十二話
リンゼイは空を飛んでライチーの実が生い茂る、セレディンティア王国の南部にある森に移動をする。
見通しもなく飛行しているわけでは無く、世界の地理情報が入った宝珠の導きに従っている。
様々な物の抵抗を受けないような全身結界を張った状態で、雲の上を滑るように飛んで行く。
『リンゼイ~、これってすごく戦慄的だね』
「そう?」
リリットは鞄から少しだけ顔を出し、雲の隙間から見える地上を見て軽い悲鳴を上げる。
『それにしても』
「?」
『クレメンテにはご褒美だったね』
「……」
なにがとは聞かない。
ドレスのスカートは少しでもはためかないように風圧魔術を掛けている。
まさかあのような事態になるとは考えもしていなかった。
羞恥心に耐えるために下唇を噛みながらリンゼイはリリットの頭を鞄の中に押し詰めて、しっかりと閉めた。
「――!?」
周囲の空気が一変した。
前方からの邪な気配に、リンゼイはハッとなる。
鞄の中からリリットを掴みだし、進行方向に向けた。
『ヒャッ! な、なに?』
「前からなにか来ている! 調べて!」
『いや、『鑑定』はそういうことには使えないっていうか』
「目は私より良いでしょう!?」
『リンゼイ、なんか、わたしのこと万能の双眼鏡とか顕微鏡みたいに思っていない?』
「あら、人間の文明品についてよくご存じで」
『……少し前に、魔術研究に専念するたいそう変わった幼女に出会ってね』
軽口を叩きつつも、リリットは前方の存在と捕えるために集中した。
距離はまだかなり離れている。
だが、相手は空を飛ぶリンゼイ気付き、殺意を持って近づいて来ていた。
「なんか見えた!?」
『あ~、うん。大物』
話を聞いたリンゼイは「ちょうど良かった」と笑いながら言う。
『分かった! あれは『マンティコア』!』
マンティコアとは『人食い獣』を意味する魔獣で、獰猛な気質を持っている。
体は血の鮮やかな赤。頭部は口が大きく裂けた人の顔のようで、呪われた者のなれの果てだとも言われている。背中に大きく黒い翼を持ち、四足の手足には鋭い爪を持っていた。
セレディンティア王国で発見をされたのは半世紀前。討伐に派遣された部隊の大半を壊滅させたという記述が残っていた。
『リンゼイ、あれは尻尾の毒がやばいから!!』
「知ってる」
対マンティコアとの戦闘で一番気を付けなければならないのは尾の毒だ。
外側に反り返った大きな針からは毒の含んだ体液が飛んで来る。その液体に触れたら最後。即座に意識を失い、マンティコアに飲み込まれてしまうのだ。
リンゼイは指先をパチリと鳴らす。
すると、空中に小さな魔法陣が浮かび上がり、中心部から杖が現れた。
『あれ、新作?』
「まあね」
持ち手は金の魔法金属、先端には丸い蒼水晶の付いた杖をリンゼイは取り出した。
『昔作った杖を最高傑作って言っていなかった?』
「一年に一回は最高傑作出来るから」
『なんか、そういうワインがあるよね……』
杖作りもリンゼイの趣味であった。材料から作り方まで細かくこだわるので、値段を付けたら大層な品になる。
ちなみに、材料は各地で現地調達をしていたので費用は掛っていなかった。
『リンゼイ、姿が見えた?』
「見えた」
『ちょっとなら支援出来るから』
「ありがとう」
リリットは自身の能力を空中に映し出してリンゼイに伝えた。
リリット・リリティア
金色妖精
先天能力:『鑑定』
補助魔術:解毒、回復
『まあ、効果・小って感じだから、期待しないでね』
「了解」
『うわ、来たよ、つか、思ったより早っ!!』
「はい、いらっしゃい」
前方から、牙を剥き出しにしながら飛んで来るマンティコアが接近していた。
リンゼイは膝を曲げて方向転換をする。反回転して、先制攻撃を回避した。
『ヒイ、リンゼイ!!』
突進攻撃は避けることが出来たが、毒を持つ長い尾がリンゼイの前方へと迫っていた。
マンティコアの尾は毒の液体をまき散らしながらリンゼイの胸元へと迫っていたが、杖をくるりと回して先端に付いた水晶で叩き返した。
カン! と小気味のいい音がする。
はね返した尻尾はマンティコアの体に当たり、飛行の均衡を崩していた。周囲に散った毒は全て結界が防いでくれる。
リンゼイは飛行板で空中を滑るように移動して、前方に回り込んでから鼻先を杖を使って渾身の力で強く叩く。
『ま、まさかの、魔術師の近接戦闘……』
リリットの突っ込みを余所に、リンゼイの攻撃が続く。
想定外の攻撃を受けたマンティコアは、咆哮と共に三列に生え揃った長い牙で噛みつこうとしていた。
リリットがリンゼイの名を叫ぶ。
マンティコアの大きな口は大の大人を一気に丸飲みにする。鋭い牙は柔らかい人間の肉を貫通して、逃すことは絶対にない。
魔物図鑑に載っていた情報を思い出しながら、リンゼイは口の端を上げて杖の先端を向けていた。
杖に刻まれた呪文を指先でなぞる。
すると、水晶が発光しながら魔法陣が浮かび上がった。
――黒の大砲!!
