百五話
かつて聖女と呼ばれていた青年はリンゼイを強く睨み付ける。
既に先ほどまであった柔らかな雰囲気はない。
世の全てを憎むような、荒んだ表情となっていた。
リンゼイはクレメンテを見る。『一角馬の毛皮』を力づくで奪うのかと。
目線だけで言いたいことを理解していたのか、首を横に振っていた。
「あなたは、ずっとここに居るのですか?」
「外は怖いことしかないからね」
十歳で連れ去られ、洗脳とも言える聖女教育を受けて、生の喜びすら知らないアレクシスは祖国への憎しみの感情しか抱いていなかった。
それに、街中での生きる術を知らなければ、頼れる人もいないので、ここに居るしか選択肢はない。
「確かに、外の世界は汚いものばかりです。楽しいことなんてない」
「……」
クレメンテも遠い日の記憶を思い出しながら、吐き捨てるように言った。
しかしながら、そう思っていたのも過去の話である。
「ですが、私は今、結婚をして、とても幸せな日々を送っています」
「何? 外は案外悪くないって、惚気話を交えつつ、そういう話をするつもり」
「いいえ。そういうつもりは全くありません」
「?」
暴君と呼ばれた祖父が処刑されたあと、あれやこれやと世話を焼く者達も居た。環境が変われば荒んだ心も癒えるだろうと、結婚をしてみないかという話も出ていた。
だが、クレメンテにはどれもしようもない甘言にしか聞こえなかったのだ。
そのような経験があったので、、今ここで必死に説得をしても、相手に届かないことは分かりきっていた。
「幸せはぼんやりしているだけではやって来ません。自分から掴みに行かなければならないものだと、日々痛感しています」
「……」
なげやりになったり、将来に悲観したり、誰かを妬んだり、恨んでいたりなど、負の感情に惑わされていれば、永遠に見つけだすことが出来ないのだ。
「自らがまっさらになれば、気付くのです。当たり前のように近くにあった何かが、心を和ませるものであり、穏やかな気分にしてくれるものであると」
クレメンテはアレクシスを説得するようなことはしなかった。ただ、自分の体験談を語り聞かせただけである。
「……行きましょう」
「え?」
「きっと、彼に私達の言葉は届かないでしょうから」
クレメンテはリリットに次の層へ続く場所があるかどうか訊ねる。『鑑定』の力では何も視えないが、祭壇の辺りに何か仕掛けがありそうだという意見を述べていた。
祭壇に向かって歩き始めるクレメンテをリンゼイが止める。
「ね、ねえ、あの子、そのままで本当にいいの?」
「法国も聖女について突っ込まれたら、何も言えなくなると思います」
『も、もしかして、国を相手に強請るってこと?』
「義兄上……」
その点についてはリンゼイの母に任せると言った。
「でも、宝が全部見つからなかったら……」
リンゼイとウィオレケは母親と共に国に帰ることになる。
ここでの頑張りも意味がないものとなるのだ。
姉弟の母は完璧主義者でもある。このままでは別れ別れになると思い、本当にいいのかと引き止めたのだ。
「義兄上、多分、母は個人の事情など慮ることなどしないと思う」
「そうね。宝物が欠けていれば、成功したと認めてくれないかもしれない」
『一角馬の毛皮』を手に入れなければ、最悪の事態が待っている。本当にそれでいいのかと、リンゼイは問いかけた。
「その時は一緒に国外へ逃げてくれますか?」
「え!?」
「ウィオレケさんも、一緒に」
「!」
まさかの展開に、ぎょっとする姉弟。
一方で、クレメンテは楽しげな声色で話し出す。
世界を旅する中で魔物を狩り、生計を立てながらその日暮らしをする。
誰かに何かを言われることもない、自由な生活だと語った。
「わ、私は――」
「嘘です。冗談ですよ」
「!?」
今まで世話になった屋敷に居る人達を捨てて国を出ることなんて出来ないし、リンゼイやウィオレケを連れ出すのも自分勝手なことだと諦めたように言う。
「……きっと、あの方にとって、国の法衣を纏っていることが自分を保つ何かとなっているのでしょう」
誰にも聞こえないように、ぽつりと呟く。
それを無理矢理奪ってまで自分の幸せを勝ち取りたいかと自らに問えば、そうではないという答えが出てくる。
ならば、ここを攻略することに意味はなくなってしまうが、彼は少しでも長くリンゼイやウィオレケとの時間を過ごしたいと思っていたのだ。
我儘に付き合って貰って申し訳ないと、頭を下げる。
リンゼイとウィオレケの顔は見ないようにして、祭壇のある方向へと向き直った。
自分を奮い立たせるように、次なる目的を口にする。
