百十話
――……イさん!!
――ゼイさん!!
リンゼイさん!!
「!!」
名前を呼ばれてハッとして、目を覚ます。
瞼を開けば、焦った顔をしたクレメンテが見えた。
パチパチと瞬きをしながら、頭の中の整理をする。
「大丈夫ですか!?」
「……え、ええ」
大軟体十本足と戦って、止めの魔術を撃ちこんだまでは良かったが、爆風に煽られてうっかり海面に落下してしまったのだ。
そこまで思い出して、自らの状況に気付く。
リンゼイは地面に膝をついたクレメンテに抱き抱えられている状況であったのだ。
「!」
羞恥心が込み上げてきて、慌てて起き上った。
周囲を見渡せば、元の迷宮に戻ってきているころが分かる。今まで足元が不安定だった船に居たので、まだ視界がぐらぐらと揺れているような気がして、眉間を押さえた。
気分を入れ替えようと頭を振れば視界が歪む。
ふらついてしまい、クレメンテが体を支えてくれた。
全く大丈夫な状態ではなかった。
「リンゼイさん、まだ、安静に」
「……そうね」
どうしてか、こうやって触れ合っていれば安心してしまう。理由は分からなかったが、今度は離れずに大人しく身を任せておくことにした。
しばらくすれば、体の状態も元通りに戻っていく。
「あの、すみません、たった今思い出したのですが、リンゼイさん、リリットさんは……」
「あ!」
リンゼイは腰のベルトに付けていた鞄の中を探る。
リリットはすぐに見つかった。すうすうと寝息を立てて眠っていたのである。
頬を軽くぷにぷにと突けば『あと少し眠らせて~~』という返事があった。見た感じでは外傷もないようで、『なんかお腹空いた~~』という呑気な寝言も聞こえたので二人してホッと息を吐く。
「皆、無事に、戻って来たみたいです」
「幸いなことにね」
「本当に良かった」
「ええ」
今回はクレメンテの働きが大きかった。リンゼイは改めてお礼を言う。
激しく謙遜をするかと思いきや、照れたように微笑むばかりであった。
リンゼイもつられて笑う。
今回も無事に戻って来られたが、謎も多く残っていた。
「……それにしても、不思議ですね」
「気にしたら負けだけど」
海に突っ込んだのに濡れていないし、疲労感なども綺麗になくなっていた。
ますます訳が分からないとクレメンテは首を捻ることになる。
現在、二人が居るのはちょっとした石造りの広間であった。
地下へ続く階段もある。
「とりあえず、一旦ウィオレケさんとメルヴさんが待っている所まで帰りましょうか?」
「そうね」
道具箱の中には『酒の魔法瓶』が入っている。
今回もなんとか宝物を取り返すことが出来たのだと、安堵することになった。
◇◇◇
クライナの家に行けば、ウィオレケと怪植物の出迎えを受けることになった。
「姉上、義兄上、良かった」
『オ帰リナサ~イ』
時間軸などは同じだったようで、帰って来たのは夕方過ぎになっている。
疲れた表情をするクレメンテとリンゼイに、焼きたてのお菓子と温かいお茶が振る舞われた。
五層目の中であった話を聞いて、やっぱり行かなくて良かったとウィオレケはしみじみ呟く。リリットは今回も酷い目に遭ったと、背中を丸めながら語っていた。
夕食を済ませてから風呂に入り、ゆっくりと過ごすことになった。
「なんだか悪いですね。お言葉に甘える形になってしまって」
すっかり拠点の地と化してしまったので、クレメンテはクライナに謝罪と礼を言う。
「いえいえ、とんでもないことですわ」
彼女は彼女で暇を持て余していたので、こうして一緒に食卓を囲んだり、お話したりするのはとても楽しいと話す。
これからの予定について、ウィオレケはもう一度クライナに伝えることにした。
「あと残りは二層で、それが終われば母上の所に行くことになるが」
「ええ、ありがたく存じます」
「本当にいいのか?」
「はい。ですが、一つだけお願いがありますの」
「?」
クライナはたまにでいいので会ってくれないかとウィオレケに聞いていた。
「まあ、一年に一回位なら」
「本当ですの!?」
「……ああ」
少年少女のやり取りを、大人達は微笑ましく見守っていた。
◇◇◇
翌日。
一行は六層目に挑戦することになった。
残る国宝はミラージュ公国の『飛行絨毯』に、リーゼロッタ大国の『微笑みかける肖像』の二つを回収するばかりであった。
緊張の面持ちで階段を降りて行く。
怪植物はウィオレケが布を巻き付けて背負っていた。
置いて行かれた者の気持ちが分かったようで、どうしてもと言って連れて来ている。
六層目の扉の前に辿り着いた。
