百十一話
リンゼイは震える声で先に進もうと言うが、リリットは残念なお知らせを言うことになった。
『この人達、まだ魂がここに在るみたい』
「!」
「!」
無理矢理命を奪われ、この場で永遠の時を過ごしている悲しい家族であった。
突然明かされた話に、どういう顔をしていいのか分からなくなる一行である。
『可哀想だから、呪いを解いてあげないと』
「……」
「……」
リンゼイもウィオレケも呪い師ではないので、解呪出来ない。リリットも同様である。
「クライナなら出来たかもしれない」
「そうね。神官職の彼女なら――」
話をしている途中に、ウィオレケはある違和感に気付いた。姉の肩を叩いて、あるものを指差す。
「!?」
『ひえっ!』
『エ、ナニ~?』
続けてリリットも異変に気付きウィオレケの外套のポケットの中に飛び込んで行った。
相変わらず、ウィオレケが背負っていて視界が前方に向いていない怪植物だけが状況把握が出来ていない。
「――下がって!!」
クレメンテの言葉に従い、リンゼイとウィオレケは後方に跳んだ。
その刹那、食卓の上にあった食器が浮かび上がって、飛んできたのだ。
カップにソーサー、ナイフにスプーン、大皿など、飛んでくる食器を次々と剣で叩き割る。
カタカタ、カタカタカタ。
妙な音が部屋の中で響き渡った。
何の音だと、クレメンテは周囲を見渡す。
「――!?」
音の正体はすぐに分かった。
食卓に座る骸骨が、歯を震わせていたのだ。
上座に座っていた骸骨が、ゆらりと立ち上がる。
クレメンテは剣を構え直し、じっと相手の動向を眺めていた。
そんな状況下で、リンゼイはウィオレケのポケットの中に身を隠していたリリットを掴んで取り出す。
「リリット、あれ、なんなの!? どうして骸骨が動いているの!?」
『いや、なんだろう? 魂が残っているから、動き出しちゃったのかな~、なんて』
「そんなのありえないじゃない! 人は死ねば魔力は自然に帰って無の存在になるのよ!?」
『あ、そうだよね。う~ん。お、怨念の力?』
「!!」
魔術の仕組みで説明出来ない現象を前に、リンゼイは頭を抱えていた。
いつも姉を諫める役目をしているウィオレケも、顔色を青くしながら俯いていた。
『なんとか、浄化出来ればいいんだけど』
「だったら、ここ、燃やす?」
『いや、浄化ってそういう物騒な手段は使わないから!!』
そんな話をしているうちに、骸骨が動き出して襲い掛かって来る。
向かって来たのは男性の礼服を纏った一体だけ。両手にナイフとフォークを持ってクレメンテに跳び掛かる。
前に突き出されたナイフとフォークは剣で弾け飛ばし、骸骨の首元に向かって斬りかかった。
あっさりと、首は切れて宙を舞う。
首と体が離れたら、骸骨は動かなくなる。
しかしながら、まだ呪いが解けたという訳ではなかった。
カタカタと、歯を鳴らしながら地面に伏している。
「リ、リリット、それ、頭かどこかに、核があるの?」
『いや、ない』
「!」
通常、命無きものを動かすには、動力の元となる核を入れる必要がある。
だが、目の前で倒れて動かなくなった骸骨には、そういった物は見つからなかった。
亡骸を動かしていたのは、彼らをこういった目に遭わせた者への怨念である。
「っていうか、この人達と戦う意味、ないんじゃないの!?」
「確かに、姉上の言う通りだ」
『まあ、そうなんだけど、気の毒で』
浄化の方法を知らないので、どうしようもないというのが現状であった。
骸骨は激しく動き出すような様子はない。
リンゼイは勝手に方針を決める。
「呪いは術者を倒せば無くなるから、そいつをやっつける!!」
『また、物理的な解決方法を……』
「でも、実際私達は解呪の方法を知らない。そうするしか方法はないと思う」
話がまとまれば、食堂から出ることになった。
『ヒ、ヒエッ、動き出した!!』
首を置き去りにした状態で、骸骨が動き始める。
だが、立ち上がってもバランスが取れず、その場に転倒していた。
立って歩くことは諦めたからか、四つん這いの状態で移動を始める。
「やだ、気持ち悪い!!」
『エ、ナニナニ~? 何ガ気持チ悪イノ~?』
「知らなくてもいいことだ!!」
