百二十七話
クレメンテの屋敷の庭は、いつの間にか様変わりしていた。
竜二体がゆったり寛げる広場に、広大な薬草畑。温熱地帯で育つ植物は、硝子張りの建物の中で育てられる。
リンゼイの『植物魔力活性剤』を使った育成は薬品の生産が追い付かないので取り止めとなった。
代わりにウィオレケが考えた、竜二体を柱とし、森と同じような魔力の流れを作り出す術式を、リンゼイが見事に完成させた。
よって、クレメンテの家の庭は、深い森と同じような魔力濃度を保っている。
早朝。
少年は薄暗い中、薬草畑に立っていた。
『坊チャーン、コレ、全部採ッテイイノ?』
「ああ、頼む」
複数の庭師と怪植物と共にウィオレケは薬草摘みをする。
同時に、朝露集めもするのだ。
本来ならば深い森に分け入って採取しなければならない薬草が、庭で採れるなんてすばらしいとウィオレケは思う。
最初にこの術式を思いついた時は夢のような話だと言っていたが、彼の姉は難なく術を完成させたのだ。
本当にすごい人だと、改めてリンゼイに尊敬の念を抱く。
逆に、こういう発想が出来ないから、ウィオレケの方がすごいと言っていたが、思いつくだけなら時間に余裕があればいくらでも可能だと考えていた。
本日の収穫分は使用人の手を借りながら地下へ運ぶ。
一日の生産計画を見直したら、朝の労働は終了となった。
ちなみに、これらの仕事は『メディチナ』を手伝う使用人の仕事であったが、ウィオレケは薬草畑に居ると気分が安らぐので、早起き出来た日は積極的に採取に行っている。
その後、手伝いをしていた怪植物に蜂蜜水を与えた。
葉を揺らしながら嬉しそうに飲む姿は大変微笑ましいとウィオレケは思う。
怪植物は庭で光合成をすると言うので、別れることになった。
ちょうど、朝を知らせる王都の時計塔の鐘が鳴る。
食堂へ行ったもの一番乗りであった。
使用人はウィオレケの好きな紅茶にミルクと砂糖をたっぷり入れてくれる。
次に、リリットが起きてきた。
『おはよ~』
「おはよう」
『ウィオレケ、薬草のいい匂いがする。今日も朝から働いたんだね』
「ただの暇潰しだけど」
『素晴らしきかな~~』
続いて、クレメンテが起きて来て、満面の笑みを浮かべながら朝の挨拶をする。
姉の夫となった男はどうしてか、ウィオレケにまで優しかった。
大切にしてくれるのが分かるので、嬉しくなる。密かに、血の繋がった兄よりも兄らしいと思っていた。
彼も、ウィオレケが尊敬をする数少ない一人となっている。
今度また、二人で買い物に行く予定であった。その日をとても楽しみにしている。
最後にリンゼイが起きてきた。
今日も朝からごてごてに着飾っている。これが異国では当たり前の装いだと言うので、
心の中では気の毒に思っていた。
朝のキスはない。
家族への挨拶なのに、クレメンテにしないのはおかしいと指摘されてから、しなくなってしまった。ちょっとだけ残念に思う。
ウィオレケの日々は、魔術学校へ通っている時よりも楽しく、充実しているように思っていた。
◇◇◇
朝食後、プラタの鳴き声が聞こえる。誰かを呼び寄せるようなものだった。
弾むような声で、このような鳴き方は珍しいと、クレメンテは窓から庭を覗き込む。
プラタは尻尾をぶんぶんと振りながら、目を輝かせていた。
「ちょっと、気になるので見てきますね」
「私も行く!」
『わたしも!!』
不思議な事態を疑問に思い、皆でプラタの元に行くことにした。
プラタは庭に来たクレメンテ達に『クエクエ』と嬉しそうに話し掛ける。
激しく興奮をしているので、要領の得ない内容となっていた。
「ねえ、プラタ、落ち着いて」
『クエクエクエ~~!!』
先ほどから話しているのは、「もうすごい」「とんでもないこと」「うれしい、すごくうれしい」の三つである。
「もしかして、メレンゲさん絡みですか?」
『クエ!!』
