十四話
夜会で品物を売る場合は、申請書を通さなければならない。
厳重な審議の後、信頼の置ける商人だけが店を開けるのだ。
その辺はクレメンテが話を付けてどうにか入れ込めるようにお願いして来たという話を聞く。
「でも、大丈夫なの?」
「え?」
「いきなり参加をしちゃって、そういうのって商人の嫉妬? とか、買ったりとかしない?」
「あ、言われてみれば、そうでしたね。どうでしょう? 私もその辺は……」
「だよね」
ある意味で、世間知らずな二人は考える。
商人世界の繋がりもなければ、商売の方法も知らない。そんな状態で、夜会に飛び込んでも大丈夫なのかと疑問に思ったのだ。
「シグナルさんを呼びましょう」
「それがいいかも」
さきほど退室していったばかりの執事を、再び呼び寄せることになった。
「そういったお話でしたか」
シグナルは二人の疑問に答える。
「確かに、夜会への参入は選ばれた商会の者達が出入りします。ですが、それだけでは面白味もないので、異国から呼び寄せた商人を入れたり、珍しい品を売る商店を呼び寄せたりしますので、問題はないかと」
「そうなんだ」
「はい。安心してご参加下さい」
商売については体感で学んでいくしかないだろうと、シグナルは言う。
クレメンテは不安そうな顔で話を聞くばかりだ。
「なにせ、市場で普及していない薬なので、その辺の商人も売り方を知らないでしょう」
「まあ、試飲とかで効果を実感して貰いつつ、売るしかないよね」
「そうですね」
そこでシグナルは一つの提案をする。
貴族の個人宅を訪問して、どういう反応が来るかを調べたらどうかと。
「それはいいかもしれないね」
リンゼイはクレメンテにどうするか問い掛けるように見る。
「ええ、良いお勉強になりそうです」
「でしたら、こちらで訪問の手配を取っておきましょうか?」
「お願いします」
あっさりと、次の目的は決まる。
「あとはお店の名前を決めなくちゃ」
「ですね」
リンゼイはクレメンテに決めるようにと言う。それを聞いて、やっぱりという表情になった。
「あなたが商会長だから、当たり前でしょう?」
「はあ、私が」
光栄です、と心の籠っていない言葉を呟き、考える素振りを見せる。
「なんでもいいから」
「……」
「あんまり長ったらしいのはなしで」
「はい」
「深く考え込まないで、なんか覚えやすい感じのを」
「はい」
「そうね。例えば、好きなものとか?」
「リンゼイさん」
「なに?」
「……」
「なにってば」
「なんでも、ないです」
「変な人」
結局、屋号は異国語で薬を意味する『メディチナ』というものに決まった。
「お母さんの祖国語だっけ?」
「はい」
「喋れたりするの?」
「ええ、まあ、子供の頃に習って」
「へえ」
「リンゼイさんは?」
「喋れるよ。いろんな国に交渉しなきゃいけなかったから覚えたんだよね」
「すごいですね」
「魔術師の学校では当たり前のように習うから」
「なるほど」
夜会は二ヶ月後。
貴族のお宅訪問は早くても一週間後位が目途だろうと、クレメンテは話す。
二人で話し合い、今後の予定を決めた。
大きな目標として、緑の霊薬を週に百本売ることを定める。
その為に試薬品も作らなければならない。
「試薬品、どうしようかな」
「一本渡すとなると、数を準備するのが大変ですよね。どの位用意すればいいかも分かりませんし」
「そうなんだよねえ」
『だったら、結晶化すれば?』
今まで机の上にあったお菓子を食べることで忙しかったリリットが提案をする。
薬の瓶の液体を三つの飴のように凝固させて、それを試食して貰う形にしたらどうかという意見を出した。
「リンゼイさん、そういうのは可能ですか?」
「結晶化、ね」
『あ、わたし、得意だよ』
リリットが挙手をして霊薬の結晶化作業に名乗り出る。
「リリットさん、いいのですか?」
『いいよ。その代わりなんだけど』
リリットはふわりと飛んで上がり、シュガーポットの隣に着地して、愛おしそうに抱きしめる。そして、中にある角砂糖を全部貰ってもいいかと聞いた。
