百二十五
頭を下げられて、慌てるリンゼイ。
大したことはしていないと言ったが、エリージュは大したことだと返す。
「それで、お話は終わりでしょうか?」
「いやっ、ここからが本題なんだけど」
「?」
リンゼイの言葉にエリージュの目が細められた。
ここで圧倒されてはいけない。きちんと話をしなければと、自らを奮い立てる。
「今後、エリージュと家族、として暮らしたいというか――」
「へえ」
「……」
微妙な反応になんとも言えない雰囲気となる。
上手く言葉に出来なくて、クレメンテに視線で助けを求めてしまった。
「お、お祖母様も、もうそろそろ、ゆっくりされてはいかがでしょう?」
「年寄りは用無しだと?」
「そんなことはありません。その……」
クレメンテもあっさり言葉に詰まってしまった。
「今更そういうことをしても、周囲が困るのでは?」
「……ですね」
「……」
「別に、嫌々している訳じゃないから」
日々働くことはなかなか新鮮で、良い刺激になっていると話す。
体が動く間は、今までと同じような暮らしをしたいと望んだ。
「そういう訳だから」
「……はい」
「……」
説得は失敗。
これからは気まずい思いをしつつ、彼女の世話を受けなければならないのだと、リンゼイは肩を落とした。
クレメンテも深いため息を吐く。
そんな夫婦の反応を見て、エリージュは仕方がないと、一つの譲渡案を出した。
「――そうですね。領地で暮らすことが決まれば、そこで静かに暮らしましょう」
領地で店を開くという夢が叶えば、エリージュも侍女を辞めて静かな生活を送ると言ってくれた。
安堵するリンゼイに、もっと頑張らなければと自らを奮い立たせるクレメンテ。
顔を見合わせてから微笑む二人。
なんとも平和な光景である。
「ですが――」
「はい?」
「ん?」
エリージュの話は終わりではなかった。付け加えることがあったようである。
「休日位は、あなたたちのお祖母様をしようかなと」
「!」
「!」
「可愛い、可愛い、孫夫婦の、ご期待に応えて、頑張りましょう」
地を這うような低い声で言うので、恐怖を感じてさっと表情を青くするリンゼイとクレメンテ。
王太后としての頑張りは全く期待していない。
「明日、ちょうどお休みなので、三人で、お買い物に行きましょうか?」
「……」
「……」
まさかの展開に、言葉を完全に失ってしまう。
もう一度、同じ内容で確認されたので、首をカクカクと縦に振るしか出来なかった。
明日という日が無事に終わりますようにと、心の中で願う夫婦である。
◇◇◇
翌朝。
今日もリンゼイは朝から身支度をすることになる。
若い侍女達に囲まれ、ドレスを身に纏い、化粧を施して貰う。
「奥様、お出かけのドレスですが――」
「あ、うん」
本日の予定はきっちりと侍女達に伝わっていた。
話を聞いていれば、朝食後にまた着替えるようである。
こういうことは今までに何回かあったので、それが上流階級女性の常識なのだろうなとリンゼイは思った。
彼女は今着ているドレスと外出用のドレスの違いが分からなかった。なかなか世知辛い世の中である。
濃い青のドレスと、花柄の黄色いドレスとどちらがいいか聞かれ、お任せすると頼んだ。
三人の侍女は集まってドレス会議を開く。
結果、青いドレスに決まったようだ。
リンゼイは嬉しそうにする娘達を見て、良かったねと呟いた。
朝食後、再び身支度を整える。
ドレスは襟が詰まっているもので、足先まで露出がない。指先も、黒いレースの手袋を着けてくれる。靴も、ドレスの色に合わせた物が用意された。
化粧は薄く施される。
髪の毛は三つ編みにして後頭部にくるりと回してピンでしっかりと留める。
前髪は横に流すだけにしておいた。
青く丸い帽子はレースと花の飾りがついている上品な意匠。
真珠の耳飾りを着けたら、身だしなみを整える時間も終了となった。
「奥様、お綺麗です」
「本当に」
「どこぞの、王妃様のようです」
「……ありがとう」
侍女達はリンゼイの姿を見ながら、ため息交じりに感想を述べる。
されるがままになっていたリンゼイは、頭の中で思い浮かべていた魔術式の計算を止めて、引き攣った笑顔でお礼を言った。
時間になれば、珍しくクレメンテが部屋まで迎えに来てくれた。
「どうしたの?」
「いえ、なんだか緊張をしてしまって」
「そう」
リンゼイの姿を見たら、更に緊張してしまったと話す。
「どうして?」
「いえ、今日も、リンゼイさんはとてもお綺麗なので……」
「熱でもあるの?」
