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ダメージディーラー  作者: 広森千林
終章 心
31/31

終 メリークリスマス

 あと数日で年が変わろうかという年の暮れ。クリスマスイブの夜。

 夜空を見上げれば、微かに雪が降っている。どうりで寒いはずだ。

 電柱にもたれながら、コートのポケットに忍ばせているカイロを握りしめて、寒さを耐える。

 ひとけの無い細い路地で白い息を吐きながら、そろそろプレゼントを買いに駅前の繁華街に向かおうかと思った時、携帯の着信を知らせる振動に気がついた。画面には、柊かすみと表示されている。

「……はいはい」

「なによ、そのやる気のない声は?」

「なぜか、たった今やる気が体中から無くなった。不思議だ」

「喧嘩なら買うわよ」

「お嬢様がそんな言葉使うなよ……」

「よし。ちょっとそっちに向かうから、待ってなさい」

 少しばかりからかいすぎただろうか。このへんで止めておこう。

「すまん。言い過ぎた」

「もう遅い!」

 その声は、携帯からではなく、すぐ後ろから聞こえた。相変わらず、気配のない女だ。いつから居たんだか。

 オレンジ色のダウンジャケットは温かそうだが、下はチェック柄のスカート。寒くないのかなと、いつも疑問に思ってしまう。黒いストッキングを履いているようなので、それが意外と温かいのかもしれない。

 柊が僕に向かって何かを投げつけてくる。避けるのもなんだし、とりあえず受け取ってみる。ホットの缶コーヒーだった。熱い熱い。

「なにしに来たんだよ?」

 あつあつの缶を両手で交互に持ちながら、さめるのを待つ。自慢じゃないが僕は猫舌だ。

「喧嘩を買いに」

「いや、だから謝っただろ……」

「謝ってすむなら警察うんぬんの名言を知らないの?」

「名言かよ、あれ……?」

「迷言、というほうが正解かもね、フフ」

 機嫌が直ったのか、もともと本気で怒っていたわけではないのかは、よくわからないが、笑顔になってくれた。喧嘩をしなくて済みそうなので一安心。

「冗談はさておき、なんでこんな所にいるのかしら?」

「別に約束を忘れているわけじゃないよ。まだ時間じゃないだろ?」

「あんたはもう……準備を手伝うとか、そういった気配りは無いわけ?」

「僕ってゲストじゃないのか?」

「何様?」

 白い目を向けられる。違うのか……。

 柊、糸川、そして春夏の女子三人でクリスマス会をするというので、普通にシフトに入ったのだが、今朝、というか、夕方になって急にプレゼント交換用の一品持ち込み指令を春夏から言い渡された。

 とりあえず何か買って行って、さっさと仕事に戻ろうと思っていたのだが、どうやらそんな雰囲気ではなさそうだ。

「そんなに心配なら、インカムだけつけっぱでもいいから、たまには楽しみなさい。前みたいに連日発見報告がある訳でも無し。もう一ヶ月未発見。今にして思えば、故意だったのが、あからさまよね」

「……そうだな」

 確かに、七草がイタリアに行ってからは、レプリカの発見報告は激減した。月に一、二件あるかないか。DD自体が縮小されたというのもあるかもしれないけれど、それでも僕自身、今までのペースで見つける事が出来なくなっているのだから、狂っていたものが正常になった、と言えるのだろう。

