八 呪われた部屋
「……花籠?」
誰だ? 僕を苗字だけで呼ぶ人間に心当たりがない。学校でも、妹と同じクラスだったから、担任にもフルネームで呼ばれている。友達はみな、下の名前で呼ぶ。両親が苗字で呼ぶはずもないし、いよいよもって分からない。
体がだるくて仕方がないけれど、呼ばれた以上は無視する訳にもいかないし、重いまぶたを開いて確認しよう。
僕はゆっくり目を開ける。白く、明るい天井が見える。見覚えのある天井。無駄に高い天井。
横に目を向けると、声の主がいた。なるほど、こいつなら、そう呼ぶのもありかもしれない。
DD333、柊かすみ。学校の制服らしきものを着ている。
なぜ彼女が僕の苗字を呼んでいるのかは分からないが、なぜか納得できてしまった。プライベートにおいては、僕も柊と呼んでいるし、友達ではないのなら、そういうものなのだろう。
「よう。なんでお前、泣いてるんだ?」
僕は事態を把握しないまま、とりあえず思いついた疑問を口にした。
「な、泣いてない! も、文句を言いにきたの! あんたが寮生に見つかったおかげで、一週間トイレ掃除させられたんだから!」
柊は大きなツインテールを揺らせながら、そんな事を口にした。
なんかそんな事もあったっけ……なんだかとても遠い記憶のように感じる。一週間か……それは大変だったなぁ。……一週間?
「とりあえず、用件はもうひとつ」
柊はひとつ咳払いをし、そっぽを向きながらボソっとつぶやいた。
「おかえり」
僕は、言葉の意図を理解できないまま、それでもなぜかうれしくて、素直に「ただいま」と答えた。
柊はインカムをつけているようで、発信するためのスイッチを押して口を開いた。
「ナナさま、花籠兄の意識が戻りました」
なんだ……? インカムごしに名前でやり取りするって、どうなっているんだ?
「おい……コードで言わなくていいのか? 怒られるぞ」
「心配いらないわよ。今ここは機能してないからね」
機能していない? 何があった? 僕の記憶はどこで止まっているのだろうか。分からないなら、聞くまでだ。
「僕、なんでまたここにいるんだ? 何があった?」
「逆に聞くけど、どこまで覚えているの? 私と別れてからの後の事は?」
別れてから……? 別れてから……家に帰って、時間まで寝て……寝て……。
一気に記憶が鮮明になってくる。僕は、喉が渇いて、それで春夏の喉に……。
「春夏……そうだ! 春夏は? 春夏はどこだよ?」
「落ち着いて。あばれるなら、鎮静剤うつわよ」
「あ……ごめん……」
今になってはじめて、僕はベッドに拘束されている事に気がついた。身動きが出来ない。何がどうなっているんだ?
「とりあえず、冷静に記憶の断片をつなぎ合わせなさい。って、言ってるまに、来ちゃったか」
柊が僕に背中を向けて会釈をしている。歩いてくるその男は──黒いジャケットを着て、室内なのにサングラスをかけている、見るからに怪しい風貌の男、AM2こと七草。
「よう。元気そうだな」
相変わらず、どこをどう見たら元気そうに見えるのか。
「さーて、無事サルベージ出来たのかどうか。自分の名前を言ってみろ」
サルベージ? 聞き覚えのない言葉にひっかかりつつも、言うとおりにしてみる。
「花籠翔」
「年齢は?」
「十七才」
「家族構成は?」
「父と母、あと妹がひとり」
「ふむ。ベースは問題ないな。では次。ヴァンピールブラッドでのお前の名前は?」
「DD222」
「ヴァンピールになった自覚はあるか?」
ヴァンピール……? 公園での戦いを思い出し、そして次に思い出したのは……鏡に映るヴァンピールの……自分……。
僕は自分の姿を確認できるものが無いか、辺りを見渡すが、それらしいものは見あたらない。
「かすみ。鏡持ってるか?」
「はい」
柊が僕の目の前に小さな手鏡を差し出してくれた。心臓の鼓動が大きくなるのを自覚しながら、そこに映る自分を見る。そこに映る僕は……まぎれもなく、見慣れた顔の、自分自身の顔だった。よく考えたら、あの姿になってからは言葉を発する事も出来なかった。今は普通にしゃべれているじゃないか。
「構造はさておき、記憶、外見は問題なし、と。あとは性格や好み、そういった内面の調査もおいおいしていこう」
「あの……何があったのか、教えてくれませんか?」
「もちろん、教えるさ。ヴァンピールブラッドの全てを教えてやる」
