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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第九章 『メディチナ』、再開、しない!!
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百二十九話

 屋敷に残った面々は、新婚旅行中休日扱いとなっていた。

 ウィオレケは自室に籠って勉強をする。

 途中、扉が叩かれる。 

 コンコンというものではない、ちょっと変わったノック音。

 それは猫妖精フェアリ・ケッタスメラルドが毛皮に覆われた手で叩いた時に鳴る音である。肉球でペンペンと扉を叩くのだ。

 彼女は部屋にお茶のお代わりとお菓子を運んできた。


「ありがとう」

『いえいえ~』


 スメラルドは尻尾を揺らしながら微笑む。

 庭に向いた窓からは怪植物モンス・フィトがのんびりと光合成をして、竜の夫婦が卵を囲んで幸せそうにしている様子が見える。なんとも平和な光景であった。


「姉上と義兄上が居なかったら、こんなに平和なんだ……」

『若様ったら』


 しみじみと言うウィオレケ。

 勉強は捗るし、使用人は姉夫婦に振り回されてドタバタしていない。エリージュは夫婦の中を取り持とうとして策略を張り巡らせている訳ではないので、穏やかな顔をしている。

 今の状況は平和としか言いようがなかった。


「姉上も変な意地を張っていないで、早く兄上とくっつけばいいのに……」

「若様、乙女心は複雑というものですよ~」

「いや、きっと、姉上に乙女心なんてない、あったとしても単純なものだ」


 姉上は、死ぬほど意地っ張りなだけ。


 大人びた様子で呟くウィオレケであった。 


 スメラルドに話し相手をして貰いながらお茶とお菓子を楽しんでいると、部屋の扉が叩かれる。 

 このキレのある扉の叩き方は、エリージュしかいないと思った。

 彼女がウィオレケを訪ねてくることは珍しい。嫌な予感しかしなかった。

 大きなため息を吐くのと同時に、勝手に扉が開かれる。


「若様、失礼します」


 ツカツカと部屋に入って来るエリージュ。焼き菓子を頬張っているスメラルドには目もくれない。はきはきとした口調で用件を述べた。


「さきほど、第四王子、レンダニーク殿下がお見えになりました」

「は!?」


 第四王子、レンダニーク。

 クレメンテと腹違いの弟である。年齢は十歳。愛らしい容貌をしていると、社交界で評判だ。

 その王子がなぜここにと、エリージュに問いかけた。


「旦那様と奥様に会いに来たようですが」

「姉上と義兄上は不在だ!」

「存じております」


 エリージュの言いたいことは分かっていたが、無駄な会話を続けてはぐらかすウィオレケ。

 最早、嫌な予感は確信となっていた。

 時間の無駄だと思ったエリージュは、話を遮るようにして用件を述べる。


「若様、殿下が若様にお会いしたいと」

「い、いや、私は今、忙しい!」


 エリージュはすっと目を細める。

 長椅子に寛いだ格好で座り、右手に焼き菓子を掴んでいる状態のウィオレケは、とても忙しい状況には見えなかった。


「殿下がお待ちです」

「……どうして、私が、異国の王族と会わなければならないのだ」

「心中察します」


 姉夫婦の居ない時にも、被害を被ってしまう気の毒なウィオレケであった。


 ◇◇◇


 一応、王族との面会だということで、スメラルドが身支度を整えてくれた。

 この国では正装ではない魔術師の外套を脱ぎ、ピシッと皺が伸ばされた衣服に袖を通す。

 髪の毛を櫛で梳かせば終了。

 ついでに、近くに居た猫妖精スメラルドに客人対応の同行を求めた。


「スメラルドも一緒に」

『かしこまりました』


 本日二回目の大きなため息を吐く。

 廊下を歩く足取りが重い。

 ついに客室まで到着してしまった。

 スメラルドが扉を開く。

 部屋に入る前に深呼吸をと思ったが、どうしてかため息になってしまった。

 こういう時にリリットが居たらと、ついつい考えてしまう。


 ウィオレケは腹を括った。

 相手は十歳の子供。気を張るような客人ではないと自らに言い聞かせながら部屋に入る。


「こんにちは、はじめまして!!」


 長椅子に座っていた少年、レンダニークがぴょこんと立ち上がり、挨拶をしてきた。

 ウィオレケは目が合った瞬間に、地面に片膝をつこうか迷う。

 一応、国の礼儀では王族を前にした時には平伏をしなければならない。

 そんなことを考えているうちに、レンダニークより椅子を勧められてしまった。

 通常、他人の家を訪問する時は、手紙などを送って相手の都合を聞くのが作法である。それをしなかった相手に、敬意を払う必要なんてないかと思って、椅子に腰かけることにした。