「丁度これからプレゼントを買いに行こうと思っていたところなんだ。とはいえ、こういうの初めてだから、何買ったらいいのか、正直わからないんだよなぁ」

「別に個人宛に買うわけじゃないんだし、なんでもいいのよ。クジできめるだけなんだから、ネタに走るのもありだしね」

「ネタねぇ……」

 そんな笑いを求められても、もっと困る。ふと、あの男のことを思い出す。

「ネタっていえば、七草の情報は何かつかめたのか?」

「そんな簡単につかめるわけないでしょう」

「そりゃまあ、そうか」

「でも、組織の内部にちゃんと変化が伴ったのだから、どこかで元気にしているんじゃないかしら」

「そうだな……。なんか、ヴァンピールがらみの話を聞いたあとは、ヴァンピールブラッドって悪の組織みたいに感じたけど、裏の顔がなくなった今は結構普通だもんな」

「普通かどうかは知らないけど、でもまあ今は悪の組織から闇の組織に格下げしたって感じじゃない?」

「微妙な違いだな。どっちが下か分からねぇ」

 思わず苦笑いが出る。どう違うんだよ。

「そんな格下げ組織に、なんで残ったんだよ」

「んー……なんだろうね。なんか、ここが私の居場所なのかなって……、思えてさ。まだまだ発見されていないレプリカはいるだろうし、そのことに自分の力が役に立つなら、残ってもいいかなって」

「ほんと、真面目だな……」

「あんたこそ、どうなのよ。春夏ちゃんも組織が面倒みてくれるんだし、もうDDに縛られる理由はないはずよ」

「僕は……自分のためだよ。自己満足のため」

「なにそれ」

 柊があきれている。

「ここじゃないと、僕は強くなれない。あの男に追いつけない」

「…………」

「僕もがんばって七草の捜索は続けるからさ。文句を山ほど言いたいし。とっ捕まえて、そのついでに会わせてやるよ」

「なんで、私にそういう気をつかっているわけ?」

「好きなんじゃないのかよ?」

「なにそれ。意味わかんない。あの人は私の命の恩人だし、憧れの存在なだけ。子供じゃないんだから、恋愛と憧れの区別くらいはつけているつもりよ」

 十分子供だろ、というつっこみが口から出そうになるのを必至で抑え込む。

「へぇ……そういうもんか。じゃあ、彼氏とか別にいるんだ?」

「いないわよ!」

「なんでそうムキになって否定する」

「あー、もう、うっさい!」

 顔を真っ赤にしながら、鈍感だのグズだの、いわれもない罵りをうけた。なぜ怒り出したのかよくわからないが、これ以上怒らせてしまうのもあれなので、このへんで切り上げるとしよう。

「僕はそろそろプレゼントを買いに行くよ。時間までには間に合わせるからさ。準備よろしく!」

「あんたはケーキ抜き!」

 そんなひどい宣告を聞き流し、僕は軽く手を振って、柊と別れて繁華街に向かう。

 繁華街に近づくにつれ、人通りも増えてくる。

 クリスマスムードに浮かれたカップル達、ケーキの箱を手にした会社帰りのサラリーマン、サンタの格好をして客を呼び込む店員、華やかに装飾された建物たち。いつものくせで、通り過ぎる人の目を一通り見てしまう。こんな明るい中でも、今の僕は見逃さない。

 そう。ヴァンピールブラッドという名の組織は健在だ。僕自身も、今もDDとして所属している。とはいえ、何も変わっていないのかと言われると、そう言うわけでもない。

 あの日──七草がイタリアにある本部に飛んでからの一ヶ月は、ゴタゴタ続きだった。

 どうやら七草の脅し……、いや、交渉はうまくいったようで、ヴァンピールからの血の採取、ならびに配布が禁止され、世界中の全てのヴァンピールの安楽死が実行された。それに伴い、アンプルに頼っていた下位のDD達は、記憶の消去とともに、組織から強制的に脱退させられた。戦闘にアンプルを必要としない柊や僕は、組織に残るかどうかの自己判断に委ねられ、僕と柊は残ることを選択した。

 メディカルセンターも大幅に縮小された。

 軍需産業への研究は停止し、医療の分野でのみの研究が残されるだけになった。糸川は、丁度医療研究部門だったから、同じく組織に残っている。

 その糸川はというと、普通に葬式とかをしてしまっている手前、堂々と社会復帰出来るはずもなく、かといって両親を悲しませたままという訳にもいかないので、一度だけ再会させてもらえたらしい。基本的には、組織内にひとりで暮らしている。

