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二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王!~元犬。

作者: 正井舞

「綱ってどうやって日本語理解してるの?」

「黙れ落語犬。」

「白犬ですー。」

白犬とは、落語もと犬や中国における白犬信仰から伝わる、白い犬は魔力が宿るという妖獣だ。白山ぬいと渡辺綱は高校の同級生であり、しかし前世からの因縁も無く暮らして魂の流転を繰り返してきた一種同類相憐れむような、また同族を見つけた喜びのようにつるむことが多かった。ただしかし、つるんで歩くことと友人であることと気が合うことはイコールで繋がらない。確かに白山と渡辺は友人であるし、お互い、特にスポーツのチーム戦等では嫌味なくらい息が合う。そのくせ、恐ろしいほど気が合わない。

白山は完全に体育会系の一員で、所属部活こそ無いが、人数が大会出場ギリギリだったりすることのあるサッカー部に一ヶ月だけ所属し名前と体を貸してやったり、やバスケ部とアイスを賭けての試合などもやったり、この間は野球部の春季大会に外野のポジションを守ったりしていたらしい。成程犬であった頃の身体能力と反射神経が、また、独りきりになりかけた細君のこころを救った徳で人間に生まれ直したことによって、人間としてそれは特に顕著になったのだろう。渡辺は時折合気道なんかを触りに行くが、剣道部で現代剣術の型を学んでいるのが主になる。

そしてそんな二人は現在、中間試験の対策勉強の真っただ中でいたりする。

「なんでその命題如き躓くんだ、ぬい。」

「綱こそ、問題文よく読んだ?ここに!答え!書いてありますけど!」

白山は極度に文系、渡辺は極度に理系に偏っているのである。

碓井のいう事を信じるのであれば、まあ彼も大概にして学術に於いて頼光をしてチート呼ばわりされたことがあるので斜め上を行くことがあるが、渡辺綱は公家と武家の時代に生まれ、どうやって主である頼光のために闘うか、その研究に秀でており、白山に於いては夫が出稼ぎに出る細君の心細いという機微を悟ったほどの犬である、故に文章能力が高い、ということであるようだ。

「綱、大学進路決めてる?」

「京都。頼光がいる。」

「・・・忠犬か。」

「お前こそ犬のくせに。」

先輩、と慕ってくれる、大昔とは年齢が逆転している卜部はどうやら民俗学という新しい学問にチャレンジしたいようで、碓井は既に最高学府や海外からの勧誘があるそうで、しかし本人はのらりくらりとはぐらかしている。昔はもう少しパリッとした感じだったんだけどねぇ、と頼光は評したが、おそらくのこと、現代社会は選択肢が多すぎる。

「今生は好きなようにしろと、言われたけどね。源さんには。でも俺不器用だし。」

「渡辺、過小評価って知ってる?俺ら先週地区予選突破しかけたバスケ部と試合してダッツ勝ち獲ったんだけど。」

「ありゃお前が身軽だったのと半分経験者だったから。」

ここ積算ちがう、と指先を寄越した渡辺は、白山によってそう仕組まれたのをおそらくは気付いていない。この男はひとを見る目が酷く優れる節がある。そうでなければ茨木童子と同盟を結んだりかの源頼光の家臣になんてなれやしなかった。卜部の強かさや碓井の学術よりももっと優れた、ひょっとすれば平安の世から現代に至るまで、ひとつも変わることの無い、もっと根柢の大切なものを。

「だから渡辺は駄目だと思う。」

「うるせぇ駄犬。」

「駄犬ゆうなー!」

うるさい、と冷淡にあしらった渡辺は、派手ではないが綺麗な弥生民族の貌をしている。切れ長の目は怜悧で男にしては嫋やかに滑らかな頬に線の細い顎。時折目元を細めて口の端だけ上品に持ち上げる仕草は上品で、綺麗な男だと、粗野な自覚のある白山は思うのだ。

「そういえば風紀検査そろそろ?」

「かもな。」

野球部から抜けてから伸びてきた髪は淡い茶髪だが、白山の地毛は白だ。地毛であってもこの色は流石に、と親が染めたのが、幼稚園で髪色をからかわれて泣いた、白山の今生での一番古い記憶である。肌の色も目の色も大和民族のそれであるのに、体毛だけは何故か白い白山は、物心ついてからずっと髪色を染めている。元が白なものであるから、学校側も多少考慮してくれて、奇抜な色で無ければ何色に染めても良いと特例も貰っている。しかしながら逆説として、今は根元が自然な白に目立ち始めてカラメルをミルクにしたようなプリンという奇妙な出来に仕上がっている。