 まず、レンダニークは突然の訪問を詫びて、ウィオレケと会えたことを喜んでいた。

 ここに来たきっかけは、王妃からリンゼイとのお茶会の話を聞いたからだと言う。

 庭の竜を見て驚いたことや、薬草畑が素晴らしいと褒める。

 薬草畑はウィオレケの自慢で、姉が作ったものだと言いたかったが、ぐっと我慢して「ありがとうございます、城の薬草庭園には敵わないことでしょう」と謙遜の言葉を返した。


 途中から、レンダニークはウィオレケと二人で話をしたいと言って、護衛や使用人などを下がらせた。

 一体何を話すつもりだと、額に汗を浮かべるウィオレケ。

 レンダニークはエリージュの孫だ。

 王妃も油断ならない人物であると、姉が言っていた。

 一番上の兄は変態だと聞いている。

 三番目の王子は知らない。

 義兄も姉を愛しているという時点で変わり者だ。

 彼も大きな猫を被っているに違いないと思っていた。


「さて、邪魔者は居なくなったと」


 レンダニークは急に砕けた言葉遣いになる。

 顔付きも笑みを絶やさないようなものから真顔になった。

 やっぱりなと思う。今まで猫を被っていたのかと。

 雰囲気は一変していた。

 何が「国民から愛されている、妖精のような王子」だと、心の中で思っている折に、レンダニークは嘲り笑うような表情で話し掛けてきた。


「可愛いは正義なんだって」

「は?」


 突然何を言い出すのかと、胡乱な視線をレンダニークに向ける。

 続けられた言葉が、国民から愛されている、妖精のような王子って、馬鹿にしているよね、という内容であった。

 それは、ついさきほど、ウィオレケが考えていたことでもある。

 さらに、衝撃の告白をしてきた。


「僕、人の頭の中が読めるんだ」


 ウィオレケは口の中に含んでいた紅茶を噴き出した。


「汚いなあ……」


 幸い、レンダニークには掛からなかったが、白いテーブルクロスは茶色く染まってしまった。


 とんでもないことを言っていたが、レンダニークはウィオレケの口に出さない言葉と会話を始めたのだ。信じるしかない。


 今になってウィオレケは気付く。彼の魔力の流れは、人とは違うと。

 竜や精霊に近いものであった。


「一体、なん……」

「多分、おかしいのは母上なんだよ」


 幼少期より母とは離されて育ったらしく、よく分からないがと呟いていた。

 生まれた頃から精神が熟した状態にある竜や精霊と同じように、彼も生きてきたのだろうかと、ウィオレケは疑問に思う。


「まあ、そういうこと」

「!」


 他人に話したのは初めてだと言う。

 どうしてと聞けば、ウィオレケが魔術師だからと話した。


「一度、魔術師という生き物と話をしてみたかったんだ」


 精霊と交渉して魔術を使う者達。

 レンダニークの周囲に居る人間とは違う存在なのではと疑問に思っていたらしい。


「でも、魔術師も人なんだね」

「まあ……、姉上とかだったら、ちょっと面白人間として楽しめるかも、しれないけど」

「いや、君も十分に面白い人間だったよ?」


 まさかの回答にウィオレケは驚愕する。 

 自分は真っ当で、姉とは違って個性もない人間だと思い込んでいたのだ。


「自信を持っていいからね」


 喜んでいいのか悪いのか、ウィオレケには判断が付かなかった。


「ねえ、君、名前、なんだっけ?」

「ウィオレケ・アイスコレッタ、あ!!」


 名前を言い終えてから、ウィオレケは気付く。

 精霊や竜に自分から名前を教えてはいけないというのは魔術師の間では常識である。

 出会い頭はレンダニークが続け様に喋るので、自己紹介をする暇さえなかった。


 精霊に自ら名を告げたものは、配下になったも同じと言われている。

 顔色を悪くするウィオレケを見て、レンダニークは底意地の悪そうな顔で笑っていた。


「心配しなくても大丈夫」


 レンダニークは半精霊なので、そこそこ魔力のある者を強制的に従わせる力はないと言う。


「ウィオレケね、名前、覚えたよ」

「覚えなくてもいい」


 どうせ頭の中で考えていることは相手にも伝わっているので、思っていることをそのまま口にする。


「ねえ、僕たち、お友達に」

「ならない!!」


 ウィオレケが反抗的な態度を取れば取るほどレンダニークを喜ばせてしまう結果になった。


 最後に、「また遊びに来るね」と余所行きの声色で言ってから、護衛と使用人を連れて帰る。


 ウィオレケは一刻も早く祖国に戻らなければと、決心を固めることになった。


アイテム図鑑


紅茶セット


ウィオレケの好きなお砂糖とミルクたっぷりの紅茶に、クリームの入った焼き菓子を添えたもの。

リンゼイは無糖の紅茶と甘くないお菓子を用意する。

クレメンテは疲れている時には甘いものを。疲れていなければリンゼイと同じものを出す。

使用人は主人の好みを察知して世話をする。

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