百二十六話
死んだ目をした夫婦を乗せた馬車は、貴族達の御用達のお店に到着した。
「さて、なにか素敵な品でも買って頂きましょうか」
「……はい」
辿り着いたのは都イチの品揃えがある宝飾屋である。
何か買ってもいいかとエリザベスに聞かれ、クレメンテは乾いた声で「どうぞ」と返事をした。
中に入れば、ガラスケースの中にある眩い宝石の数々が出迎えてくれた。
エリザベスは用意された椅子に座り、店員にリンゼイの為の品物を見繕うように命じる。
リンゼイにも座るように手を引いてから、エリザベスは言う。
店員は店の奥から大粒の宝石が付いた首飾りを持って来た。
「まあ、素敵」
「……」
雫型にカットされた真紅の宝石は、キラキラと豪奢な輝きを放っている。
店員の手によってリンゼイの首に掛けられた。
「とてもお綺麗です」
「……どうも」
宝石を魔術の道具として使うリンゼイは、なんとなくではあるが鑑定能力がある。
一目見て、この宝石は特別なものだということが分かった。
リリットに調べて貰わなければはっきりと分からないが、宝石の中には精霊が居るように思えたのだ。
そういった宝石は、他の物に比べて特別な輝きを放つ。加えて、高い価値が付いているのだ。
魔力を持たずとも、鑑定師が見れば、普通の宝石とは違うものだと分かる。
リンゼイの祖国で精霊付きの宝石が発見されたら、資産のある魔術師で奪い合いになるのだ。
到底、リンゼイのような小娘の手に届く品ではない。
ミラージュ公国には精霊宝石専門の商人が居て、世界中の宝石商と繋がりを持ち、各国から買い付けている。
精霊宝石商人は常に目を光らせて、お目当ての宝石を手中に収めているのだ。
よって、今、ここに精霊宝石があることは、奇跡のようなことである。
精霊宝石を身に着けて、緊張しているリンゼイをよそに、エリザベスは店員と盛り上がっていた。
「うちの子、綺麗でしょう?」
「ええ! こんなにお美しい方は滅多にお目にかかれません」
「こう見えて、とってもいい子で」
はっと見惚れてしまうような美人だが、キツイ見た目からは想像出来ないほど物欲がないと、エリザベスは嬉しそうに話していた。
自慢するポイントがずれていると、クレメンテは背後で思う。
「ねえ、どうかしら?」
エリザベスはクレメンテにどうかと訊ねた。
当然ながら、とても似合っていると絶賛する。
エリザベスの独断で、宝石の購入が決まった。
入店からものの数分で、リンゼイは宝石を手に入れることになる。
店側が用意した紙面にクレメンテは署名を書いていた。リンゼイはちらりと横目で見たが、金額などは記されていない。
ただでさえ大きな粒の宝石で、精霊付きでなくとも高価なことが分かる。
この場で、大丈夫なのかとか、この場の空気に流されて無理をしていないかなどと聞ける訳もなく、黙ったまま取引を見守るだけしか出来なかった。
首飾りは後日屋敷に届けられることになる。
馬車に乗りこみ、一行は次なる店へと向かっていた。
対面に座ったリンゼイを見て、エリザベスは広げた扇の裏で微笑む。
「あら、嬉しくないの?」
「……恐れ多くて」
こういうことを聞くのは良くないことだと思いつつも、気になることだったので訊ねてみた。
「あの首飾り、一体いくらだったの?」
「そんなにしませんでしたが?」
「え?」
気を使って言っているのかと思えば、そうではないと言う。
リンゼイは首を傾げる。
曰く付きの宝石だったのかと、眉間に皺を寄せながら考えていた。
「ここのお店、昔からの馴染なの」
「え?」
「個人的な付き合いがあって」
とびきりの宝石が手に入ったので、特別に知らせてくれたとエリザベスは言う。
「お、王室御用達?」
「ええ。公表はされていないけれど」
他の商人のやっかみを買わない為だと話す。
「……首飾りの値段の謎は、まあ、分かったけど、どうしてこのような買い物を?」
「結婚記念日、とっくに過ぎているけれど」
「あ!」
「そういえば、そうでしたね」
リンゼイはともかくとして、クレメンテまで忘れていたのかと、非難の視線を向ける。知らないで貢いだのかと聞けば、笑顔で頷いていた。
「リンゼイさん、珍しく興味があるように見えたので」
「そこだけは、きちんと見ていたのね」
