百二十四話
王妃は最後に「お義母様のこと、おねがいね」と言った。
それを聞いたリンゼイは、硬直してしまう。
気付いているのでしょう? と問われたら、心当たりはあり過ぎた。
エリージュ・エレナ・エリス。
彼女は、あまりにも普通ではない。
威厳のあり過ぎる態度や、教養の高さ、上に立つ者だけが身につけているような物腰。
一介の侍女が持ち得るものではない。
リンゼイはずっと気付かない振りをしていたのだ。
「お義母様も気の毒な方なの。クレメンテの家に行くまで、ずっと罪人を閉じ込める塔の中に居て……」
夫の罪を自らの罪とし、塔の中で祈りを捧げる日々を過ごしていたという。
「お義母様、あなたの侍女をしているのよね?」
「はい」
「若いように見えるけれど、もう、お歳だから、大切にして欲しいわ」
「……はい」
この件についてはエリージュと話をしなくてはいけないと思った。
帰宅後の課題となる。
やっと王妃から解放されたリンゼイは、大きな疲労を抱えたまま帰路に就く。
会話の中の話題はミラージュ公国のことだったり、新婚生活についてだったりと、いろいろなことを根掘り葉掘り聞かれてしまった。
精霊の片鱗を見せたのは最初と最後だけで、あとはお喋りで好奇心旺盛な普通の女性という印象だった。
帰宅後、リンゼイはまっすぐに私室に向かった。
黙ったままだったリリットの様子が気になっていたからだ。
「リリット、ねえ、大丈夫?」
『!』
リンゼイの両手に優しく包まれて、リリットはハッとなる。
『あ、うん、ごめんね』
「いいけど」
一体何を『視た』のか、気になるところであったが、強引に聞いて良いような雰囲気ではなかったので、そのまま黙っておく。
侍女が紅茶とお菓子を持って来てくれた。
リンゼイは皿の上の焼き菓子を摘まんでからリリットに差し出す。
リリットは甘く香ばしい匂いがするお菓子を頬張った。温かい紅茶で喉を潤せば、やっと落ち着きを取り戻す。
『リンゼイ、ありがとう』
「うん」
そして、リリットは静かに語り始める。
『リンゼイ、あのね、信じられないことかもしれないけれど――』
王妃は、世界の終末を知らせる精霊である、とリリットは言った。
「そうだと思った。あなた、普通じゃなかったから」
『ご、ごめんね、役に立てなくって』
「意外と平気だったから」
『そっか。良かった』
「二度と会いたくないけどね」
『それは、まあ、ね』
世界の破滅。
それは、水蛇が花の妖精国を滅ぼしてしまったことが起因しているのだろうと、リリットは話す。
『最悪なことにね、終末の精霊がやって来たら、この世界は必ず滅んでしまうって言われているの』
「……そう」
リリットの言う『この世界』とは、人が住む場所だけを示す。
人間界は別空間にある、花の妖精国の世界樹の力で存在していた。
それが枯れてしまえば、結果的に世界は滅びてしまう。
しかしながら、人間界には世界を救った勇者と聖女の話がいくつもある。
その中に、世界の終末を知らせる精霊と世界を祝福する精霊の存在が出てくるのだ。
『っていうことは、どうにかして世界を救った人が居るってことなのかな?』
「多分」
その辺も詳しく調べなければならない。
「それと、クレメンテの≪黒霧≫のことなんだけど……」
『あ、うん。王妃様、なんか言っていたね』
クレメンテ自身の≪黒霧≫はリリットも視ていた。
危うい存在である、というのが第一印象だったと話す。
『リンゼイのお蔭で霧が晴れたっていうのは本当だから』
「そ、そうなの?」
『そうなの! だから、これからも、クレメンテと仲良くしてあげてね!』
「う、うん。分かった」
『……』
初心な反応を見せるリンゼイを目の当たりにしながら、なんでここにクレメンテが居ないのかと、リリットは勿体ないような気分となった。
次にエリージュについて質問をする。
「ねえ、エリージュのあの話は」
『本当だよ』
「やっぱり」
はっきり知ってしまえば、きちんと本人とも話をしなければならない。
リンゼイはエリージュとも一度話をしようと、立ち上がった。
『え、今日、話をするの!?』
「気になることは早くやっつけたい性質なの」
『な、なるほど!』
◇◇◇
リンゼイはクレメンテの私室に行き、エリージュを呼び出した。
