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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第九章 『メディチナ』、再開、しない!!
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百二十八話

 あっという間に新婚旅行の当日となる。

 ミラージュ公国へは陸路で行くことになった。


 ずっしりと、重たい鞄を持って出かけることになる。

 私物は道具箱に持って行くことも可能だが、手ぶらで歩いている二人は国を跨ぐ際に不審者に映る可能性があるので、最低限の服などを詰めた鞄を持ち歩くことになったのだ。

 旅のほとんどが船の中である。

 三つの船を乗り継ぎ、馬車を使いながらかの魔術国へ行き着く。

 長い、長い旅であった。


 濃い灰色の背広を着たクレメンテに明るい緑のドレスを纏ったリンゼイは、そこそこ裕福な夫婦に見える。

 王都ではどこにでもいるような、特徴のない格好をしていた。

 追加でリンゼイには顔が見えないようなつばの広い帽子が被せられる。

 エリージュが考えた、旅行中に目立たない為の服装であった。


 玄関先で送るウィオレケは不安そうな顔をしている。


「姉上、義兄上から絶対離れないで、出来れば、手を繋いでもらって」

「手を繋ぐって、子供じゃないんだから」

『でも、リンゼイ、たま~に市場とか行って背後を振り返ったら居ない時があるよね?』

「そうだった?」

『うん。クレメンテが必死の形相で毎回探しているから』


「ほら見ろ!」と言わんばかりの視線を弟から受けて、リンゼイは気まずいような表情をする。

 先行きが不安だと、ウィオレケは肩を落としながら零していた。義兄にも、姉から目を離さないようにと強くお願いしておく。


「ウィオレケさん、安心して下さい。リンゼイさんのことは必ず守りますから」

「姉上自体は丈夫だか……いや、なんでもない、よろしくお願いします」

「はい、分かりました」


 クレメンテはリンゼイとの二人旅の日を迎えて、嬉しそうにしていた。

 火竜の呪文も長い間出てくることはない。

 憂いごとはなにもなく、楽しい気分で出かけた。


 まずは、馬車で港町まで向かう。


 車内に乗り込み、合図を出せば走り出す。

 港町までは三時間ほど。

 のんびりと過ごすことにした。


『ねえ、リンゼイ、船とか宿の手配は誰がしたの?』

「ミラージュ公国に行くまでの船と宿、馬車はエリージュ、公国内の宿は国に入ってからじゃないと手続き出来ないから」

『そうなんだ』

「まあ、宿は大丈夫だと思うけれど」


 観光客はほとんど居ないと言うか、入れない国である。宿屋は繁盛していない。

 それで大丈夫なのかとリリットは突っ込む。


「結構研究とかに詰まった魔術師とかが泊まりにくるみたい」

『へえ、そうなんだ~』

「地下図書室とかある宿屋とかもあって、結構人気だと」

『なるほど!』


 リンゼイの国について判明したところで、リリットはある問題に気付いた。

 それは、船や宿の手配をしたのがエリージュということである。

 絶対に、何か仕込んでいるに違いないと思ったが、言わないでおいた。


 数時間後。港町へ到着した。

 御者の青年に荷物を船に運んでおくように頼み、クレメンテ達は昼食を食べる為に食堂へ向かった。

 リリットが居るので、個室のある店を選ぶ。

 高級な店ではないが、賑やかな港町の中でゆったりと過ごせるように作った店だと看板に書いていた。静かな場所を好む夫婦もありがたいと思い、ここに決めた。

 店員が個室へと案内してくれる。落ち着いた雰囲気の店だった。

 店員が置いて出て行ったメニュー表を、まずはリリットに渡すリンゼイ。


『ああっ、パンケーキセットかサンドイッチセットか迷うううう!』

「両方とも頼んだらいかがですか?」

『えっ、いいの!?』

「はい。お好きなものをお好きなだけ召し上がって下さい」

『やった~、ありがとう!』


 クレメンテは日替わり定食を頼み、リンゼイはスープセットを注文する。


『ああ、スープセット、分かる! パンの食べ放題とおかわり自由が魅力的だよね!』

「いや、あんまりお腹空いていないから」

『あ、そうなんだ』


 しばらく待てば、食事は運ばれて来る。

 リリットの分は全てクレメンテの周囲に並べられていた。


『うわあ、おいしそう! いただきます!』


 嬉しそうに食事を摂るリリットを見ながら、リンゼイは連れて来て良かったと思った。


 昼食を済ませたら、ちょうどいい具合に船に乗れる時間となる。

 この船の中では二日間の滞在。中型の客船であった。


『船を見れば大軟体十本足キャラマールと海賊を思い出す……』