「はい!」
「でも、宝石を欲しがるなんて、本当に珍しいわね」
「……あ、うん」
リンゼイは精霊宝石について話した。
「ふうん。そういうことだとは思っていたけれど」
「そんなものがあるんですねえ」
「ええ、私も驚いて……」
「思いがけず、素晴らしい品が手に入って、放心状態なのね」
「まあ、そう、かも」
精霊の有無については調べてみないと分からない。
が、それを抜きにしても、大きな力を秘める可能性があるような、稀な宝石であったのだ。魔術師としては嬉しい贈り物である。
「喜んでくれて、よかったわ」
「本当に」
「あ、ありがとう」
お礼を言っていなかったので、リンゼイは深々と頭を下げた。
顔を上げれば、エリザベスと目が合う。
にっこりと笑っていたので、リンゼイも出来る限りの笑顔で返した。
「よく、似合っていたから、大切にしてね」
「はい」
「クレメンテも、今みたいに繋ぎ留めるのよ」
「え?」
どういうことだと聞き返せば、首輪と同じだと、エリザベスは言う。
高価な品を贈るというのは、そういうことだと語り聞かせた。
急に、気まずい雰囲気となる。
クレメンテは、こんなことをしたい訳ではないのにと泣きそうになっていた。
エリザベスが大きな言葉の爆弾を落とした馬車は、次なる店に到着した。
少し休みましょうと言って、小さな喫茶店に入ることになる。
リンゼイは化粧を直して来ると言って席を外した。
「お祖母様」
低く、責めるような声色で呼ぶ。
どうしてあのようなことを言ったのかと、どうしてリンゼイを追いつけるような行為を働いてくれたのかと、恨みがましいような様子で非難した。
「だって、これがわたくしですもの」
「……」
「リンゼイのことだって、素敵なお嫁さんでしょうと、一度は自慢してみたかったし」
「……それは、まあ、気持ちも分かりますが」
「でしょう?」
「でも、それにしたって高圧的過ぎます」
「繰り返すようだけど、これがわたくし」
「……」
エリザベスは「あなた、わたくしを家族として一緒に暮らしてくれると言っていたわよね?」と聞けば、さっと顔色を悪くするクレメンテ。
分かりやすい態度を示す孫を前に、ついつい笑ってしまう。
「ああ、楽しい」
「私は全く楽しくありません! 多分、リンゼイさんも!」
じろりと睨み付けても、全く効いていなかった。
兵士をしていたころ、気に入らない人間はこれで黙らせることが出来たのにと、切ない気分になる。
相手が相手なので仕方がないと思うようにした。
「お祖母様、どうか今のまま、侍女をする形で」
「まあ、酷い」
酷いのはどちらだと言う言葉は、口から出て行く寸前で呑み込んだ。
もう一度、頭を下げて請う。
「すみませんがどうか、平穏な日々を過ごさせて下さい」
「そうねえ。遊んで暮らすと言うのも、退屈だし、もうしばらくは働くことにするわ」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
心からのお礼を言うクレメンテであった。
その状況ですら、エリザベスにはおかしくて堪らないようで、扇で顔を隠しながらこっそりと笑っていたが、最終的には肩を震わせていた。
「たまにするから、こんなにも面白いのよね、きっと」
「……」
楽しみは取っておくことにするとエリザベスは言った。
またこういうことをするのかと、がっくりと肩を落としていた。
しばらくしてリンゼイが帰って来れば、クレメンテに笑顔が戻る。
「リンゼイさん、何か食べますか?」
「いや、食欲ない」
「あ、この前喫茶店で飲んだ薬草茶がありますよ、胃に良いと言っていたような」
「だったら、それにしようかな」
こっそり胸の中で虐め過ぎてしまったとエリザベスは反省していたが、クレメンテは一瞬で憂鬱そうな顔から生き生きとし出したので、大丈夫だったかと安堵する。
それから、二、三件買い物をしてから食事をした。
最後に、王城へ沈む夕日を眺めてから、家路に就くことにする。
初めてのエリザベスとのお出かけは、大きな疲労感を抱えてからの帰宅となった。
アイテム図鑑
紅い宝石飾り
首から胸元が大きく開いたドレスなどに合いそうな意匠。
中に精霊が宿っている、かもしれない。




