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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十章 『メディチナ』、やっと再開!
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百四十九話

 セレスティーナ・アルマロウが屋敷に訪問してきた。

 契約を交わすので、代表であるクレメンテも同席する。


 以前より派手系美人好きの疑いが掛かっていたので、仕事の場ながらも、リンゼイは心配していた。

 セレスティーナのことをクレメンテが好きになったらどうしようかと。


 思いつめた余り、リリットに相談をしたが、セレスティーナに惚れることは『絶対にありえないこと』だと言っていた。


 今はその言葉を信じるしかなかった。


 客間でクレメンテと二人、セレスティーナを迎える。


 心配なんてなんのその。

 クレメンテは気の強い令嬢を前にしても、浮かれることは一切なく、事務的ビジネスライクな対応で話を進めていた。


 姿消しの魔術を使っていたリリットが背後で、『ね、大丈夫でしょう?』と言っている。


 ホッと安堵をしたあと、仕事と私情をごちゃごちゃにするなんてと落ち込んでいたが、そういう日もあると、リリットが励ましてくれた。


 とりあえず、化粧品一式を渡し、一週間後に話を聞くことになる。


 契約の場は、驚くほど平和に過ぎて行った。


 ◇◇◇


 一週間後。

 再びセレスティーナ・アルマロウが屋敷にやって来る。

 今度はリンゼイが対応することになった。

 エリージュも直接意見を耳に入れたい、給仕をしながら聞くことに。

 一応、威圧的な視線などを送って脅さないようにと注意しておいた。


「ごきげんよう、リンゼイ様」

「ええ、お待ちしておりました。セレスティーナ様」


 長椅子に座ろうとしたリンゼイはぎょっとする。

 彼女の死角に立っているエリージュが、何かを探るような鋭い眼差しを向けていたのだ。

 熱い視線を受けているからか、セレスティーナは後頭部の辺りを摩り、首を傾げている。


 リンゼイはお願いだから止めて! と視線で訴えた。

 それに気付いたエリージュは、にっこりと満面の笑みで返し、紅茶をカップに注ぎ始める。


 心が休まらないと、一人目を伏せていた。


「あなた、どうかなさって?」

「いえ、持病の動悸が」

「まあ、酷いようでしたら、病院に行った方がよろしくってよ」

「そうね。ありがとう……」


 リンゼイの動揺はなんとか誤魔化し、化粧品について話をする。


「お化粧品、使わせて頂きましたわ」


 この一週間の間、毎日使ったとセレスティーナは話す。

 一言で言えば、素晴らしいものだという評価をしていた。


「え~っと、それは、直すようなところはないってこと?」

「いいえ」


 細々としたところで気になる箇所があると言う。


「まず、おしろいだけど、使い心地や肌への影響、香りなどは問題ありません」

「良かったわ」

「ええ。本当に、今まで使ったことがないようなおしろいですわ。コンパクトも、小さな宝石箱みたいで、とってもきれい」


 散々褒めたあとで「だけど」という言葉が追加される。


「おしろい叩きが最悪」


 パウダーパフとも呼ばれるおしろい叩きは、海に生息する細かい網目状の繊維を持つ海綿動物から作られるものである。

 それが、大変な粗悪品だと言っていた。


「化粧乗りが悪くって、おしろい叩きだけはわたくしが普段使っているもので代用しましたのよ」

「そうだったの……」


 おしろい叩きはリンゼイが化粧店から買って来たものであった。

 それなりに高価な品であったが、使用感を確かめなかったということに気付く。


 セレスティーナは普段使っているおしろい叩きを持って来ていた。


「手触りと、使った感じを比べてみていただける?」

「え、ええ」


 まず、付属品のおしろい叩きを手の甲に当ててみる。

 ザラリとした、硬い触感があった。

 次に、セレスティーナが使っているものを当ててみた。

 柔らかく滑らかな触感であった。


 おしろいを塗った感じも一目瞭然であった。

 付属品はたくさん叩かないとなかなか肌に塗ることが出来ない。

 一方で、セレスティーナのものは、すぐに肌に馴染んだ。


「これは、すごいわ。付属品の粗悪ぶりがはっきりと分かる」

「でしょう」


 試作段階なので、おしろい叩きは大量購入していない。

 リンゼイはいくつか購入して、一つ一つ試してみなければと考える。参考にするために、セレスティーナの使っているおしろい叩きを作っている会社も聞いておいた。


 他の化粧品にも、リンゼイが気付かないような点をどんどん挙げていった。


