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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第一章 新たなる一歩
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十話

 実験室に妖精の涙を置いてから戻って来たリンゼイは、これからの予定を立て直す。

 時間はお昼を軽く過ぎた辺り。

 机の上には手で摘める具材の挟まったパンなどが用意されていた。

 行儀が悪いことは承知の上だが、時間がもったいないので食事をしながら話を進める。


「とりあえず、午後からは次の素材である竜の湖水を取りに行きたいかな」

「それはなんでしょうか?」


 竜の湖水。

 竜が食事として欲する、魔力が多く含まれる湖を総称して呼んでいる。


「竜は魔力を含む水を糧に生きているんだけどね」

「へえ、そうなのですね」

「場所はメレンゲが知っているから」


 リンゼイも何度かついて行ったことがあるという。

 セレディンティア王国の地図を広げて、この辺だということを指先で示した。


『あ、そういえば、リンゼイも竜を貰っていたんだねえ』

「まあね」

『ずっと欲しいって言ってたから、どうだったか気になっていたんだけど、良かった』


 今までパンと果物を食べるのに忙しくて大人しくしていた妖精・リリットが口を挟む。


「それはそうと、あなた、妖精の国に帰らなくてもいいの?」

『なんか面白そうなことをしているから、しばらく滞在しようと思って』

「そうなの?」

『うん』


 リリットは皿の上まで飛んでいき、二個目の肉の挟まったパンを掴んで皿まで戻ってリンゼイに小さく切り分けるように頼む。

 六等分にされたパンを幸せそうな顔で頬張った。


「妖精なのに、雑食……」

「……」


 『うわあ、肉汁がすごい~、おいしい~』と嬉しそうに食事をしている妖精を前に、がっかりと肩を落とすリンゼイとクレメンテであった。


 妖精の実態は見なかった振りをして、会話を続ける。


『でも、わたし、役に立つと思うよ~』

「それは、まあ、確かに」

「?」


 リリットの特技は妖精の魔眼を使った『鑑定』の能力である。

 今までは作った薬を飲んで効果を確認していたが、リリットの鑑定を通せば薬の効果が一目で分かるという。


「なるほど。それは便利ですね」

『ね、そういうこと!』


 リンゼイは新たにリリットと契約を交わした。

 対価は『美味しい食事』であった。


「そんなのでいいの?」

『うん』


 妖精の好む植物を育てろとか、竜の鱗を何枚か渡すとか色々と考えていたが、どれも外れてしまう。嬉しい誤算というものだろう。


 午後からは竜の湖水に向かう為の準備をした。

 エリージュに馬に跨る時に着る服はないかと聞けば、貴族のご婦人用の乗馬ドレスが用意される。


「こんな時まで、ドレスを着るんだ」

「当たり前です。この国の婦女子はズボンを穿きませんので」

「……へえ」


 スカートは全円にふんわりと大きく広がり、下には膝丈のズボンのようなものを穿くので問題もないと言う。


「今貴族女性の中で流行っている、チョコレート色の乗馬ドレスをご用意致しました」

「チョコレートっていうより、虫の翅色っていうか」

「チョコレートです!」

「……チョコレートの色、でした」


 本日二回目の化粧は薄く施され、髪型も乗馬をするに相応しい、一つの三つ編みにして胸の前に垂らすというものへと変えられる。

 ピンで止めた花飾りの付いた丸い帽子はいかなる強風にも耐えて、吹き飛ぶことはないという。


「お綺麗です、奥様」

「はい、どうも」


 上着は当然ながら魔術師の外套ではない。流行の最先端を行く品を肩に掛けられる。

 魔術師の外套がなくとも、竜の結界内に居たら怪我をすることはまずない。

 落ち着くか落ち着かないかと聞かれたら落ち着かないが。

 リンゼイは仕方がないと折り合いをつけて、用意された上着の袖に腕を通す。

 厚い皮の手袋を嵌め、最後に乗馬用の鞭を差し出された。


「……いや、鞭は要らないかな」

「?」


 ――跨るの、馬ではなくって竜だし。


 その一言は言わずに、適当な愛想笑いを浮かべつつ、鞭を断ってからのお出かけとなった。


 庭に出たらクレメンテとリリットが待っていた。


『リンゼイ、またお着替えしたの?』

「う、うん。乗馬用のドレスだって」

『へえ、面白いね』

「まあ」


 クレメンテに準備が出来たかと視線を向ければ、即座に顔を逸らされる。

 意味が分からなかったが、どうでもいいかとさっさと竜に跨るようにと指示を出した。


「この前あげた飛行竜の魔石は持っている?」

「はい。大丈夫です」

「今回は一時間くらい飛んでいるかな?」

「分かりました」

