百十四話
転移陣を使ってクライナの居住区に到着。
疲れた表情を見せている一行をクライナは労いの言葉と共に出迎えた。
彼女は食事まで準備してくれていた。
スープにパン、炙った肉という簡単なものであったが、疲れた体に染み渡るような優しくも温かい料理であった。
風呂に入った後、明日の作戦を話し合う。
相手は素性も知れぬ敵。用心に用心を重ねなければならない。
『残るお宝はミラージュ公国の飛行絨毯かあ』
飛行絨毯。
人を載せて浮遊することが出来る不思議な絨毯。百人乗っても云々みたいな話が広まっているが、実際はそこまで大きな品ではない。
『絨毯の機動力とかどうなんだろうねえ』
「さあ?」
「百年に一度、一般公開されるだけの国宝だからね」
民に公開はされるが、実際に飛んでいるものが見ることが出来る訳ではなかった。
「前に公開されたのは半世紀前だったような」
『リンゼイも見たことがあるわけじゃないんだ』
「公開していたとしても、観に行かなかったけどね」
『興味ないんだ』
「人が多いし」
飛行絨毯、空を自由に飛び回れる魔道具。
シフォン・イズルーンという不可解な存在と組合されば、脅威となるのではと考えていた。
空中での戦闘になれば困ることになる。
そうなれば、リンゼイの飛行板を頼る他ない。
『あとは筋肉妖精を召喚するとかさ』
「あの人達って戦闘能力って高いの?」
『うん。多分、魔法とかも使えると思うし』
「義兄上を捕獲する様子を見ていたら、物理攻撃も高そうに見えた」
『た、確かに』
空中での戦闘もどうにかなりそうであった。
「最後の一つ。どうか、宝が回収出来るように頑張りましょう」
「そうね」
「ここまで来たら、絶対に持って帰ってやる」
『頑張ろう!』
心が一つになった一行は、ゆっくりと睡眠を取ることにした。
◇◇◇
翌日。
ウィオレケは姉を揺さぶり起こす。
「~~うん?」
「姉上、一緒にお弁当を作ろう」
「ええ~~?」
料理なんか作れないと言っても、弟はいいからと言って起きろと言う。
どうしてと聞けば、意外な答えが返ってきた。
「姉上がお弁当を作ったっていえば、義兄上も喜ぶと思うから」
「それ、本当?」
「本当」
日々、何をしたらクレメンテが喜ぶのかと悩んでいたリンゼイは、パッと目を覚ます。
しばらく待つように伝え、寝間着からシャツとズボンに着替えをして、顔を洗って歯を磨き、髪を一つに結ってから台所へ行った。
「姉上、これを」
「ありがとう」
エプロンを手渡される。
ふりふりのフリルが邪魔になりそうな品であったが、エリージュが用意するのと似たようなものだったので、何も思わずに身に着ける。
「姉上、今まで料理は?」
「お茶を淹れる位」
「それは料理じゃないから」
つまり、リンゼイが料理をするのは初めてということになる。
「手順は指示するから」
「あ、うん。お願い」
お弁当の品目は肉と野菜とチーズのパン挟みになった。
まずは昨晩クライナが大量に焼いていてくれた丸いパンを二つに切り分ける。
「パンは優しく掴んで、楽器の弦を引くようにナイフを入れるんだ」
「楽器なんか使ったことないけど」
「姉上……」
アイスコレッタ家の教養の一つに楽器の演奏もあったが、リンゼイは興味がなかったのであれこれと理由を付けて回避していた。
弟の責めるような視線からリンゼイは逃れるようにパンとナイフを手に取った。
優しく、と言っても難しい。ミラージュ公国でよく食べられている白いパンは皮まで柔らかい。しっかり掴まなければ刃を入れにくいのだ。
「~~この!」
「……」
パンを切り分けるだけの作業に苦労している姉を見て、料理には向いていないのかもしれないなと思った。
もっと上手い例えがあればと考える。
「あ!」
「な、何?」
「姉上、ユキマロ茸を知っているか?」
「ええ、吐き気を押さえる薬を作る時に使うやつでしょう?」
「薬作りで使ったことは?」
「あるけど」
課題でたくさん作ったと話す。
ならば、ユキマロ茸を捌くのと同じような感覚でパンを切ればいいと教えた。
偶然にも白いパンとユキマロ茸は見た目も柔らかさもよく似ていたのだ。
