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ダメージディーラー  作者: 広森千林
黎章 命
9/31

八 再会

 僕が気を失ってから、丸一日たってようやく意識がもどり、二日目は、赤目、いわゆるヴァンパイア退治のための基礎訓練で終わった。三日目の今日。本当に春夏は元に戻るのだろうか。そんな不安とともに目覚めた。

 さすがにヴァンパイア化は収まったようで、鏡でみる自分の瞳が普通の黒に戻っているのを見て、少し安心した。このまま戻らなかったら、僕もずっと昼とは無縁になるのかとか、それならそれで、春夏と同じだから丁度いいかとか、不謹慎なのかなんなのかよくわからない思考のまま眠ったものだが、そんな不安も杞憂に終わったようだ。

 心配しているであろう両親の事も気がかりだが、なによりも早く春夏の顔が見たい。血を吸われて三日たつと、ヴァンパイアとして蘇ると言っていた。もう人ではない、と。やはり人に戻る術は無いのだろうか……。

 今後の生活の仕方に関しては、春夏の意識が戻ってから一緒に説明してくれるらしいのだが、この組織がどこまで信頼していいのかも正直なところ分からないわけで。信じるかどうかの最初の決め手はやはり春夏だ。

 丁度丸三日なら、まだ十二時間ほど時間がある。その為か、ヴァンパイアに関する生態の予習的な資料が山と積まれているわけで、今日はこれに目を通して過ごせというこのなのだろう。

 ざっと見て、基本的な事は理解できたつもりだ。

 本物、偽物問わず、血を吸い尽くされた人間は、三日後にヴァンパイアとして蘇る。偽物の誕生。そして、個人差があるが、約二週間に一度の頻度で、血への渇望期がくるという。激しい喉の渇き。それを満たす事ができるのは血だけ。つまりは、ヴァンパイアの不死性を考えるに、別に血を飲まなくても、死ぬ訳ではない。ただ、だんだんと激しくなる喉の渇きを満たさずにはいられなくなるだけ。だから、本物には、定期的に血を与えて、新たな偽物を生まないように徹底管理されているそうな。その血とは、輸血とかで集めたものなのだろうか? その辺は明記されていなかった。おそらく、聞いても教えてはもらえなさそうだ。

 偽物の退治の方法は至ってシンプルだった。アタッシュケースに入っていた折りたたみ式の鉄の棒──たしか『スピア』と呼んでいたか──を心臓に突き刺し、地面に串刺しにして身動きできないようにする。不死といっても痛みが無いわけではないから、心臓への直接攻撃が一番効果があるのだそうな。

 もちろん、普通に人間にそんな芸当が出来るのかといえば、当然出来ないわけで。そこで重要になってくるのが、アンプルと呼ばれる、自らをヴァンパイア化する血。水筒を一回り小さくしたようなスチール製の円柱を首筋に添え、スイッチを押すと、ヴァンパイアの血が体内に入り、一時的にヴァンパイアと同じ存在になる。力が互角であれば、あとは日頃の訓練次第で、ひとりで偽物を処理できるそうな。

 偽物の動きを封じることに成功すれば、あとはMC、メディカルセンターに来てもらって、回収、処理してもらう。どうやって処理しているのかは、これまた不明。他の部署の事は知り得ないようだ。

 仲間内にまで情報を制限しているのは、なにか意味があるのだろうか。たしかに、偽物の捕獲が目的のDDに、それ以降の処理方法がなんの意味もない情報であるというのは分かるけれど、いまいち釈然としない。昨日世話になった222も、同じような不満を漏らしていたし。リードクラスにさえも、他部署の情報は入ってこないそうな。

 そういえば、ひとつだけ気になる事があった。ヴァンパイア化するアンプル。僕の怪我を治してくれたのも、同じ物らしいのだけど、これの効果時間は、通常約三十分らしいのだ。でも、僕の場合は一日以上持続した。222もそのことに引っかかっていた感じだった。たまたま僕は血の影響を受けやすい体質なのだろうか。

