百二十話
午前中はゆっくりと過ごし、午後からは『メディチナ』の経営方針についての話し合いをすることになった。
リンゼイは私室に行ってうんざりすることになった。
机の上には手紙の山が築かれている。ほとんどがお茶会などの招待の手紙であった。
それは一度封が切られており、早い返事が必要なものには返信済みと書かれてある。すべては万能過ぎる侍女・エリージュのお仕事であった。
『リンゼイ、大人気だね』
「まあね」
こうなればヤケクソである。
『メディチナ』の支持層のほとんどが女性である以上、彼女らが何を求めているかを探るのは大切なことであった。
『お茶会、行くの?』
「全部参加する」
『え!?』
「ネタ探しにね」
『無理しなくてもいいと思うけど』
薬作り以外でも『メディチナ』の為に役に立ちたいというのは彼女の密かな願望であった。
その変化に、リリットは驚いてしまう。
「お茶会なんて、迷宮でお宝探しをするよりずっと簡単でしょう?」
『そうだけどね……、うう、心配だよ~~』
意外と天然で、空気が読めないところがあるので、リリットがついて行ってあげなければと、庇護欲のようなものを感じていた。
『リンゼイ、わたしが守ってあげるからね!』
「何から守ってくれるっていうのよ」
『いろいろと』
リリットは決意を口にしていた。
◇◇◇
昼からはすっかり久々となった『メディチナ』の経営会議を始めることにする。
参加者はお馴染みのクレメンテ、リンゼイの二人に、シグナルとエリージュ、それからウィオレケ。真面目な会議なので、リリットは参加を遠慮している。
「さて、次回の商品販売について、考えなければなりませんね」
伯爵家での即売会から随分と日にちが経っていた。広報を担当する貴族街の商店にも問い合わせが日々殺到しているという話である。
エリージュははきはきとした口ぶりで何か着想はあるのかとクレメンテとリンゼイに訊ねた。言葉に詰まる二人。
想定内だったのか、はあと深いため息を吐く。
そこに助け船を出したのはシグナルであった。
「旦那様、実は、先日客船アインセル号の支配人が来まして」
豪華客船アインセル号。
貴族を中心とした客層の利用を想定した船で、贅が尽くされた内装が売りである。
先日、お披露目会があったものの、第一回の船旅の予約は思いの外集まらなかった。
それも、一年前に起きた他社の客船が沈没事故したことが原因だと言う。
困った経営陣は、社交界で噂の中心となっている『メディチナ』の店舗が期間限定で開かれるとなれば、客は注目するのではと交渉にやって来たらしい。
出展料は無料に加え、一等室で過ごせるように手配し、船内の施設は自由に使っていいという条件を示したという。
「いいですね」
「そうね。セレディンティア王国の経済も回すことになるし」
「では、そのように先方に返事をしておきます」
「お願いします」
豪華客船での船旅は半年後。十分に商品を準備する期間はある。
告知のポスターを作って、船上で販売する商品の中で目玉を作らなければならない。
「まあ、その辺はぼかしてポスターを作っておきましょう」
エリージュは次々と必要なものを決めて行く。
「旦那様、ポスターの絵はスメラルドさんにしますか?」
「ああ、それなんですが……」
以前ウィオレケに指摘された商会記号の統一について話すことにした。
エリージュはすぐにリンゼイが良いと推す。
シグナルはクレメンテの顔色を窺いつつも、「奥様がいいのでは?」と意見した。
ウィオレケも姉がいいと言う。
リンゼイは皆の意見に合わせると、若干投げやりな様子で意見した。
「では、旦那様のご意見をお聞かせください」
エリージュは射抜くような視線をクレメンテに向けながら訊ねた。
さながら、肉食獣に睨まれた草食獣といったところである。
すっかり萎縮してしまったクレメンテに、エリージュは追い打ちをかける。
「お美しい奥様を、自慢したいとは思わないのですか?」
「いえ、全く」
そこだけははっきりと返答した。