「さあ、次の階層への道を探しましょう」
祭壇の周辺を捜してみれば、怪しい窪みがあった。発見したリリットが力いっぱい押してみる。
『おお!』
祭壇が重たい音を鳴らしながら横に移動して、地下に続く階段が出て来た。
『次は、五つ目の――』
「待て!」
次なる層へと繋がる階段に踏み込もうとしていたら、背後から引き止める声が掛かった。
アレクシスが小走りで近づいて来ていた。
「何?」
きょとんとした表情で見ていたら、アレクシスは『一角馬の毛皮』を脱ぎ、地面に落とす。
「これ、要らない」
「え?」
「勝手にすれば?」
「あ、ありがとう」
相手の意図は分からなかったが、リンゼイはありがたく拾い上げた。
一角馬の毛皮はとても柔らかく、毛並みも美しい。着心地のいいものであることが触れただけで分かる。
「でも、突然どうして?」
「やっぱり、ここに居てもつまらないから」
意外にも、クレメンテの言葉は彼の心に響いていたのだ。
これからどうするのかと聞けば、適当に世界をふらついてみると話す。
「世界中を旅するって、大丈夫なの? 悪いけれど、あなた、ものすごい世間知らずなんじゃない?」
聖女教育しか受けていないアレクシスが世間知らずなのは仕方がない話であった。
それは本人も分かっているので、リンゼイの指摘に怒ったりもしない。
「物知りな使い魔でも召喚してみるから平気」
アレクシスは高い魔力を持っている。知能を持つ使い魔を呼び出すことは安易なことであった。
「こんなところで変な意地を張って引きこもっていても、つまんないし無駄なんだって気付いたから」
『一角馬の毛皮』はお礼だと言った。
アレクシスは踵を返し、どこかへと行こうとする。外へ出る術は知っているらしい。
「あ、待って」
アレクシスを呼び止めたリンゼイは、魔術師の外套を脱いで渡した。
「これ、あげる」
「どうして?」
黒い外套の布地に刺された呪文の一つ一つを見れば、手が込んでいて、作るのに時間がかかったことが分かる。このような物は貰えないと断った。
「街では、清楚系の美人が男性に大人気なのですって」
「外じゃ目立つってこと?」
「そう。同性の気を引きたいんだったらいいけれど」
「それは困る」
アレクシスはリンゼイの外套を受け取り、身に纏った。
「ありがとう」
「いいえ、こちらこそ」
最後に、アレクシスはリンゼイの名を聞いて来た。
「リンゼイ・アイスコレッタ」
「あの鎧の人は?」
「クレメンテ・スタン・ペギリスタイン」
ウィオレケとリリットも紹介する。
アレクシスは次に会うことはないけれど、一応覚えておくと言って背中を向ける。
その後ろ姿はすぐに揺らいでいって消えた。
リンゼイもくるりと背後を振り返る。
すぐ近くに、クレメンテが居た。
「ねえ、これ」
「あ、はい」
『ま、まさか、回収出来るなんて』
リリットが覗き込んで『一角馬の毛皮』を鑑定する。間違いなく、本物であった。
嬉しくって、抱き付きたいような気分であったが、弟や妖精の目があったので我慢をした。
しばらくクレメンテと見つめ合っていたが、ウィオレケが咳払いをしたので目線を逸らす。
『そういえば、リンゼイ、この先どうするの?』
「何が?」
「いや、魔術師の外套、元聖女様にあげちゃったでしょう?」
「ああ、そうね」
渡した分が変えの外套であった。前の層で着ていた白い外套は魔物の返り血が取れなかったので、部屋に干してある。
『その法衣を着れば?』
「え?」
『リンゼイ達が着ている魔術師の外套とは比べ物にならない位の加護が付いているし』
「……」
果たして、聖女でもない人物が勝手に着ていいものかと迷ってしまう。
リリットに聞けば、ただの一角の毛皮で作った外套で、着るのに資格がいるとか、そういった神聖な何かはないので安心して欲しいと伝えた。
『ちょっと借りるだけだったら、全く問題ないと思うよ』
「そう、かしら?」
『いいから着ちゃいなよ』
「……そうね」
ちょっと借りるだけだからと心の中で唱えながら、『一角馬の毛皮』を纏う。
『一角リンゼイ、爆誕』
「……」
清楚な美人が着れば角付きの外套も神秘的な雰囲気に見えるが、派手な美人が着れば凶暴さが増して見えるのはなぜだろうと、リリットはうっかり口にしてしまう。
「なんですって!?」
『あ、危なっ!』
リンゼイがリリットに接近すれば、頭巾の額部分に付いた角が突き出してきて、危うく当たりそうになる。
こうして、『一角馬の毛皮』を得た一行は、次なる層を目指した。
アイテム図鑑
一角リンゼイ
いつもより見た目が凶暴に。
クレメンテは可愛いと思っている。




