九十八話
『食材戦闘部門』の控室は、屈強な戦士達が待機していた。
角の生えた者や、翼の生えた者などの、異人の姿も多い。
リンゼイは魔術師の外套の頭巾を深く被っていたので、特別に目立つこともなかったが、体の線から女性であることが分かるので、興味本位でジロジロと見る者も居た。
クレメンテはリンゼイに好奇の視線を向ける者に対して、鋭い殺気を放った。
女性の連れの男がただ者ではないと分かった参加者達は、慌てて二人から目を逸らす。
クレメンテは端の席を陣取り、リンゼイが座る為の椅子を引いて勧めた。
それから、部屋の中心に置いている軽食と飲み物を貰ってくる。
完璧な下僕のような働きに、リンゼイは苦言を漏らす。
「使用人みたいなこと、しなくてもいいのに」
「あ、はい」
つい、「すみません」と言おうとして、必死に言葉を呑み込んだ。
隣の席に腰掛け、しゅんとする。
リンゼイの為に何かをしたいという気持ちが大き過ぎて、毎回空回りしていたのだ。
久々に二人きりになって、緊張していたせいもある。
ぐるぐると暗い思考の渦に巻き込まれていたら、リンゼイが話し掛けてきた。
「ねえ、さっきのことなんだけど」
「え?」
「二層目の」
「ああ、はい」
リンゼイは助けてくれてありがとうと、頭を下げる。
想定外の言葉と行動に、クレメンテは首を横に振ってとんでもないことだといった。
「私は何も……」
「でも、一生懸命助けてくれようとしているところ、見ていたから」
人混みをかき分けて、襲い掛かって来る騎士達を倒し、リンゼイの救出をしようと必死になっていた。
彼女は周囲から見えないような呪文を掛けられて、声を届かない状態の中、皆の行動を見ることしか出来なかったと言う。
「たぶん、私の為にあそこまでしてくれるのって、きっとあなただけなんでしょうね」
「!」
「だから、ありがとう」
リンゼイは柔らかい微笑みを向けている。
全身がカッと熱くなり、照れや羞恥心、喜びと様々な感情が押し寄せて、何とも言えない気分となる。
顔に熱が集まり、表情も緩み切ってしまった。兜で顔が隠れていてよかったと、クレメンテは心の底から思う。
そんなクレメンテに、リンゼイは止めの一言でたたみかける。
「なんだか、私ばかりいろいろして貰うばかりで、嬉しいけれど申し訳ないなって」
「そ、そんなことは、ないですよ」
自分だってリンゼイに支えて貰っていると伝えても、そうなのだろうかと首を傾げる。
「だから、私が、あなたに出来ることがあればいいなって思うのだけど」
何かあるかと聞かれ、額に汗を浮かべるクレメンテ。
リンゼイに望むことなんて、山のようにあるに決まっている。
始めこそ、少しの間だけでも共に居られるだけで幸せだと思っていたのに、その心持ちはすっかり揺らいでいた。
こうやって、近づけば近づくほど期待が高まって、以前のように一歩距離を取って冷静な振りをする、という行動が出来なくなっている。
どうすればいいのかと、この場に居ない相談役に助けを求めてしまった。
リンゼイは話を続ける。
「こういうのって、相手に聞かずに自分で考えてから出来たらいいのにって思うんだけど、本当に、何をしたらいいのか分からなくって」
幼い頃から人とあまり関わらずに勉強ばかりしていて、情緒というものが全く育っていないのだとリンゼイは言う。それは、とても恥ずかしいことであると自覚していた。
「なんか、魔術師は周囲への配慮に欠ける生き物だって言われている理由が分かった気がする」
自分勝手なのはリンゼイだけではない。
一例を挙げるとすれば、彼女の母親も大変な変わり者であった。
結婚をして、屋敷の住人達と共同生活を始めてから、自分の常識が他人にとっての非常識であることをひしひしと感じていた。
彼女もまた、変わろうと努力をしている最中であるのだ。
「私が良かれと思ってするようなことって、なんだか裏目に出っていうか、相手にとって嬉しいことではないような気がする」
「例えば、どういうことを考えるのでしょうか?」
「そうね……、他人が喜ぶことなんて思いつかないから、自分が喜ぶことをしたり」