 エリージュは満足したのか、席を外す。

 数分後、温かい紅茶を持って来たのは別の侍女だった。

 一緒に焼きたてのお菓子が運ばれてきたので、一息入れることにする。


 セレスティーナは、指摘した点を紙面にまとめていた。

 口で説明したこと以外にも、細かい情報が掛かれている。リンゼイは感心してしまった。


「セレスティーナ様、ありがとう」

「何がですの?」

「いえ、こんなに、たくさん意見を出してくれて」

「お仕事ですから当たり前ですわ」

「そうだけど、ありがとう」


 リンゼイは化粧品の質しか気にしていなかった。購入者の目線から製品を見ておらず、気付けない点が大量にあったのだと、商品の悪い点を目の当たりにすることになった。


 良質な製品を販売することも、『メディチナ』の信条である。

 彼女の意見の一つ一つが、ありがたいものであった。


 セレスティーナは大袈裟だと言って、顔を背けた。


 充実した時間を過ごせたので、商品の見直しを頭に浮かべながら、温かな紅茶を啜った。


 お茶を飲む間、話は別の方向に向いていった。


「そういえば、あなたの旦那様だけど」

「う、うちの人がどうかしたの?」


 もしかして気になるとか言われたらどうしようと、焦るリンゼイ。

 だが、話はまったく違う方向のものであった。


「『メディチナ』の代表だっていうから、ものすごい野心家だと思いましたの。でも、出てきたのはぼんやりした男性で、拍子抜けしたと言いますか」


 商品の販売は限られた期間だけ。商品はそこそこ高価だが、それ以上に素晴らしい効果がある。需要はたくさんあるのに、大量生産しない。全く商売っけがなかった。

 店舗も持たない『メディチナ』は、大いなる野望を持って商売をしているのではと社交界で噂になっていた。


「まあ、野望は別の人が持っていると言うか……」

「そうでしたのね」


 経営の主な部分を握っているのは、エリージュとシグナルである。二人の協力なしではここまで上手く立ち回ることが出来なかった。感謝の一言である。


「それから、リンゼイ様の結婚相手としても意外に思いましたの」

「え、そう?」

「ええ。雰囲気がまったく違うと言いますか、気が合うように見えないと言いますか」

「そう見えるもの仕方がないのかもしれないわ」

「それは何故?」

「国王が決めた結婚だったの」

「あら、そうでしたの」


 セレスティーナの両親は恋愛結婚だったので、余計に違和感を覚えたのかもしれないと話す。


「良く知らない人と結婚をするのは、貴族の間では普通だと聞きますからね」

「ええ、まあ、そうね。セレスティーナ様のご両親は仲が良かったの?」

「ええ、とっても」


 ちなみに彼女の結婚相手探しは難航を極めているらしい。


「でしょうね」

「リンゼイ様って本当に素直ね」

「だって、本当のことでしょう?」


 一代限りの成金男爵家に婿入りしたいと言う者はなかなか現れない。

 セレスティーナの性格も災いしている。


「父上はわたくしの夫となる人に商売を任せようとは思っていませんの」


 家の格を上げようとか、爵位をどうにかして得ようとか考えておらず、社交界との繋がりがあればいいと思っていると話す。


「リンゼイ様は、旦那様のこと、愛していらっしゃるの?」


 リンゼイは口に含んでいた紅茶を全て噴き出した。


「……なんてことを」

「だって、あなたが突然変なことを聞くから!!」

「だって、気になるの。家が決めた結婚でも、愛や信頼関係が生まれることがあるのかしらって」

「……」


 幸い、紅茶はセレスティーナに掛かっていなかった。

 茶色く染まった机掛けは、侍女が回収していく。


 二人だけの部屋になり、セレスティーナは同じ質問を問いかけた。


「うちの人のことは、その、きちんと好きだし、信頼もしている」

『おお!!』


 別のところから声が上がった。

 セレスティーナは周囲を振り返り、不思議そうな顔をしている。


 リンゼイの言葉に、背後で話を聞いていたリリットが反応してしまったのだ。

 知らない振りをしていれば、セレスティーナは気のせいだったと思ったようでホッと安堵の息を吐く。


「まあ、いろんな人が居るから一概には言えないけれど、結婚してから育つ関係ってのもあるのかもしれないわね」

「それを聞いて、安心しましたわ」


 知らない人と結婚するのが怖くて、異性の前で自然に振る舞えなかったとセレスティーナは話す。

 これからは、もっと力を抜いて接することが出来たらいいなと語っていた。


 夕方になり、陽が傾いてきたので、化粧品の品評会はお開きとなった。


アイテム図鑑


リンゼイの愛

分かりにくい。本当に、分かりにくいものだった。

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