「そ、そんなので、いいのでしょうか?」
『うん』
クレメンテはリンゼイにどうするか聞いた。
「いいかもしれないね。製品版は効果三倍とか宣伝も出来るし」
「だったら、リリットさんにお願いしましょうか」
「ええ」
緑の霊薬の在庫は六十個。全ての結晶化を依頼した。
青の霊薬の在庫は三十個弱。これはその場で効果を確認出来るものでもないので、どうしたものかと考える。
「貴族も青の霊薬は軽い気持ちじゃ買わないよね?」
「そうですかね」
現場でどうなるか分からないので、青の霊薬は十個だけ結晶化を頼んだ。
「軍隊の方が需要はありそうです」
「あ、そうかも」
各地での魔物退治の話は頻繁に入って来る。
最近は魔獣の活動が活発になっている地域もあり、油断ならない状況にあるという。
「まあ、その辺も一度貴族相手に販売をして、シグナルさんに相談をしつつ、売れなかった時の対策の一つにしておきましょう」
「そうだね」
翌日は緑の霊薬の材料集めに行くことに決めた。
素材収集はクレメンテが行い、リンゼイが薬の調合を行うという仕事分担になる。
「問題はあの森の深層まで、馬でどの位で行けるかですね」
「ああ、そっか。その問題があったね」
銀竜での移動を可能とするのは最速でも一年先。その間、クレメンテは馬で採集に向かわなければならない。
「あとでメレンゲにあなたを運んでくれないか聞いておくから」
「でも、竜は単独で主人以外乗せないのでは?」
「あの子は融通の利く竜だから大丈夫だと思う。多分。聞いたことないから分からないけれど」
「さ、左様でございましたか」
「嫌って言われたらごめんね」
「いいえ、気にしませんから」
薬屋『メディチナ』は少しずつ形になって行く。
リンゼイとクレメンテは準備に追われることになった。
◇◇◇
リンゼイが霊薬を作り、クレメンテが材料集めをするということが板についてきた頃、王城より使者が訪問して来た。
帰宅したばかりのクレメンテは、来客があったとそのまま客間に行くように言われる。
材料を持ってリンゼイの所へ行くのを楽しみにしていたのに、邪魔が入ったと若干がっかりしつつ、客間の扉を開いた。
「お待たせしました」
「!」
中年の使者はクレメンテの姿を確認すると、ピンと立ち上がって会釈をする。
「あ、あの、殿下、お初にお目にかかります!」
「もう、王子では無いので、お気を楽になさってください」
「と、とんでもないことでございます」
「……」
椅子を勧めてもなかなか座らないので、クレメンテが先に腰掛けて相手にも促すことにした。
「――それで、要件とは?」
「え、ええ」
使者は懐から一通の手紙を机の上に置き、クレメンテへと差し出した。
手紙を受け取り、差出人を見れば王太子である兄の名前があった。
「そ、その、最近、魔物退治のお仕事を請け負っているとのことで」
「……ええ」
クレメンテの、というよりは、現在住んでいる屋敷は全体的に監視体制にある。
なにもかもが筒抜けというわけであった。
当然ながら、クレメンテがこっそり行っている魔獣退治もしっかりと把握されていた。
知らないのはリンゼイばかりである。
「それで、魔物の討伐を依頼したいと」
「……」
王都から馬で二時間走った先にある街の周辺で、双頭の真っ赤な大毒蛇が出現していると書かれていた。
必死に退治を行っているらしいが、硬い鱗は矢をもはね返し、牙から毒を撒き散らす。尾からは炎を出すので近づくこともままならない状況にあるという。現在は街の周辺から追い返すので精一杯だと、手紙に書かれていた。
「多大な犠牲も出ておりまして、どうか、魔術師殿の手をお借り出来たらと、思っているのですが」
「それは出来ません」
「!」
使者はがっくりと肩を落とす。
だが、クレメンテの言葉はそこで終わりではなかった。
「討伐は私が行きましょう」
「なんと!」
使者は地面に額を付けてお礼を言う。
大袈裟な反応をする男を、クレメンテは感情のない目で見下ろしていた。
アイテム図鑑
兄からの手紙
他人行儀で書かれたもの。
読了後は焼いて処分をされた。