「綱、染め・・・。」

「手伝わない。素直に床屋行け。あー鑑賞文とか亡べばいい!」

床屋というところが渡辺らしい。彼の髪は平安の乙女に羨まぬ者はいなかったと評される見事な艶髪である。美貌といえば卜部だが、事実少女漫画の正当相手方のような容姿をしている彼は今生では時代が呼んだように若干色素が薄い。

時代による流行、というのはやはりあると思う、と便覧を捲って唸っている渡辺を見ながら白山は嘆息する。

寂しがる細君の前に、夫の姿に化けて子も成し財を築いたあの一年間は、今思い返しても残酷なくらい幸せなものであったし、最終的に、最期に見たのは人間の体から犬の体に戻る醜悪な姿を晒すわが身の、盛り上がった肉の血潮が噴き出す寸前の、白い骨が砕けた瞬間であったとしても、彼女があのあと、幸せに苦労して生きて亡くなったのならそれでいい。

少しの苦楽は表裏である。白山は犬畜生の身であってそれを知った。

「終わった。採点して。」

「おっけー。綱も。」

「はい、ヨロシク。」

「甘口でよろしくねー。」

「ばかやろう、辛口上等。」

それぞれ得手不得手が殆ど逆であるから、パズルピースのような醜悪なほど正しい形に嵌る渡辺と白山は、友人であっていっそ親友と呼んでいい距離でもあって、魂の流転の異端者である同病でもあって、しかし変なところでいがみ合ってしまうのはきっと、隣り合うピースだからなのだろう。

白山には自分はすぐに頭に血が上る自覚がある。本当に犬畜生であった頃からの悪癖のように、寂しそうな笑顔で見送った彼女を孤独にしてたまるかと、後先考えない行動力は今でも健在で、だからこそ体力も自然と身に付いた。春の体力測定では学年の平均を上げるのに貢献しまくっている。沸き滾る情熱は常に逃げ場を探している。対した渡辺は酷く自己制御に優れた男である。感情が出ないだけだあれは、と評したのは坂田であったか、まあ坂田金時は今も昔も子供の頃も大人になっても感情豊かな良い男だ。

相手の呼吸を読み、視線の先を読み、観察し、自分が反撃できる隙を見る。例えるなら攻防の要となれる広い視野と瞬発力。

「ミッドフィルダーとか、ボランチとか、向いてると思う、綱。」

「あ?記号の一つまともに書けんで何を言う。」

「お前こそ顰蹙が書けて何故作者の気持ちを理解しない。」

「理解しようとした努力・・・。」

「認めない。啄木のほら!便覧出せ綱!」

「ピタゴラスの定理が出来たら人生生きていける。」

「何それ。」

「え?知らない?水草を掴んでこう、室町期だったかな、城の堀の深さを測るのに・・・。」

「悪い、俺まじ犬時代の記憶しかねーから。」

「駅前で・・・癌だっけ?」

「肺炎もやってた。半分意地だったかんね、あれ。」

しかし人間として生まれ直して、人間の堕落に幻滅した自覚のある白山は、今度生まれ直す時は記憶のデリートちゃんとやってねカミサマ、と思うくらいに人間の社会に染まってしまっている。はい採点終了、と交換した答案用紙は碓井が作ったもので、コピーして白山も使わせて貰っている。

「「げぇっ。」」

揃って濁った声が出て、はぁあ、と深い溜息が出る。

「人間って不便・・・。」

「ちげーよ、現代の学生が大変なんだよ。」

珍しく美しく整った顔を歪める渡辺の文句は白山にしていればなかなか的を射ており、そう言えば人間とはいつも忙しそうに声を掛けあい、勉強をし、走り回っておった、と。そしてそんな人間をからかうように追いかけた楽しかった記憶。

「でも、犬になりたい、とは思わない。」

「俺は猫になりたい。」

渡辺の家の広い部屋に出されてあった座卓と渡辺が淹れてきたインスタントコーヒーと、ぺらぺらの座布団はおそらくは白山にしか使わせない物なのだろう。

ぽつ、と口を突いた白山に、渡辺がふいと言い放つ。

「・・・意味深?」

「叩き斬るぞ、ド阿呆。」

渡辺家の庭に、五月の真っ青に透ける様な空を見上げて、白山の欠伸に合わせて、ねねと呼ばれる犬が啼く。あいつの魂もいつかこの奇妙な苦労を知ればいい、そんな風に、白山は鋭い乱杭歯を見せてやった。


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