百三話
「あ!!」
突然大切なことを思い出して大声をあげるウィオレケ。顔は真っ青になり、涙目になっている。
「ど、どうしたの、ねえ?」
「あ、ああ、あの……」
「ウィオレケさん、落ち着いてお話をして下さい」
クレメンテが背中を優しく撫でながら訊ねる。
「メ、メルヴが、メルヴが」
「あ!! やだ、居ないじゃない!!」
「そ、そんな!!」
『うわ、すっかり忘れてた!!』
怪植物は晩餐会に連れて行けないので、身支度をする為に振り分けられた部屋でお留守番だったのだ。
着の身着のままで出て来た一行の中に、怪植物の姿はない。
荷物は一緒に投げ出されてきたのに何故なのかと、答える相手も居ないのにウィオレケは問いかけていた。
元の道を戻っても天空都市に続く扉は無くなっていた。
「メルヴ、どうして、一体どこに……」
失意のあまり、その場に座り込んでしまうウィオレケ。
家に置いて来ればよかったと、今更後悔をする。
「ねえ、ウィオレケ、ここに居ても仕方がないから、少し休みましょう?」
「……」
この場を探し回っても怪植物が居ないことは分かりきっていた。
ウィオレケは姉の言葉に素直に頷く。
一同は一度、クライナの家に戻ることにした。
「おかえりなさいませ」
『ただいま』
「みなさま、素敵な装いで」
「ええ」
暗く沈んでいたので、何かを察したクライナは次の話題に移る。
「お食事はどうなさいますか?」
「食べて来たから大丈夫」
「左様でございましたか」
クライナは疲れているだろうからと椅子を勧め、軽いお菓子と果実汁を振る舞い、風呂を沸かして来ると言って部屋を去った。
「……なんだか、疲れましたね」
皆が思っていたことである。
しかしながら、王都の家に帰ってゆっくり休む暇などない。この迷宮も残り四層。一刻も早く攻略をして、シフォン・イズルーンを捕獲しなければならないのだ。
霊薬を飲んでから風呂に入り、ゆっくり休む。
無理矢理元気な体を作って翌日を迎えることになった。
翌日。
ウィオレケは慌てた様子で就寝中の姉を揺さぶり起こす。
「姉上、起きてくれ、姉上」
「う~ん」
目を擦りながら、完全に覚醒していない状態で起き上がるリンゼイ。
「何?」
「これ、この手紙、使えないかと思って」
「何、それ?」
「美食王への手紙!!」
「あ!」
晩餐会で何かあったら連絡をしろという言葉と共に渡された手紙に怪植物のことについて書いたらどうかと言ってくる。
現在、天空都市というものは存在しない。
だが、昨日彼らはそこに居たのだ。可能性に賭けてみる価値はある。
「だったら、義兄上にも相談をしてくる」
「それがいいかもね」
ウィオレケは勢いよく扉を開いて廊下に出ようとした。
『ア、坊チャンオハヨ~』
「は!?」
目の前を呑気にてぽてぽと歩くのは、天空都市に置き去りにして来たはずの怪植物である。
「お、お前……!?」
『今日モ早起キダネ~』
「いや、そうじゃなくって、一体、今までどこに居たんだよ!!」
『薬草箱ノ中デオ休ミシテイタノ』
「なんだって!?」
話を聞けば、怪植物は待機をしている途中に眠くなり、その辺で寝れば置いて行かれる可能性があったので、ウィオレケの鞄の中にあったリンゼイの薬草箱の中で眠っていたと話す。
「なんて場所に、眠っていたんだ」
『ゴ、ゴメンネ~』
「……」
ウィオレケは脱力をして床の上に両手と膝をつく。
怪植物は『坊チャン、本当ニ、ゴメン』と言いながら顔を覗き込んでいた。
「いいんだ、別に、謝らなくても」
『?』
「メルヴが、居なくなったかと思って、心配をしていただけ」
ウィオレケの半身ほどしかない怪植物の体を抱きしめる。
葉が頬に刺さっていたが、そんなことなど気にならない位、深い安堵と喜びの感情で満たされていた。
◇◇◇
問題も解決したので、迷宮探索に戻る。
先のこともあったので、怪植物はクライナの引っ越し手伝い要員として置いて行くことに決めた。
「それでは、いってらっしゃいませ」
『早ク帰ッテ来テネ~!!』
クライナと怪植物に見送られながら、転移陣を使って四層目に続く階段の前までやって来た。
階段を降りて行けば、毎度お馴染みの大きな扉の前まで行きつく。