その声と同時に、僕を拘束していた器具が外れ、ようやく自由になる。
「起きられる?」
「……たぶん」
柊が心配そうに声をかけてきてくれる。いまだに柊にやさしくされると、違和感しかない。いつもみたいにツンツンしていてほしい。なんとも失礼な話ではあるが。
僕は自力でベッドから出て立ち上がる。少しだけふらついたが、すぐに慣れた。改めて自分の手足を見て、普通の肌色であることに安堵する。
僕は手術着のような物を着ていた。置いてあったスリッパを履いて七草と柊の後についていく。エレベーターで地下七階に下り、さらに廊下を歩く。
突き当たったところで、七草がIDカードを提示し、パスワードを入力して分厚い扉がゆっくり横に開いていく。
開ききったところで、奥に歩き出したふたりに無言のままついていく。
一歩入った瞬間に、全身に悪寒が走り、身震いする。かすかに呻き声のようなものが聞こえた。この先に……『なにか』がいる……。
中は暗い蛍光灯が微かに照らしている程度の薄暗い部屋だった。学校の食堂くらいの大きさだろうか。灯りは途中までで、奥は真っ暗だ。
七草は両手をポケットに入れたまま、悠々と歩いている。その横には、七草と対照的に、おそるおそるといった風に進む柊。呻き声と、機械の稼働音だけが響く、異質な空間。灯りが途切れ、暗闇にさしかかった所で、前を行く二人が立ち止まる。
「灯りをつけろ」
インカムごしにだろうか、AM2がそうつぶやいた。
仄暗い闇が、微かな光で満たされていく。
突き当たり、闇の最深部に見えたものは──とても見覚えのある──
「ヴァンピール……」
僕は一生、目の前の光景を誰かに語る事は無いだろうと断言できる。それほどにこの現実は……真実はあまりにもひどい。ひどすぎる。
僕は、胃酸を吐き出しそうになるのを必死で抑え、ひざまずく。足に力が入らない。呼吸が早くなっていく。心臓を捕まれているような錯覚に陥るほどに、胸が苦しい。
柊は、時折悲鳴のような呻き声をあげる目の前のヴァンピールを見つめ続けている。自分の荷担していた行為の結果を目に焼き付けているかのように。
目の前には、三体のヴァンピールが鉄の拘束具のようなもので壁に貼り付けられている。心臓には、巨大な杭が突き刺さり、両腕は二の腕から先が切断され、その先には搾乳機のような機械が取り付けられていた。
三体のうち、中央にいるヴァンピールは、先日僕と柊が戦ったヴァンピールだ。みな、微妙に外見が違っている。
「そう……ヴァンピールだ。お前もこうなるはずだった。こここそが、ヴァンピールブラッドの中心と言えるだろう」
僕もこうなるはずだった。その言葉に嘘はないのだろう。いきさつは分からないけれど、僕は確かにヴァンピールになっていた。錆色の肌をした僕が春夏を抱えている姿を、ミラーごしに見た記憶が鮮明に蘇ってきた。
「ここがアンプル製造工場だ。DD……ダメージディーラーに配られていたアンプルは、ヴァンピールから採取した血だったんだよ」
静かに、誰に語りかけている風でもなく、独り言のように七草が語り出す。
「そりゃあ、そうだよな。プライドの高いオリジナル達が吸血行為を禁止され、行動まで監視されているのに、自分達の血を快く提供するはずがない。もちろん、最初はある程度提供していただろうさ。生身の人間がレプリカを狩る事の難しさは、オリジナル達にも理解できただろうからな」
「最初というのは、創設当初の事ですか?」
柊が疑問を口にする。
「そうだ。創設者であるドラキーユという名の人間が、ヴァンパイアという個体を知り、そしてそれを利用する事を思いついた。当時、オリジナル達は、レプリカが増えすぎていた事を危惧していた。このままでは、いずれ純粋な人間の血を飲めなくなるのではないか、と。ドラキーユは、オリジナルのひとりに接触し、協力を申し込んだ。レプリカを減らす協力をする代わりに、その不死の秘密を調べさせてくれ、と」
「だから当初はヴァンパイアハントという名前だった?」
「ああ。近代版魔女狩りよろしく、赤目狩りと称して、国家規模でレプリカ狩りが行われた。国へのエサは、どんな怪我も治すヴァンパイアの血。権力を手に入れた人間が次に求めるのは、生。命。いずれ研究が進めば、オリジナルのように不老不死になれるのではないか。そんな希望をエサに国の協力を得ることに成功した。一気に組織は巨大化し、オリジナル達は戸惑った。自分達も狩られてしまうのではないかと。オリジナルとレプリカの見分け方なんざ、無いわけだしな」
