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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第九章 『メディチナ』、再開、しない!!
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百三十一話

 ミラージュ公国。

 とある諍いをきっかけに、今は亡き国の大貴族であったレクセンブラグ家を中心とした魔術師達が反旗を翻し、結果、独立する形を取った後に生まれた国。

 国民のほとんどが魔術師という変わった国でもある。

 外部より人を寄せ付けないという姿勢は長年変わっていない。民の数も計算されており、建国以来増減はほとんど変わらないという徹底っぷりであった。

 外部からの旅行者でさえ、厳しく制限されていた。


 入国審査は他の国よりも時間を掛けてじっくり行われる。

 元より、入国希望者は少ないので、手続きを待つ時間もそこまで長くはなかった。


 検査から解放されたクレメンテらは、大きな背伸びをしたあとで、次なる行動へと移す。


「とりあえず、魔道車オド・コーチェの乗車券を買わないと」

「リンゼイさん、それはなんですか?」

「魔石燃料で動く馬車? みたいなの」

「へえ」


 一緒に魔道車オド・コーチェの乗車券販売窓口まで買いに行く。販売所は無人で、行先を示すカードとお金を窓口に出せば、表面に刻まれた呪文に反応して、乗車券とお釣りが出てくるという仕組みになっていた。

 都行きの魔道車オド・コーチェ乗り場は店の前にあった。

 幸いにも、次の便は数分後だった。


 クレメンテは初めて見るミラージュ公国の様子を目の当たりにして、感想を述べる。


「それにしても、不思議な場所です」

「セレディンティア王国とは、いろんな面で大きく違うかもね」

「ですね」

『相変わらず、静かな所だねえ~』


 道を歩く人はほとんどいない。港街なのに、全く賑わっていなかった。

 ミラージュ公国では、ほとんど人の労働力を使わない。人類の英知を集めた魔術を使った品々が、人の生活を支えていた。


 船より荷物を降ろすのは船員ではなく、人工精霊と呼ばれる手のひら位の光球であった。

 人工精霊は手紙の配達から食事の配膳など、様々な労働を行う。

 精霊と呼んでいるが、意志はない。魔石を核とした魔技巧品である。術者の指示に従って動くのだ。


「人工精霊、面白いですね」


 人工精霊を取り入れたい国が多いのでは、という質問にはそうでもないと答える。


「とても難しくて、魔術師以外に管理できないと思う」

「そうなんですね」


 便利で静かな暮らしが出来る素晴らしい国だと、クレメンテは評した。


「その代わり、魔術を使えない人は収入的な問題で、この国では暮らせないけどね」

『なるほどねえ、労働者を必要としない国、かあ~』

「耳に痛いお話です」


 そんな話をしていれば、魔道車オド・コーチェがやって来る。


「……これは」

『ひぇえ、なんだこれ~』


 やって来た魔道車オド・コーチェと呼ばれるものは金属製で、青虫の形をしていた。だが、ゆっくりくねくねと動くものではなく、地上から僅かに浮いていて決められた道筋を滑らかに走行するものであった。


 内部には椅子が四つあり、個室になっている。一台につき全部で四部屋。他人との関わり合いを嫌う魔術師の為に作られたものである。


 鐘のような音が鳴ったあと、魔道車オド・コーチェは動き出した。

 馬車のようにガタガタと揺れることはない。部屋で座っているような、静かな空間である。クレメンテはミラージュ公国の高い技術力に、しきりに感心していた。


 都までは一時間程で到着をする。


 ここでも、クレメンテは驚くことになった。

 首都と呼ばれる場所は、巨大なドーム状となっていた。


「ここに、人が住んでいるのですね」

「そう」


 ドーム内に入る前にも、厳重な持ち物検査や旅券確認などが行われる。


「中に入っても驚くかもね」

「?」


 リンゼイの言葉に首を傾げていたが、その理由はすぐに発覚する。

 内部は夜の景色が広がっていた。


「すごいとした言いようがないですね」

「外から来た人はみんなそう思うみたい」

『人工世界樹があるから暗いんだよね?』

「そう」


 公国内に魔力を供給している人工世界樹があるので、首都はこのように暗い。

 日に数時間だけ太陽の光に当たる時間があるので、ずっと暗闇という訳でもないと説明する。


「人工世界樹というのは?」

「簡単に言えば、巨大な魔力生成器ね」

『魔力は暗闇の中で作り出されるから、わざと一日中暗くしているんだよ』

「なるほど」


 常に夜の空間を作り出して、魔力を作り出す仕組みを作っていた。

 生成した魔力は、ミラージュ公国内全ての地域に送り出される。

 街中には、淡く発光する球体が漂っていた。この光の球は魔力生成を促す術式で、街中を幻想的な雰囲気にしている。


 首都は港町より人の姿が見られた。

 皆、リンゼイが着ていたような魔術師の外套を纏っている。


「まずは宿屋に行って――」

「あれ、もしかして、リンゼイ?」


 背後から名前を呼ばれて振り向く。

 そこに居た人物は、よく見知った顔であった。


「あ、兄上?」

「本当にリンゼイか?」


 偶然街中で出会ったのは、二番目の兄であった。

 クレメンテ程ではないが背が高く、リンゼイと同じ濃い紫色の髪に黒い目を持ち、顔は似ていないが、整った容貌をしている。齢は三十二。学費は全額返済して公国内に住んでいた。

