百二十三話
リンゼイは一人、地下実験室の机の前に立つ。
リリットもお手伝いをする為に、張り切って来ていた。
『憂鬱そうだね、リンゼイ』
「まあね」
憂鬱そうにしている訳は、明日、王妃主催のお茶会に行かなければならないからだ。
当然、手ぶらでは行けない。
土産に美容液を持って行こうとしていた。
王妃は美に頓着している訳ではない。
むしろ、美容液など大量に持っているだろう。
おそらく、渡してもあまり喜ばない。
だが、エリージュはそれでいいと言う。
もしも、風呂爆弾など、面白く変わっている品を持って行けば、何度も呼び出される可能性を示唆していた。
王妃に気にいられるなど、恐ろしい話である。
そんな訳で、リンゼイは憂鬱な気分を持ちつつも、美容液作りに励むことにした。
材料は数種類の花に薬草、ロカイの胎座、花蜜鳥の皮膚・腱・軟骨、精製水、リスリン甘酒、蒸留薬酒。
『では、始めますか!』
「よろしくね」
『了解!』
まず、鳥の腱を煮込む。これは肌の弾力を上げる効果があるものであった。
魔術で火力を上げていき、ぐつぐつと沸騰させた。
濁った白いスープ状ものが完成する。
スープは何度も精製した。若干の獣臭があるので、消臭効果がある薬草を入れるのも忘れずに。
最後に粉末状にしたロカイの胎座を入れて、混ぜ合わせた。
ロカイの胎座は美容に効果があるものである。
次に、魔術で乾燥させておいた花を、精製水を沸騰させた鍋の中に投入。
濃い、花の色が出たらさっと魔術で冷却させる。
最後にリスリン甘酒と蒸留薬酒を、ロカイの胎座と鳥を煮込んだものをよく混ぜたら完成。
瓶の中に注げば、鮮やかな美容液の色映える。
最後に、物質保存魔術を掛ければ完成だ。
『リンゼイ、品質も問題ないみたい!』
「そう。ありがとう」
お茶会は王妃と二人きりだと聞いていた。
リリットがいろいろと助けてくれるとは言ったが、それでも不安である。
『大丈夫だよ、リンゼイ。リンゼイのお母さんより大人しいと思うから』
「それもそうね」
怪植物を発見すれば手掴みで捕獲し、高位妖精を見つければ籠の中に閉じ込めて手中に収めたという、とんでも人間世界代表・リフレ・アイスコレッタ。
彼女より癖は薄いだろうとリリットは言う。
本当に困ったら、クレメンテの話でもすればいいという助言を受けて、リンゼイは私室へと帰る。
お茶会まで時間があったので、若い侍女を呼んで女性が好む話題の提供をお願いすることになった。
◇◇◇
エリージュが用意してくれたドレスは真っ赤なもの。派手すぎないかと聞いても、全くそんなことはないという返答しかなかった。
身支度にかかる時間はいつもより長いように思えた。
行くお茶会の気が進まないからそのように感じてしまうのだと、リンゼイは考えていた。
時間ぎりぎりに終わる。
全身鏡で姿を確認するように言われたが、嫌な予感しかしなかったので直視出来なかった。
誰かに会う前に早く出てしまおうと早足で廊下を進む。
そんな時に限って、誰かと会ってしまうのだ。
「姉上……」
ウィオレケは、見た瞬間に顔を顰める。
「な、なに?」
「その化粧とドレス」
「!」
弟から胡乱な目で見られているので、ぎくりと肩を震わせる。
濃い紫色の髪は高い位置で一つに結われ、前髪は上げてある。その髪型はリンゼイの美貌を際立たせるものであった。
化粧はいつもよりかなり派手。
目の周りは黒い線が惹かれ、瞼には紫色のアイシャドウが塗られている。
口紅の色は深紅。
それが不思議とよく似合っていた。
真っ赤なドレスには袖や腰回り、スカートの裾など、いたる場所に黒いレースで縁取られていた。胸の辺りには、黒い糸で刺された蜘蛛の巣のような刺繍がある。
「なんか、昔の童話の悪役みたいだ」
「……」
これは王妃に勝つ為の装備だとエリージュが言っていた。
どういう意味なのかは理解していない。エリージュも教えてくれなかった。
「すごい、意地悪な人に見える」
「……」
「そんな恰好が似合う姉上が凄い」
「……」
弟からの嬉しくない称賛を受けてから、玄関まで向かった。
途中でリリットと合流する。
リンゼイ以外の人には声も姿も聞こえないし見えないようになっていると話していた。
馬車に乗り込んだら、ガタゴトと音をたてながら動き出す。
さながら、市場に売られていく家畜のような気分となっていた。
リンゼイの付き添いはリリットだけではない。屋敷の若い侍女も連れている。侍女は王妃への贈り物を籠の中に入れて抱えていた。