上部に看板があり、次の層を示す言葉が書かれていた。
――ここより先は『乙女の聖域』。
盗まれた宝の中で乙女を示す品が一つだけあった。
「一角馬の毛皮、ね」
「それしかない」
清らかな乙女のみ、纏うことが許されているムスタジュマール法国の法衣。
あの、処女信仰で有名な一角馬の毛皮で作られたものだと言う。
「確か、歴代の聖女に受け継がれる法衣だったような」
「ウィオレケ、よく覚えているわね」
「まあ……」
姉や義兄の役に立つために勉強してきたとは言わないウィオレケである。
『服と言えば、リンゼイ、お母さんに貰った白い外套はどうしたの?』
「あれ? さっきの戦闘で血まみれになったから」
『そうだったんだ』
本日は黒い魔術師の外套を纏うリンゼイである。
血を綺麗にする方法を知らないかと質問しようとしたが、リリットの好奇心は別に移っていた。
『中に居るのは屈強な体を持った親父乙女とかじゃないよね?』
「やめて、気持ち悪い!」
『で、でも、親父妖精が居るんだから、親父乙女が居てもおかしくないって』
「リリットさん、その、疲れているのではありませんか?」
『あ、そうかも』
いつの間にか何もかもをおっさんに変換してしまう、残念な脳になっていたとリリットは自らを振り返る。彼女は初めて精神を安定させる赤の霊薬を飲んで、まともな状態に戻ってから迷宮に挑むことになった。
クレメンテは扉を開く。
先は神殿のような真っ白い建物の中に見えた。
だが、今までのこともあったので、用心している。
「リンゼイさん、手を」
「え!?」
「逸れたら大変なので」
「あ、はい」
リンゼイはクレメンテの言葉に従って手を取る。ウィオレケにも同様に。
リリットは肩に乗るように言った。
勇気を出して一歩、扉の先へと踏み込む。
幸いにも、入ってすぐに転移するという仕掛けはなかった。
『今回は仕掛けなし、みたいだね』
「ええ、良かったです」
リリットは『鑑定』で周囲の状況を調べたが、ぼんやりと靄のようなものが掛かっていて、何も分からなかった。
『多分、ここは一層目とか二層目と同じ作られた空間だろうね』
情報がない以上、先の道を進むしかない。
『そういえばさ、気になっていたんだけど』
リリットはクレメンテとリンゼイに視線を向ける。二人は何事かときょとんとしていた。
『いや、二人はいつまで手を繋いでいるのかなって』
「!」
「!」
指摘をされてから気付く。
クレメンテの右手にあったウィオレケの手は離れているのに、左手に握っているリンゼイの手はしっかりと手中に収めていることに。
慌ててぱっと手を離した。
またしても、得意の「すみません」が出てきそうになったが、必死に呑み込んで別の言葉を言うことになる。
「あ、ありがとうございます!!」
「……」
ウィオレケが「何のお礼なんだよ」と的確な指摘をしていた。
気分を入れ替えて、真面目に探索をする。
周りから魔物の気配はしない。さすがは神殿と言うべきなのか。
『で、でも、その辺の像とか、妙に人っぽく出来ていて、不気味』
背中に翼の生えた美しい青年や子供などの像が至る場所に置いてあった。目には宝石がはめ込まれており、目が合えば驚きの意味合いでドキリと心臓が鼓動を打つ。
神殿内はそこまで広い場所ではなく、すぐに最深部へと行きついた。
クレメンテは見上げる程大きな扉を開く。部屋の中は礼拝堂のような場所であった。
壁には煌びやかなステンドグラスがあり、神と天の御使いを描いた美しい絵画が天井に描かれている。
そして、教壇の前で祈る人物が居た。
誰かが来たことに気が付くと、立ち上がって振り返る。
体型から、白い法衣を来た女性のように見えた。
違和感と言えば、変わった法衣を纏っていることである。
魔術師の外套のようなマントに似た意匠であったが、頭巾の額部分に一角獣の角が付いていた。
年頃は二十歳前後で、白金の長い髪は美しく、肌は抜けるように白い。濡れたように見える青の目は悲しみに満ち溢れているように見えた。
聖域の乙女は、絶世の美女であった。
アイテム図鑑
おっさん脳
様々な出来事をおっさん変換してしまう症状。
多分疲れてるのが原因。




