百二十一話
翌日から忙しい日々を過ごす。
薬草採取に試作品の製作、新作のパッケージについての話し合い、薬の生産も再開した。
合間に花の妖精王国を巣くう水蛇についての対策会議も行う。
話し合う内容は装備・武器調達に戦術についてなど。
会議中、リンゼイはずっと硬い表情で居た。
数日後。
リンゼイとウィオレケは三番目の兄、ルイから届いた手紙を開封する。
以前、ミラージュ公国内で販売されていた『水蛇の首飾り』の行方について兄に更なる調査を依頼していたのだ。
あまり期待はしていなかったが、話は大きく先に進んでいた。
どうしても『水蛇の首飾り』が欲しくなってしまった姉弟の兄、は高い金を出して商人を探し出したらしい。
大金に目がくらんだ商人に、交渉を成功させれば更に報酬を渡すという条件を示せば、あっさりと顧客情報を漏らす。
驚くべきことに、『水蛇の首飾り』を購入したのは、妖精について研究をしている学者だった。
名前まではっきりと調べ上げて記されている。
現在、その人物は行方知れず。
怪しいとしか言いようがなかった。
「……ねえ」
「何?」
「私達、本当に、水蛇に勝てると思う?」
「竜に勝ったのに不安なの?」
「あれは、運が良かっただけで、地上戦だったら勝てなかったと思う」
「……確かに、それはあるかもしれない」
伝説の勇者と聖女が勝てなかった相手をどうやって倒すのか。リンゼイはずっと考えていた。
「聖女だったら居るじゃないか。男だけど」
「あの子は――」
きっと協力してくれないだろうとリンゼイは思う。
誰が好き好んで伝説の魔物に挑むのだと。
迷宮探索から帰って来たリンゼイは、一つの可能性に気付く。
「過去へ飛べる魔法を使って、妖精国を脅かす因果を取り除けば――」
「姉上、それは駄目だ」
リンゼイ達は古代人である美食王の道具で過去へ飛んだ。
降り立った先は現代では滅びた場所で、歴史に影響を及ぼすことはしなかったので、そのまま帰ってこられた。
「現代へ繋がる過去を変えれば、未来に影響を及ぼしてしまう。それは、あってはならないことだと思う」
「それでも、先の未来が滅びると決まっているのならば、やる価値はあると思うの」
「……」
妖精について研究をしていた学者が犯人ならば、過去に飛んで行き、原因を探らなければならない。
どうにかして、花の妖精国を滅ぼさない方向に持って行っても、別の問題が生じる。
「過去を変えれば未来が変わる。それによって、自分達も変わってしまう可能性がある」
ウィオレケはリンゼイに時空魔法について書かれた学術書を一度読んだ方が良いと勧めた。彼も姉同様に、そこまで詳しい訳ではなかった。
「この世界は、奇跡のような確率の連続で存在しているんだ」
「分かっている」
変えてしまった未来では、リンゼイとクレメンテは夫婦ではないかもしれない。
その前に、姉弟の両親だって結婚しないという道もありうる。
仮に、自分が存在しない未来を想像出来るかと、問いかけた。
「でも、誰かが命を落とすよりは――」
「姉上」
「何?」
「姉上は、変わった」
「え?」
「弱くなった」
「!」
怖いものなど何もない。高慢で不遜、自信過剰で気が強い。
リンゼイ・アイスコレッタとは、そういう人物であった。
今のリンゼイは昔と比べて全く違う人になっていると、ウィオレケは指摘する。
本人も、言われてそうかもしれないと思った。
自分は変わったと。
「私は、ずっと一人だったから……」
十三歳で祖国を出て、一人前の魔術師のつもりで大人と交渉し、国と契約すれば戦場で竜を駆って敵を屠った。
頼れるのは自分と、竜のメレンゲだけ。
それでも、彼女は契約主の期待以上の働きを見せていた。
周囲に居た者達は、無敵の力を持つリンゼイに畏怖の念を向ける。
別に、肩肘を張った生き方をしている訳でもなかった。
彼女は彼女らしく魔術師として命じられた任に就いていただけである。
結婚をするまでは。
今までにない経験をリンゼイはすることになった。
それは、守られるということ。
彼女にとって驚くべき事態であった。
守ってくれる存在が居るというのは、なんとも言えない不思議な気持ちになる。
今まで張り詰めていた何かが、消えてなくなっていくのに本人は気付いていない。
リンゼイは初めて誰かを頼るということを覚えた。
夫となった男、クレメンテは初めこそ頼りないと思っていたが、結婚を機に変わろうという努力を続け、薬屋事業を支えていった。