 レプリカの処遇に関しては、物議をかもした。拡散を防ぐという大義名分がある以上、避けては通れない問題だったから。

 二ヶ月かけて審議された結果は、DDによって確保した後、ヴァンパイアとしての自身の適正を正しく教育し、吸血行為を行わないよう説得した後、オリジナルと同じように定期的に血を提供する。そのかわりに、行動を常に監視されるということで落ち着いた。

 もちろん、納得しなかった者、もしくは、禁をやぶって吸血行為をした場合は、従来通り、DDによる確保後に血の全摘出をもって殺処分となる。このへんは、人間社会でも、凶悪犯罪を犯したものに死刑が適応されているのと同じ理屈になるのだろうか。僕には、何が正しいか、正直なところ、よく分からない。

 どちらにしても、組織は大きく変わった。完全にとは言わないけれど、多少はまっとうな組織になったのではないか、と思う。

 もちろん変えたのは、七草という男。組織のトップ、ドラキーユに直談判というか、どう脅しをかけたのかは、定かではないが。あくまでも風の噂程度ではあるが、本部が壊滅的打撃を受けたとかも耳にした。予想の範疇ではあったけれど、改めて思う。無敵すぎだろ、と。

 では、その七草はどうなったのか。

 死んだという報告はないが、かといって生きているという確証も無いというのが現状だ。

 七草はあれ以来、一度も組織に顔を出していない。見かけたという情報も皆無だ。携帯も解約されていた。予想通りではあるが……それでも、せめて柊くらいには、会ってやれよと思う。

 糸川の件といい、あの男には、待っている人間の気持ちというものを全く理解できていない、理解しようとしていない節がある。そういう性格だからと言われると、それまでだけど。

 こんな愚痴も、生きていると仮定しての話だから、なんとも的を得ない話ではあるけれど。

 僕はというと、なにやら新種扱いされてしまって、定期的に人間ドックのような検査をうけることになっている。太陽が怖いという本能が植えつけられていることから、おそらく僕も、もう夜にしか生きることは出来ないのだろうけれど、怖くて試せてはいない。とりあえず太陽の光をあびてみるか……とか、そんな命がけなお試しなんて、ごめんだ。

 その代わり、普段の生活には自由を約束してもらった。春夏の管理者も、組織の改変によって僕である必要は無くなったから、DDを辞めることも可能だった。けれど、僕は残る事を選んだ。どれだけ組織が変わろうとも、それでレプリカの拡散がゼロになるのかと言われると、実際はそうでもないわけで。

 たとえ友達や家族、知り合いがレプリカになったとしても、前のように殺されることはないから、それほど神経質になる必要はもうないのだけど、それでもやっぱり、人でなくなるというのは、気持ちのいい物じゃないのだから、出来ることなら防ぎたいと思うのだ。

 あの男には、ただの自己満足だと笑われそうだけど。

 シャンシャンと鈴の音が鳴り響く街を歩きながら、派手にデコレーションされた店のウィンドウに目を向ける。女子って、何をもらったらうれしいものなのだろうか。

 正直なところ、僕はお金を沢山もっている。ヴァンピールブラッドのレプリカ捕獲報酬がハンパないのだ。七草が高級車を乗り回していたのもうなずける。だから、高級ブランドのバッグがほしいと言われれば、店の在庫全てを買い尽くすくらいは簡単に出来てしまう。

 とはいえ、プレゼントというのは、かけた額が大きければ何でもいいとも思わない。どれだけ高級な物であったとしても、心のこもった物には勝てない、と個人的には思っている。その定義でいうならば、心のこもった高級な物が最強になってしまうのか。やっぱりお金なのか?