 次にもアンプルを使う機会があったら、そのへんも頭にいれておかないと、朝まで効果がきれなくて太陽の光をあびて灰になるとか、洒落にならない。

 そういえば、なぜ光をあびると灰になるのだろう。再生中のミイラ状態の時は、平気らしいのだけど……。強烈な再生力をほこる根本である血が太陽の熱によって蒸発し、機能しなくなって体を維持できなくなるとか、そんな事を言っていたけれど、まだはっきりとは解明されていないらしい。

 とりあえず、春夏がそういう体になったのなら、太陽だけは、本当に細心の注意を払わないといけない。

 資料に目を通しながら、自分に関係のある事には特に注意して頭にたたき込む。ふと時計を見ると、夜の八時を過ぎていた。朝食を食べてから、読むのに夢中になっていて、昼食をすっ飛ばしてしまったようだ。お腹の虫がなにかよこせと悲鳴をあげている。与えられた個室についている電話で食べ物を求めようと受話器に手をかけようとした時に、タイミングよく呼び出し音が鳴った。慌てて受話器を取る。

「はい」

「MC11です。こういうやり取り、少しは慣れたかしら? 誰かすぐに分かるようにならないとね」

「なんとか声でわかりました」

「実戦を何回か経験すれば、そのうち慣れるわ。それより、あなたの妹さん、春夏ちゃんだっけ。意識が戻ったわよ」

 一瞬固まってしまった。言葉の意味を理解したわけではなく、春夏の名前に反応しただけだが。

「すぐ会えますか……?」

 おそるおそる聞いてみる。

「ええ。そのために連絡したのだから。迎えをよこすから、いらっしゃい」

 本当に待ちに待った瞬間が、やっと来た。空腹の事など、もはやどうでもいい。二食抜いたところで死にはしない。

 ほどなく、インターホンが鳴り、迎えに来てくれた女性のあとについて歩くこと数分。今回は、エレベーターを使った。現在の階はどうやら地下三階のようで、女性はさらに下、地下四階のボタンを押していた。そこが地下六階まであるようだ。

 エレベーターを降り、さらに数分通路を歩くと、突き当たった先に扉があった。女性が扉の脇についている機械らしき物にカードを通し、液晶画面上で番号を入力すると、扉が開いた。促されるままに部屋に足を踏み入れる。そこは、僕に割り当てられていた個室程度の大きさの部屋で、カーテンで部屋の半分が見えなくなっている。そのままカーテンに手をかけ、開く。

 そこには……。

「あ……お兄ちゃん!」

 見間違うはずも無い。聞き間違う事も無い。まぎれもなく、ベッドに腰掛けているのは、僕の知っているたった一人の、そして最愛の妹、春夏だった。

 僕は他にも何人かいる白衣を着た人達の事などまったく気にせず、無我夢中で春夏の元に駆け寄り、その勢いのまま春夏をベッドに押し倒すような格好で思い切り抱きしめた。全身で春夏を感じたかった。生きているんだと実感したかった。

 過去を振り返っても、抱き合うようなシチュエーションは無かった訳で、その行為で何が分かるのかと聞かれれば、答えようがないのだけど、それでも、抱きしめずにはいられなかった。

「お兄ちゃん……えっと……みんな見てる……よ……ちょっとはずかしい……かも」

 僕に押し倒されたまま、春夏が耳元で囁く。近くで聞いても、間違いなく春夏だと思えた。たとえヴァンパイアとしては偽物であったとしても、僕の妹としては、一〇〇%本物だ。

 よかった。本当によかった。本当に……。

「もういいわ。あなたたちは通常業務にもどってちょうだい」

 後ろでMC11の声がした。気を遣ってくれたのか、はたまた本当にもう用がなくなったのか。おそらく後者だろう。

 とりあえず春夏が生きていると確認出来たので、僕は春夏を解放し、先に立ち上がる。僕の差し出した手を春夏はつかみ、上半身だけ起き上がった。まだベッドに腰掛けたままだ。