結局、クレメンテもリンゼイがいいかもしれないと言った、というよりも言わされてしまった。エリージュの無言の圧力には勝てなかった。
「では、船旅のポスターは旅行装束の奥様ということで」
「……はい」
「……ええ」
いまいち乗り気ではない二人の意見を殺す状態で決まった。
次に、新商品について話し合うことにする。
「新商品は薬で!」
ここだけは譲らないリンゼイである。
意見を集めてみれば、思いの外挙がっていく。
筋肉疲労に塗布する薬に、眼疲労薬、吹き出物に効く薬、毛生え薬、歯痛緩和薬、下剤などなど。
「最近は女性の間でも乗馬が流行っているみたいなので、筋肉疲労に効くお薬はいいかもしれませんね」
「だったら、エリージュの言うそれを作ってみようかしら?」
新作はあっさりと決まった。
最後に、『メディチナ』の最終的な目標を伝えることになる。
クレメンテの願いは寂れた領地に店舗を作り、ひっそりと暮らすこと。
観光地化も考えているが、そこまで客を呼び込むわけではなくて、知る人ぞ知る、みたいな知名度でいいと希望を語った。
初めて聞くクレメンテのささやか過ぎる夢に、エリージュとシグナルは反対しなかった。
王都で暮らすよりも、その方がいいかもしれないと理解を示す。
「奥様も、同じような考えなのでしょうか?」
「そうね。賑やかな所よりも、ゆっくり静かに暮らしたいし」
「ね」とリンゼイがクレメンテに話を振れば、コクコクと素早く首を縦に振っていた。
「まあ、それもゆくゆくは、ということで」
話し合いは今までにないほど綺麗にまとまった。
その後は各自仕事に取り掛かる。
クレメンテは家を空けている間に貯まっていた仕事をする為に執務室へと向かった。
ウィオレケは地下の作業部屋に行って在庫の確認をする。
リンゼイは薬の材料集めをする為に、私室に戻ってセレディンティア王国の地図を広げた。
真面目な顔をして地図に向かい合うリンゼイの肩に、リリットは着地する。
『そう言えば、リンゼイってこの国から出られないっていう束縛から解放されたんだよね?』
「ええ」
『材料集めもしやすくなるのかな?』
「国内でもどうにかなるけどね」
市販薬などは十分にセレディンティア王国内で採れる材料から作れる。
大霊薬などの高位薬を作るとなれば、ちょっとした世界旅行をしなくてはいけなくなるが。
『前に大霊薬を作った時はどうしたの?』
「学生時代に採取していたものを使っただけ」
『なるほどね!』
話題は新商品に戻った。
肩こり、腰痛、関節の痛みなど、体内の炎症を抑え、鎮痛作用のある薬を作る。
使う材料はハッカ草、ノキの木の枝、白木精油、ユリカの花蕾、蜜蝋。
全てセレディンティア王国内で集められる材料であった。
「明日、手分けして探しにいかなきゃね」
『お弁当持って!!』
「お弁当……、まあ、好きにしていいけど」
明日の予定が決まれば、今度はドレスの採寸が待っていた。
エリージュにお茶会に参加すると言えば、追加で作らなければならないと妙な張り切りを見せていたのだ。
手が空いたと言えば、別室で待機をしていたらしい服飾店の従業員がやって来る。
「今の季節は原色の華やかなドレスが流行していまして」
「へえ……」
全く興味がない都の流行話をリンゼイは生返事で聞き流す。
ドレスに合わせて扇も選ぶようにと言われ、顔が隠れるように大きな物ばかり見ていたら、エリージュにドレスの色と合わせるようにと注意された。
「奥様は『メディチナ』の広告塔ですからね」
「……うん」
美しく、健康的に見えるような装いと小物使いも大切だと力説をする。
「次は宝石商を呼んでいます」
「え、まだ買うの!?」
「ええ、他にも必要な品はたくさんございます」
「……あ、そう」
広告塔を引き受けたことを、若干どころかかなり後悔するリンゼイであった。
アイテム図鑑
散財
リンゼイをより美しくするために、クレメンテの私財を使って買い物しまくるエリージュ。
本人曰く「お金は使うために存在するのです」とのこと。
クレメンテもリンゼイがお金を使ってくれたら嬉しいので、問題は発生しない。




