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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第八章 続く、迷宮探索
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百十五話

 最後の層の扉には何も書かれていなかった。

 余計に怖いと呟くリリット。

 ここまで来たら引き返す訳にもいかないので、クレメンテは意を決し、ドアノブを引いた。


 扉の向こうは氷窟であった。

 四方八方氷で埋め尽くされた洞窟内は微かに明るい。天井や壁、地面には魔力が通っており、それが発光しているのだ。


 全員が散り散りになるような仕掛けなどは無かったので、とりあえず安堵する一行。


 だが、別の問題も生じる。


『うわあああ、寒いいいい!!』


 リリットはリンゼイの外套の中に体を滑り込ませる。

 シャツのボタンが二個ほど空いていたので、中に入らせて貰った。


「ちょ、ちょっと、冷たいじゃない!」

『はあ、人肌は暖かいねえ~』

「……」

「……」


 リリットの行動を羨望の眼差しを向けるクレメンテに、怖いもの知らずだと戦々恐々とするウィオレケ。

 リンゼイは道具箱の中から炎の魔石を取り出して、クレメンテとウィオレケに手渡した。


「これ、持ってたら寒くないから」

「あ、ありがとうございます」

「姉上の分は?」

「平気。外套に耐寒魔術を施してあるから」


 リンゼイ特製の炎の魔石は、保温効果と同時に氷耐性も上がる。一粒で二度おいしい品であった。


 怪植物モンス・フィトは寒さに強いようで、意外なことに氷窟の中でもケロリとしていた。念の為にリンゼイは耐寒呪文を掛けておく。


 これで問題はないと思っていたが、気になっていることがあったので、口にする。


「……リリットの翅、カサカサしててくすぐったいから動かさないで」

『いやあ~、難しいお話ですな~、翅も体の一部でして』

「えっ、あ、ちょっと!」

『おお! これは暖かい!』


 我慢出来なくなったリンゼイはシャツの中に手を入れてリリットの体を掴んで外に出す。

 クレメンテのベルトに付けている、魔石が入っている小さな鞄の中に突っ込んだ。


『リンゼイ~、どうして~、酷いよ~』

「そこも温かいでしょう!?」

『そうだけど~、服の中の方が居心地は良かったよ』

「……変な風に暖を取るから嫌!」


  リンゼイがそっぽを向いた後で、クレメンテはリリットに一体どんな暖の取り方をしていたのか小声で聞いてみる。


『胸の谷間に入り込んだんだけどね』

「……」

『柔らかくて温かかったのに、駄目だって』

「……でしょうね」


 クレメンテは心から羨ましいと思ったが、口にしないでおいた。


 各々、氷窟での散策に相応しい装備を整えてから、先に進むことになる。


 陣形はクレメンテが前衛で、炎魔術が得意なリンゼイが攻撃を担当する。ウィオレケは補助要員となった。

 内部は魔物が多数存在すると『鑑定』で視た様子を伝えるリリット。

 どうやら、魔物避けも効果がないようだと話す。


 初めに出会ったのは氷のつぶてが人型を模したような魔物、氷岩人間イエロシェ・ラマンが単体で襲い掛かって来た。


『あれは、氷山で遭難した人の無念が結晶化したと言われている魔物、氷岩人間イエロシェ・ラマン!?』

「ま、また訳が分からない所から生まれた魔物なの!?」

『ん、でも、さっきの層に居た≪黒霧ネラ・ネブラ≫とは違って魔力の核で活動している魔物だから』

「まあ、生体の仕組みは理解出来るけど」


 変な謂れを勝手に付ける意味が分からないと文句を言っていた。


 見上げる程に大きな氷を積み上げて作ったような魔物は、氷でできた斧を持っている。鋭利な斧を振り上げてから地面に下ろせば、ヒビが入って冷気が吹き上げてきた。同時に視界も白く染まっていく。

 リンゼイは周囲にクレメンテやウィオレケが居るのを確認すると、自分達を覆い囲むように炎の壁を作った。すると、冷気は一瞬で晴れていく。


 氷岩人間イエロシェ・ラマンは巨体にも関わらず、足音や気配もない状態で近くまで接近していた。


 クレメンテは前に出て剣を抜いて氷岩人間イエロシェ・ラマンに斬りかかった。

 意外と素早い魔物はクレメンテの一撃を斧で受け止める。

 このまま剣で競り合っていたら、確実に力負けするので、クレメンテは頃合いを見て後方に跳ぶ。


 その刹那、氷岩人間イエロシェ・ラマンへ襲い掛かる炎の球。

 咄嗟に斧の刃で防いだが、強い火力は自慢の得物を溶かしてしまった。


 リンゼイの炎魔術は、氷岩人間イエロシェ・ラマンの武器を掴んでいた手のひらまでも炎で焼き尽くした。

 隙が出来たところに、クレメンテが剣を揮う。片腕を斬り飛ばした。


 氷岩人間イエロシェ・ラマンはバランスを崩して、壁に激突。そこから動かなくなったかと思えば、とんでもないことが起きる。


「義兄上、危ない!!」


 先ほどの衝撃で洞窟内が揺れ、天井より鋭く尖った氷柱が次々と振ってきた。

 クレメンテは義弟の忠告のお蔭でなんとか氷柱を回避する。

 ばらばらと雨のように降って来る巨大な氷柱を、ウィオレケは簡易術式で氷の塊を作り出し、勢いよく放って氷柱の落下軌道を変えていく。リンゼイも同じように、炎で氷柱を破壊していった。


