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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第八章 続く、迷宮探索
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百八話

 リンゼイに恥ずかしい話を人にするなと注意されたクレメンテはすっかり大人しくなった。その変わり、レオンが語り始める。


「いやあ、お前さん達が、命の恩人であることは分かっていたが、隙あらば何か頂こうかと考えていたんだ」

「……」

「……」


 さすがは海賊と言うべきか。

 助けてくれた人の恩も仇で返すのが広い大海の中で生き抜く術だと語っていた。


「鎧は時代錯誤の品で高値はつかないが、船の労働力はいくらあっても足りない。女も、美醜はどうであれ、長い船旅では皆飢えているからな、おっと!」


 クレメンテの雰囲気が変わったことに、レオンはすぐに気が付く。


「それだよ、お前さん」

「……」


 悪事を働こうにも、クレメンテには全く隙が無かった。隣に座った妻を少しでも見ようとすれば、鋭い視線に射抜かれていたのだ。


「残念ながら、お前さんの所持品に手を出しても痛い目を見るのはこっちだと分かっていた」


 もう一つ。

 巨大な炎の柱を何度も展開させる力を持つ魔術師に手を出せば、全身火まみれだけでは済まないだろうとも安易に想像出来る。


「まあ、そんな訳で、小舟を分けてやるから、用がないなら出て行ってくれないか?」

「ええ、そうですね」


 にっこりと、クレメンテは微笑む。油断ならない人物であったが、レオンも笑顔で返した。


「その前に」

「?」

「そちらの酒瓶をお譲り頂けると嬉しいのですが」

「ん?」

「『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』、です」

「あるこ、なんだ?」

「無限に酒を満たすことの出来る宝ですよ」

「ああ、これか」


 手に握ったまま、一度も離さない酒瓶を掲げる。


「それは、どこで?」

「さあな」

「それが、エメランド興国の国宝であることはご存じでしたか?」

「初耳だ」


 彼らは海賊。

 品物は全て略奪品で、どこで何を奪ったかは覚えていないと話す。

 再び、クレメンテは『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』を譲ってくれないかと話す。


「勿論、無償ただでとは言わないよな?」

「ええ。当然ですよ」


 私達、知らない仲ではないですからねと言って、クレメンテは素早く腰に挿してあったナイフを抜いてレオンの首筋に刃の表面を押し付けた。


「……あなたの命と引き換えに、『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』を譲って頂けませんか? お安いものですよね?」

「!」


 レオンは酒にかなり強い部類であった。ある程度酒を飲んでいてもそれなりに戦える。だが、現在の状況に陥ってしまったのは反応が遅れたというより、相手の動きが早すぎて避けきれなかったという訳である。

 部下に声を掛けるが、床の上で眠る船員達は目を覚まさない。


「おい、あいつら、どうして!?」


 初めから彼らが飲んでいたのは酒ではない。酔っぱらって眠るなどありえない話であった。


「船員さん達には、少し眠って貰っています」

「なっ!? いつの間に――」


 一体どのような手を、と思ったが、鎧男の妻は魔術師である。魔術耐性が無い者達の意識を奪うことは至極簡単なものであった。レオンは申し訳程度の魔術知識を思い出しながら、舌打ちをする。


「海賊を脅すなんて、なんて奴なんだ!!」

「すみません。こちらの事情も差し迫っていまして、どうしても『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』が必要なんです」

「知るかよ、そんなこと――!!」


 声を上げた瞬間に、首の薄皮一枚を素早く裂かれた。


 質問の返し以外で少しでも動いたり声を上げたりしたら、次は全力で首を掻っ切るので注意をして欲しいという脅しの言葉が囁かれる。


「もしも、お譲り頂けない場合は、ここであなたを殺してから、妻の魔術で船を沈めて貰います」

「!?」

「私達は転移陣から国に帰らせて頂きますので、ご心配なく。このような立派な船の中で死ぬなんて、船乗りをしては本望ですよね?」

「わ、分かった、分かったから!! こんな酒瓶なんて持って行け!!」


 レオンはしっかりと握っていた『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』を手放し、リンゼイの居る方向へと転がした。

 クレメンテはナイフを当てた姿のまま、動かない。

 その間にリンゼイは本物かを確認する。


「リリット」

『はいはい』


 リリットの『鑑定』で酒瓶を調べれば、間違いなく『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』であることが分かった。