 何を買えばいいのか、ますます分からなくなってしまった。そもそも。心のこもったという曖昧な物をどうやって見極めるというのか。結局は、贈る者、贈られる者の価値観頼り。どちらか一方だけでは成立しないわけで。

 プレゼントって難しいな……。

 柊は、プレゼント交換だと言っていたけれど、僕は三人分買おうと思っている。みんなには世話になっているし、いままでも、そしてこれからも何かと迷惑をかけることもあるだろう。だから、せっかくの機会だし奮発しようと思っていたのだけど、一つさえも思いつかない僕はどうすればいいのだろう。

 途方に暮れていると、大きな袋をかついだサンタの格好をした男が、通り過ぎる人みんなに何かを手渡しながら、歩み寄ってくる。

「メリークリスマス」

 男は僕にそう声をかけながら、リボンのついたメッセージカードのようなものを手渡してくる。素直に受け取ると、サンタの格好をした男は通り過ぎ、また別の人にカードを渡していく。

 こういうバイトも楽しそうだ。そんな夢のない事を考えながら、手渡されたカードを見る。折りたたまれていたカードを開くと、クリスマスツリーの写真とともに、メッセージが書かれていた。


 『人の顔色ばっか見て生きるな。

  お前自身があげたいと思うものをプレゼントすればいい。

  心は、探るものじゃない。媚びるものじゃない。

  自分をさらけだして、それが受け入れられるかどうか相手に委ねればいいだけだ。』


 全身の血が騒ぎ出すのを感じながら、僕はあわてて振り返り、さっきのサンタを探す。

 …………。

 見あたらない。

 本当に、ついさっきまで声が聞こえていたのに、何処にも見あたらない。こんな大きな道の真ん中で、普通の人間が一瞬で消える事なんて出来るはずがないじゃないか。

「はっ……はははっ……」

 我知らず、笑みがこぼれる。

 本当に、どこまでも腹の立つ男だ。何もかも、見透かして。むかつく。

 なのに、何故か笑いが止まらない。通り過ぎる人達が皆、不審な目を僕に向けてくるが、そんなもの全く気にならなかった。心のままに、気の済むまで笑った。

 最低で、最高なプレゼント。いつか、お返ししないと。心身ともに、もっと強くなって、対等の男になってやる。それが、きっとあの男にとっての、うれしいプレゼントになるはずだ。

 組織の本部さえも、あの男の闘争本能を満足させることは出来なかったのだろう。あの男の心の飢えを満たせなかったのだろう。

 だから、僕が本気でじゃれあえる存在になってやる。向こうから、闘いたいと思わせてやる。殺し合いをしたいと、願わせてやる。そうすれば、探す手間も省けるじゃないか。

 そしてそれが、僕に出来る唯一の、心からのお礼にもなるだろう。

 僕はカードをポケットに入れ、再び歩き出す。

 謙虚に、貧乏学生を装う必要はない。適当に高級そうなブティックに入り、デザインの違うコートを三着買った。こういう事が簡単にできるのが今の僕なんだ。これがありのままの僕。そんな僕を受け入れてくれるかは、僕の関知するべきことじゃない。

 店を出ると、八時の時報とともに、駅のイルミネーションショーが始まった。雪も本格的に降りだし、積もりつつある。

 携帯に着信が入った。今度は春夏だ。

「どうした?」

「どうしたじゃないー! 八時からだって言ったじゃないの! 先食べちゃうよ! ケーキが早く食べてって懇願してくるの!」

「うん、病院に行った方がいいな。それは幻覚だ」

 僕の冷静なつっこみに、うなり声をあげる春夏。どこの犬だよ、お前は。

「今から向かうから、先食べててくれていいよ」

「ちゃんと待っとく。本当は……心配になって電話しただけだから」

「僕は大丈夫だよ。でも、ありがとう」

 心配。心を配る。これもまた、心。その春夏の心を、僕は受け入れる。感謝する。

 こうやって、人の心は繋がっていくのだろう。血のつながりなんて関係ない。家族でも、仲の悪い事例はいくらでもある。ちゃんと心が繋がっていれば、それこそが最高の絆になるのではないだろうか。

「ぐだぐだ言ってないで、早く来なさい!」

 突然糸川の声が割って入ってきた。後ろに、柊の怒鳴り声も聞こえる。

 怒られている状況で不謹慎なのかもしれないけれど、僕はあらためて幸せ者だなと思った。こんな自分勝手で、迷惑ばかりかけて、自分ひとりでは何も出来なかった僕を受け入れてくれる人が、こんなにもいてくれるのだから。