「ごめん、本能のままに抱きついてしまった」

「どういう本能よ、もう……」

 顔を赤らめて、顔を横に向ける。

「さて、感動の対面はもういいかしら? 本題に入りたいのだけど」

 MC11が咳払いをしつつ、話しかけてくる。

 本題……か。春夏はまだ何も分かっていない状態なのだろうか。これから、自分の体の……いや、自分の存在の変化を知ることになるのか。

「まず現状を報告するわね。妹さんは、ヴァンパイアになった事をすでに理解しています。わざと傷をつけて、その治りの早さを見てもらうことで、手早く、ね。そして、そんな存在になってでも生きてほしいと、あなたのお兄さんが願ったのを受けて、あなたは今生きている。本来なら焼却処分になるところなんだけどね」

「……はい」

 神妙な表情で春夏がうなずく。すでに、聞かされていたのか。そりゃそうか……。中途半端な知識しかない僕が説明するよりは、効率がいいものな。

「ヴァンパイアの特性として、太陽の光を浴びれない。定期的に血の渇望期がやってくる。そのへんをふまえて、自宅でのこれからの生活について、注意点をいくつか言うわね。まず、妹さんが生活する部屋は、日の光が一切入らないように、窓は完全に塞ぐ必要があります。遮光カーテン程度じゃ駄目。光をあびれば即死ぬという事を忘れないでね」

 即、か……。ヴァンパイアとは、一見強い存在に感じるが、あまりにも脆い面があるのだなと改めて思う。敵として見た場合、ありがたく感じるが、いざ自分の身近な存在で考えると、怖くて仕方がない。

「あと、とりあえず二回分の血液を持って帰宅してもらいます。普通の水分をとっても喉の渇きが満たされないと思ったら、迷わずに一回につき一本、飲み干してください」

「はい」

 春夏の返事のあとに、疑問をぶつけてみる。

「偽物のヴァンパイアは、年はとって、老いによる死はあるんですよね? 食事とかをとらなかった場合、飢え死にとかは無いんですか?」

「本物、偽物問わず、飢え死には無いわ。血も別に飲まないと死ぬとかではなく、異常な喉の渇きに正気を保てなくなるから、手当たり次第、見境無く人を襲って血を補充したくなるだけで、ね。食事や水分も、別に必要は無い。食べれば普通に便となって排泄されるし、食べなければ便通もなくなる。栄養補給という概念が無くなるの。年齢によって一番バランスのいい肉体の状態をヴァンパイアの血が勝手に維持してくれるから、食べ過ぎたからといって太ることもないし、食べなくても痩せる事もない。本当に日光と血だけに注意すれば、あとは人間とかわらない生活が出来るわ」

 食べる必要がない、か……。食べるって、人の楽しみのひとつであって、それが必要ないっていうのは、すこし悲しいな。

 春夏自信はどう思っているのだろうか。無表情に話を聞いている今の春夏からは、何を思っているのか想像できない。これはいわば僕のわがまま……人でなくても生きてほしいという願い。春夏にとって、押しつけになっていなければいいのだけれど……。

「これからの生活への復帰に関しては、すべてこちらで手配するから安心なさい。軽くこれに目を通しておいて」

 僕と春夏に手渡された紙に書いているシナリオの完璧さに、こういう事態に慣れている、もしくは日常茶飯事なのかなという思いが心をざわつかせる。それは、両親に嘘をつき続けていくということであり……春夏は、納得してくれるのだろうか。

「春夏」

「はい?」

「僕のわがままでさ……こんな事になってしまったけど……あのまま死んだほうがよかったって……思ってる? 夜しか外に出られない生活、両親に嘘をつき続ける生活……それをお前に強要する事になってしまって……」

 春夏の気持ちを無視しておいて、いまさらこんな事を聞く愚かさに自己嫌悪を感じながらも、聞かずにはいられなかった。もし春夏がこんな生活は嫌だと言えば……僕は……僕自身の手で責任をとる必要がある。

 春夏が僕の手を両手でにぎる。

「確かに、嘘とか嫌だけど……でも、あのままお兄ちゃんや、お父さん、お母さんとさよならだったら……それはもっと嫌だと……思う」

 言葉を選びながら、ゆっくりと語る。

「どんな形でも、みんなとまた一緒に生活できるなら、私、我慢……するよ。なにより、お父さんとお母さんを悲しませたくないし……だから、お兄ちゃんには感謝してるよ」

「そっか」

 僕は泣きそうになるのを必死に我慢して、それだけの言葉を必死にしぼりだした。

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