「それで、他のオリジナル達も監視下に入ることで自身の身の安全を確保した、と?」
「そうなるな。ドラキーユは、チャンスとばかりにオリジナル達から血を大量に採取し、幾度もの人体実験を行った。その結果、それを普通の人間に一定量を輸血することで、一時的にヴァンパイア化出来る事に気づいた。レプリカ狩りは一気に加速した。丁度その頃に、世界では大きな戦争が始まっていた。ドラキーユは、国に血を売る事で大儲けし、組織をさらに巨大化させていった。国は買った血を使うことで、夜限定ではあるが、不死の軍隊を手に入れることが出来た。お互いに利害は一致していたのさ」
「…………」
僕も柊も、言葉が出ない。言葉を挟めない。
「血を使った戦争。公にはなっていないが、不死の軍団といった言葉が使われた文献が数点残されている。何度も何度も……撃っても撃っても、倒れない。そんなもの、もはや戦争でもなんでもないな。ただの虐殺だ。だが、想定外の事が起こり始めた。血を使った兵士が、暴走する事例が多数報告されはじめた」
「暴走……?」
それまで黙って聞いていた僕が疑問を口にした。
「肌は赤黒く、皮膚は鉄のように硬い。敵味方見境無く、視界に入る生き物の血を吸い、肉体を喰らい……心当たり無いか?」
それは……まさにヴァンピールそのものじゃないのか。
「ドラキーユは、賢い男だったようだ。ヴァンパイア化の回数が最も多かった兵士が暴走状態になった事に着目し、そこから特に回数や量を重点的に調べ、複数の血が混ざり合った結果、暴走状態になるという結論に達した」
「そこの段階で、血の投与をやめようと思わなかったのかしら」
柊が疑問を挟む。
「そんな事を思うどころか、別の事を思いついてしまったんだよ」
「別……?」
「暴走した兵士は、自我、意思、そういった物を失っているから、見境無く暴れ回る。それはつまり、血を供給する道具として見れば、これほど最適な物はないのではないか……と。オリジナルとレプリカからの血の採取に、需要が追いついていない状況を打破するのに、最適ではないか」
「……ひどい……」
柊が眉をひそめる。
「いや。ある意味、ドラキーユという男は良心的だったといえる。良心があったからこそ、そういう結論に達した。つまり、心が無いのだから、血を採取し続けても、誰も心を痛めないではないか、とな」
「そんな……そんなものを良心だなんて、おかしいですよ!」
僕は思わず叫んでしまった。呻き声と機械音だけの世界に、僕の声が虚しくこだまする。
「言ったろ? 『ある意味』良心的だった、と。本当の良心だとは言っていない」
「…………」
「そうだなぁ……もっと別の表現をするならば、狂気の中の良心、といったところか。どちらにしても、そんな言葉にたいした意味なんてないがな。話を戻すぞ。ドラキーユは暴走した兵士をヴァンピールと名付け、組織の名前もヴァンピールブラッドに変更した。その後に分かった事は、ヴァンピールもオリジナルやレプリカと同じで、血を全て吸い尽くされると、死ぬということ。オリジナルは年をとらないが、レプリカやヴァンピールは普通に老いていくということ。昔は戦争で大量にヴァンピールを作れたから良かったが、争いの少ない近年は、定期的にヴァンピールを作る必要があった。ヴァンピールが老いで死んだら、新しいヴァンピールを作る。そして、再生できる範囲のギリギリまでこうやって血を吸い出し、また血が再生されるのを待って、また血を搾り取る……寿命が尽きるまで繰り返される生き地獄。それが──ヴァンピールブラッドの本性」
今現在も、血を採取されているであろう目の前のヴァンピールに目を向ける。レプリカと一緒で、元々は人間だった……。レプリカを狩る為に体内に血を入れて、戦って、その繰り返しの先にこんな結末が待っていた……こんなひどい話は……ない。
「でも、ヴァンピールに関する報告は数十年に一度くらいでした。確率は低いということなんですか? 僕がたまたまアンプルの使用頻度が高すぎたという事……?」
ふと思いついた疑問を口に出してみる。僕の場合も、たんにアンプルの使いすぎだったのだろうか?