リンゼイがクレメンテの額に手をつければ、そこを中心にカッと赤くなる。
手のひらに高い熱を感じたので、ぎょっとした。
「えっ、ちょっと、あなた、出掛けている場合ではないんじゃないの!?」
「あ、いえ、これは違うというか」
二人のやり取りをリリットはにやにやと眺めていた。もう少しだけ楽しみたいところではあったが、時計の鐘が鳴る音が聞こえてきたので集合時間に遅れないようにと急かした。
『リンゼイ、クレメンテは大丈夫だから』
「え、でも」
「はい、大丈夫です」
クレメンテが日々発症するその症状は、『リンゼイ病』という不治の病だから、ということは伝えないことにした。
リリットは涙を拭う仕草をしつつ、二人を見送る。
集合時間が迫っていたので、速足で玄関まで急いだ。
玄関口の広間で待機していたシグナルはクレメンテに、待ち人は先に馬車に乗りこんだと耳打ちする。
話を聞いた夫婦は急いで馬車まで移動して行った。
御者が馬車の扉を開く。
クレメンテはリンゼイに手を貸したが、助けは要らないから先に行ってと言われたので、素直に乗り込んだ。
馬車に上がった後で、リンゼイの言葉の意味を察すことになる。
社内には、美しく着飾った彼の祖母の姿があった。
乗ってすぐに目が合って、見つめ合うのがなんとも気まずい。
彼女はシンプルな若草色のドレスに、白い帽子を被っている。全体的に地味な装いであったが、どうしてか迫力があった。
「お、お待たせしました、お祖母様」
リンゼイもクレメンテに続いて挨拶をする。
「……どうも、初めまし、て?」
いつもとはまた違う、ピンと張りつめたような雰囲気に、しどろもどろになる二人。
クレメンテは初めて祖母の紹介をする。
「その、リンゼイさん、祖母のエリザベス・ルイーゼ・オルガ、です」
「初めまして。わたくしの名はエリザベス・ルイーゼ・ソフィー・オルガ」
一つ、名前が抜けていた。クレメンテは泣きそうになる。
リンゼイはぎこちない様子で自己紹介をした。
「とても、お綺麗なお方。孫と結婚してくれて、ありがとう」
「いえ……、こちらこそ、認めて下さ、り……」
返事をしながら、だんだんと声が小さくなっていく。
こんなに小心者だったかと振り返るが、過去の自信たっぷりな自分は若気の至りだったのだと気付いた。
「ねえ」
「!」
「!」
「この茶番、まだ続けるの?」
エリージュ改め、エリザベスは膝の上に握っていた扇をぱらりと広げて、優雅な動作で扇ぐ。
「わたくしは楽しいから続けても構わないけれど?」
「いえ、続けたくないです」
「同じく」
少しだけ、張り詰めた雰囲気が和らいだような気がした。
場の空気をも操ることが出来るのかと、リンゼイはエリザベスが恐ろしくなる。
御者に合図を出せば、馬車は動き出す。
向かう先は貴族の商店街。
またしても、リンゼイは売られて行く家畜の気分となっていた。
クレメンテも同様である。
緊張の面持ちでいるリンゼイに、エリザベスは話し掛けた。
「ねえ、リンゼイ。昨日の、王妃とのお茶会はどうだった?」
「……とても、楽しかった」
眉間に皺を寄せ、険しい顔をしながら棒読みで返すリンゼイ。
その表情を見ながら、嬉しそうに微笑むエリザベスである。
リンゼイはいい機会だと思い、昨日の装いについて訊ねた。
「そういえば、あの攻撃的なドレスや化粧は何か意味が?」
「ええ、もちろん」
エリザベルはセレディンティア王国の王妃リシュフォンが油断ならない人物であると言う。
「天真爛漫に振る舞っているようで、たまに瞳の奥に何かよく分からないものを覗かせることがあるの。心が読んでいるとか、何もかもを知っているみたいな。ありえない話だけど」
「……」
「だから、心の奥を覗かれないように、見た目から相手を食ってかからないといけないと思って」
さすがだとリンゼイは思う。
魔力の無いエリザベスが、王妃の本質に気付くなど、すごいことだと思った。
強面化粧については全く効果がなかったが。
「私が生きていることも、知っているかも」
「……」
「というか、昨日、わたくしについて、王妃から何か言われたのかしら?」
「あ、はい」
素直に返事をしてしまうリンゼイであった。
アイテム図鑑
王太后モード
絶対なる王者の威厳を持つ存在。
相手を委縮させ、思わず平伏をしてしまうような、そんな雰囲気がある。
ちなみに、彼女が国民の前に立つことは一度もなかった。
暴君に嫁いだことによって悲劇の最期を遂げた女性とも言われている。




