百一話
鳥系魔物だったら照り焼き。
兎系魔物だったら香草串焼き。
蜥蜴は煮込んでシチューにして、キノコ系であればスープがいい。
思いつく限りの魔物料理を考えていた。
なのに、提示された魔物は想像の斜め上の物であった。
「ス、軟泥状魔物って……」
獣系の魔物を調理することしか考えていなかったので、頭の中が真っ白になる。
『だ、大丈夫、ウィオレケ?』
肩をトン、と叩いただけで倒れてしまいそうになる程、ウィオレケは頼りない様子でいた。
皆が励ましの言葉を掛けても、曖昧な返事をするばかりである。
呆然としていれば、係の者に早く来るように急かされた。
『あ、ウィオレケ、椅子に忘れ物!』
「あ!」
怪植物を椅子に掛けたままだったので、取りに行ってからしっかりと背負い、ふらふらとした状態で会場まで歩いて広場に出てくる。
会場はむわっとした熱気に包まれていた。大魔術を使ったような跡があるとウィオレケは周辺を見渡しながら思う。
雪は全て溶けてなくなっていた。まだ、魔術に炙られた火の気が残っているからか、その場に立っているだけで額に汗がにじみ、手の甲で拭う。
広場の中心には討伐されたばかりの巨大な軟泥状魔物があった。
通常は丸い核を中心に盛り上がって移動するが、今はこと切れているからか薄い円状になって伸びていた。
軟泥状魔物は魔物の死骸の中の皮膚・腱・内蔵などが土の中で魔力の力で物質変化して生まれる存在で、透明な個体がほとんどである。
一方で、目の前の軟泥状魔物は濃い青をしていた。希少個体ということである。
普段のウィオレケがこの軟泥状魔物に遭遇していたら大喜びをしていたのかもしれない。軟泥状魔物は薬の材料となる魔物だからだ。しかも、色が濃い程薬効が上がる。一生に一度、お目に掛かるかどうか分からない素晴らしい材料でもあった。
だが、薬を作るのならまだしも、これで料理を作れと言われたら困ってしまう。
この、食欲が全くわかない青色軟泥状魔物を、どう調理すればいいのかウィオレケは悩んでいた。
凄まじい歓声の中で、一体どうすればいいのかという問いかけが頭の中を占める。
「ねえリリット、なんか良い着想はある?」
『あ、う~ん、軟泥状魔物料理、ねえ』
千年以上生きているという、さすがのリリットも軟泥状魔物を使った料理は今までに聞いたことがないと言う。
視線を宙に向けていれば、思いがけないものを発見する。
『あ、リンゼイとクレメンテ発見』
「!」
四階席に居ると言うが、ウィオレケには見えなかった。
『ご、ごめん。リンゼイ達が見ているって分かったら、余計に緊張するよね?』
「……大丈夫」
リリットはウィオレケの顔を覗き込んだが、とても大丈夫には見えなかった。
そうこうしているうちに、調理開始の鐘が鳴らされる。
とりあえず、地に伏す軟泥状魔物を地面から剥してボウルの中で綺麗にししなければならないので、リリットは筋肉妖精に洗浄作業と共にお願いした。
「リリット、軟泥状魔物、かなり珍しい色だけど、毒とかないよね?」
『うん。無いっぽい。大丈夫だよ』
『鑑定』で得た情報を聞きながら、ウィオレケは焦りつつ料理を考える。
軟泥状魔物に魚の出汁と小麦粉を混ぜて、練り物のようにしてからスープに加えたもの。鳥の出汁と混ぜて、野菜や海産物と炒めてからあんかけを作って麺の上に掛けたもの。
ひき肉と混ぜても肉汁の旨味が軟泥状魔物と一緒に捏ねることによって閉じ込められ、丸く固めて焼いた後にナイフを入れたらじゅわっと出てくる、という料理も思いついた。
だが、どれも軟泥状魔物の青い色合いが食欲を減退させることに繋がってしまうので却下した。
『さっき軟泥状魔物が薬の材料になるって言ってたけれど、何の薬になるの?』
「下剤」
『あ、だったらたくさん食べない方がいいのかな?』
「いや、他の薬草と合わせて初めて薬効が出るから、多分平気」
『そっか』
突然会場がワッと沸く。一体何がと振り返ってみれば、片方の筋肉妖精が魔術を操ってボウルの中の軟泥状魔物に勢いよく水を掛けて、片方の筋肉妖精が長いヘラを使いかき混ぜて、全体の汚れを落とすという、大掛かりな洗浄が行われていた。
途中で核となる丸い球体が軟泥状魔物の体から引き抜かれる。見事な手際であった。
妖精達が居なかったら成り立たない調理だなと、改めて思う。
感謝は後にして、今は作る料理を考えることに集中することにした。
「あの毒々しい色のせいで、普通の料理は作れない」
『食欲沸かないよねえ、青い料理は』
何も思いつかないので食材が乗った台を見ているが、なかなかいい案は浮かばない。
