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ダメージディーラー  作者: 広森千林
黎章 命
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五 夜の住人

 案内された部屋は、学校の教室程度の大きさで、ここもまた窓ひとつ無い、殺風景な場所だった。中央に机がひとつ、椅子がふたつ。僕の正面に、さっきの白衣を着た若い女性が座っている。

 僕の個人情報が必要だというので、渡された問診票のような紙に、名前や住所などの欄を一通り埋め、渡す。

「花籠……翔くんね。十六歳かぁ……大きいから大学生くらいかと思ったわ」

 僕の身長は一七四センチで、確かに一年の中では大きいほうだけど、野球部の中では普通だ。春夏との身長差がすでに二十センチ以上。そろそろ見上げるのがつらいからこれ以上縦には伸びないでねと言われたものだ。お前が伸びればいいだろうと言い返したけれど。そんな平和な日常が、遠い昔のように感じる。日常……そうだ、春夏は?

「あの……背の小さい女の子が、ここには来ていませんか? というか、僕はその……どうなったんでしょうか?」

「せっかちさんねぇ。もう少しこちらも情報を得てからじゃないと、答えにくい部分が多分にあるのよ。あなたが気にしている女の子は、あなたとの関係は?」

「妹です」

「あら、妹さんかぁ。それは心配にもなるわね。その子の年は?」

「同じ十六です」

「双子?」

「いえ……両親の再婚で兄妹になりました」

「なるほどなるほど。それでDNAに類似点も見つからなかったのねぇ」

 女性は僕からの情報をメモしながら、黙り込んでしまった。必要な情報があるなら、いくらでも答えるから、はやくこっちの質問にも答えてくれ。

 時計もないからどれだけの時間が経過したのか分からないが、体感では五分くらいだろうか。女性がようやく沈黙を破った。

「じゃあ、これから、とても大事な話をするわね。なかなか信じる事は出来ないかもしれないけど、あとで実感できると思うから、まずは黙って聞いてもらおうかしら」

「はい」

 素直にうなずく。

「いい子ね」

 ふふっと笑う。二十歳くらいだろうか? 笑顔がとても素敵に思えた。童顔の春夏とは対照的な、なんていうか、こういうのを美人ていうんだろうなと思った。

「昨日の夜、あなたが出会った男……赤い目をしていたか、覚えている?」

 赤い目……覚えている。忘れるものか。

「赤く光っているように見えました」

「そう。アレはね……人間じゃないの。いろいろと呼び名があるけれど、日本においては、ヴァンパイア、もしくは吸血鬼として有名かしらね。その名の通り、血を求める生き物。いきなりそんな話を信じろというのも無理があるとは思うけど、あなたはヴァンパイアの異様な力をその身で味わったから、信じる事が容易じゃないかしら。内蔵破裂、胸部ならびに右腕複雑骨折……治療がもう少し遅かったら、死んでいたとこよ」

 ヴァンパイア……そんなものが実在するというのか? 僕のその内臓破裂や骨折は、今はまったく実感できていないのは、どういう事なのだろう。

「その怪我の形跡が残っていないのはどういうことですか?」

「ふふ……それはねぇ……」

 白衣の女性の目が妖しい光をたたえだす。もちろん、闇夜に見たあの男のように、はっきりと知覚できるものではないけれど。

「あなたの体内に、彼ら……私達は赤目と呼んでいるヴァンパイアの血を注入することで、その不死性を利用して治したのよ。彼らヴァンパイアの不死性の正体は、その血による異常な回復能力。どんな傷でも瞬時に治ってしまう。だから、あなたを一時的にヴァンパイアの状態にして、傷を治したという訳」

「一時的って……僕はいま、その……ヴァンパイアって奴になってるって事ですか?」

「ええ、そうよ」

 簡単に肯定されてしまった。怪我を治す代償に、人間じゃなくなるとか、リスクが大きいってレベルじゃない!

「心配しないで。一時的にって言ったはずよ? つまり、人間に戻れるの。あなたは……ね。あなたの体内に入れたヴァンパイアの血は少量。すぐに元の血と混ざりきって薄まり、そして消えていくわ。量さえ間違わなければ、これは画期的な治療法になるのよ。だから私達は研究を続けている。今までも、そしてこれからも」

 すごいな……いつのまにか、医学はそこまで進歩していたのか。

「ヴァンパイアというのは、SFやホラーの分野で有名だけど、本来の特性は知られていない。実在する事を隠されているから。彼らはね、大きくわけて三種類いるの。一つは生まれついてのヴァンパイア。本物、もしくはオリジナルと呼んでいる。二つめは血を吸われてヴァンパイアになった元人間。偽物、もしくはレプリカ。そして三つめがヴァンピール……まあ、これはいいわね」

