百二十二
シグナルが帰ってきたのでスケジュール管理などをその場で行い、一か月後には旅行に行けるようになった。
「それで、よろしいですね、旦那様?」
「!」
それまで他人事のように話を聞いていたクレメンテの肩が、エリージュの問いかけによってびくりと震えた。
「えっと、りょ、旅行には、誰、が?」
「新婚旅行なのだから、旦那様しかいないでしょう?」
「!」
今知った、みたいな顔をするので、呆れるリンゼイとエリージュ。
クレメンテは妻との新婚旅行という名の二人旅に、心臓がばくばくと高鳴っている状態であった。
「行きたくないの?」
「行きたいです!!」
即答だった。
行き先を聞いて、またしても驚くことになる。
「行くの、私の祖国なんだけど」
「ミラージュ公国ですか!?」
「そう」
クレメンテの心臓の鼓動がどんどん早くなる。リンゼイの父と対峙しなければならないのかという緊張で。
先日竜をも討伐したクレメンテであったが、全く自分の自信には繋がらずに、内面は変わらないままであった。
喉がカラカラになって、あつあつの紅茶を一気に飲み干してからむせる。
「あ、別に父と会って貰う訳じゃないから」
「!」
目的は家族に紹介することではなかった。
がっかりしたような、ホッとしたような。
いつか、彼女の家族全員に認められるのは、クレメンテの夢である。
「ちょっと気になる本があって。それに、あなたの手とかも、知り合いの魔術医に診て貰いたいし」
「ありがとうございます」
もしも、火竜の力を封印が可能ならばしたいと、クレメンテは思っていた。
リンゼイの言葉を聞いて、少しだけ気が休まる。
「まあ、そういう訳だから」
「分かりました」
「いろいろと、見て回る所もあるし、面白いと、思う」
「楽しみにしています!」
予定は固まったので、話し合いは終わった。
シグナルとエリージュは恭しく頭を下げて、部屋を辞する。
リンゼイは安堵したような表情をしていた。
「いきなり、ごめんなさいね」
話が終わってから、先に相談をしてからにすればよかったと反省の態度を見せる。
クレメンテは気にしないでくれと首を横に振った。
「まさか旅行に誘って頂けるなんて思ってもいなかったので、嬉しかったです」
「だったら、良かった」
目と目が合えば照れる二人。
結婚当初の夫婦を知る者ならば、誰もが驚くような変化であった。
リンゼイは嬉しそうに国についての話をする。
不思議な品物が並ぶ魔導商店街に、迷宮のような蔵書量を誇る図書館。市場には豊富な輸入食品が並び、給仕の居ない食堂があることも語った。
「面白そうですね」
「ええ。入国制限があるから、行きたい人の全てが行ける国ではないの」
「得をした気分になります」
リンゼイは一つだけお願いがあると言った。
何かと聞けば、ささやかなことであった。勿論だとクレメンテは了承する。
途中、若い侍女が温かいお茶を持って来た。
リンゼイは彼女にもお願いをする。
しばらくすれば、私室の扉が開かれた。入って来たのはリリットである。
先ほどの侍女に、部屋に来るように伝えて欲しいとリンゼイが頼んでいたのだ。
『呼んだ~?』
「呼んだけど」
リリットはリンゼイの膝の上にちょこんと腰掛けた。
話とは、新婚旅行についてである。
二人で行くことになったと言えば、リリットはおめでとうと手を叩いて喜んだ。
それから、本題に移るとリンゼイは言う。
「あなたも一緒に行かない?」
『え!?』
思わずクレメンテの顔を見てしまった。事前に聞いていたのか、穏やかな顔をして頷いている。
『で、でも、折角の新婚旅行なのに……』
「前に、美味しいもの、ケーキとか、たくさん買ってあげるって約束したでしょう?」
『!』
新婚旅行に邪魔してはいけないと思っていたが、美味しいものを食べさせてくれるという魅力的な言葉にリリットの心は揺れ動く。
いやいやと、頭を激しく振って我に返った。
リンゼイの国になど、今回ではなくとも行ける。新婚旅行について行くべきではないと思った。
『リンゼイ、わたしはいいよ。二人で行って――』
「蜂蜜綿あめ」
『!?』
「チョコレートの山」
『!?』
「お菓子の家」
『うああああん』
リンゼイはどんどんと祖国の食べ物を挙げていった。
