百十九話
屋敷を空けていたのは一週間ほど。なのに、酷く懐かしくてホッとするとリンゼイは思った。
「おかえりなさいませ」
いつものように出迎えたエリージュにも抱き付きたくなる。怖いので、寸前でこらえたが。
「外出中、何か変わったことはありましたか?」
恭しい態度でお辞儀をしていたシグナルに、クレメンテは問いかける。
リンゼイの母が何度か訪問し、応対したエリージュと火花を散らす以外に事件は起きなかったという報告がなされた。
若干疲れが滲み出ているようなシグナルの肩を、優しく叩くクレメンテ。
「任務は成功です。国宝は全て回収してきました」
「左様でございましたか」
最後に来客の紹介をする。
イクセルン国の王弟であり、白妖騎士隊の元隊長でもあるアシル・ルイ・パラティエ公爵。
シュリオン共和国の元神官であったクライナ・フォーゲライン。
二人を連れて来たのは良かったが、思いがけない問題が浮上した。
迷宮から一歩出れば、彼らとの会話は困難を極めることになったのだ。
迷宮内は国や言語が違っても、自動翻訳して相手に直接伝わるような魔法が掛けられていた。
パラティエ公とクライナは祖国語しか使えない事実が今更発覚をする。
リンゼイはイクセルン国の言葉を理解し、ウィオレケはシュリオン共和国の言葉を覚えていたので、なんとか意志の疎通は行われているという現状であった。
パラティエ公はここで世話になるのはいささか問題があったと、自らの国に帰ることも可能性の一つと考えている。
クライナはリンゼイやウィオレケの祖国であるミラージュ公国とセレディンティア王国の言葉を勉強するという決意を口にしていた。
食事は外で済ませてきたので、後は風呂に入って眠るばかりである。
客間でお茶を飲んでいたが、ウィオレケは途中でこくり、こくりと船を漕ぎだした。
『坊チャン、モウ寝ヨウ?』
「うん」
隣に座っていたクライナにも休むように言った。近くに居た侍女に彼女を案内するように頼む。ウィオレケは部屋を辞すると言ってから、小脇に怪植物を抱えて出て行った。
リンゼイはパラティエ公にも休むように勧めた。
イクセルン国の言葉を喋れるシグナルが部屋まで案内をする。
「リンゼイさんもお休みになって下さい」
「そうね。なんか、あなたともう少し話をしたいような気がするけれど」
「え!?」
「疲れているから」
「そ、そうですよね!」
「また、明日もあるし」
「は、はい!」
明日はリンゼイの母と再び対峙することになる。
国宝は全て取り戻してきた。今度は自信を持って話をすることが出来ると、クレメンテは思う。
「リリット、もう休むけど、あなたはどうするの?」
『あ、わたしも寝る!』
机の上に用意されていた焼き菓子に夢中になっていたが、リンゼイと一緒に眠ることにした。
『じゃ、クレメンテ、おやすみ』
「おやすみさない。リンゼイさんも」
「ええ」
クレメンテ以外誰も居ない部屋の中は静寂に包まれた。
そんな中で、手のひらを改めて見てみる。
刻まれていた魔法呪文はいつの間にか消えていた。
もしかしたらあの力は一回きりだったのではと思い、机の上に置いてあった角砂糖を掴んでから消えろと念じた。
すると、体が一瞬カッと熱くなり、気が付けば握っていた角砂糖は小さな炎に包まれて消失する。
再び手を開けば、真っ赤な呪文が浮き上がっていた。
その手を、ぎゅっと握り締める。
竜の力はしっかりと身についているものであった。
人が得るべきではない、とても、大きな力だと自覚している。
だが、これで家族を守れるならこの上なくありがたいものだと考えた。が、いつか一人になった時に、この力は自らを滅ぼすものとなるのではと、過ぎたる力を手にしたクレメンテは頭を抱えていた。
◇◇◇
翌日。
知らせを受けたリンゼイの母、リフレ・アイスコレッタはすぐさまクレメンテの屋敷を訪問した。
何をするか分からないので、リンゼイとウィオレケは別室で待機をお願いした。
部屋に入ってすぐに子供の不在に気付き、娘と息子に会わせろとリフレは言ったが、この場ではお断りをする。
不機嫌な顔でリフレは部屋に並べられた国宝の数々を一つ一つ確認していった。