「止めて、思い出したくもない……」

「うっかり出会わないことを祈りたいですねえ」


 交易が盛んなセレディンティア王国は海の防衛に力を入れている。

 造船技術は世界一と言われ、広い海域には巡回船が何隻も配置されていた。よって、海賊や魔物などはここ半世紀ほど確認されていない。


『ま、何かが出てもなんとかなるでしょ』

「そうですね」


 クレメンテは今回の旅の為に鎧を新調した。道具箱の中に一式が入っている。

 服の下にも皮の防具を纏っているので、それなりの戦闘は出来る状態になっていた。

 脳筋が居れば大丈夫。

 リリットは心の中でそう思っていた。


 クレメンテはエリージュから預かっていた乗船券を手に、船の出入り口へと繋がる階段を上がって行った。

 取っていた部屋まで客室乗務員が案内をしてくれる。


「旦那様、奥様、どうぞ、こちらがこの船自慢の特別なお部屋にございます」


 客室乗務員の言葉を聞いたクレメンテとリンゼイは、思わず顔を見合わせた。

 そして、すぐにエリージュの策略に気付き、心の中でやられたと叫ぶ。


 客室乗務員の部屋の説明を、死んだ魚のような目で聞く二人。

 同室で嬉しいけれど、相手は迷惑だと思っているだろうなと考えるクレメンテと、同室なのがひたすら恥ずかしいと思うリンゼイである。


 客室乗務員が出て行ったあと、長椅子に腰掛けたリンゼイは大きなため息を吐く。


『やっぱり、こういうことだと思ったよ』

「お祖母様に手続きを任せたのは間違いでした」

「でも、船の手配とかをしている暇もなかったし」

「ですね……」


 クレメンテは切ない表情で、昨日までの激務を振り返った。旅行に行く為に、普段の何十倍も働いて来たのだ。

 旅行の準備を行う暇などなかったのだ。


「リンゼイさん、すみません、祖母が、とんでもないことをしてしまい……」

「今更あれこれ言っても、仕方がないことだから」

「はい」


 旅行中はちょっとでもいいからリンゼイに楽しんで貰いたいと思っていた。加えて、いい思い出が出来ればいいなというささやかな願いを抱く。

 なのに、思いがけない事態となってクレメンテは凹んでしまった。


 暗くなったクレメンテにリンゼイが気付き、慌てて話し掛ける。


「あ、べ、別に、嫌な訳じゃないから」

「え?」

「ここ何日か、あなたとゆっくり話す暇もなかったし……」


 リンゼイは次に言うべき言葉が見つからず、リリットに視線で助けを求めた。

 自分は部外者だと思って、机の上にあったお菓子を吟味ようかと考えていたので、慌てて会話に入る。


『そ、そうだよ! みんなで楽しく過ごそう!』

「あ、ありがとうございます」


 その後、業務連絡を延々と続ける夫婦を見て、『駄目だこりゃ』と思ったリリットであった。


 ◇◇◇


 夕食は部屋に運ばれた。

 給仕は要らないので、全て机の上に並べて欲しいと頼む。


 前菜の練り魚の蒸し焼きに、キノコパイ、スープはコンソメとポタージュの二種。パンは数種類あった。メインはソースの掛かった焼き魚の切り身に、口直しの氷菓、濃厚なソースで煮込んだ肉料理。食後の甘味と様々な料理が並んでいた。


 リリットと一緒に食事をする為に、このような形を取った。

 リンゼイはリリットと半分に分けて食べる。


『リンゼイ、本当にいいの?』

「こんなに食べられないし」


 前菜とパンだけでもお腹いっぱいになるから大丈夫とリンゼイは言う。


『リンゼイ、もっと太った方がいいと思うよ? 手とか、細すぎる』


 そういえば、リンゼイは子供の頃から食が細かったと、リリットは振り返る。


「食事を残せば父に怒られるから、こっそりリリットに持って行っていたのよね」

『懐かし~い』

「子供のしていたことだから、使用人にはバレていたと思うけどね」

「でも、お父様にはバレていなかったんですよね?」

「ええ、そうだったの」

『リンゼイの家の使用人のおかげで美味しい思いが出来たんだな~』


 森の中でリリットが花から蜜を作り、パンに塗って美味しそうに頬ばっていると、リンゼイも食べたいと言うので、結局半分こすることになったという事態も何度かあったとリリットは話す。


「そうだったっけ?」

『そうだった! 食べ物のことは覚えているんだから!』


 必死に主張するリリットを前に、リンゼイは珍しく声をあげて笑っていた。

 手元にあった丸いパンを二つに割り、蜂蜜をたっぷりと塗る。それをリリットへ手渡した。


「これでちゃらでいい?」

『許そう!』


 微笑ましいやりとりをするリンゼイとリリットを見ながら、クレメンテも頬を緩めていた。



アイテム図鑑


花蜜のパン


リリットとリンゼイの思い出のパン。

友情の証でもある。

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