リリットは頭を抱えて叫ぶ。
膝に座り込んでいた妖精の体を優しく持ち上げて、目と目を合わせて話す。
「ねえ、リリット、一緒に行きましょう?」
『で、でも~、折角の新婚旅行なのに』
リンゼイはリリットの耳元でそっと囁く。
「いいから。クレメンテと二人っきりだと、その、緊張してしまうかもしれないし」
それは、遠慮しているリリットを気遣って言ったものではなく、本気の主張のように聞こえた。
「リリットさん、一緒に行きましょう。きっと、楽しいですよ」
クレメンテの言葉も、心から言っている言葉に聞こえた。
リリットは思わずじんわりと心が温かくなる。
『あ、そう? 二人がどうしてもって言うのなら、仕方がないかな~~?』
こうしてリリットも新婚旅行に同行することになった。
最後に、リンゼイはある目的を付け加える。
「リリットには、国でちょっと調べて貰いたいことがあるし」
『そっちが本来の目的か!!』
リンゼイは安定のリンゼイであった。
恋する乙女になってしまったのだなと、若干寂しいような気分になっていたが、そうでもなかった。
「あなたにしか出来ないのよ」
『はいはい』
変わったようで変わっていないリンゼイに、リリットはどこか嬉しいような、残念なような、複雑な心境で返事をした。
◇◆◇
これでお開きかと思えば、そうではないとリンゼイは言う。
「少し、相談があるの」
もう一つの話は、クレメンテも知らないことであった。
リンゼイは眉間に皺を寄せ、緊張の面持ちで口を開く。
「――ウィオレケを、国に帰そうと思って」
『え!?』
「……」
驚くリリットと、冷静に受け止めるクレメンテ。
リンゼイは話を続ける。
「理由は、やっぱり学校に行って欲しいってこと、かな」
リンゼイは暇を見つけては弟に魔術を教えていた。だが、それにも限界があった。
生活の中心はどうしても薬屋事業となり、学業についてはおろそかになる日も少なくない。
ウィオレケが疲れているように見える時は、リンゼイも眠いと言って授業を休んでいた。
これではいけないと、日々悩んでいたのだ。
『でも、リンゼイのお父さんが休学届を出しているんでしょう?』
「学校の復学については、伝手があるから大丈夫。それに――」
もう一つの可能性が上手くいけば、リンゼイの父親もウィオレケを許してくれるだろうと、そんな風に考えていた。
「まあ、この件については何年か先になりそうだけどね」
一応、関係どころには了承を取っている。
あとはいつになるか分からないが、待つばかりであった。
「学校は寮もあるし、母には言っておくから」
『そっか。リンゼイもいろいろ考えているんだね』
「まあね」
「私も賛成です」
クレメンテは静かに語り出す。
少年時代にしか出来ないことがある。
学園生活もその中の一つだと言う。
「私は、残念ながら同年代の者達と知り合い、楽しい時間を過ごす機会に恵まれませんでした」
その結果が今の情緒不足な自分に繋がっていると話す。
だが、今のウィオレケを否定している訳ではない。
「ウィオレケさんは『メディチナ』の為に頑張ってくれています」
大人顔負けの働きを見せている姿には感嘆するしかなかった。
それはリンゼイもリリットも、同じ思いである。
「でも、大人ばかりの社会に居て、背伸びをさせているのでは? と不安になることもありました」
「それは、そうね」
『二人共、気付いていたんだ』
実際に、ウィオレケは姉や義兄の役に立ちたいと、背伸びをしていた。
実力以上の行動に出ようとして、功を奏してしまうのが、彼のすごいところであったが。
時期はリンゼイの母が来るタイミングで、と考えている。
次に来るのは一応、二~三ヶ月後だろうという話をしていたらしい。
『問題は、どう本人を説得するかだよね』
「……」
「……」
ウィオレケは、リンゼイと同じ位頑固である。
それを説き伏せるのは、大変なことだ。
「だから、こうして相談を持ち出したんだけど」
『いやあ、難しいねえ』
「ですね」
どういう風に言うべきか。
一同は頭を悩ませることになった。
アイテム図鑑
リンゼイの決意
ずっと傍に置いて弟を愛でたい。
だが、本当に愛しているから、彼女は別れを決意する。