 クレメンテはレオンから離れ、ナイフを鞘に直した。


「『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』は、持ち主へ返させて頂きますね」

「……好きにしろ」


 倒れた船員達はしばらくすれば起きることを説明しておく。

 ほとんどの者達は、リンゼイが術を掛けなくても自然に眠りについていた。不眠不休で嵐の対策をしていたので、精も根も尽き果てるような状況だったのだ。


 一気に不機嫌になったレオンにお礼を言って深く頭を下げているところに、誰かが走ってやって来る。


「お、お頭ーー!!」

「なんだお前、遅いんだよ!!」

「いえ、それが――」


 甲板の見張り役をしていた船員が用件を伝えようと口を開いた刹那、船が激しく揺れた。


『お、おっと~!!』

「なっ!?」


 クレメンテはリンゼイの肩を引き寄せてから、衝撃に備えた。リリットも素早い動きで鞄の中に身を滑り込ませる。船は大きく右に傾いて、中にあったものが滑って壁にぶつかる。


 クレメンテとリンゼイは揺れに耐えきれずに転倒して、壁に向かって転がっていった。


「――っ!!」


 目の前に壁が迫り、リンゼイはぎゅっと目を閉じた。

 だが、想定していた大きな衝撃は起きない。

 壁に衝突をしたのはクレメンテの背であった。胸の中に抱かれたリンゼイは無事である。

 一番大きな叫び声をあげたのは、船長であるレオンであった。


「な、なんだ、こりゃあ!?」


 最初の揺れ程ではなかったが、右に左にと、船内の不安定な状況は収まらない。

 一体何ごとなのかと、レオンは船員に問いかける。


大軟体十本足キャラマールです!!」

「な、なんだと!?」


 大軟体十本足キャラマールは海の奥底に生息する十本の足を持っている、白く巨大な軟体動物である。

 海を渡る物にとっての脅威であるが、半世紀と姿を発見したという報告はなかった。


「クソ!! ツイてねえ!!」


 レオンは自らの敷物にしていた上着を羽織り、壁に掛けていた大剣を抜いて甲板まで走って行った。


 残されたクレメンテとリンゼイは、その辺に転がっていた『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』の無事を確かめて、道具箱の中へと収納した。


『リンゼイ』

「何?」


 リリットが鞄の中から顔を出し、これからどうするのかと聞く。


「……このまま帰るのも、なんだかね」

『でも、海賊だよ?』


 欲しい物は全て奪うを信条とする荒れくれ者。

 『酒の魔法瓶アルコホル・テルモ』だって海賊の所持品ではない。

 それに、隙があればクレメンテやリンゼイにも危害を与えることを考えていた者達だ。助ける必要はないのではとリリットは言う。


「ですが、一度食事を囲んだ仲でもありますし」

『っていうか、クレメンテ、大丈夫なの?』

「はい?」

「お酒、たくさん飲んでたじゃん」

「そうでしたね」


 この中で一番酒を飲んでいたクレメンテであったが、足元はふらついていないし、意識もはっきりしている。


『まあ、かなりお酒臭いけどね!!』

「すみません」


 そんな中で、クレメンテは戦えると言った。

 酩酊しているという感覚はなく、それどころかいつもより体が軽いと言っていた。先ほどのレオンへの素早い攻撃を目の当たりにしているので、信じるしかない。


「リンゼイさんは?」

「あなたの判断に任せる」

『リンゼイ、酔っ払いの決定に従うって』

「いいでしょう、別に」


 リンゼイはリリットを鞄の奥底に押し込めようと手を伸ばしたが、頭に触れる前に引っ込んで行った。


「という訳だから」

「リンゼイさん、嬉しいです」

「いいから早く決めて」

大軟体十本足キャラマールを倒します」

「分かった」


 クレメンテは剣を抜いて、リンゼイは杖を取り出す。

 甲板の上では砲撃のようなものが発射された音が鳴り響いている。

 二人は急ぎ足で階段を駆け上がって行った。


アイテム図鑑


海賊の目論見


男は奴隷にして、女はいろいろと楽しませてもらう。

そう思っていたのに、相手はただものではなかった。

計画は光の速さでとん挫する。


相手が悪かったとしか言いようがない。

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