そうだ! と言って鼻先でクレメンテの背を押し、案内を始める。
辿り着いた先には、体を丸くしているメレンゲの姿があった。
「えっ、もしかして!?」
いつもと丸くなる体勢が違っていた。リンゼイはメレンゲの元に駆け寄る。
「あっ!!」
クレメンテやウィオレケはその場で待機をしていたが、リンゼイに手招きされて近づいた。
「こ、これは――」
「竜の、卵だ!!」
プラタが大興奮をしていた意味が発覚する。
竜の夫婦に子供が出来たようだ。
お腹の辺りには、黒銀の卵を抱えていた。竜の卵は一ヶ月ほど母親が魔力を送り続けることになる。
リンゼイは新しい命の誕生を喜んだ。
「すごい!! メレンゲ、あなた、本当にすごいわ!!」
メレンゲも嬉しかったのか、鼻先をリンゼイに擦りつけていた。
プラタは自慢げな表情でいる。
『クエクエ』
プラタはメレンゲに近づいてから、ウィオレケを手招きした。
「え、何?」
近くに寄ったウィオレケにプラタとメレンゲは話し掛ける。
「――え?」
それは、生まれてくる子供の主人になって欲しいというお願いであった。
一度、リンゼイにお願いされたことでもあったが、生まれてきた子供を見て、夫婦はウィオレケと共に生きて欲しいと思ったことを伝える。
「いいの?」
同時に頷くプラタとメレンゲ。
ウィオレケは、突然の申し出に驚いた表情を見せていた。
一方で、リンゼイとウィオレケ、リリットは視線を交わす。
例の件――、祖国に帰って復学することについて、言うなら今だと、そんな風に示し合わせていた。
「ウィオレケ、私からも、話があるの」
話はリンゼイから伝えられることになった。
彼女の想いと共に、じっくりと時間を掛けて話す。
心地よい風が吹いていた。
薬草のさわやかな香りが、風に乗ってやってくる。
ウィオレケは、複雑な思いとなった。
「姉上の言いたいことは、分かる……。いくら姉上が凄くても、専門職の先生の授業には、敵わないと思うから」
リンゼイはひとます安堵する。
要らない子扱いをされたと勘違いするのではと、不安に思っていたのだ。
彼はまだ年若い少年であったが、リンゼイが思う以上に様々なことを弁えていた。
「……本当は、ここにずっと居たいけれど」
日々、『メディチナ』の事業を手伝いながら、自らの勉強不足を痛感していたウィオレケは、もっといろいろ知りたい、学びたいという欲求があったのだ。
魔術学校に行けば、様々な専門知識を得ることが出来る。
将来、もっと姉や義兄の役に立つことが可能となるのだ。
「姉上、義兄上、学校を卒業したら、また、ここに来てもいいの?」
「はい、もちろんです」
「待っているから」
「……ありがとう、頑張る」
心配していたウィオレケの問題は、あっさりと解決する。
後は母親に任せればいいと、リンゼイは思っていた。
◇◇◇
プラタ・メレンゲ夫婦の子供誕生に、屋敷の中もお祝いムードに包まれていたが、大変な事実にエリージュが気付く。
「旦那様、奥様、ご旅行は陸路になりますが?」
「!」
「!」
二人はすっかり新婚旅行について忘れていた。
メレンゲとプラタに乗って行く予定だったのだ。
だがしかし、竜の卵は母親が一ヶ月温めなければならない。
夫となる竜は妻に付き添って食事の世話などを行うのだ。
よって、竜での移動は出来ないことになる。
「奥様、ミラージュ公国への陸路はご存じで?」
「あ、分かんないかも」
今まで移動の全ては竜だった。
馬車や船で行けば、長旅になってしまう。
「……ちょっとウィオレケに聞いて来る」
リンゼイは弟に祖国への行き方を訊ねたが、とんでもない日程に目を剥くことになった。
馬車と船を乗り継いで、片道一週間ほど。
旅券の申請をしなければと、慌てて旅行の準備をすることになった。
アイテム図鑑
竜の卵
世界的にも希少なもの。
黒銀のものが発見されたのは初めてかもしれない。
将来、ウィオレケのよき友となる。