 数分後、なんとか氷柱の猛攻から解放される。

 氷岩人間イエロシェ・ラマンには多くの氷柱が突き刺さっていた。動力の元となっている核が破壊されたからか、動き出す気配はない。


 一行は先を急ぐことにする。


 氷窟はいくつも道が分かれていた。

 リリットの『鑑定』で調べ、漂う魔力の濃度が高い方へと進んで行く。


 途中、湖がある開けた場所に行きつく。当然ながら湖は凍っていているが、宝石のように輝いている美しい水辺であった。

 先へ続く道もあったが、少しの間ここで休憩を取ろうということになった。


『あ、そろそろお昼時じゃない?』

「そうね」


 時計を見れば、お昼過ぎとなっていた。

 リンゼイは休憩する周辺の氷にナイフで呪文を書き、冷たさを感じないような呪文を掛ける。

 リリットが家から持ち込んできていた毛皮の絨毯を敷いて腰掛けた。


 薬草箱の中から弁当箱を取り出す。物質をそのままの状態で保存するので、朝の作り立ての状態保っており、弁当箱も温かい。


『うわ、おいしそう!!』


 ウィオレケはリリットの為に肉挟みパンを皿に取って渡す。

 怪植物モンス・フィトには朝から作った蜂蜜湯を飲ませてやっていた。


 リンゼイはぼんやりと弟の完璧な世話焼きを眺めていたが、途中で自分もしなければと気付き、クレメンテに料理を手渡す。


 クレメンテは想定以上に美味しいと喜んでくれた。

 この先暇が出来たら、真面目に料理の勉強でもしようかとリンゼイは考える。


 昼食後は再び探索を開始。


『まさか、最後の最後で迷宮探索をする事態になるとはねえ』

「各国の面倒くさい事情を抱えた人と対面するよりはマシじゃない?」

「奥にシフォン・イズルーンが居るけどね」

「気が重いです」


 迷宮内には魔物も多くはびこっている。

 火力強めのリンゼイが居るので、さほど苦戦をすることはなかったが。


 迷宮を歩き回ること数時間。

 霊薬エリキサで体力などを回復しつつ進んでいたが、リンゼイやウィオレケの表情には疲労が浮かんでいた。


『リンゼイ~、ウィオレケ~、頑張れ~!』


 クレメンテだけは元気にサクサクと先陣を切って歩いていた。


 相変わらず、リリットの『鑑定』ではほとんど情報を得られないままでいる。


『そろそろ最深部あたりだと思うんだけど』


 とは言っても、妖精族の勘である。


 それからしばらく道なりに進めば、開けた場所に行き当たった。

 奥に続く道はない。

 ここが最深部ということになる。


「リリット、ここ、行き止まりじゃないよね?」

『た、多分……』


 最後の分かれ道は随分と前であった。引き返すことを考えたらぞっとするとリンゼイはうんざりしながら言う。


『ここが迷宮内で一番魔力が濃い場所だよ』

「嫌な予感しかしないわ」

「本当に」

「ですね」


 ウィオレケは怪植物モンス・フィトを地面に下ろす。

 寒い中であったが、案外元気で動き回ることが出来るようなので、一緒に行動をしていない方がいいと思った故の行動である。

 もしも危なくなったら身を隠しておくようにと、リンゼイの私物である薬草箱を首から掛けてやった。


『メルヴ、大丈夫ダヨ! ミンナヲ、助ケルカラ!』

「無理はするな」

『分カッタ~』


 ほのぼのとしたやりとりが行われる中で、急に迷宮内の空気が変わる。

 クレメンテは即座に剣を抜いて構えた。


 広い空間の中心部に、赤く大きな魔法陣が出現した。


 そこから現れたのは、赤い鱗に覆われた大きな竜。


「――は?」


 リンゼイは思わず目が点になる。


 氷の迷宮の最深部で待っていたのは、火竜フォティア・ドラコであった。



アイテム図鑑


暖房系リンゼイ


胸の谷間がとても暖かくって柔らかい。(某妖精談)

クレメンテは血涙を流さんばかりの勢いで、心の中で羨ましがる。

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