ここで、きっちりと話し合いをする予定だ。
クレメンテには話す内容は言ってある。問いただせば、あっさりとエリージュが祖母であることを認めた。
ちなみに、何故、侍女をしていたのかという質問には、身内である彼もよく分からないという回答しか出てこなかった。
しばらくすれば、当の本人がやって来る。
「遅くなりました、奥様、何か御用で?」
「ええ、まず、そこに座ってくれるかしら?」
「分かりました」
対面に座ったので、リンゼイは緊張してしまった。
口を開いては閉じ、というのを何度か繰り返す。
リンゼイとしては複雑な気分であった。
一目見た時から、特別な人であるということは分かっていたのだ。
しかしながら、色んな意味で怖くて、見ない振りをしていた。
エリージュとの付き合いも一年以上になる。その間、二人の関係は主従であった。
もしも、彼女が王太后だとしたら、許されることではない。
なかなか言い出さないリンゼイの代わりに、クレメンテが呼び出した訳を話す。
「お祖母様」
クレメンテの祖母という呼びかけに対し、何を言っているのだという目で見る。
そこから続く言葉は、想定していないことだった。
「リンゼイさんに正体がバレてしまいました」
その刹那、エリージュの鋭い目線がクレメンテに突き刺さる。
「お前が喋ったのか!?」と激しく問いただすような迫力があった。
「あ、違うの、私が気付いたというか」
王妃に嗾けられたというか。
今日、見て聞いてきたことを言うつもりはない。むしろ、王妃の中の不思議な力については、誰にも話すつもりはなかった。
リリットとリンゼイ、二人だけの秘密である。
「それで?」
「え?」
「分かって、奥様はどう思いましたか?」
「……」
正直に言えば、気まずい。
今までのように、いろいろして貰うことは難しいと思った。
このまま黙っておくわけにもいかないので、正直に伝える。
「なるほど」
その一言を聞いただけで、どうしてか慄いてしまうリンゼイとクレメンテ。
けれど、なんとかして、浮かんでいた疑問を絞り出す。
「エリージュ、様は――」
「様は余計です。それに、その名は偽名ですので」
「あ、そうなの? ……そ、それで、エリージュ、は、その、一体、どうして、こんなことを?」
勇気を出して問いかければ、すぐに答えが返って来る。
「あなたのこと、近くで見てみたかったから、ですよ」
「は?」
「余りにも綺麗な子だったから、なんだか不安になって」
リンゼイを初めて見た時、孫は彼女の美しい部分だけしか見えていないのでは? と思ったと話す。
「もしも、根性がねじ曲がっていたら、孫が可哀想、という気持ちがありまして、そうであれば、私が、きちんと教育をしなければと、思いました」
「……」
「美しいものには棘がある、というのは当たり前のことですので」
だが、意外なことにリンゼイは自らの美貌に頓着しない性格で、キツイところもあったが、基本的には善良な者であった。
それに加えて、彼女のクレメンテに期待をしないという姿勢も、好感が持てたのだ。
「この子は、周囲の期待に潰されたというところもあって……」
暴君は死に、新しい時代がやってきた。
そこで、戦争の英雄と呼ばれたクレメンテを表舞台に立たせようと考え、その働きに期待を見せる一派があったのだ。
「そんなことがあったの」
「ええ、すぐに断ってしまいましたが」
国の有力者と結婚をして、武力の象徴となって王の血を受け継ぐ者としての務めを果たす未来があったが、クレメンテはとんでもないことだと言って提案に乗ることはなかった。
それから、なんとなく居心地が悪くなった彼は旅に出る、という流れになった。
「あなたはクレメンテに何も期待はしていなかった。でも、今は違う。そういうところも、嬉しかった」
その言葉に、リンゼイは照れたような表情となる。
「お祖母様、それは、どういう――」
「自分で考えて、気付くのです」
「……はい」
エリージュは今まで言えなかったが、ありがとうと、リンゼイに頭を下げた。
アイテム図鑑
戦慄のリンゼイ
とうとうエリージュの正体に気付いてしまった彼女。
過去に、こきつかいまくっていたことを思い出し、静かに落ち込む。