「……ふむ。確かに、間違いはないな」
「はい」
同席していたパラティエ公は『妖精の鐘』はクレメンテに譲渡したことを説明する。
その場合、リフレと共にイクセルン国に同行して貰うことになると言えば、パラティエ公はあっさりと了承した。
冷静になって色々と考えれば、身の振り方は国に帰ってから決めた方がいいと思ったらしい。
クレメンテはリンゼイらと同じく別室で待機をしているクライナのことも話した。
世にも珍しい幻術を操る少女の存在にリフレは食いついた。家に連れて帰ろうと、喜んで了承をする。
「では、『妖精の鐘』以外、こちらで預からせていただく」
「はい」
「結婚についても、まあ、認めるしかない」
「ありがとうございます」
「夫がどう思うか、私は知らないがな」
「!」
折角苦労してお宝を回収してきたのに、彼女の父親にまで無理難題を出されるかもしれない現実に、クレメンテは眩暈を覚える。
再び、この生活を脅かされることがあったら。
そう考えたら、竜の呪文が刻まれていた手が、熱を持っているのに気が付く。
なんとか抑え込もうと、気持ちを落ち着かせるように努めた。
すると、手の熱が引いて行くのが分かった。
もう大丈夫。クレメンテはそう思ったが、大丈夫ではなかった。
手の甲にも浮かんでいた呪文にリフレが気付いていたのだ。
彼女はクレメンテと二人で話をしたいと言って、パラティエ公に退室を願う。
「あの、お話とは?」
「その力、どこに隠していた!?」
「え?」
リフレの言う力とは竜の血と鱗から受けた力のことである。
クレメンテはどうしようか迷ったが、一人で抱えられる問題ではないと思ったので、事実を述べることにした。
「……なるほど、な」
「偶然に偶然が重なって、私は今ここに存在しています」
「みたいだな」
意外にも、リフレはクレメンテの体を心配してきた。
「白竜の鱗がお前を守るとは思うが」
「ええ。大切な鱗を譲って下さったウィオレケさんには感謝をしております」
「まあ、それはいいとして」
リフレの夫、リンゼイやウィオレケの父親は魔法の知識や、封印術に長けていると話す。
もしも、竜の力が暴走するようであれば、連絡をして欲しいと言っていた。
「ありがとうございます」
「いや、今回の件を強制的に担わせた私にも責任がある」
そんなことはないと、首を横に振って否定をする。
元はと言えば、≪黒霧≫に取り憑かれてしまったのは弱い自分に原因があったと自覚していた。
「結婚相手として、相応しい器ではありませんが、リンゼイさんとウィオレケさんのことは絶対にお守りすると、誓います」
「……ああ、頼む」
今度はリフレも頭を深く下げた。
こうしてリフレはパラティエ公とクライナを伴ってセレディンティア王国を経つことになった。
また、各国へ国宝を返したら一度ここに来ると言う。
リンゼイは「来なくてもいいから」と心の中で本心を呟く。残念ながら本人に言う勇気はない。
別れ際、クライナは深々と頭を垂れる。
リンゼイ達はとんでもないことだと慌てることになった。
彼女の家を拠点にしたおかげで、色々とスムーズに迷宮探索を進めることが出来た。感謝するべきはこちら側にあると、ウィオレケも伝える。
また会える日を楽しみにしているという言葉を交わし、別れの時となった。
パラティエ公もこれからについてはじっくり考えると話す。
また会える日までと溌剌とした笑顔で別れることになった。
リフレの黒竜は空高く舞い上がる。
どうか街の上空には進まないでくれと言っていたので、そのまま高く舞い上がってから森の方向に飛んで行った。
『嵐が去った?』
「本当に」
大きな障害を乗り越えることが出来て、絆も一層深まった。
また、明日から薬屋業務に戻らなければならない。
「でも、嬉しいかも」
「私もです」
「姉上はお茶会を、義兄上は営業を、バリバリ頑張ってくれると?」
ウィオレケの言葉にうっと詰まる二人。
「……のんびり行きましょう」
「そうね」
明後日の方向を見て、弟の責めるように据わった目には気付かない振りをしていた。
アイテム図鑑
エリージュとリフレの火花
屋敷の住人を不安にする苛烈な火。
強き女性の瞳にこもった大きな力。