初めてリンゼイに付き添うので緊張しているように見えた。会いに行くのが王妃であることも、彼女を落ち着かない気分にさせる理由の一つとなっているが。
しばらくすれば、王宮に到着する。
リンゼイは人目もはばからずに、大きなため息を吐いてから馬車を降りた。
「アイスコレッタ様、お待ちしておりました」
「ええ」
出迎えてくれた王妃付きの侍女の後をついて行く。
『リンゼイ見て、一瞬顔が引き攣っていたね、さっきのお姉さん』
「……」
相手を威圧させるような見た目にどんな意味があるのか、リンゼイはますます分からなくなった。
ついに、王妃が待っているという部屋の前まで来てしまった。
リンゼイは腹を括る。
扉を開けば、一人の女性が長椅子に腰掛けているのが分かった。
リンゼイが来たのを確認すると、すっと立ち上がる。
相手より少し離れた場所で止まり、片膝を折って平伏の格好を取った。
「リンゼイ・アイスコレッタ、参上しました」
「こんにちは。顔を見せてくれるかしら?」
顔を上げたリンゼイを見た王妃は、にっこりと微笑む。
エリージュ特製の強面化粧は全く効いていなかった。
お土産の化粧水を渡せば、喜ぶ素振りも見せていた。
美容液は早速手の甲につけて香りを楽しむ。
「すごくいい香り」
「良かったです」
意外と普通の人だと、リンゼイは思う。
見た目は年相応に綺麗な人だ。あの美形王子を産んだだけの人であるという印象があった。
「あなたに、ずっと会いたいと思っていたの」
「こ、光栄です」
ふいに、すっと細められた王妃の目から何かを感じたリンゼイは、思わず声を上ずらせてしまった。
そして、心の中でリリットに訴える。
(――リリット、この人、なんか変!!)
『……』
(リリット?)
返事がないのでちらりと横目で肩に乗っているリリットを見た。
リリットは、目を見開いたまま硬直していた。
一体どうしたのかと、心の中で問いかける。
だが、返事は何もなかった。
「あら、ごめんなさいね。妖精さん、可愛かったから、つい見つめちゃって」
「え!?」
リリットは現在、姿隠しの術を使っている。なので、リンゼイ以外の人の目に映るはずがないのだ。
しかしながら、王妃はリリットを可愛い妖精だと褒めた。
高位妖精の術を見破ることが出来るのは一握りだけだ。
現代に居る魔術師にはまず無理な行為である。
「王妃様、あなたは、一体!?」
「あら、正直に聞いてくれるのね」
王妃の口から、想像もしていなかった事実が告げられる。
彼女は、人ではなかった。
「精霊が一番近い存在かしら?」
「……」
人から生まれた精霊の話は伝承にいくつも残っている。
その存在は、世界を祝福するものであったり、世界の終末を知らせるものだったりする。
彼女がどちらなのか、リンゼイは知りたくもなかったので聞かなかった。
今まで話に聞いていたような無邪気な振る舞いは、人ではなかったということで納得する。
だが、精霊として存在する王妃の本質的なものは理解出来なかった。
自然と、顔が強張る。
そんなリンゼイに、王妃は優しい声色で話し掛けた。
「ねえ、楽しい御話をしましょう?」
「……」
「そうね、ずっと知りたかったのは、あの子、クレメンテをどうやって手懐けたのかが聞きたいわ」
王妃はクレメンテのことを『魔王の核』と表していた。
「それは、一体どういう、意味でしょう?」
「魔王になる器だったってこと」
それは、彼自身に纏わりついていた≪黒霧≫から感じ取っていた情報だと言う。
負の感情しか知らなかった青年は、いずれ世界の敵になる可能性を大きく秘めていた。
王妃が見つけた時には手遅れで、クレメンテが黒く染まっていくのを見守るしかなかったと言う。
「でも、久々に見かけたら、すっかりなくなっていたの。きっと、あなたのお蔭ね」
「いえ、そんなことは……」
≪黒霧≫を完全に払ったのは、白竜の鱗の力である。
リンゼイはその事情も説明した。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「……」
リンゼイの頭の中は早く帰りたいでいっぱいになっていたが、王妃はまだまだ聞きたいことがあると話題を振り続けていた。
結局、日が傾きかけるまで付き合うことになってしまう。
アイテム図鑑
花の美容液
王妃への献上の品。
これを使えば肌はモチモチ、つやつやに!