「みなさん、急いでください!!」
素早く移動をして、骸骨が動き出す前に扉をきっちりと閉める。
左右のドアノブを縄で括って扉が開かないようにした。
閉ざされた食堂の中から指先でカリカリと扉を掻く音が聞こえてリンゼイとウィオレケはぶるりと肩を震わせていた。
「は、早く、先に」
「その方が、良い」
「ですね」
この場を去れば怖くないと、リンゼイとウィオレケは思っていた。
残念なことに、先を進めば更にとんでもない状況に遭遇することになった。
白骨死体と何人も遭遇してしまい、そのまま戦闘になる。
床を掃いている者、寝所のシーツを運んでいた者、床を磨いていた者。
相手は全て使用人の服装をした者達であった。
家族も誰も居ない場所で長い間魂を封じられていたからか、その恨みは先ほどの家族以上であった。
クレメンテ達を発見した瞬間に襲い掛かって来るのである。
斬っては部屋に閉じ込め、という作業を繰り返していく。
なりふり構っている状況ではなくなったからか、リンゼイとウィオレケはぴったりとクレメンテに寄り添っていた。二人共額にはびっしりと汗を掻き、目には涙が溢れている。
階段を降りて一階に向かったが、目的の品と呪いを掛けた張本人は見つからなかった。
最悪だったのが厨房だ。
包丁や麺棒などの凶器に似た物を持つ者達ばかりが一斉に襲って来たのだ。
廊下へ飛び出て来た者達はクレメンテが叩き斬って中に戻し、吹き抜けになっている出入り口や窓はウィオレケの氷魔術で綺麗に塞いでいた。
一刻も早くお宝を回収して帰りたかったので、息つく間もなくどんどんと先に進んで行く。
厨房から進んだ先に地下に続く階段があった。
『この先が最後の部屋っぽいね』
「……」
「……」
リンゼイとウィオレケは嫌な予感しかしなかったが、魔術で作った光球を最大限にまで明るくしてから、地下に降りて行く。
地下にも肖像画が飾ってあった。
リリットは一枚一枚確認して、『微笑みかける肖像』かどうかの確認をしていた。
『全部ちが~う!!』
ここに来るまでに何十枚と『鑑定』してきたが、どれも国宝の肖像画ではなかった。
ぐったりと前かがみで飛行するリリットに、ウィオレケは昨日の残りの焼き菓子を包んだものを手渡した。甘い物を齧った妖精はすぐに元気になる。
一本道の廊下を進めば、鉄製の二枚扉の前に行きついた。
『この先が最深部っぽい』
「いよいよ、という訳ね」
『鑑定』で調べた結果、扉に仕掛けなどなかったので、クレメンテがドアノブを握って捻る。
がしゃん、と重たい音が鳴った。
何度か捻ったり引いてみたりしてみるも、扉が開く気配は全くない。
「こ、ここまで来て、鍵がかかっているとか、ありえない!!」
『最悪だ~~』
リンゼイ達はこの場に待機して貰い、クレメンテが上の階で鍵探しに行って来ると言ったが、ウィオレケが反対をした。離れ離れになるのは良くないので、皆で捜索に行くべきだと主張する。
今まで閉じ込めた骸骨達の姿を思い出し、リンゼイは背筋が凍る思いとなった。
あんな訳の分からない存在が居る場所へ戻るなんてごめんだと考える。
「……扉なんか、壊してやる」
『え?』
「リンゼイさん?」
幸い、地下の地面は土だった。
リンゼイは杖を握り締めて術式の詠唱を始める。
ぐらぐらと地面が震えた。
高く盛り上がり、天井近くまで上がった土は人型の形をとる。
――泥人形!!
リンゼイの魔術によって作り出された泥の人形は、主人の言いつけに従って鉄の扉に手を掛けて押し始める。
重たい鉄の扉は、ギシギシと音を立てながら歪んでいった。
しばらく押していれば、大きな音を立てて扉が外れて地面に倒れ込む。
『さ、さすが、リンゼイの脳筋泥人形!』
「脳筋は余計なんだけど!」
役目を終えた泥人形は地面に戻って行った。
扉の先には、真っ赤な絨毯が敷かれた部屋がある。
部屋の中は小さな円卓と甲冑の置物があるばかりで、正面には広い壁に対して一枚の肖像画がポツリと掛けられていた。絵には布が被せてある。
「あれが――『微笑みかける肖像』?」
クレメンテがぽつりと呟く。
アイテム図鑑
ウィオレケの焼き菓子
彼は知っている。食いしん坊妖精の扱い方を……。