全てはリンゼイの為である。
彼の健気な行動の一つ一つが、彼女を変えたと言ってもいい。
だが、その結果、今までの色んな意味での強い一面は、随分と弱くなってしまった。
結婚をする前のリンゼイならば、水蛇にも果敢に挑んでいたのかもしれない。
彼女は慎重になっていた。
水蛇と直接対峙することになるのはクレメンテだ。
もしも、勝つことが出来なかったらと考えれば、決定的な勝機が無い状態で戦いを挑む訳にはいかないと考える。
それがリンゼイの変わった部分でもあり、弱くなったとされるところであった。
「前はそんなことなかったのに、今は家族が居なくなるのがものすごく、怖い」
「……うん」
「ウィオレケは、前の私の方が良かった? がっかりした?」
姉に問われて首を横に振る。
「姉上は、優しくなった。それで、いいんだと思う」
ただ、自覚がないようだったから指摘したとウィオレケは言う。
そのことを踏まえて、もう一度慎重に考えて欲しいと話す。
「まあ、美食王が協力してくれるか分からないけどね」
「それはそうだ」
この件については保留とし、まずは時空魔法について調べることに決めた。
兄に頼んで祖国から本を取り寄せなければならない。
「ルイ兄上辺りなら、『妖精の鐘』を見せるって言っただけで飛んで来そうだけど」
「あんまり会いたくないけどね」
思わず同意してしまうウィオレケ。
三番目の兄であり、魔道具収集を趣味としているリンゼイ達の兄、ルイはたいそう変わり者であるのだ。姉弟は苦手意識を持っている。
「他の二人も微妙」
「同じく」
上の兄二人も、もれなく変わっている。
父親に頼めば面倒な事態になりかねない。
母親はもってのほか。
「自分で買いに行った方が早いかも?」
「そうかもしれない」
ウィオレケは新婚旅行だと思って行って来ればと言う。
「で、でも、仕事があるし」
「行かないで後悔するより、行って後悔する方がいいと思うけれど」
「……そう、ね」
ウィオレケは製薬や材料集めなどは任せてくれと言う。
「材料集めはどうするの?」
「飛行板に乗る練習をするから」
「危ないから駄目」
「……」
材料集めはリンゼイがするので、ウィオレケは薬作りに集中するようにお願いをした。
「行くかどうか、まだ分からないけどね」
とりあえずクレメンテに相談をすることにした。
◇◇◇
リンゼイは営業から帰って来たクレメンテを出迎え、そのまま私室で話があると言って部屋に連れて行った。
長椅子に座ったクレメンテは、そわそわとした様子でいる。
「どうしたの?」
「いえ、リンゼイさんのお部屋、入ったのは初めてなので」
「そうだったかしら?」
「ええ、間違いありません」
「リンゼイさんと同じ、良い香りがする部屋ですね」、という言葉を発する前に呑み込んだ。
これ以上嫌われたくないので、変態発言は控えているつもりである。
今日一日の成果を話していると、エリージュがお茶を運びにやって来た。
リンゼイは彼女にも話を聞いて欲しいと言うので、若干がっかりしたような気分となる。
二人だけの秘密の話ではなかったのだ。
「大切なお話なのではありませんか? 私が、旦那様と共に耳に入れても?」
「ええ、あなたの協力も必要だし」
更に、シグナルにも聞いて貰い、どう思うか知りたいと言った。
個人的な話ではなく事務的な話題だったのかと、背中を丸めるクレメンテ。
シグナルは不在なので、そのまま話を始めることにする。
「それで、話なんだけど」
クレメンテはメモを取ろうと懐の中から手帳を取り出した。ペンも持ってリンゼイの発言を聞いて紙面に綴ろうという体勢で居る。
「新婚旅行に出掛けようと思って」
クレメンテはさらさらとリンゼイの言葉を手帳に書いていった。
そして、違和感を覚えて書いた文字を読んでいく。
――新婚旅行に出掛けようと思って。 ?
もしかして、リンゼイの発言が自らの願望に聞こえてしまうという症状が出てしまったのかと、自身の精神状態を疑った。
だが、それはエリージュの話を聞いて打ち消されることになる。
「旦那様との新婚旅行ですか」
「そうなの」
聞こえてきた内容は間違いではなかった。
新婚旅行とは、自分と一緒に行くものなのか、確認したかったが、勇気がなくて聞けない。
クレメンテは震える手で、メモを取り続けていた。
アイテム図鑑
クレメンテの手帳
メモ魔クレメンテによるリンゼイ語録集とも言える。
たまに読み返してニヤニヤする。




