草が生える木から採って来た太い枝を地面に挿していく。


「ああ、奥様、それではなりません」


 挿し木についても精通しているエリージュは、リンゼイの雑な仕事に口を出す。


 屋敷の庭先では、賑やかな女性達の声が響き渡っていた。


アイテム図鑑


植物魔力キャリアオド・活性剤トニック


竜の湖水の濃度を薄め、植物が魔力を取り込めるように生成したもの。

良質の薬草がぐんぐん育つ!(予定)

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