百十八話
リンゼイは無言の怒りを向けている。
突然背後に現れた男は、至極愉快だとばかりに、手を叩きながらくつくつと笑っていた。
文句を言おうとリンゼイが口を開いたのと同時に、深く被っていた頭巾を取り払った。
銀の髪を撫でつけ、整った顔立ちに鼻の下にくるりと上を向いた髭を蓄えている。一言で表現するならば、威厳のあるような容貌をしていた。
年頃は四十代から五十代といったところ。髭を生やしているので、正確な年齢は分からなかった。
隠されていた顔を見て、ウィオレケはハッとなる。
「あ、あなたは!?」
男の顔に反応を示したのは、ウィオレケ一人だけ。
一体どうしたのかと、リンゼイは問いただす。
「あの人、レジェンティーナの天空都市の国王だ!」
「美食王?」
コクリとウィオレケが頷く。
一体どういうことなのか、何が目的だったのかと、本当にシフォン・イズルーンなのかと、リンゼイは臆することなく次々と質問を重ねていた。
「まあ、ここで話すのもなんだ」
パンパンと手を打てば、一瞬で周囲の景色が変わる。
そこは室内であった。
革張りの長椅子と、低い机がある落ち着いた雰囲気の部屋。
窓の外は晴天。地上に広がるのは深い森。
皆、その景色に覚えはなかった。
美食王は優雅な立ち居振る舞いで椅子に腰かけ、一向にも勧める。
いつの間にか、今まで何もなかった机の上にお茶が並べられていた。淹れたてなのか、カップから湯気が漂っていた。
目の前で起こった奇跡を前に、皆、困惑の表情を浮かべている。
シフォン・イズルーンを偽名として名乗る男は、美食王とも呼ばれた天空都市レジェンティーナの最後の国王、エルベール・レナルド・マリエル・リュッセだった。
先ほどから彼が使っている奇跡の数々は、魔術でなく魔法であった。
かつて、古代に生きる人々は魔法が使えたという文献が残っている。
現代における魔法は失われた文明であった。多くは謎に包まれている。
文献の記述が正しければ、エルベール・レナルド・マリエル・リュッセと名乗る男は過去の世界から来たということになる。
「さてと、何から説明をしようか?」
「あなたが、世界中から宝物を盗んだシフォン・イズルーンなの?」
「そうだ」
「どうして、こんなことを?」
「なに、話せば長くなる」
天空都市レジェンティーナ。
空に大地が浮かぶという天空都市は、かつて、草原の大国を追い出された者達が作り出した叡智の結晶で、誰も侵攻することが出来ない国と言われていた。
空に浮かんだ国は魔法の力で栄え、長きにわたり平和な治世を築いてきた。
その状況が一変したのは、一人の男が他所の国の密偵を招き入れたことから始まる。
天空都市レジェンティーナを物にしようとした一派は、内乱を起こそうと暗躍をしていた。
一方で、国には王族しか知らない秘密があった。
レジェンティーナの天空都市は王族と契約した精霊の力を核として存在していた。
争いが起きれば即座に国を支える浮遊大陸が沈むように契約が交わされていたのだ。
これは争いを嫌う初代国王が定めたものである。
「……内乱が起きた夜、国は落ちて、海に沈んだ」
そして、天空都市レジェンティーナの最後の国王、エルベール・レナルド・マリエル・リュッセは精霊の力によって未来に飛ばされた。
「未来に来た私の手の中には、過去に飛ぶ『時渡りの羽』が五枚ほどあった」
机の上に広げて見せたのは、七色の羽。
数は一枚減っている。
一枚はリンゼイ達を送り込むのに使ったと話す。
「これが本物か、知りたいと思い、お主たちに使った」
「!」
リンゼイの人でなしという言葉を、彼はあっさりと受け入れた。
王とはそういうものだと言ってのける。
「私達、あなたの国の民じゃないから!!」
「まあ、人類皆兄弟とも言うであろう?」
「ふざけてる!! だいたい、今回のことだって――」
「姉上、座って、お願い」
「……」
皆、文句を言いたい気持ちはあったが、相手は魔法使い(マゴス)である。下手に歯向かえば、消されるのはリンゼイ達であった。
「話を戻しても?」
「あ、はい。どうぞ」
