十五話
霊薬作りをしているリンゼイの所に、クレメンテが訪ねてくる。一体どうしたのかと訊ねれば、用事が出来たので出かけてくると言う。
「なんだか急な話ね」
「え、ええ」
どうしようか迷ったが、クレメンテは正直に兄から魔物の退治をお願いされたことを、隠さずに伝える。
だったら、と言ってリンゼイも同行すると申し出たが、そこまで手こずるような魔物でもないので、丁重にお断りをしていた。
「それでは、行ってきます」
「待って」
「?」
リンゼイは棚の中から数本の霊薬を掴み、道具箱に放り込む。それをクレメンテに手渡した。
「え、でも、これは売り物では?」
「いいから持って行って」
「足りなかったら箱の内側の呪文をなぞって連絡してくれたら、追加の薬を転送するから」
「そ、そんな便利な機能が」
「うちの国では普通だけどね~」
「左様で」
折角のリンゼイの好意なので、クレメンテはありがたくちょうだいすることにした。
「いってらっしゃい。気をつけて」
「ありがとうございます」
今まで、出かけ際に誰かに声を掛けられ、見送ってもらったことなど思い当たらなかったクレメンテは、リンゼイの一言に酷く動揺をしてしまう。以前、「お帰りなさい」と言われた時もそうだったと、自身の寂しい人生を振り返っていた。
階段を登る前にリンゼイを見る。
既に作業を再開させていて、クレメンテを一瞥もしていなかった。
彼女らしいと笑ってしまう。
クレメンテは独り言のように「行ってきます」と言ってから一階に上がって行った。
◇◇◇
屋敷から馬車で向かった先は王族が住まう宮殿。
眼鏡を掛けた冴えない青年を、すれ違った召使い達は怪訝な表情で見る。
表舞台に立つことがなかったクレメンテの素顔を知る者は少ない。
公妾の産んだ影の薄い王子など、誰も気にすることはなかった。
誰も会う事も無く、真っ直に私室へと向かった。
扉の前は誰も居ないと思いきや、しっかりと警護体勢が敷いてあった。
当然ながら、顔見知りなので何も言わずとも扉を開いてくれる。
久々に部屋に入る。
中の掃除は行き届いていて、埃臭さなどは全くない。
部屋にあるものは一つだけ。
鋼鉄製の板金鎧が立てかけられているだけである。
兵士の鎧の多くは青銅製で、クレメンテの鎧のみ鋼鉄製となっていた。
また、重量のある全身鎧を纏っていたのもクレメンテだけだった。
この鎧を着込むのは八年ぶり。上手く動けるのか分からなかったが、討伐対象となる魔物は炎を撒き散らす属性付きだったので、警戒が必要なのだ。
毎日の鍛錬は欠かしていない。
結婚が決まってからは、リンゼイを守る為と思って更に磨きが掛かっていた。
問題は無いだろうと、硬い鎧に触れながら考える。
鎧を着込んでいればかつて部下だった兵士が入って来て、地面に片膝をついて挨拶をしてきた。
「閣下、ご無沙汰しております」
「……」
クレメンテは恭しく頭を垂れる男をちらりと一瞥してから、腕の金具を閉めた。
何も言わなくとも男は鎧を着込む手伝いを進んで行った。仕上げに頭の兜を被れば、持って来ていた騎士外套を肩に掛けてくれる。
最後に、腰のベルトに剣を挿してからリンゼイから預かった手のひらほどの大きさの、薄い道具箱を着けた。
「閣下、それは?」
クレメンテは戦場に向かうとき私物を一切身につけないので、腰に付けられた小箱について質問をしたが、回答が返って来ることは無かった。
無愛想なのはいつものことなので、部下だった男も気にしない。
裏門に馬を用意したというので、そのまま向かう。
◇◇◇
クレメンテが出て行った後、リリットは在庫棚を覗き込み、リンゼイに何本の霊薬を抜いたか質問する。
だが、覚えていないという返事を聞いてがっくりと肩を落とした。
『ねえ、真面目に商売する気、ある?』
「あるってば」
『前も霊薬作ったあと、在庫管理帳に書き込まなかったでしょう?』
「ごめんってば」
最近はリリットが霊薬作り以外雑なリンゼイの助手のような役割をしている。
足りない材料があればクレメンテに採取に行くように言うのもリリットの仕事になっていた。
『リンゼイ、従業員増やそうよお~』
「まだ無収入なのに?」