魔方陣の中から魔力の丸い結晶体が姿を現す。
――発射せよ!
リンゼイの口から呪文が紡がれると、銃から弾丸が放たれて黒い球状の塊がマンティコアの口の中へと勢い良く飛び込んで行った。
リンゼイは風を操り、飛行板で大きく一回転をしてから距離を取る。
喉に異物が引っ掛かった状態となっているマンティコアは、なんとか吐き出そうと苦しげな鳴き声を上げていた。
リンゼイが小さく言葉を呟けば、体内の黒い砲丸が熱を持ち、灼熱の炎を発して全ての血肉を一瞬にして焼きつくす。
『え、えげつない……』
「喧嘩を吹っ掛けて来たのはあちら様だし」
『あ、でも、もったいないことしたね』
「ん?」
『マンティコアの尻尾の針、結構いい素材だったかも』
「あっ!!」
すでにマンティコアは塵となってなにも残っていない状態となっていた。
「あ~あ」
後悔しても遅い。
鬱憤晴らしの目的が大きかったので、魔物を素材として見ていなかったのだ。
「まあ、いいけど」
現在、マンティコアの針を必要としている状況ではない。なので、先ほどの恥ずかしいものを見られた記憶と共に消し去ることにした。
それから順調に進み、目的であったライチーの実を採取して帰宅をすることになった。
◇◇◇
家に残ったクレメンテは、青い鳥の羽を集めるための地味な作業を行っていた。
「まずは、餌場と砂場、水場を用意しましょう」
「……」
庭師・イミル・レオンハルトはクレメンテに青い鳥の羽を集めるための準備を手伝う。
餌で誘き寄せ、砂や水を浴びている時に羽を落とすことがあるので、同じように設置するようにとリンゼイから指示を受けていた。
適当な木材を持って来て餌箱を作り、砂を集め、水場は桶に張って作る。
「旦那様、なんだかご機嫌が悪いですね」
「……別に」
明らかに、クレメンテは不機嫌な様子で居る。イミルは困ったものだと、砂を集める青年の背中を眺めながら溜め息を吐いた。
「そんなに、すぐには分かち合えるわけないですよ」
「……」
リンゼイが居なくなるとすっかり元に戻っていた。最近は穏やかな様子を常に保っていたので、どうしたものかと、子供の頃からクレメンテを知るイミルは苦笑する。
一体なにがあったかと聞いても、そっぽを向くだけで話してはくれなかった。
人は簡単に変われるものではない。
仕方がない話だと思って、放って置くことにする。
準備が完了をしたら、庭の木々が生い茂っている場所へ餌と水、砂を設置する。
餌箱は枝と枝の間に置き、水と砂は地面に置いた。
「旦那様、これからどうしますか?」
「ここに」
「わかりました」
「竜、特に小さな竜に異変があったら、報告を」
「はい。承知いたしました」
庭師と別れると、クレメンテは木に登って気配を消した。
しばらくすれば、鳥の囁きが聞こえる。
別れ際に、怒りの形相でリンゼイから睨まれたのをクレメンテは気にしていた。
確かに、クレメンテがリンゼイの下着を見てしまったのは罪である。
だが、それは見ようと思って見たものでなく、風の悪戯であった。
帰って来たら無視されたらどうしようかと、一人、不安を抱えていた。
アイテム図鑑
マンティコアの毒尾
様々な薬の製作に使用。
主に毒薬の生成に重宝されている。
裏社会ではかなりの買値が付く。