お馴染みの、次なる層の内容を知らせる看板が掲げてある。
――ここより先、『絵画屋敷』。
次は間違いなくリーゼロッタ大国の『微笑みかける肖像』があるだろうと、誰もが思っていた。
クレメンテはリンゼイやクレメンテを振り返り、先に進んでも大丈夫かと視線で窺う。
「ちょっと待って」
ウィオレケは魔術師の外套にあるポケットの中から革紐の束を取り出した。
それは先端に石が付いている首飾り。
「これ、昨日姉上から貰った魔石を使って作ったやつで……」
ウィオレケが魔石を砕いて作成したのは、元は一つだった石同士が惹かれあう性質を魔術で強めた首飾りである。
「これを身に着けていれば、魔術で離れ離れに出来ないと思う」
「へえ、すごいですね」
『メルヴトクライナチャンモ、手伝ッタンダヨ~』
「偉いですねえ」
リンゼイもよく思いついたと感心していた。
リリットや怪植物の分まであった。
『へえ~、これ普通に可愛いね』
「お店で売れそうな仕上がりです」
砕いた石はきちんと角を削って滑らかな手触りとなっている。
濃い紫色の石は、リンゼイの魔力を多く含む証でもあった。
石を紐で縛ったりする首飾りにする為の加工はクライナが行ってくれたと話す。元神官は装身具作りにも精通していた。
『こういうの、『メディチナ』で売っちゃう? 加護付きの首飾り。高値で売れそうだな~』
「『メディチナ』は薬屋だから!」
『いいじゃん~』
「首飾りを売ったら雑貨屋になるでしょう!?」
薬屋にこだわりがあるリンゼイは、『メディチナ』が雑貨屋になることを全力で阻止していた。
「姉上、リリット、お喋りは家でも出来るから」
『そうでした』
「……早く行きましょう」
皆、ウィオレケ特製の首飾りを装着してから扉の向こう側へと進んで行く。
◇◇◇
一行が降り立った先は貴族の屋敷のような場所であった。
薄暗く、長い廊下には左右の壁にずらりと肖像画が並ぶ。
『ちょっと気持ち悪いかも』
『見ラレテイル気ガスルヨ~~』
「やめて!」
「ただの絵が、こちらを見ている訳ないだろう!?」
灯りは蝋燭だけで心許ない。
リンゼイは魔術で光球を作り出して、周囲を明るくする。
視界が良くなったので、多少の不気味さは削がれた。
リリットは絵画の一つ一つを『鑑定』しながら進んで行く。
白い肌にぎょろりとした目が印象的な絵ばかりであった。当時の美しさの表現方法なのかもしれないなと、リリットは考えながら調べて行く。
『扉があるよ』
「開いてみましょうか?」
『勇気があるね』
「人や魔物の気配もありませんし」
リリットは先ほどから大人しい姉弟を振り返る。
二人は寄り添うようにして歩いていた。
いつもは強気な雰囲気の姉は顔色を青くして、しっかり者の弟は目を伏せつつ先を進んでいる。
二人共、魔物などは平気なのに、理屈では説明出来ない不可解な存在が苦手だったのだ。
念の為に、クレメンテは剣の柄に手を添えつつ、扉を開いた。
『ひゃっ!』
「これは……」
そこは食堂であった。内部は酷くかび臭い。
リンゼイとウィオレケも部屋を覗き込む。
「!?」
「!!」
『エ、ナニ?』
瞠目する姉弟。
唯一、ウィオレケに背負われた怪植物だけが、状況を把握出来ずにいた。
ろうそくの灯りが食卓を怪しく照らす。
並べられた料理はどれもしなびているかカビて変色しているかのどちらかであった。
異様なのはそれだけではない。
食卓を囲む者達が居たのだ。
「なっ、あれは」
「なんなの!?」
だが、その者達はナイフやフォークを握ったまま、白骨化していたのだ。
朽ちていないのは、身に纏う服ばかりである。
上座に父親のような存在が居て、その近くに母、向かいには小さな子供も座っている。
リンゼイとウィオレケは咄嗟に近くに居たクレメンテの腕に抱き付き、警戒の視線を向けていた。
その様子を見たリリットは両手に花だと思ったが、口に出さないでおいた。全身鎧男の兜の下の表情も気になるところである。
『え~っと、食卓に座っているみなさんは、人形とかじゃなくって、一応、生きていた人達みたい?』
「!」
「!」
『鑑定』で調べた情報を提供したら、そんなものは要らないとリンゼイとウィオレケに怒られてしまった。
アイテム図鑑
ウィオレケの首飾り
石の性質を利用して作った首飾り。転移術で離れ離れになっても、合流しやすい呪いが掛けられている。
加護ががっつりと刻まれているので、呪い好きの貴族女子の心を鷲掴みしそうな商品であったが、非売品となっている。