『プルプル、青色、軟泥状魔物……ねえ』
「あ!」
『ん?』
「ぷるぷる」という言葉を聞いて、ふと、ウィオレケは思い出す。
プラタの大好物である、ぷるぷるツルリとした食感の涼しげな食べ物を。
「ゼリーだ!」
『あ!』
軟泥状魔物のプルプルとした食感を生かして、ゼリーを作る着想が出て来た。
『いいかもしれないね、ゼリー! そっか、そっちがあったか!』
「甘味を作るということをすっかり失念していた」
ちょうど目の前に良い食材がある。ウィオレケはそれをひと箱持ち上げようとしたが、重かったので、洗浄作業が終わった筋肉妖精に来て貰うように頼む。
まずは軟泥状魔物を大きな鍋の中に入れて熱する。すると、半固体状から液体になっていった。そこに砂糖を加えて煮込む。
ぼこぼこと煮立つ前に火を止めて、筋肉妖精達に柑橘系の果実を絞って入れるようにお願いをした。
その間に、ウィオレケは中に混ぜる果物を切り始める。
『おお、星形の果物!』
「初めて見る果物だけど、多分ゼリーと合うと思う」
ゼリーの中に入れるのは『星果実』と呼ばれる南国の木の実だ。
念の為に味見をしてみる。シャリシャリとした食感で、甘酸っぱい味がする。予想通りだったので、ウィオレケはカット作業を再開させた。
細長い棒状の果物は、輪切りにすれば星の形となる。リリットも微力ながら手伝った。
最終的には四人がかりで果物を切って、粗熱を取った軟泥状魔物の中に入れた。
最後に大きな型に移し替えて、冷却魔術で冷やして固める。
筋肉妖精が二人で型を大きな皿の上にひっくり返す。
ぷるんと、青色のゼリーが出て来た。
『坊チャン』
「?」
背負っていた怪植物がぼそぼそと小さな声で話し掛けてくる。
何かと聞けば、飾りに怪植物の葉を使ってくれと言っていた。
「いや、それは……」
『ドウゾ、使ッテ』
持ち込み食材を使わなかったら怪しまれるので、申し訳ないと思いつつも、怪植物の葉を一枚貰ってゼリーの飾りにすることにした。
怪植物の葉はリリットがゼリーの上に置きに行ってくれた。
「出来た」
「おお、完成のようです!!」
料理名を聞かれたウィオレケは小さな声で呟く。
「……『夜空と星屑のゼリー』、です」
濃い青のゼリーの中に浮かぶ星の果実。
満天の星が広がる夜空を集めて固めた美しいゼリーに、会場中の誰もが息を呑んだ。
試食の為に小皿に移して、妖精達が審査員や観客へと運んでいく。
リリットもちゃっかりゼリーを貰って来ていた。
『ウィオレケの分も貰ってこようか?』
「いや、いい」
『そう? じゃあ、お先に頂きます』
匙でゼリーを突いて掬う。
匙の上に星型果実とゼリーが乗ってぷるりと震えた。
『では、いただきます』
「……どうぞ」
まずはつるりとした食感を楽しむ。果実の風味が爽やかで、すっきりとした味わいである。ゼリーはよく冷えていたので余計に美味しく感じた。
『ウィオレケ、これ、美味しいよ!』
「だったら、良かった」
リリットのお皿の上のゼリーはあっという間になくなってしまった。
大皿の上の巨大ゼリーも会場内の人達に行き渡ったからか、空となっている。
審査の結果は後程発表されると言う。
リリットは再び観客席に居る夫婦を発見して指差した。
『リンゼイとクレメンテ、こっちに向かって手を振っている!』
「いや、どれが義兄上と姉上か分からないし」
『一応手を振ってあげなよ』
「……」
ウィオレケは仕方なく、と言った様子で手を振った。
それに気づいたクレメンテとリンゼイは、満面の笑みとなる。
『リンゼイ達、喜んでる』
「それは良かった」
いつものウィオレケに戻ったので、ホッとするリリットであった。
参加が終われば、二つに分かれていた一行は合流をする。
クレメンテとリンゼイは軟泥状魔物ゼリーを褒め、ウィオレケは大したことではないと謙遜していたが、まんざらではないといった表情で居た。
『いやあ、やっぱりみんな一緒だとホッとするね』
「本当に、そう思います」
「案外寂しいものなのね」
皆で再会を喜んでいたが、一人だけ違う態度を取る者が居た。
ウィオレケである。
「……私は、別に」
『うん、まあ、そうだね』
素直じゃない態度を見せるウィオレケをリリットは生暖かい目で見守っていた。
アイテム図鑑
夜空と星屑のゼリー
軟泥状魔物を材料に作られたゼリー。果実風味。
つるりとしたのど越しが楽しい。暑い季節にはぴったりの品。
麗しい少年が作ったので、美味しさも倍増。(会場の客談)
怪植物の葉が、見た目のアクセント