 彼が纏う、金のモールで縁取られた紺色の詰襟服に、白いズボン、赤いマントは国家魔術師の制服である。

 思いがけない邂逅に、双方が驚いていた。


「兄上は国家魔術師をしていたのね」

「ああ、親の伝手を最大に使ってな」


 世渡り上手な兄の変わらない姿をリンゼイは懐かしく思った。


「それにしても、本当に久々だな。最後に見た時は、子供だったのに」

「ええ」


 兄妹がこうして顔を合わせるのは十数年振り。公国内で紫色の髪を持つ者はアイスコレッタ家の者以外には居ないので、妹だと気付いたと話す。

 リンゼイも同様の理由で兄だと気付いた。


「いや、それにしても、ヤバいくらい母上に似てるっていうか」

「そ、そんなに似てないから!」

「性格だけは似て欲しくなかったが、駄目だったか」

「何が駄目だったの!?」

「……」


 明後日の方向を見る兄。

 すると、そぐ傍に居た男性の姿に気付く。


「そっちは弟子か?」


 リンゼイの兄に指をさされたクレメンテは、緊張の面持ちで居た。家族とは会わないと聞いていたので、どういう風に名乗ればいいか分からない状態であった。

 だが、リンゼイは想定もしていなかったことを口にする。


「彼は――私の夫」

「え!?」


 リンゼイは驚きの声をあげるクレメンテを振り返り、どうして兄より先にそんな反応をするのかと問い詰める。


「なんだ、お前、結婚って、嘘なのか? びっくりしたじゃないか!」

「本当だって!!」


 改めて、リンゼイはクレメンテを紹介する。


「彼が、夫のクレメンテ。本物だから」

「初めまして。クレメンテ・スタン・ペギリスタイン、です。本物です」

「お、おう……」


 リンゼイの兄はトラン・アイスコレッタと名乗る。

 クレメンテと握手を交わした。

 次に、リンゼイはリリットを紹介する。


「この子は友達の妖精」

『え!?』

「お前、また嘘を……」

「だから、本当だってば!!」


 リンゼイは驚きの声をあげるリリットを振り返り、友達だから! と言い含めるような言葉を掛けていた。


『と、友達だなんて、リンゼイ、嬉しい』

「あなたは私と一体どういう関係だと思っていたの?」

『下僕妖精その一』

「……」

『うそうそ!』


 リリットはリンゼイの兄、トランに挨拶をしていた。


「で? 帰って来た目的は結婚挨拶か?」

「……違うけど」

「いや、親父にクレメンテを紹介しろよ」

「……いい」

「いいって、お前」


 トランはそういえばと思い出す。つい先日、父親がリンゼイの結婚相手がどうこうと話をしていたことに。

 改めて、クレメンテの姿を見た。立派な魔術師には見えない。

 その件については、魔術師の外套ではなく、異国のドレスを纏ったリンゼイも同様であるが。

 先ほど、握手をした時に、魔術師が杖を握った時に出来る胼胝たこが無かったことにも気付いていた。それに、クレメンテからは魔力を持つ者から発せられる精神的圧迫感もないように思う。


「リンゼイ」

「何?」

「旦那は、もしかして魔術師じゃない、とか?」

「そうだけど」

「!」


 ミラージュ公国の者が、魔術師以外と結婚するのはありえないことだった。

 子供は親の才能や魔力を受け継ぐ。

 血統主義の多いこの国では、より優秀な家系との婚姻を望むことが普通の結婚であった。


「つか、どうして結婚なんかしたんだ!?」

「別にいいでしょう?」

「だが、お前は――」


 妹にジロリと睨まれ、トランは言葉に詰まる。

 兄の言葉を畳みかけるように、リンゼイは自らの思いを口にした。


「……私は、あの人のことを、その、気に入っているの」

「は?」

「い、いいでしょう、一緒に居る理由なんか、どうでも!!」


 リンゼイは忙しいからと言ってその場を速足で立ち去る。

 クレメンテはトランに一礼をしてから後を追い駆けた。


アイテム図鑑


クレメンテの目力

すみません、ちょっと怖いと思いました。(トラン・アイスコレッタ/三十二歳・国家魔術師より)

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