「その辺は、局長様直々に教えてもらうほうがいいんじゃないかな」
ずっとヴァンピールのほうを見ていた七草がこちらに振り向いた。僕のさらに後ろに視線を送っている。僕と柊もそれにならって後ろを見る。そこには──MC11がいた。血のついた白衣を身に纏い、両手は手錠のような物で拘束されていた。
「人使いの荒いこと……」
「ああ、灯りの点灯、ご苦労さん。そう怒るなよ。ちゃんと怪我の手当もしてやったし、最低限の自由は与えてるつもりだぜ?」
七草が軽くウインクする。MC11は、忌々しげに七草を睨み付けている。
「さて。DD222……花籠翔に関する情報の開示をお願いしようか。嘘だと判断したら、痛いおしおきがまっている。大事な人質様だから、命の保証だけはしてやるがな」
「……何を聞きたいのよ」
「なぜ花籠とDD729はヴァンピール化した? いきさつを話してもらおうか」
「……DD729は想定外だったけれど、DD222に関しては、想定内かしらね」
「僕が想定内……?」
どういう事だ? 素質とか、相性とか、そう言った物があるのだろうか。
「若く、強い肉体。レプリカになった妹。そろそろヴァンピールの一体に寿命が近づいていた。あなたが運び込まれたのは、そんな丁度いいタイミングだったのよ。だから、最初に怪我を治す時に、普通のアンプルよりも濃度が濃く、血液型の異なる物をブレンドしたアンプルを注入した。三十分どころか、一日以上もっていたのを覚えているかしら」
僕はうなずく。それは覚えている。七草も引っかかっていた気がする。
「手早くヴァンピールにするための、準備段階だった。あとは、オリジナルにあなたが担当する地区だけあえて吸血行為を解禁し、ここら一体のレプリカの出現頻度を上げ、あとは数戦実戦をしてくれれば、出来上がり……そう思っていたのだけれどね」
MC11の言葉に柊が絶句する。
「ここ一年で、赤目発見報告の頻度が急に増えたとは思っていたけど、それが組織の意図だったなんて……」
「ところが、花籠がアンプルをあまり使わなくなった、と。それが計算違いだったってところか?」
「ええ。あなたの入れ知恵のおかげでね。偶然、十年以上になるベテランのDD729がヴァンピールになってしまって、その戦闘でDD222は血を沢山失った。ヴァンピールは若ければ若いほどいいし、DD222がヴァンピールになることで妹も管理から外れる。レプリカの処分は、資源の有効活用として、血の全抽出。若いヴァンピールとレプリカ一人分の血を得られる訳だから、最適のタイミングだった。だから、先日の戦闘後の輸血の時に、海外からも取り寄せた数十体以上の血液型の異なるヴァンピールの血を混ぜた血液を使ったの。目論み通り、DD222はヴァンピールになった」
「しかし、また計算外の事が起きた、というわけか」
「そうね……ヴァンピールとは本来、自我を失った、知性、理性のない生き物。なのに、DD222は人としての記憶を有していた。ありえない事だわ。そのことに関しては、逆にこちらが質問したいのだけど。どうやって意識を保ったのかしら?」
予想外の問いかけに、僕は戸惑うことしかできない。そんなもの、僕が聞きたいくらいだ。
「僕に分かるわけないでしょ」
「最初から、理性はあったの?」
最初……? 最初とは、どの段階を差しているのだろうか。記憶の断片を探ってみる。
「最初……かどうか、わからないけど、覚えているのは……目が覚めたら急に喉が渇いて、それで美味しそうな血の臭いを感じて……たぶんそれが春夏で……そのへんの記憶はちょっとはっきりしないです。よくわからないけれど、喉の渇きを潤していたら、記憶とか、感情みたいなものが僕の中に……入ってきたんです」
「記憶と感情が入る?」