薬の材料に例えたのが良かったのか、リンゼイのパン切りの腕前はぐっと良くなった。
切り分けたパンは籠の中に入れて、乾燥しないように布を被せる。
「次は中に入れる肉を作る」
「了解」
使うのはひき肉。
まずは野菜を細かく切ることから始める。
ウィオレケが取り出したのはこぶし大の丸い形状の野菜。皮は茶色だが、中身は白く何層にも重なっているものである。
まずは見本を示す。
半分に切ったものを細かくみじん切りにした。近くで観察していたリンゼイは目の痛みを訴える。
「な、なんなの、これ!?」
「野菜の中にある細胞が壊されて、催涙物質が涙腺を刺激するものが出るからだよ」
「……変なの」
リンゼイも真似をしてみじん切りを行ったが、途中で涙が溢れてきて作業が困難になり、結局ウィオレケが全て切り刻むことになった。
切った野菜はしんなりするまで炒める。粗熱を取った後、ボウルに移した。
材料はひき肉、野菜、パン粉、卵、香辛料、家畜の乳。
それらをボウルの中に入れてぎゅうぎゅうと力いっぱい捏ねて、混ぜ合わせていく。
全体的に白っぽくなるまで練ったら、魔術で生地を冷やす。
待っている間にチーズを切り分けた。
「冷えたら成型」
生地を手に取って、中心にチーズを入れる。
「チーズ、肉の中に入れるの?」
「その方が美味しい」
「ふうん」
丸めてから片方の手に打ちつけるようにして生地の空気を抜く。
平たい鍋に丸めた生地を三つ並べて加熱する。
最初は強火で、表面に焼き色が付いたら弱火で焼いていった。
「中まで火を通す為に蒸し焼きにするんだ」
「へえ」
蓋をしてじっくりと焼いていく。
焼いた肉は別の皿に置いて、間を置かずにソースを作る。
赤ワインとバター、香辛料に野菜ソースを加えてぐつぐつと煮込む。
ソースは入れて混ぜ合わせ、煮込むだけという簡単な手順で完成となった。
「一つ、試食してみよう」
小皿に肉を置き、上からソースを掛ける。
ナイフで二つに切り分けたら、中からチーズがとろりと出て来た。
ソースに絡ませてから、一口。
「あ、美味しい」
リンゼイは目を見張る。
焼いた肉はソースとよく絡み、噛めばじゅわっと肉汁が溢れる。濃厚なチーズとの相性も抜群であった。
料理クラブ秘蔵のレシピだとウィオレケは言う。この料理が作れて初めて一人前と認められるとか。
「自信作だから、きっと義兄上も喜んでくれるはず!」
「そうね」
料理が冷めないうちにバターを塗ったパンに葉野菜と一緒に挟んでいく。
弁当箱に詰めたら、物質保存効果のある薬草箱の中に収納した。
「これでお昼時にも温かいものが食べられる」
「なんか、魔道具の使い方が生活感溢れるものになっているような……」
弁当作りが終われば、クライナが朝食作りをする為に起きて来た。
暇潰しに大量生産していたパンの数が減っていたので、喜ぶ姿を見せる。
朝食を終えたら、最後の国宝を回収する為に、地下へ繋がる階段を降りて第七層目の扉の前に行くことになった。
今回も全員参加である。
怪植物は今日もウィオレケが背負っていた。
「帰ったら、何か美味しいものでも食べたいですね……」
『クレメンテ、それ、死亡フラグだから』
「?」
リリットの言葉の意味が分からずに首を傾げるクレメンテ。
そこに、ウィオレケが口を挟む。
「義兄上、今日のお弁当は姉上が作ったんだ」
「本当ですか!?」
慌ててウィオレケの手伝いをしただけだと言うリンゼイ。
発言の訂正をしながらも、嬉しそうな声を上げていたので、頬が緩んでしまう。
『なんだか朝から良い匂いがしていると思ったよ~。でもリンゼイが料理って意外だなあ~』
「姉上、泣きながら頑張ったよ」
『ええ!?』
意外と健気なところがあるんだねと、リンゼイの肩をぽんぽんと叩きながら言う。
「私、ほとんど作っていないから」
『いやいや、頑張ろうって気持ちが大事なのよ~』
「……」
そんな話をしているうちに、扉の前まで辿り着く。
アイテム図鑑
ユキマロ茸
雪原に生えるキノコ。
雪のように白く、マシュマロのように柔らかい。
雪の上に生えるので、発見が困難とされている。
薬の材料になる。