 どこまで信じていいのだろうか……でも、僕の怪我の事を考えると、疑う余地はない。とりあえず最後まで聞くしかないな。

「ここで、偽物、レプリカが重要になってくるの」

「偽物が重要?」

「血を吸われてヴァンパイアになった元人間……と説明したわよね。昨日の晩、あなたの妹さんは、ヴァンパイア……偽物ではあるけれど、それに血を吸われたの。それがどういう意味か、分かるかしら?」

 鼓動が一瞬大きくなる。春夏は……血を吸われた……? だから、あんなに細く、見る影もない姿になっていたのか? でも……あれじゃ、やっぱり……春夏はもう……。

「血を吸い尽くされて、三日経過するとね、ちゃんと元の外見に戻るのよ。肉体は潤いを取り戻し、意識も戻る。でも、その三日間の再生の過程で、中身はヴァンパイアに作り替えられて、人間ではなくなるの。偽物……レプリカの誕生、というわけ。それを防ぐには、蘇る前に焼却処分するしかない」

 え……?

「それって、つまり……どういう……ことですか?」

 何を言っているのか、さっぱり理解できない。

「今、あなたにある選択肢はふたつ。妹さんがヴァンパイアとして蘇るのを受け入れるか、焼却して人間として成仏させてあげるか。もちろん、ヴァンパイアになることを受け入れる場合は、あなたには強制的に私達の組織の一員になってもらう必要があるけれど。たとえ偽物といえど、簡単に人間社会に戻せるような生き物じゃないのよ。定期的に血が必要になる生き物なのだから。だから、誰かが監視役につかなくてはならない」

 そんなもの、僕にとっては、選択肢にもなっていない。答えはひとつだ。

「処分なんて、させません。僕はどうなっても構いません。春夏が……妹が生きてくれるのなら、そのためなら、なんでもします。血が必要なら、僕が提供します。足らないなら……学校を辞めてでも……仕事でもバイトでもしまくって、血を買います」

 僕は静かに、何の迷いもなく告げた。嘘偽りない、本心だ。具体的にどれだけの頻度で、どれだけの血が必要なのかも分からないけれど、なんとかしてみせる。春夏の為なら、なんだってできる。死ねと言われれば死んでやる。それが、春夏の生に繋がるのなら。

「そう。もう一度念を押すけれど、妹さんはもう人間じゃない。太陽の光を浴びれない、夜の住人。今までのように学校に行くことは出来ないし、個人差もあるけど、レプリカ……偽物だとだいたい二週間に一度、血への渇望期がやってくる。その時には、たとえ家族であっても、見境無く血を求めて襲う。あなたではなく、妹さんがその変わり果てた自らの人生を納得するか分からない。それでも尚、あなたは妹さんに生きる事を望む、と?」

「はい」

 何度言われようと、答えは変わらない。僕の中で、春夏のいない人生なんて、ありえない。だから僕の答えはとてもシンプルだ。

「ふふ……いい目ね。素敵よ。さすが222が気に入った素材ね。では、あなたは今日から、私達の組織、ヴァンピールブラッドに属してもらいます。あとで手続きに必要な書類を用意するから、全部に目を通して、サインをしてもらいます。もちろん、納得できなければ、今の答えを撤回してもらってもいいわ。もっとも……その場合は、妹さんを処分させてもらうけどね」

 上等だ。どんな条件だって、受けてやるさ。そのまえに……。

「ひとつだけ、お願いがあるんですが」

「なにかしら?」

「妹に会わせてください」

「今は会わせるわけにはいかないわ。あと二日待って。どうせあなたも妹さんが蘇るまでは外には出られないし、その時間をつかってヴァンパイアの事を勉強してもらいます」

「僕も帰れないんですか?」

「組織に属するという事は、ルールは絶対厳守なの。そのルールも知らないまま外に出すわけにはいかないでしょ? たとえば、守秘義務。ヴァンパイアの事は、部外者には一切口にしてはいけない。もちろん家族にも。そういう事を一通り学んで、納得して、サインをして初めて外に出る事が許される。ここはそういう所なのよ」

 そういうことか。あと二日……待つさ。しかし、そうなると、家には連絡しなくていいのだろうか? すでに一日経っているって言っていたし、心配しているだろうな……。

「家に、無事だと連絡する事もダメですか?」

「今は駄目ね。全ては、契約が成立するかしないか、はっきりしてから。心配しなくても、事故で入院して、意識が戻るまで身元確認できなかったで丸く収まるわよ」

「いや、でも怪我の跡が無くなっているんですけど……」

「頭を打つだけで、外傷はなくても意識不明になる事もあるのよ。ちゃんと連携している病院が協力してくれるから、安心なさい」

 うーん……それってつまり、親に嘘をつくことになるわけで、気が引けるな……。特に、春夏の場合は嘘自体に抵抗がある感じだし。とはいえ、今の事態が決して簡単なものではなく、嘘を突き通すほうがいいのだろうというのも理解はできる。こんな事に両親を巻き込むのも嫌だし。

「わかりました」

 選択肢がないというのがもどかしいけれど、受け入れるしかないんだ。とても信じられない、非現実的な現実を。

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