「おう、待ってろ。もしたどり着けたら、いいものをあげるよ」

「わざと死亡フラグ立てんな!」

 糸川のつっこみ。

「じゃあ、またあとで」

 そう言って通話を終わらせ、柊の部屋に急ぐ。

 女子寮ということで、入る事にまた気をつかわないといけないのがやっかいだが、それ以上に楽しい時間が待っていると思えば些細な懸念だ。もし見つかっても、怒られるのは柊だけだし。

 しばらく歩いてひとけが無くなった所で、背後に視線を感じて振り返る。誰もいない。

 気のせいかと、再び歩き出した瞬間、銃声がこだました。胸に痛みが走る。

「僕に、こんなものがなんの意味もないというのは、あなたが一番分かっているはずでしょう?」

 僕が語りかけた相手は──元関東支部局長、MC11。

「ふふふ……みんな……、いなくなってしまえばいい……私から全てを奪ったお前達に……、安息なんて与えない……あはははは」

 そういえば、この女も行方不明になっていたのだった。再び銃声が鳴り響き、僕の体に複数の穴を開けていく。そしてゆっくりと傷口は塞がっていく。

 命をかけてやっていた研究を全て否定され、過去の責任をすべて背負わされたMC11は、正気を失い、姿をくらませていた。その狂気の先には、こんな──なんの意味もない復讐しかないのかと思うと、悲しい気持ちになってしまう。

「お前達を滅ぼす方法をいつか作ってやるわ。すでに研究は進んでいる。今撃ったのは、その試作品。いつか完成すれば、皆殺しにしてやる。私にはそれが実現できるだけの経験と知識がある」

 確かに、撃たれた場所の再生がいつもよりも遅い気はする。科学は進歩しているのだろう。

「そうですか。あなたとは、最後までわかり合えないみたいで、残念です。でも、僕だけならいいと思ったけれど、みんなにも害をなすつもりなら──」

「ふふ……甘ちゃんのあんたに何が出来るの?」

「甘い……確かにそうですね。否定はしませんよ。甘い僕に出来るのは、せいぜいこれくらいです」

 僕は背中に背負うリュックからスピアを抜き取り、それをMC11めがけて、投げ込んだ。狙い違わず、スピアは心臓を貫き、MC11は悲鳴を上げることも出来ず、一瞬で絶命した。崩れ落ちるMC11の周りの雪が、赤く染まっていく。

 甘い僕は、苦しまずに死なせてあげる事を選んだ。これからの一生を怨みだけで過ごしていくくらいなら、今ここで人生を終わらせてあげた方がいいと思ったから。

「すみませんね。組織がクリーンになっても、魔法のカードはまだ有効なんですよ」

 僕は、組織の亡霊にそれだけつぶやくと、何事もなかったように歩みを再開した。

 実は、こうなる事は予想できていたのだ。サンタに渡されたカードの裏側には、「MC11がこの街に帰ってきている。気をつけろ」と書かれていたから。本当にどこまでもお節介な男だ。

 服に穴が空いてしまったから、また春夏に心配させてしまうかもしれない。それでも、買った服のほうは無事だったから、安心した。

「DD222よりOC。現在地付近にある死体の処理をたのむ」

「OC了解。身元の偽造は必要か?」

「いや……、いらないよ。ただの──亡霊だから」

 これ以上プライベートの時間を邪魔されたくないから、それだけをインカムで連絡し、すぐに切る。

 今日くらいは、自分の為に時間を使っても罰は当たらないだろう。

 いい土産話ができたから、はやく伝えたい。あの男の帰還を聞いたら、柊はどんな反応をするだろうか。喜んでくれるといいのだけど。

 もう街の鈴の音は聞こえない。

 クリスマスムードがまったくない暗い夜道を歩きながら、一度だけ後ろを振り返る。

「メリークリスマス」

 誰に言うでもなく僕はそう呟いて、三人が待っている柊の部屋に向かって駆けだした。

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