『大丈夫、クレメンテがお金なんて山ほど持って居るから』
「そうなの?」
『あの男からはお金の匂いがぷんぷんする!』
「なんか、全然お金持っている感がないんだけど」
『いやいや、だって、元王子さまだよ?』
だが、従業員については必要かもしれないと、リンゼイも思っているところであった。
販売経路が確保されたら、売り歩いてくれる販売員が居れば心強いと、つい先日クレメンテとも話し合ったばかりであった。
『販売員、事務担当、調合助手、経理、あと雑務をしてくれる人』
「今、全部リリットが一人でしているね」
『でしょう!?』
「働き者で優秀な妖精さんで」
『過剰労働反対! まことに遺憾である!!』
売る品が普通の物ではないので、なかなかその辺の人にお願い出来るものではない。
難しい問題だとリンゼイは言う。
『リンゼイ、この国で仲良くなった人とか居ないの?』
「いないけど」
『あ、なんか、ごめん』
「どうして?」
『そっか。魔術師って単独での行動を好む生き物だったね』
基本的に魔術の生業をしている者達は、他者とあまり接触をしない。
空いている時間は魔道書を読み耽り、研究に明け暮れる。
世界全体で魔術師が減少し続けるのも、こういった個人主義の気質が原因でもあった。
魔力や知識、技術は親の代から受け継がれる。
リンゼイの実家のような、代々魔術師をしているという一族も減りつつあった。
単独行動が当たり前だったが、信用できそうな人物の名を挙げる。
「手伝って貰うとしたら、エリージュとか」
『ず、随分と大物を引っ張ってくるね』
「大物?」
『あ! いや、た、態度とか』
「ああ。確かに」
『他は?』
「執事とか」
『おお、これまた使用人の中からですか』
「だって、信頼感は一緒に居ないと育たないでしょう?」
リンゼイは相変わらず周囲に居る人物に付いて、深く考えようとしていない。
彼女が一番の大物だと思うリリットであった。
『ねえ、クレメンテはどう思っているの?』
「どうって」
『聞きた~い!』
どうだろうかと、リンゼイは首を傾げる。
一番長い時間を過ごして来たが、よく分からない人だというのが本音であった。
性格は大人しくて穏やかな人、という印象だが、たまに眼鏡の奥の目が笑っていないことがあることをリンゼイは気付いている。
『本当の夫婦になる気はないんだよね』
「当たり前でしょう」
『十年経ったら国に帰るの?』
「それは、決まっていないけれど」
思えば、将来なにをやりたいとか、どういった研究に打ち込みたいといった明確な目標がないことに今更ながら気付いてしまう。
子供の頃だったら堂々と『世界征服に決まっている!』と言っていたが、今は違う。世界制服の夢を捨ててから現在に至るまでに新たな野望も持たずに淡々と過ごしているだけであった。
改めて、自分は空っぽなのだと、自覚をしてしまう。
眉を顰めて真剣な顔で思い悩むリンゼイの肩にリリットは立ち、耳たぶに手を添えてから囁く。
『ねえ、リンゼイ。お薬作り、楽しんでいるでしょう?』
「!」
リリットに指摘をされて気が付いた。
毎日、時間も忘れて霊薬作りに励んでいることに。
『どうなの?』
「……楽しい」
『でしょう?』
祖国へ帰れるまでの時間はまだ先である。
自分が何をしたいのか、ゆっくり考えるといいとリリットはリンゼイに助言をした。
『さて、気持ちの整理が着いた所で、お弁当でも持って出かけますか!』
「どこに?」
『どこって、クレメンテの所』
「は?」
『だって、実力とか気にならない? 国からわざわざ呼び出されたんだよ』
「……」
クレメンテのことは気になるといえば気になる。
しかしながら、リンゼイは首を横に振った。
「霊薬を作るから」
『えーー!!』
「あっちが気になるんだったら行って来れば? まだ間に合うと思うから」
『いやいやいや。一人でクレメンテを見に行っても……』
「は?」
リンゼイは材料を集めて霊薬を作り始める。
その後ろ姿を見ながら、やれやれと肩を竦めるリリットであった。
アイテム図鑑
鋼鉄の板金鎧
敵国では、鉄色の全身鎧を纏った戦士が戦場を駆けた後には悲惨な光景が広がっていたと噂されていた。