『時渡りの羽』で過去に行って渡って戻れるのは一枚につき半日。精霊からの伝言があった。しかしながら彼自身、生まれた時より精霊とは距離を置いており、かつての先祖のような信頼関係はなく、本当にそのようなことが出来るのかと疑っていた。
「そもそも、どうして精霊はあなたを現代に?」
「滅んでしまった国を救って欲しいのだろうな」
「!?」
精霊は国を沈めるのは本望ではなかった。
だが、契約に縛られた体ではどうにも出来なかったのだろうと話す。
「そんなことを願われてもと、困惑をするばかりであったが」
彼が未来にやって来て、初めにしたことは現状把握であった。
送られた場所、周辺状況、沈んだ国について、何もかもが謎だったのだ。
様々な国へ潜り込み、情報を得る。
調べてみれば、この世界は天空都市が滅びてから千年以上経った未来であったのだ。
「もしも、過去を改ざんすれば、今、ここに存在する物の全てが変わってしまうことになる」
長い間、色々と熟考して、過去は変えるべきではないと思った。
身の振り方も決まらず。目的のない旅は続く。
「それで、様々な国を渡っている最中、我が国の宝を発見してしまい、一部ではあるが、気に入っていた物は回収をした」
「!」
世界各国に散り散りになっていた宝は、元々天空都市レジェンティーナの所有物であったと言う。
「ここを作ったのは、まあ、暇潰しだ」
「はあ!?」
「宝を美しく飾る為の博物館、と表現すればいいのか」
あとは、ある術式を試したかったとも話す。
「どういうものか、伺っても?」
それは、ちょっとした物質を過去に送り込むというもの。
彼が過去の世界へ送ったのは『竜の肉塊』。
シフォン・イズルーンという偽名を使って献上品の中に紛れ込ませた。
「何か、目的があってのことなのでしょうか?」
「我が魔法の可能性を試したかっただけよ」
「はあ、左様で」
戻って来られたから良いものの、「勝手な好奇心で過去の世界に送られたこちらの身にもなって欲しい」という文句がリンゼイの喉までせり上がってきていたが、グッと呑み込んで我慢をした。
「それで、私達が集めた宝は慰謝料として頂けるのよね?」
「そうだな……、惜しくもあるが」
ここでやっとリンゼイは安堵する。あとはしおらしくしておこうと心に誓った。
「お主らの奮闘、なかなか楽しませて貰った」
迷宮内には仕掛けがあり、映像を水晶に映して鑑賞していたと話す。
言葉を失う一同。
この人物を、野放しにしておいていいものか不安になった。
クレメンテはこのまま帰れないと思い、質問してみる。
「あの、これから、何をなさるおつもりで?」
「この時代をこれ以上荒らすつもりはない。安心せよ」
「ありがとうございます。助かります」
「代わりに――」
安心したのも束の間。付け加えられた言葉に一同は息を呑む。
「――たまにでいい、遊びに来てくれないか?」
「え!?」
「いや、ここで寂しく過ごすのも面白くない」
迷宮内に居た愉快な面々は、どうしてか一人残らず居なくなってしまうようだと切なそうに話す。
「それから、『夜空と星屑のゼリー』を、もう一度食べたい」
ウィオレケに、天空都市で見せたのと同じような柔らかい表情で語り掛ける。
「軟泥状魔物を使って作れとは言わない。考えておいてくれ」
「は、はい」
ウィオレケは料理が評価されたからか、嬉しそうな顔で頷いた。
最後まで不安感は拭えなかったが、かの古代都市の王はクレメンテ達と迷宮内に居たパラティエ公とクライナを森の外まで転送してくれた。
次に来る時はと言ってある品物を手渡される。
それは手のひらに乗る大きさの鍵であった。
これがあればいつでも迷宮まで渡って来られると言う。
「どれ、土産に私の収集物である飛行蜥蜴でも渡そうか?」
「いえいえ! 十分にお宝を頂きましたので、これ以上賜るわけにはいきません!!」
魔物収集が趣味であるという王の申し出を全力でお断りしてから、一行は回れ右をして逃げるように立ち去った。
迷宮への挑戦は呆気ない種明かしと共に達成となる。
アイテム図鑑
親戚のおじさん的ななにか
古代人とつながりが出来てしまったクレメンテ達。
地味に困る。