『ねえ、リンゼイ、どこのポケットが安全?』

「え?」


 リリットも行く気なのかと、意外そうに妖精を見下ろした。


『だって暇だし』

「そう」


 リンゼイは胸ポケットに妖精を詰め込んだ。


 そして、竜は大空高くに飛翔する。


 一時間後、深い森の果てにある、竜の湖水のある場所へと到着をした。

 バサリと音をたてながら翼を折り畳み、黒竜・メレンゲ主人らが降りやすいように姿勢を低くした。


「メレンゲ、ありがとう」


 背中を撫でながらお礼を言えば、メレンゲは地響きが起きそうな低い声で嬉しそうに鳴く。


 ふと、リンゼイはその鳴き声がおかしいことに気が付いた。


『――クエエエエエ!』

「ん?」


 すぐに、それがメレンゲの声ではないと気が付いた。


 甲高い、妙な鳴き声が聞こえて、遠く離れた地面に視線を下ろす。


「――え、嘘!?」


 リンゼイは竜に跨ったまま、呆気に取られる。背後から何ごとかと覗きこんだクレメンテも、突如として現れた物の存在に瞠目をした。


『え、なになに?』


 リンゼイのポケットから顔を出したリリットですら、固まってしまう。


 竜の湖水には、先客が居た。


 白い鱗に覆われた、小さな竜だった。


「ど、どうしてここに子供の竜が!?」


 通常、野生の子供の竜は成体になるまで父親と母親の元で育つ。少しでも離れることはありえないことだった。


 リンゼイは近くに母竜か父竜が居ないかメレンゲに聞いたが、答えは否だった。

 よちよちとおぼつかない足取りで接近して来た白竜は、メレンゲの足先に寄り添って安心したように『クエ!』と鳴いた。


「いや、メレンゲはあなたのお母さんじゃないのよ」


 やんわりと指摘するリンゼイ。

 しかしながら、白竜はメレンゲを母親と勘違いしているからか、離れようとしない。


「あ~もう!」


 リンゼイは竜の背中から大地に降り立つ。クレメンテも続いた。そして、子供竜を見たリリットが一言。


『これ、白竜じゃなくて、銀竜だね』

希少レアか!!」


 銀竜は非常に珍しい種族と言われている。最近発見されたのは、五世紀以上も前だったようなと、竜と人の歴史書を読んだ記憶をリンゼイは掘り返す。


 だが、突っ込みを入れている暇はない。リンゼイはクレメンテを振り返り、セレディンティア王国の『竜保護条約』はどうなっているのかと聞いた。


「いや、見つけたら保護をするとか、そんなものは、無かったと思います。多分」

「多分!?」

「い、家に、詳しい者が居ますので」

「そう。だったら、一旦この子は連れて帰って、それから色々考えるしかないね」

「はい。お力になれず、すみませんでした」

「大丈夫。あなたには全く期待をしていないから」

「……はい。ありがとうございます」


 銀竜はリンゼイの竜に身を寄せて眠り始めていた。いきなり母親に勘違いされたメレンゲも好き勝手にさせていた。


 竜のことはどうでもいい。

 ここに来た目的を遂行しなければと、リンゼイは気分を入れ替える。


 静かな森の中で、目的を達成しようと道具箱の中から瓶を出して湖水を集めるための準備を始める。


『――うん。これは間違いなく、竜の湖水だね。濃度もいい感じ。竜的にはご馳走水準だね』

「へえ、そうなの」

『メレンゲは食いしん坊さんなんだね』


 メレンゲが連れて来てくれたのは、質が良くて魔力が多く含まれている湖水だと、リリットが『鑑定』した結果を言う。


 大きな瓶五本分の湖水を集め、物質保存の魔術が掛かっている、リンゼイの薬草箱に竜の湖水を入れて採取作業は終了となった。


 リンゼイは自身の竜と銀竜を振り返る。

 色は違うが、親子のように寄り添っていた。


「メレンゲ、その子の面倒、しばらく見られる?」


 そういう風に聞けば、メレンゲは問題ないと高い声で鳴いた。

 帰る気配を察したからか、ペタンと体を地面につけて姿勢を低くする。


「……あの、クレメンテ」

「なんでしょう?」

「まだどうなるかわかんないんだけど」

「はい」

「子供の竜って地上で育てるの」

「はい」

「あなたの家の庭、借りてもいい?」

「それは、はい。もちろんです。あそこは、リンゼイさんの家でもあるのでご自由にお使い下さい」

「そう。よかった。ありがとう」


 当然ながら、屋敷の外から竜の姿が見えないような結界を張ることを約束した。


 翼を広げて立ち上がったメレンゲを見て、銀竜は激しく鳴き始める。

 また置いて行かれると思ったからだ。


 メレンゲは分かっているとばかりに高い声で鳴き、即座に銀竜の首元を銜える。


「では、帰りましょうか」


 大きなお土産をメレンゲが口に挟んだ状態で、帰宅をすることになった。


アイテム図鑑


竜の湖水


魔力を多く含む水。

ただし、人間が飲んだら腹を壊す。

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