「はい。たぶん春夏の……妹の記憶。春夏の心そのもの、というのかな……僕に混ざってくる感覚に襲われて、春夏がいなくなってしまう恐怖を感じて……怖くて怖くて……そして気がついたら、春夏がぐったりしていて……。鏡を見ると、僕は人の姿を失っていた。なぜか、心だけが帰ってくることが出来た、そんな感じです。あとはもう、春夏を助けたくて、ただそれだけを思って本部に乗り込んだんです」
「なるほど。貴重な事例報告になるわね。血が混ざる感覚か……それが偶然、妹だったから、無意識に拒否をして、意識の消失を免れた……なにも具体的な数値がないのが残念だけど、予想できる範囲だと、そんなところかしら」
「ククッ。あいかわらず研究熱心だね〜。まだこんな馬鹿げた事を続けるつもりかよ」
「ここを占拠したところで、大勢に影響はないわ。本部の最終目標は、不老不死の実現。まだまだ実験は続いていくわ。それ以外にも研究は多岐にわたっている。医療や軍需産業への応用を今も常に模索されているし──最近では、あえて紛争の種をまいて、戦争を誘発させる死の商人まがいのこともしているしね。サンプルデータの採取に、戦争ほど適した物はないもの」
「まあ、そうだろうなぁ。そこはまあ……あんたじゃ話にならねぇから、そのうち本部に行くさ」
「本気? あそこはオリジナルが数多くいるのよ? こんな事をして、普通に出迎えてくれるはずがないでしょ?」
「心配してくれるとは、うれしいねぇ」
「……真性のバカね。勇気と無謀は紙一重の結果論だけど、全然違うものよ」
「否定はしないさ」
七草は、真顔にもどって僕を見る。
「花籠翔。大事な事を言い忘れていた」
「大事なら、先に言え」
素でつっこむ。七草という人間を熟知している人間が聞いたら、逃げ出しかねない僕の発言。
「お前は、もう人間じゃあない。かといって、血を吸われたわけでもないからレプリカでもない。意識、理性があるからヴァンピールでもない。ヴァンパイア全てに言えることだが、その命を支えているのは、強力な再生力を誇る血だ。血こそがその存在の象徴だと言っても過言ではない。お前は、その新たな『血』として、生きていく事になる。ヴァンピールという存在からサルベージされたお前は、オリジナル、レプリカ、ヴァンピールに次ぐ、第四の血だと知れ」
「…………」
そういえば、僕はどうやって元の姿にもどれたのだろう。その事に関係しているのだろうか。
「僕は……どうなったんですか?」
「ヴァンピールの外見から人の外見に戻す術は過去の実験から、実例があったらしくてな。だが、人としての心までは、戻せなかった。簡単な方法さ。いろいろな血が混ざりきって、濁ってしまった血を、致死レベル寸前まで一気に抜き、代わりに同じ血液型のオリジナルからかき集めた純粋な血を入れる。血の入れ替えだ。肉体の組織自体も人に戻す事も出来るのではないかと、代わりに人の血を入れた実験をしたこともあったらしいが、肉体はすでに人ではないから、人の血では耐えられなかったらしい。生存報告はゼロ。だから、お前には前者の方法を取った。限りなくオリジナルに近いレプリカ。それが、これからのお前だ」
それはつまり……僕も完全に人としてのレールから外れてしまったということか。ショックな事ではあるが、心は不思議なほど静かだった。
「そうですか。ありがとうございました」
僕は、皮肉でも何でもなく、心から、その言葉を口にした。
「この……ヴァンピール達はどうするんですか?」
「楽にしてやるさ」
「それって……殺すってことですか?」
「そうだ」
一瞬の躊躇もない返答に、今更ながらこの男らしいなと思った。たとえ死が一番の安らぎだと分かっていても、僕にその決断をする勇気はない。七草は、どんな責任をも背負う覚悟で生きているのだろう。決して僕には真似の出来ない事だ。
「とりあえず、戻るか。次のイベントがお待ちだ」
七草は歩き出し、僕と柊、そしてMC11と続いて、呪われた部屋を後にした。背後から聞こえる呻き声が、安堵の声に聞こえたのは、気のせいだろうか。