一例として、本をたくさん買って進呈したり、手作りの薬を渡したりと指折りしながら挙げるものは、どれも見当外れなものばかりであった。
「なんか、品物を渡すとか、そういうことではなくて、もっと出来ることがある筈なんだけどね」
「だったら、傍に」
「ん?」
「私の傍に、居てください。それだけで、幸せです」
時間の許す限りで構わないからと、付け加える。
驚くほどささやかな願いに、リンゼイは目を見張ることになった。
そんなことでいいのかと、問いかける。
「こんなことを言えば、重たい奴だと思われるかもしれませんが、今の私はリンゼイさんや屋敷に住む方々の支えがあって、在るものだと考えています」
今まではなんの張り合いもなく、ただ、自分に与えられた役目を何の疑問も持たずにこなしてきた。
だが、今は違う。
家族だと言うのはおこがましい話かもしれないが、最近は誰かの為に頑張ろうと言う気持ちで日々を過ごしていた。
「だから、リンゼイさんはそのままでいいと、思います」
「わ、分かった。これから、なるべく、あなたの近くに、居る」
「ありがとうございます。とても、嬉しいです」
夫婦はまた一歩、距離を縮めることになった。
なんとも微笑ましい様子であったが、周囲に居た者にはそう見えなかった。
『食材戦闘部門』に参加する者達は、端の席に座っている凸凹コンビを眺めながらこそこそと話す。
「一体、あの兄ちゃんは何をしたんだ?」
「あんなに震えて、可哀想に」
緊張と照れで震えるクレメンテは、外から見れば脅されて震えているようにしか見えなかった。
始めに、椅子を引くなどして下僕のような行動を取っていたこともそう見えてしまった理由の一つと言える。
なんだか怖い二人組なので、なるべく目を合わせないようにしよう。
参加者たちはそんな風に考えていた。
◇◇◇
『食材戦闘部門』
その名の通り、『お料理王部門』で使われることになる食材を仕留めることを目的とした大会である。
審査するのは、いかに食材を傷つけずに仕留めるか、というところ。
火炙り、滅多打ちなど、せっかく捕まえて来た食材を駄目にしてしまえば不合格となる。
「なにこれ……」
「これは、ちょっと変わっていますね」
控室に入る前に配布された大会の詳しい要項を読めば、普通に戦うだけではいけないということが発覚した。
「食材と戦いながらも、食材として相応しい形にしなければならないということは、おそらく、狩猟で行うようなことをしなければいけないのでしょうね」
「なに、それ?」
狩猟というのはただを狩るだけではなくて、獲物の肉質や血の巡りなどにも注意していると言う。
「肉質は時期とかですねえ。発情期の獲物は美味しくないとか。あと、あまり激しく動き回れば、血が全身に巡ってしまい、不味くなってしまうそうです」
「……なるほど」
そうなれば、リンゼイの炎系の魔術を使ったら一発で不合格となる。得意の黒い砲弾を作り出して最終的に爆発させる魔術も使用禁止にしなければいけないと考えていた。
「一番いいのは、動けなくして、頸動脈などを斬りつけて、そのまま血抜き、とか」
「そうね」
基本的に力でごり押し戦術のクレメンテとリンゼイには、なかなか難しい作業のように思える。
「そういえば、戦う食材って、一体何があるのかしら?」
「ここに去年の食材が掛かれていますね」
食材の名を見てみれば、火蜥蜴や迷宮茸など、普通の魔物の名が挙げられている。
本当に食べられるのかと、訝しむ二人。
しなしながら、心配をするところは魔物が食べられるかどうかではない。
上手く勝ち残れるかどうかであった。
「一回戦敗退とかなったら、ウィオレケにプレッシャーが掛かるし」
「そうですね」
『食材戦闘部門』が終わってすぐ、食材が新鮮なうちに『お料理王部門』に移る。
部門ごとに交互に行うのだ。
何とか上手く戦わなければと、珍しく戦術会議を行う夫婦であった。
アイテム図鑑
食材魔物
捕獲を専門職とする者達が居て、高値で取引される。
調理を専門とする者も居るが、命を落とす場合もあるので退職者が絶えない仕事でもある。
迷宮や森の中の最深部に居る魔物肉ほど高値が付く。そして、美味しいのだ。




